軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 クリシュナがやってくる

「ここは、本当に貧民街なのか……?」

亜人抗争が終結した——近衛師団長からそんな情報を聞かされた副師団長のクリシュナは、足を踏み入れた貧民街で思わず我が目を疑った。

リザードマンとワーウルフが肩を組んで笑い合い、

ワーウルフとオークが和気あいあいと輪になり、

オークとリザードマンが酒を酌み交わしている。

街全体を覆っていた張り詰めた緊張感や、暗く淀んだ空気までが、すっかり取り払われている気がした。

「まさか……真実なのか?」

ごくりと喉が鳴る。

三種族の抗争をおさめた"仲裁者"の噂。

ここに来るまでは、そんなことは絶対に不可能だと思っていたが、目の前の光景が確かな証拠として存在している。

「そこの者。少しいいか」

クリシュナは道端で水煙草を吸っているリザードマンに声をかけた。

一応、近衛師団の者と気づかれないようにボロ布をまとった住民に変装してはいる。

「なんだ、姉ちゃん?」

「姉ちゃ……まあ、いい。私は久しぶりに貧民街に戻ってきたのだが、前と随分雰囲気が変わっている気がするのだが」

「そうか?」

「ワーウルフやオークと随分仲が良さそうではないか」

「ああ。付き合ってみると、これがいい奴らなんだよ」

「前は仲が悪かったと記憶しているが」

「そうだったかもな」

「何があったんだ?」

「ああ、それは——」

言いかけて、リザードマンは口を閉じた。

クリシュナに背を向け、その場を立ち去る。

「悪いな。あんたが誰か知らんが、話すつもりはねぇよ。なんせ目立っちゃ駄目らしいからな」

「目立っちゃ駄目……?」

「じゃあな、姉ちゃん」

「待て」

まわりこんだクリシュナは、腰の魔法銃を引き抜き、銃口を男の腹に当てた。

「話してもらおうか」

「て……てめえっ、何者だ?」

「余計なことは喋るな。聞かれたことだけ答えろ。"仲裁者"は誰だ?」

引き金にぐっと力を込める。

「は、話さねえぞ……」

「なんだと?」

「あ、あの人にゃあ滅茶苦茶世話になってるからな。たとえ撃たれても話さねえぞっ」

「どうやら"仲裁者"は相当な人望があるらしいな。それはいったい誰だ」

「お、お頭っ!」

突如、リザードマンの男が通りの向こうを見て叫んだ。

クリシュナの視界の端に入ったのは、颯爽と歩くリザードマンの姉弟。

——疾風のゾフィアと、その弟のゾンデ。

次の瞬間には、クリシュナは脇の細い路地を駆け出していた。

姉弟は偶然通りかかったようだが、相手の縄張りでやり合うのは、さすがに分が悪い。

——いや、それよりも……。

一瞬だけ視界に入った二人の腕が、すっかり綺麗になっていたような気がした。

以前、彼らの盗賊団が特区に忍び込んできた時に、治癒が不可能なレベルで傷を負わせたはずなのに。

「いったい、何が起こっているのだ……」

クリシュナは、思案しながら路地を駆け、巡り——そして、道に迷った。

+++

「なんだか悪寒がするな」

廃墟街の治療院で、ゼノスはぶるっと身震いした。

今日は珍しく三人の亜人達が来ておらず、穏やかな午後だというのに。

リリが奥で紅茶を淹れるのを、ぼうっと待っていたら、入り口のドアがゆっくり開いた。

「……?」

そこには、ボロ布をマントのようにまとった女が立っていた。

しかし、小汚い格好に反し、美しい金髪と青い瞳はどこか高貴さを漂わせている。

客か、と問う前に、女は口を開いた。

「失礼。実は道に迷ったのだ。貧民街にいたのだが、気づいたら廃墟街に迷い込んでいた」

「そうか、それは災難だったな」

「ああ。方向音痴が私の唯一の弱点なのだ」

「そうか……」

「ここに人がいる気配がしたので寄らせてもらった。市街地への行き方を教えてくれないだろうか」

「わかった。それなら——」

説明しようとした時、奥から紅茶カップを持ったリリが顔を出した。

「ゼノス、お客さん?」

「いや、道に迷ったらし……」

答えようとした時、目の前の女がいきなり銃口を向けてきた。

ボグァンッ! ボグァンッ!

間髪容れず強力な爆煙弾がゼノスに向けて発射される。

「わっ、わああああああっ」

リリが大声を出して、紅茶を取り落とす。

「ゼノスっ、ゼノスっ」

「この少女はエルフだな、しかし、お前は人間。ということは親子ではない。誘拐犯は捕獲する」

「ち、違うのっ。ゼノスはリリを引き取って……!」

「取引所を通さない人身売買は禁じられている。犯罪者は捕獲する」

「そうじゃなくてっ。ゼノスはリリを助けてくれたのっ!」

「なに……?」

リリが主張すると、クリシュナは銃口を眺めた。

「……しまった、早まったか。仕事は確実である一方、短気なのが私の唯一の弱点なのだ。悪いがしばらくは目覚めないぞ」

「さっきは方向音痴が唯一の弱点って言ってただろ。弱点が増えてるんだが?」

「なんだと……?」

煙が晴れると、傷一つないゼノスが現れる。

目の前の女は、かすかに驚いた様子で言った。

「早とちりをしたようで、大変失礼した。無事でなによりだが、なぜ…?」

「防護魔法を使っただけだ」

「冗談を。防護魔法くらいで私の魔法銃を防げるはずがない」

「いや、ごく平凡な防護魔法のつもりだが」

「なに……!」

え、なにか駄目だったのか。

確かに、我流だからあまり自信はないんだが。

「本気で言っているのか」

クリシュナは目を細めて、ぐっと近づいてきた。

息のかかる距離で、じろじろと眺めてくる。

「む……確かに全く傷がない。どういうことだ? 今日は信じがたい出来事ばかり起こる」

「俺もいきなり撃たれるという信じがたい出来事をたった今経験したが……?」

「さては、貴公は名のある大魔導士か。幼少より防護魔法のみに打ち込み、遂には防護魔法を極め、廃墟街で隠居生活を送っているわけか」

「違うけど」

「ついた二つ名は"防護を頑張った人"」

「二つ名のセンス皆無だな!」

「謙遜するな。そうでもなければ説明がつかない。他人の目はごまかせても、近衛師団副師団長のクリシュナの目はごまかせないぞ」

ゼノスはリリと目を合わせる。

「近衛師団の、副師団長……?」

「ああ、石のごとき固い意志で仕事を確実に遂行することから" 石(ストーン) の 淑女(ローズ) "とも呼ばれている」

「……え?」

「そうだ、いいことを思いついたぞ。ゼノス氏と言ったな。良かったら私の調査に協力してくれないか。貴公のような達人が協力してくれると大変助かる。勿論、礼ははずむぞ」

クリシュナは、とても朗らかな調子で言った。

ぷーくくく、と二階からカーミラの押し殺した笑い声が耳に入った気がした。