軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第43話 忍び寄る足音

「……と、いうことがありました」

王立治療院に戻ったウミンは、温泉郷フラムでの出来事を上司に報告した。

いつものように後頭部に寝癖をつけたベッカーは、執務机に座ったままにこにこと応じる。

「へぇ、そんなことがあったなんてねぇ」

「他にも種族の異なる亜人同士が仲良くしていたり、一升瓶を抱えたレイスを見かけたり、色んな意味で忘れられない思い出になりました……」

「ある意味、気晴らしになったみたいで良かったよ」

ベッカーはそのままの表情で、背もたれに身を預けた。

「しかし、重症火傷を一瞬で治す、特級クラスの治癒師かぁ……」

「本当なんです、ベッカー先生」

「疑っている訳じゃないよ。もしそんな人物がいるなら、立場上は放っておけないと思ってね」

「そうですよね……もし、無許可で営業していたら、取り締まり対象になりますよね」

「そうだねぇ。あとはそれだけの治癒能力を持つ人間がいるなら、王立治療院としては管理下におきたいだろうね。特級治癒師はこの国にわずかしかいないし」

「私がうっかりしている間に立ち去ってしまいました。すいません……」

ただ、幾つか情報はある。

帰り際に、エルフの子が、男の名を呼んでいた。

確か――ゼノス。

治癒師の登録名簿を調べてみたが、そんな名前はなかった。

「うーん……偽名かもしれないから何とも言えないけどね。外見は覚えているかい?」

「黒髪だったのは覚えてますけど、短い時間だったので正確には……。会えばわかると思うのですが……」

ウミンが恐縮しながら答えると、ベッカーは柔和な表情で応じた。

「まあ、仕方がないねぇ。立場上は探すべきなんだろうけど、他にも仕事は色々あるからねぇ」

「いいんですか?」

「怪我人を治療して立ち去ったんだよね? 悪い人間じゃなさそうだし、放っておいても害はないんじゃないかなぁ。むしろ迂闊に出会っちゃうと取り締まらないといけなくなるしねぇ。上が知ったら色々言うだろうけど、あはは」

「はぁ……」

のんきというか、マイペースというか、この先生はこういうところがある。

謎の治癒師のことは個人的には気になるが、上司にそう言われては仕方がない。

部屋を出ようとして、ウミンはふと立ち止まった。

「あ、そうだ。外見で一つ思い出したんですが、黒い外套をまとっていました」

「黒い外套……?」

ベッカーの眉間にかすかに皺が寄る。

「黒い外套をまとった……特級治癒師……」

「あの、どうしたんですか、先生?」

問うと、ベッカーは視線をゆっくりとウミンに向けた。

「……うん、少し気が変わったよ。やっぱり真面目に探そうか、その人」

「あ、はい。でも、どうして急に?」

すると、ベッカーはいつものにこにこした顔に戻って言った。

「折角なら会ってみたくなったんだ。――同じ特級治癒師としてね」

+++

翌日。

廃墟街の治療院に、ゾフィアの弟のゾンデがやってきていた。

「先生、朝から腹が痛えんだ……」

脂汗を流して、顔をしかめている。

ゼノスはゾンデの額に手を当てた。

「熱もあるようだな。リリ、ゾンデを寝かせてくれ」

「うんっ」

リリの助けでベッドに横になったゾンデに、ゼノスは手をかざす。

「< 診断(スキャン) >」

白い光がゾンデの体を通り過ぎた。

「腸のあたりに炎症がありそうだな。なにか変なものでも食ったか」

「そういえば、昨日食った肉がいつもと違う味がした……」

「多分それだな。食中毒だ」

ゾンデの表情が変わる。

「ど、毒? 俺は死ぬのか……?」

「そんな大層なものじゃない。食あたりのことだ」

「ああ、そういうことか……」

「吐き気や下痢はどうだ」

「朝、大量に出た」

「そうか、出せるものは出したほうがいい」

ゼノスはゾンデの腹に手を当てる。

淡い光が腹部から全身に広がった。

「とりあえず痛みを抑えて、体の回復力を底上げしといた。あとは脱水対策で点滴をしたいところだが、綺麗な水がこの辺にはないから血管には入れられない。もう少し落ち着いたら頑張って口から飲め」

「あ、ああ」

しばらくすると、ゾンデの表情はだいぶ穏やかになった。

その身をゆっくり起こしてベッドから降りる。

「なんだか、だいぶ楽になったぜ。もう動けそうだ。ありがとうよ、先生」

「周りに同じ症状の奴はいないな?」

「ああ、その肉を食ったのは俺だけだ」

「よし。まだ無理はするなよ」

ゾンデは頷くと、幾らか軽い足取りで出て行った。

受付に座ったリリがくるりと体を向ける。

「ゼノスって、怪我ばっかり治していると思ってたけど、病気も治せるんだね」

「種類にもよるけどな。切り取って済む病気ならそれでいいが、全身に広がるものは体の回復力を高めるくらいしかやりようがない。軽いものならそれで勝手に治る」

「そうなんだ」

「ただ、本当は薬を一緒に使うともっと効果的なんだけどな」

病気の原因を薬で退治しつつ、魔法で体自体の耐性を高める。

合わせ技で臨むのがもっとも回復効果は高い。

「でも、無ライセンスだから薬を仕入れるツテがないんだよなぁ」

ゼノスは軽く溜め息をついた。

「昔、王都で伝染病が流行ったことがあってな。貧民街でも多くの死人が出たんだが、特効薬が開発されて大勢が助かったんだ。あの時、薬ってすごいなと思ったけどな」

「ふぅん……」

そろそろ昼飯にしようかと考えていたら、ドアが勢いよく開いた。

亜人の女首領達がそこに立っている。

「どうした? また昼飯を食いにきたのか」

「そんなのんびりしている場合じゃないかもしれないよ、先生」

先頭のゾフィアが速足で近づいてきた。

「白い外套を着た女が、貧民街をうろついているんだ」

「……白い外套?」

首をひねるゼノスに、ゾフィアは真剣な表情でこう続けた。

「あれは確か王立治療院の制服だよ。先生のことをかぎまわっている」