軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇6.再・無敵の姫は闘志を燃やす

会談の席で魔王と直に話したことがある女王陛下は、その時のことを思い出しているかのように、険しい眼差しで遠くを見つめた。

「会談の日、魔王はたったひとりでこの国にやってきた。これまで敵国だった、否、正式に和平条約を結ぶ前ゆえ、まだ敵国であると言っていい我が国に、護衛も付けずに悠然とやってきたのだ。人間の力など警戒するに値しない、とでも言うように」

女王陛下は今でも当時の緊張をありありと思い返せてしまうのだろう、話しながら手を強く握り込んでいた。

「魔族特有の角を除けば、姿は人間と同じだ。だが中身はまるで人間とは掛け離れている。こちらを無感動に見る目。何も感じていないかのような無表情。それでいて、ただ立っているだけで他を圧倒する存在感……我が後ろに控えていた歴戦の兵士でさえ、身を竦ませていた。あれは見た目こそ美しい姿をしているが、中身は間違いなく怪物だと……あの一度の邂逅で、思い知らされた」

冷血の女王と称されるこの方を、ここまで畏怖させる存在なのか、魔王……。

えっ、そんな恐ろしい存在の婚約者として、今から魔界に行くの、私……?

魔王は角が生えてるらしいけど寝返り打つ時どうするんだろうなー、なんて呑気に考えることができていた今朝の余裕は見事に消え去り、婚約者が魔王という現実をありありと実感してしまい、俄かに気が遠くなった。

魔界の王妃になってふんぞりかえってやると息巻いていた己の威勢が、ただの虚勢だった気がしてくる。

顔面蒼白で黙り込む私に、女王陛下がハッと我に返ったように口を押さえた。己の語った内容が、これから魔界へ旅立つ王女の不安を搔き立てるものでしかないことに思い至ったらしい。

「う、うむ。トレイシアよ。そういうわけで、そなたには身一つで魔王のもとに向かわせる。心許ないだろうが、これも魔王に嫁ぐ者の使命だ、耐えよ。……あー、あれだ、うん、ハンカチくらいなら持って行ってもさすがに大丈夫だと思うゆえ」

れ、冷血の女王が気を遣ってるー……!

その衝撃で却って冷静になれた私は、深呼吸を一つして、心を整えた。

そうだ。今さら怖気づいても意味はない。

私の初期方針は変わらない。

魔王に気に入られ、婚約期間を問題なく過ごし、恙なく王妃になって安泰な地位を得ることが至上命題。

相手が魔族、そんなものは恐れる理由にならない。

国として成り立つだけの文化力があり、会話でこちらとの意思疎通もできる相手なのだ。そもそも魔王は和平条約に応じるくらいに常識的な奴なのだ。魔王との婚約も魔界行きも、過度に恐れることはない。

これは虚勢ではなく、勢いだけの威勢でもなく、事実に基づく客観的な評価だ。

よし!

にっこりと、いつもの微笑みを作った。

大丈夫。私は可愛い、無敵の姫だ。

「お心遣い痛み入ります、女王陛下。委細承知いたしました。エスタル王族の名に恥じないよう、己の役目を全うしてきます」

私が普段の調子で言えば、女王陛下もすぐに普段の冷徹な様子に戻り、頷いた。

「そなたの働きに期待している」

こうして私は、手ぶらで婚約者のもとへ――魔王の統べる魔界へ、たったひとりで行くことになったのだった。

転送魔法陣の前に立ち、深呼吸。

近くの者が誤って転移魔法に巻き込まれないよう、陣の敷かれた部屋にいるのは私ひとり。

従者もなく、見送りの者もなく、ついでに手ぶらという、他国へ嫁入りしに行く姫としては異例の出立である。

なお、国一番の尊い姫として、そして魔王の婚約者として魔界へ赴くということで、身嗜みだけは相応に気合が入っている。

侍女たちが「魔王に嫁がされるなんて、おいたわしやぁ……っ」と、涙ながらに髪を結い豪奢なドレスを着せ宝石で飾り立ててくれたのだ。

おかげで本日の私は過去一ぴかぴかである。

途中で侍女たちの鼻水がドレスについて着替え直すターンが三度ほど挟まったが、なんとか出発時間に間に合った。

そう、身支度の時は侍女たちが泣いてしまって本当に大変だったのだ。

野心で腹を決めた私と違い、一般常識に沿って魔族を恐れ私の身を案じる善良な侍女たちは、もはや私が魔王に取って食われるとでも思っているかのごとき号泣っぷりだった。

「か弱いトレイシア様がひとりで魔界になんて」

「冷酷な魔王に『お前を愛することはない』と初日に突き放され」

「そして婚約破棄」

「意地悪な魔族令嬢たちに夜会で赤ワインをぶっかけられ」

「やがて婚約破棄」

「おいたわしやぁ……っ!」

「いやしかし婚約破棄された方がトレイシア様としては幸せなのでは?」

「安心安全のエスタル王国へ戻ってこれますし」

「そうですわ!」

「むしろ婚約破棄?」

「トレイシア様、ぜひ夜会で赤ワインをぶっかけられましょう!」

「目指せ婚約破棄!」

こんな感じで、もう、宥めるのが本当に大変だった。

心配のあまり迷走を始める侍女たちを安心させるべく、屈託のない笑顔で「心配しないで。必ずや魔王を手玉に取っ……魔王様と仲良しになりますわ!」と前向きな意思を表明したのだけれど、これまで健気なトレイシア路線を貫いていた弊害で、これも「恐怖を押し殺し健気に微笑むトレイシア様」と取られてしまい、余計に泣かれてしまった。難しい。

魔王が許可をくれたら、侍女たちに手紙を書こう。魔界をエンジョイしてる感じで。うんうん。

女王陛下の時もそうだったけれど、自分よりも動揺する人間を見ると冷静になれるものである。もはや私の心に恐れも迷いもない。

この婚約期間で魔王にしっかり気に入られて何の問題もなく結婚して、手厚く遇される幸せ王妃生活を送るぞ……!