軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 予兆<エピローグ②>

ゴーレム事件翌日の午後。

貧民街の入り口には真っ白い外套をまとった数名の集団がいた。

胸の紋章には、二本の手が癒すように太陽を包み込んだ図柄が描かれている。

王立治療院に所属する治癒師の一団だ。

「なんだって本部は、治癒師の派遣にこんなに時間がかかったのでしょうか」

その中の一人の少女が、少し不満そうに言った。

眼鏡をかけ、青い髪が肩で揺れている。

「こんなに遅くては、重傷者がいたらとっくに手遅れですよ」

「仕方ないだろ、ウミン。なんたって、場所が貧民街だしな」

「街区でも貧民街でも、怪我人に違いはないと思うんですが」

「大きな声でそういうことを言うな。違いはあるんだよ。だから、正式派遣じゃなくボランティアという形をとっているんだ」

別の治癒師が少女をたしなめる。

ウミンと呼ばれた少女は、小さく嘆息して眼鏡の端を持ち上げた。

「それで集まったのが五人もいないだなんて……」

「ゼロよりはましだろ」

「私、事件の詳しい話を聞かされてないのですが」

「俺もだよ。なんでも怪物が貧民街に現れたという噂だが、よくわからないんだよな。近衛師団が重要参考人を確保しているらしいが、混乱を避けるために詳細の発表は控えているという話もある」

「なんだか雲をつかむような話ですね……」

「俺達の役割は事実の究明じゃなく、怪我人の対応だからな。あまり気にしても仕方ない」

「それはそうですけど……」

治癒師の一団はそんな会話を交わしながら、街の中に足を踏み入れた。

「うわ……」

そこには想像以上の光景が広がっていた。

周辺の建物はほとんど倒壊し、いまだ一部の廃材からは煙がぶすぶすとくすぶっている。

「まさか本当に怪物が現れたんでしょうか?」

「俺も眉唾だと思っていたがな。そんな怪物がいたなら、どこに消えたんだって話だし」

一同から戸惑いの声が上がる。

いずれにせよ、この状況を見るに、相当の怪我人が出ていると思われる。

どこかに拠点を作って、順番に診察していくしかないが、こちらは数人。

一体何日かかるのかとウミンはめまいを覚えた。

「とりあえず住民の方にも協力してもらって、怪我人を一か所に集めてもらいましょう」

ウミン達は手分けをして、廃材の片づけをしている住人達に声をかけていった。

だが――

「怪我人が、いない……?」

「ああ、俺のところもだ」

誰に聞いても、もはや治療が必要な怪我人はいないと言う。

詳しいことを尋ねようとしても、誰もそれ以上は教えてくれない。

「この被害状況で、そんなことありえますか? 事件は夜中ですよね。全員がすぐ避難できる状況だったとも思えませんし」

ウミンは混乱した頭で言った。

別の治癒師が腕を組んで答える。

「考えられるとしたら……怪我人は本当にいなくて、これは中央を混乱させるための住民達の自作自演だった」

「なんのためにそんなことを?」

「または、怪我人はいるが、俺達が信用されていないってことかな」

「……」

「いずれにしても、確かなことは俺達の仕事はないってことだ。ったく、余計な時間を使ったぜ」

治癒師達は呆れた様子で、貧民街を後にした。

「本当に、そうなんでしょうか……」

一人残されたウミンは、瓦礫と化した街を眺めながらつぶやいた。

まず、自作自演で家まで破壊するメリットはない。

また、中央の治癒師が信用されていないのはあるかもしれないが、近しい者が傷つけば治療をお願いする者が一人くらいいてもよさそうだ。

「もしかして――」

ウミンはふいにもう一つの可能性を思いついた。

つまり、 怪(・) 我(・) 人(・) は(・) い(・) た(・) が(・) 、(・) 既(・) に(・) 別(・) の(・) 誰(・) か(・) が(・) 治(・) 療(・) を(・) 済(・) ま(・) せ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) 。

しかし、すぐに首を振る。

「……さすがにそれはないですね」

ウミン達が来るまでの間に、この規模で想定される被害者をさばくには、一般のヒーラーなら数十人が必要だ。

王立治療院には、それだけの治癒師が動いたという情報は入っていない。

当然、特級クラスの治癒師や、聖女が関与したという話も聞いていない。

馬鹿げた発想に呆れながら貧民街を出ようとした時、ウミンの足が止まった。

ふと思い出したことがあったのだ。

少し前、辺境の村に往診に行っていた時、偶然【 鋼鉄(アイアン) の 不死鳥(フェニックス) 】というパーティのファイアフォックス討伐に同行したことがあった。

その時に、リーダーが口にした台詞が頭によぎった。

――治癒師のライセンスもないのに、特級クラスの治癒魔法が使える奴ってのはいるのか?

「…………」

妙な質問をするものだと感じたが、今思えば、あれは誰かのことを想定していたのだろうか。

王立治療院は、国内の全ての治療院を管轄している。

だが、無ライセンスであれば当然その網から漏れることになる。

この国のどこかに、中央が把握していない特級クラスのヒーラーが隠れている。

そして、もしそんな人物が事件に関与したならば、この不可解な状況の説明はつくが――

ウミンは街を恐る恐る振り返って、声を震わせた。

「まさか、ですよね……?」

王立治療院の足音が、闇ヒーラーのもとに少しずつ近づいていた。