軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ とある王女のため息

「君との婚約を破棄したいんだ」

最近よそよそしかった婚約者に呼び出され、学園内でも人気の少ない東屋にやって来てみれば、開口一番そう言われ、金色の髪の少女はいつも絶やさぬ様にしている笑みを一瞬だけ忘れそうになった。

目の前の婚約者殿は、その背にピンクブロンドの髪の少女を庇いながらも、こちらの様子を伺っている。一つ上の婚約者を、少女は微笑みを浮かべたまま何の感情も無い目で眺めた。

以前から、優柔不断で流されやすいタイプだと思っていたが、まさかここまで、というのが正直な感想だ。

とりあえず一番引っかかる部分を口に出してみた。

「破棄、ですか」

「そうだ……。僕は真実の愛に出会ってしまった。君との婚約を破棄して、彼女と結婚したいんだ!」

婚約者はそう言うと、ピンク髪の少女の背に手を添え、少女は内気そうにこちらを窺う様に見上げてきたが、その目には優越感が隠せていなかった。

「ごめんなさい、王女様……。私達、愛し合っているんです!」

たかが高等部一年で、愛を語るのか。

彼女の事は知っている。

とある男爵の庶子である事が判明して、高等部から王立学園にやって来た。この国の第一王女である少女の同級生だ。

その出自と容姿が、昔この学園に編入してきた聖女と酷似している事から、すこし有名だった。

「それならば、きちんとした手続きをして『解消』でよろしいのではありませんか? 第一このお話は、ご両親はご存じなのですか?」

「両親は関係ない!」

「あるでしょう。家同士が決めた婚約なのですから」

彼の家は、何代か前に王家の血筋が嫁入りした公爵家だ。国でも有数の豊かな領地を持っており、現在隣国との貿易も順調なため、名産品の安定供給と販路の確かな確立を考え、第一王女の婚約者に選ばれたのだ。

「そんな……愛の無い結婚を推し進めるなんて、王女様はむなしくないのですか?」

「むなしい訳ないでしょう。王族の結婚よ? 国益が第一だわ」

何を言っているんだと見下ろす瞳は王妃譲りの神秘的な紫色だ。

その言葉に、少女はわっと顔を覆い泣き出す。

「そんなの彼が可哀そうだわ! 王女様は愛の無い王夫妻の子だから分からないでしょうけど、彼は愛がある結婚がしたいんだから!」

この学園には、現王達の学生時代の逸話がいくつか残っている。

その中の、愛が無いと公言していた王夫妻の話を言っているのだろう。

「それは国王並びに王妃に対する侮辱と受け取ってよろしいかしら?」

「ま、待ってくれ!」

淡々と問う王女に、元婚約者が慌てて止めに入る。

愛の無い結婚を支持は出来ないが、さすがに国王夫妻の事を言ったのはやりすぎた。

「すまない、彼女も言葉の綾でそんなつもりはなかったんだ。でも僕が彼女を愛していて、君を愛せないのは確かだ。君も……そういう相手が見つかれば分かると思う」

そう言いながらも、彼も愛の無い夫婦の間に生まれた王女に愛が理解できると思っていないのだろう。王女を憐れむ様な視線を向けながら、その手は愛する少女の肩に周っている。

(時間の無駄だわ)

どうせここで当人同士が話しても何も決める権利が無いのだ。

同時に、少ない時間ですぐに他の女に落とされる様な男は、王女としても伴侶として願い下げだ。

「わたくしから国王に報告しておきますが、そちらもきちんとご両親にご報告くださいませね」

親に握りつぶされて、やっぱり婚約続行でなどと言い出さない様に釘を刺すが、二人は顔を輝かせお互いを見た。勝手にしろ。

喜ぶ少女を抱きしめながら、元婚約者は一瞬複雑な顔をして、王女を見て口を開いた。

「ありがとう……でも、こんな時でも君は顔色を変えないんだね……。やっぱり、君には愛が分からなかったか」

不貞の恋人達が去った東屋で、王女は一息を吐いてそれでも優雅な仕草で座った。

木々のざわめきにまぎれて、クスクスという人の笑い声が響いた。

「ふふ、み~ちゃった、み~ちゃったっ」

「のぞき見なんてはしたないわよ」

どこからか現れた黒髪の少女が、こらえきれない笑いを手で抑えながらも、全く隠す気のない様子で声を漏らしながら出てきた。

「ふふ、真実の愛、愛が分からない王女様だって、うふふ、ふふっ、あはははは!」

「淑女は大口を開けて笑わないの」

「あはっ、だって……っ、お腹痛いっ、うふふふふっ」

当然の様に王女の隣に座りながら、黒髪の少女はお腹と口をそれぞれ器用に抑えながら笑いを止められない様子だ。

二つに結ばれた黒い髪の束が揺れ、印象的なヘーゼル色の瞳が光の加減か赤っぽくなる。

「ほら、瞳の色が不安定になっているわよ」

「あは、いけない」

ようやく笑いを抑え込み、少女が深呼吸をすると瞳はヘーゼル色へと落ち着いていく。

「貴女が闇魔法の遣い手である事は極秘事項なんだから、気を付けて」

「はぁい、王女様ぁ。それにしても、あの“聖女気取り”ついに王女様の婚約者を落としたか~。見る目のない婚約者様。これからどうするのかしら?」

王女との婚約を蹴っての嫁など公爵家で認められるわけがない。それでなくとも、男爵家の庶子なんてつり合いが取れない。

「廃嫡かなぁ? 廃嫡したお坊ちゃんとあの女が上手くいくかなぁ?」

「さあ。もう関係なくなるから、どうでもいいわ」

また笑いがこみ上げてきたらしい少女を、王女は感情の見えない紫の瞳で眺めて興味なさげに答えた。

「あの女もおかしいね。自分は聖女と何の関係も無いのに、学園に入って聖女の学生時代の話を聞いて、勝手にその気になるなんて」

「そうね、 聖女の娘(本物) はここにいるのにね」

母親譲りのヘーゼル瞳をにい、と、少女は歪めた。

彼女が聖女の子である事は、彼女が闇魔法の遣い手である事と同時に機密事項であった。

第一王女として、同級生として、この機密事項を知る王女は改めてため息を吐いた。

「ああ、でもこれから新しい婚約者を決めなきゃいけないのは面倒だわ」

王族の婚約者は大体王立学園に入る前から決まる。

第一子である王女ともなれば、婚約者決めは生まれる前から始まった。

「それを勝ち抜いた公爵家は、こうなるなんて思ってなかっただろうね」

きっと彼は両親に報告して大目玉を食らうだろうが、関係無い。

「よその国の王族を婿に貰うとかいいんじゃない?」

「悪くない案だけど、婿にはいらないわ。王位は弟が継ぐのだから」

「え、そうなの? 第一子は王女様なのに? メリカントの女侯爵様が次の宰相になるって言われているんだから、王家も女の人が継いでもいいんじゃないの?」

女性でいながらメリカント侯爵家を継いだ才女は順調に実績を残し、次の宰相にほぼ本決まりと言われている。

「貴女王宮内の事に詳しすぎない? それでも私は王の器ではないからいいのよ」

伴侶に自分の足りない所を補ってもらうにしても、その伴侶候補もさっきいなくなった。

「そうなんだ? 女王陛下って呼んでみたかったのに」

「馬鹿な事言っていないで、婚約者候補を探す方を手伝ってちょうだい」

「王女様が自分で探すの?」

「王家でも選別するでしょうけど、自分でも調べておいて損はないでしょう。経歴や家柄だけじゃなくて、ああいった風に別の女にうつつを抜かす輩を撥ねられるでしょう?」

「ああ、真実の愛(笑)」

また少女が笑いだしてしまった。よっぽど彼女のツボに入ったらしい。

「真実の愛ねぇ。何をもってして真実なのかしら」

首を傾げる王女の膝に、少女は行儀悪く頭を乗せて寝ころんだ。

「『愛の無い両親の元に生まれた愛が分からない王女様』だから分からない?」

ヘーゼルの瞳がキラキラと見上げてくる。からかう様な響きも特に気にならない。

彼女も分かっててい聞いている事が分かるからだ。

「それなんだけど……」

王女は自分の家族を思い浮かべる。

「私含め五人の子供がいて、側室も愛人も一切いなくて、その影すらちらつかなくて、公務以外も一緒で、それでいて記念日には未だに贈り物をし合う夫婦って、どうなのかしら?」

王女の言葉に、黒髪の少女は今度こそ大きな声を上げて笑った。