軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話 夜更けて

「じゃあ、みんなグラスは持ったかい」

温泉の後、一同は貸し切りにした宴会場に集まっていた。

「それじゃあ、先生色々お疲れ様。乾杯」

「かんぱーい!」

ゾフィアの号令で、グラスが空中でかちあい、軽快な音を立てた。

「わぁ、美味しそう」

フォークを持ったリリが、目を輝かせる。

テーブルには山の幸、川の幸がこれでもかと並んでいた。

素材の味を生かした料理に一同が舌鼓を打っていると、ゾフィアが後ろを振り返って眉をひそめた。

「ねえ……さっきからすごい見られてるよ」

「リンガは怨念を感じる」

「一人明らかにテンションの違う奴がいるな」

視線の先――離れたテーブルにぽつんと座っているのはクリシュナだった。

うらめしそうな顔で、こっちを眺めている。

「クリシュナ。そんな顔するなら、こっちに来ればいいだろ」

「そうだよ、一緒に食べよう」

ゼノスとリリが声をかけたが、クリシュナは奥歯を噛み締めて首を振った。

「そ、そうはいかないのだ。近衛師団として、裏社会の頭領達と同じテーブルで仲良く乾杯する訳にはいかん。あくまで休日に一人で温泉に来たところ、たまたま貴公らと一緒になったという状況でなければならないのだ」

「ややこしい設定だな」

ゼノスが言うと、ゾフィアは肩をすくめた。

「そうかい。じゃあ、頑固な女は放っておいて、こっちはこっちで楽しもうかね」

「料理美味しいけど、かなりのボリュームだとリンガは思う」

「構わぬ。我の胃は無尽蔵よ」

「ううぅ……」

奥のクリシュナは目尻を拭いながら、酒を喉に流し込んでいる。

「あれ、そういえばカーミラは?」

ゼノスが辺りを見回すと、隣のリリが言った。

「わらわは部屋で一人ゆっくり飲むのじゃ、って言ってたよ」

「ふぅん」

+++

「……ふぅ、つい食べ過ぎてしまいました」

夕食を終えたウミンは、腹を押さえながら宿の廊下を歩いていた。

量が多いため、食べ終わるのにかなり時間がかかってしまった。

隣の宴会場から歌声が響いていたので、相当盛り上がっていたようだ。

「一人もいいけど、今度は治療院の仲間達と来るのもいいかもしれないですね」

つぶやきながら、ウミンは視線をふと窓の外に向けた。

広がるのは、漆黒の闇。

町外れの宿なので他に明かりはなく、ただ風に木々がざわめく音が鼓膜に届く。

「……」

それほど怖がりの自覚はないが、なんとなくぞくぞくした感覚を覚える。

きっと温泉で妙な体験をしたせいだろう。

「……疲れのせいですね。さっさと寝てしまいましょう」

自身に言い聞かせて、部屋のドアを開ける。

中に足を踏み入れたウミンは、ふいに立ち止まった。

……ぴちゃ。

妙な音が聞こえた気がしたのだ。

「……気のせい、ですよね?」

……ぴちゃ。

……ぴちゃ。

いや、気のせいではない。

確かに音が鳴っている。

それは、まるで血がしたたっているような――

ウミンはごくりと喉を鳴らし、警戒しながら足を進めた。

奇妙な音は、引き戸の向こう側からしている。

ゆっくりと近づき、思い切って戸を引いた。

「……え?」

そこには、一升瓶を前に、満足そうに盃を啜っている人物がいた。

しかし、その身はうっすらと透けていて――

「わっ、わああぁぁぁぁぁっ!」

思わず叫ぶと、半透明の人物は、瞳をぱちくりさせ、

「ありゃ、いかん。部屋を間違えたかの」

そう言って、一升瓶と盃を手にふわふわとドアから出ていった。

残されたウミンは、呆然と佇んだまま、頭を抱える。

「……夢じゃな……いや、夢……これは夢です……夢であってくださいぃ……!」

+++

「戻ったぞぉ」

ゼノスが部屋のドアを開けると、奥にいたカーミラが盃を手に顔を上げた。

「宴会は終わったのか」

「まあな。ところで、さっき隣の部屋で叫び声がしたが、なんだったんだ」

「さあ、わからんのぅ。気のせいじゃないかのぅ……」

ゼノスは背負っていたリリを、奥のベッドに下ろした。

すぅすぅと寝息を立てているのを確認し、カーミラの前に腰を下ろす。

「ああ、疲れた……」

「楽しい宴会ではなかったのか」

「途中まではよかったんだが、奥で飲んでいたクリシュナが酔って突然『私もゼノス氏の近くで飲むぅぅ』と泣きながら暴れ出してな」

「くくく……面白いではないか」

「それで、なぜか勝者が俺の膝に座るという飲み対決が勝手に始まった」

最初に脱落したのは、意外にもレーヴェだった。

「『我の酒量は無尽蔵よ』と自信満々だった割に、一口飲んだら寝た。よく見たらそれまで飲んでたのは水だった」

「あの見た目で下戸とは笑えるではないか」

「その後はかなりの酒瓶が空いたが、次に落ちたのはリンガだな」

酔っぱらって、にゃあにゃあ鳴きながら机の上で丸まって寝た。

「ワーウルフは猫ではないぞ……」

「最後はゾフィアとクリシュナが肩を組んで歌いながらダウンした」

「盗賊と近衛師団が肩組みとは、ちょっとした事案じゃのぅ」

「そして、ジュースを飲んでいたリリが、『ふふふ……リリの勝ち』と言って俺の膝に座り、そして寝た」

「くくく……」

あとは寝入った女達を抱えて、それぞれの部屋に運び、ようやく自室に戻ってきたという訳だ。

「これ俺の慰労会じゃなかったっけ……?」

「まあ、よいではないか。今は騒がしい日々を楽しんでおけ。貴様はどうせ近いうちに厄介事に巻き込まれる」

「不吉なことを言うな」

「くくく……レイスの予感は当たるからの」

カーミラは盃をゼノスに投げて寄越した。

「不憫じゃから、少しくらいは 酌(しゃく) をしてやろう。飲めない歳ではあるまい」

「物心ついた時には貧民街の孤児院にいたから、正確な年齢は知らないんだけどな」

ゼノスの持った盃に、カーミラが一升瓶を傾ける。

空の器に、透明な液体がゆっくりと満ちていった。

静けさの中、温泉郷フラムの夜が更けていく。

そして、事件が起こったのは、翌朝だった。