軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

子爵令嬢 サンドラ・アルディーニの場合(後)

翌日、サンドラは早速オルヴァの姿を探した。

まずは昨日の件を直接謝罪させ、将来の事をどう考えているか一度問いたださなければならない。

全校生徒が通るであろうこの場所で待っていれば、見逃す事は無いだろう。

ちなみに今日のサンドラは編み込みでアップにしているが、横髪を束で残し巻いてある。縦ロールは譲れないのだ。特にこういった気合を入れなければいけない時は。

すれ違う他の生徒たちへ挨拶をしながら待っていると、向こうから華やかな集団がやってくるのが見えた。その中で、ひときわ背が高い自分の婚約者を見つけ、サンドラは戦闘態勢に入る。

その時、サンドラの耳にあの耳障りな甘い声が聞こえた。

「昨日は本当に楽しかったです! 良かったらまた一緒に行きませんか?」

他でもない、聖女見習いであるアイニだ。

声が高いからか、よく響く。染み渡るように耳に届くセラフィーナの声とは違う。

しかしそれ以上に、今あの女は聞き捨てならない言葉を吐かなかっただろうか。

(昨日……?)

アイニの言葉に、エーリクと、そしてオルヴァが返事をしている。つまりこの二人と、アイニが昨日一緒にいたのだ。

サンドラは深呼吸をし、礼を欠いた行動だと知りつつ、王子殿下の行く手に立ちはだかる様に進み出た。

「サンドラ様?」

アイニには目もくれず、サンドラはまずはエーリクに対し礼をする。

「失礼いたします、殿下」

「ああ、サンドラか。おはよう」

「おはようございます、殿下。時に申し訳ございません、先ほどそちらの方の往来での大声が聞こえたのですが、昨日はどちらかにお出かけになられたのですか?」

サンドラの質問に、オルヴァがギクリと体を固めた。

それに気付かぬように、エーリクではなくアイニがよくぞ聞いてくれたとばかりに口を開く。

「あ、そうなんですよ! エーリク様が街を案内してほしいって言うから、私とエーリク様とオルヴァ様の3人で行ったんです! 楽しかったですよね、オルヴァ様!」

「あ、ああ……」

サンドラの視線から避ける様に、オルヴァはアイニの方ばかりを見て、アイニもそれを嬉しそうにしながら、自分の頭に付いている髪飾りを触れる。

「これ、その時にオルヴァ様が買ってくださったんです! 優しい婚約者で良いですね、サンドラ様!」

それからアイニはエーリクに視線を向け、袖を掴む。

「また行きましょうね、エーリク様!」

「そうだな」

きっとこの話は瞬く間に学園内に広まるだろう。

聖女見習いが、王太子殿下と子爵令息と街に遊びに行く仲だと。

同じくして、サンドラが同日に婚約者同伴でガーデンパーティに行く予定だった事を知っている令嬢たちの耳にも入るだろう。

王太子殿下から誘ったとあって、その場でオルヴァを責める事が出来なかったサンドラは、後でオルヴァだけを呼び出した。

「どういうつもりですの?」

「どうもこうも、聖女と殿下を二人だけで出掛けさせる訳にもいかないだろ。護衛だ、護衛」

一方のオルヴァは、時間を得た事で開き直ったのか、どうどうとした態度だ。

「護衛ならば本職がいらっしゃるでしょう。それに、この事は前もって分かっていたでしょう? それなのにどうして、わたくしに説明も謝罪も無かったのですこと?」

約束をすっぽかされたうえ、別の女と出掛けられた噂は一日で既に広まりきったと言って良い。何と言う屈辱だ、とサンドラは歯ぎしりする。

「言ったら絶対にそうやって反対するじゃないか」

「当たり前ですわ。そもそも二人ではなく三人でも問題ですのよ。婚約者がいる男性二人と出掛けるなど、ふしだらな女性のする事ですわ」

貴族は女性の品行に殊更厳しい。

聖女は血を残す意味で婚姻は認められているが、扱いが高位貴族と同じな上、教会の教えから言っても更に厳しくあるはずだ。聖女自身の評判も落とすだろうし、何より学園内でそんな振る舞いを続ければ、彼女の結婚相手など現れない可能性がある。

ハァ、と大きなため息が聞こえて、サンドラは耳を疑った。

ため息を吐きたいのも、吐ける立場もサンドラの方だ。

「よくもまぁそう、次から次へと悪口が沸いてくるな」

軽蔑するような色を持ったオルヴァの言葉に、即座に言い返す。

「悪口ではありません! 事実をお伝えしているんですわ。

もし今アイニさんをお連れになって来られるならば、本人にも同じ事を言いますわ」

「冗談じゃない! お前のその罵詈雑言を純真なアイニに直接聞かせられるわけないだろ!」

罵詈雑言など言っていない。サンドラは、事実を指摘し注意しているつもりだ。

そこでチラリと、サンドラの髪飾りに目をやったオルヴァが続けた。

「アイニはサンドラと違って、純真で繊細な子なんだ。そうやって高価な物で飾り立てることなく、下町の露店で買った髪飾りだけで喜んでくれる子だ。お前と一緒に考えないでくれ」

言いたい事だけ言って去って行くオルヴァに、さしものサンドラも呆れを通り越して固まって見送ってしまった。

オリヴァがアイニにプレゼントしたという髪飾りは偶然にも、今日サンドラが身に着けているバレッタと同じ白い花だった。

サンドラが着けているのは、白い花をいくつも重ねた様に立体的なバレッタで、そこかしこに小さなペリドットが埋め込まれている。

下町で買ったような髪飾りとは格が違う。

それを今、貶められた?

サンドラはポケットに入れていた、エメラルドのブローチを見た。

「わたくしも考えなくては……いけないという事ね」

⁂⁂⁂⁂⁂

街への散策が王太子発案であるならば、セラフィーナから言ってもらうしかないと訴えたが、彼女は相も変わらず気にしたそぶりもなく動かなかった。

このままでは、駄目だ。

聖女見習いの言動に感化される者が増えてきたら、学園の風紀が乱れるしそこかしこの婚約者同士に亀裂が入り始めている。

何よりも絶対女王であるセラフィーナが動かない事から、彼女を侮る声がサンドラの耳にまで入ってくるようになっている。

ついには、教会との関係を深めるために、聖女を第二妃にしてはどうかなどという愚かな意見も聞こえ、それにロマンス小説好きの令嬢たちが「聖女と王太子こそが真実の愛なのでは」などとふざけた事を言い始めた。

冗談じゃない。あんな頭の中に綿でも詰まっている様な女に、王妃など務まるものか。

だが静観するセラフィーナに、サンドラ自身も少しだけ失望していた。

しかし、事態は急変する。

「それに愛と言うのならば、わたくしはこの国を愛しております。王妃とは、国の母です。それ以上に、何が必要なのですか」

セラフィーナは、自ら乗り込んできた失礼な聖女見習いに対し、毅然と、高潔に、清廉に、格の違いを見せつけた。

最初から、相手になどしていなかったのだ。

セラフィーナが望むのはこの国の未来。そしてそれは王太子であるエーリクも同じだった。

学園のロマンスとも、派閥争いとも違う次元にいたのだ。

きっぱりと甘えた聖女の訴えを圧し潰し、エーリクとの良好な関係も見せつけたセラフィーナに学園内は反発をする事は無かった。

正統な未来の王妃に否を唱えられる者などいる訳がない。

そしてサンドラも、感銘を受けていた。

「何て……何て高潔なる御方なのでしょう……!」

元からセラフィーナの王妃としての素質は認めていたし尊敬もしていたが、彼女はその更に上をいく存在であった。

同じく聖女の突撃を受けたベルナルデッタと共に温室を去りながら、サンドラはキレイに磨かれた爪を握り込んで宣言をした。

「ベルナルデッタ様……わたくし決めましたわ!」

「え? えぇと……決めたとは、何をでしょう?」

いつも自分に苦言を呈してくるサンドラに、ベルナルデッタは若干及び腰になりながらも聞き返した。

「わたくしは生涯この国に、セラフィーナ様にお仕えします! あの方にお仕えする事こそ、この国に貴族として生まれたわたくしの責務ですわ!」

いつも艶やかな髪に、美しく着飾ったサンドラだったが、ベルナルデッタには彼女がこの時今までで一番輝いて見えた。

そしてベルナルデッタの胸にも、新たな思いが…………。

⁂⁂⁂⁂⁂

「どういう事だサンドラ!!」

突然怒鳴り込んできた大男……オルヴァにお茶会の令嬢たちが小さく悲鳴を上げたが、主催のセラフィーナと当のサンドラは微動だにしなかった。

サンドラはセラフィーナにオルヴァの不敬を謝罪した後、彼の前に進み出る。

「何ですの、騒々しい。無作法が過ぎますわ」

「何って……婚約解消の件についてに決まってるだろうが!!」

オルヴァの言った『婚約解消』の言葉に、お茶会に参加していた令嬢たちがざわつく。

「ああ、ようやくオルヴァ様へ届きましたか。きちんと、うちの両親とマケライネン子爵夫妻にも了承をいただいております。あとは貴方のサインだけですので、よろしくお願いしますわね」

ニコリと何の未練もなく言い切るサンドラに、オルヴァが信じられない者を見る目で見る。

「どうして……」

「どうして? 自らの行いを振り返って、何も思い当たる節がございませんの?」

何ておめでたい頭でしょうと笑うサンドラに、オルヴァは歯を食いしばる。

「あ……アイニの事なら、俺は騎士としてだな…………」

「本当に、おめでたいですわね……。

わたくし、ジェラルド様にプロポーズをされましたの」

「な!?」

ティルゲル伯爵夫人のガーデンパーティの帰りだ。

まだ14歳のジェラルドは、幼さの残る顔立ちに真剣な色をのせてサンドラへプロポーズをしてきた。

「アイツ……っ! 兄の婚約者にプロポーズなんて何を考えてるんだ!」

「聖女見習いに夢中になってわたくしをないがしろにしているのが、見てられなかったそうですわ」

「ぐ、そ、そんな事言って、本当の狙いはうちの家督に違いない!」

「そうですわね」

自分で言っておきながら、同意するサンドラに不可解な顔をするオルヴァを見て、サンドラは口元を隠して微笑する。今日の扇子は銀縁にエメラルドをあしらった物だ。ジェラルドからの贈り物である。

「兄が婚約者に不誠実な様子を見て、そこに付け込めるとお考えになったのでしょう。実に聡明でいらっしゃるわ」

サンドラは、恋に憧れる小娘ではない。

立場的に必ず政略結婚をする事は覚悟しているし、相手もサンドラとの結婚に利益を求めている事も分かっている。

ジェラルドはサンドラに愛を囁いたが、その全てを信じてもいない。

「現状を正確に把握し、好機を逃さず行動力もあって素晴らしいですわ」

14歳にして素晴らしい政治力だ。

自領の領地の事も勉強しているし、ティルゲル伯爵夫人の初期作を手に入れる手腕もある。

「な……!? お前はそれで良いのか!? そんな愛がない相手……」

「わたくしとオルヴァ様の間に、愛などあったのですか?」

「!!」

何か言いかけた口のまま固まるオルヴァを見ても、何も感じない。

「婚約者としての義務も果たさず、褒め言葉の一つも言えず、他の女にうつつを抜かしながら将来に不安のある婚約者よりも、条件の良い方を選ぶのは当然ですわ」

会う度にサンドラの装いを褒めるどころか派手だの何だの文句をつけ、聖女見習いを褒め称える。

遅刻は当たり前、約束はすっぽかす。それを責めれば、男には色々あるだの言って開き直る。果てはサンドラの言い方が悪いと責任転嫁をする。

「流行を作るのは貴族の女性としての務めだというのに、それをちっとも理解しようとせずにご自分の都合ばかり仰る貴方に、わたくしもいい加減愛想も尽きましたわ」

サンドラの生家アルディーニ家は服飾、装飾品を多く取り扱っている。

貴族令嬢の集まるこの学園で、サンドラは大事な広告塔であり、同じ様に情報集めにも従事していた。

オルヴァが嫌悪した『装飾品の話ばかりのお茶会』がそれだ。

もちろん着飾る事は貴族令嬢としての嗜みであるし、サンドラは純粋に着飾るのが好きだ。

だからこそ、それらを否定され続けるのにも我慢の限界があった。

「マケライネン家の相続に関しましては、まだ決定ではございませんので、そちらで話し合って下さいませ」

サンドラと結婚する方が継ぐ訳ではないので、そこは家族間で話し合えばいい。

ジェラルドは家督が継げなくても良いと言っていたが、どこまでが本当かは分からないのでサンドラは関わらない事にした。

「わたくしは生涯お仕えする御方をもう決めましたの。オルヴァ様も、生涯を捧げる方が早く見つかればよろしいですわね」

いっそすがすがしいまでに、サンドラは輝かしい笑顔で力なく項垂れるオルヴァを追い出した。

そして時は経ち、若き王と王妃が即位した。

美しい黒髪の王妃には、国内の流行を掌握した優秀な侍女が仕えたという。

そしてその侍女には、彼女を支える夫の姿もあったとか。