作品タイトル不明
◇40.告白(甘酸っぱい方)
魔王の懺悔。その大変重々しい雰囲気に呑まれ、私も固唾を飲んで続きを待つ。
「実は……」
「……」
「普段の余は、芋ジャージばかり着ているのだ……」
固唾を飲んで待った結果、芋ジャージなる謎単語が出てきた。
「いもじゃ?」
「そうか、知らぬか。芋ジャージとは魔界の伝統的な芋掘り用の衣装だ」
魔王は何もないところに手をかざした。たちまち空中に光り輝く魔法陣が浮かび上がり、見慣れない服一式が出現した。召喚魔法だったらしい。
魔王はなんだか絶妙に垢抜けない様相を呈した小豆色の服(胸に「魔王」と名札が縫い付けられているのがまた野暮ったい)を広げ、「これが芋ジャージだ」と言った。
「楽だし丈夫なので、余は普段着として愛用していた。だが、トレイシアが魔界に来てからは一度も着用していない。トレイシアに芋ジャージばかり着ているだらしない男だと思われぬよう、毎日ちゃんとした格好をしていた。本当の余は芋ジャージ姿こそがスタンダードなのに、それを偽っていたのだ」
魔王は芋ジャージ上下を手慣れた様子で丁寧に畳み、長椅子の脇に置いた。
「トレイシアは余のことが嫌いになっただろうか」
「え? いや、よそ様の目を気にして一張羅着る心構えくらい、別に普通のことやと思いますけど」
「そうか。打ち明けるのは少し恥ずかしかったが、トレイシアならそう言ってくれると思っていたぞ。他者に良く見られたくて己を偽ることは別に普通のことだと、余も思う」
魔王は無表情で私を見つめる。
「そう、普通のことなのだ。余もトレイシアと同じく、自分をよく見せようと偽りもするし演技だってする。だからトレイシアの告白を聞いたところで、愛想など尽きようもない」
「……」
「さっき言った笑顔の練習もそうだ。余は笑顔ができない。だが、作り笑いなら頑張ればできる。だから練習を始めたのだ。自然な笑顔を演じるべく。トレイシアに好かれたくて」
魔王の角に、再び明かりが灯った。紫色の水晶のような角の中に、星屑のような光がきらきらと舞う。
「うむ。我々はお互いに婚約者に好かれようと、偽装や演技に磨きをかけていた者同士ということだな。余は嬉しいぞ。方向性が完全に一致していると言っても過言ではない。トレイシアがトレイシアで、嬉しい」
それはいつだったか私が言った、魔王様が魔王様で嬉しいという言葉への、確かなお返しだった。
「あと、トレイシアは最も尊い姫という地位は嘘とのことだったが、余にとってトレイシアは世界で一番尊い姫に間違いはない。だから嘘を吐かれたとは思わない。和平協定としても何ら問題はないので安心して欲しい」
「わてが、世界で一番、尊い姫……」
「うむ」
演技も偽りもお揃いだと受け入れられて、一番駄目なはずの嘘さえも簡単に肯定されて。
しかし疑り深い私は、なかなかそれらを素直に受け取れない。期待と異なっていた場合に傷つくのが恐ろしいので、つい、自分から否定してしまう。
「ま、魔王様は優しみある。ゆえ、わてじゃなかったとて、婚約者には、きっとそう言うんやろ? 婚約者なら、相手が誰でも優しくするんやろ?」
非常に可愛くないことを言う私にも、魔王様は動じない。
「そうだな。相手がどんな人間であろうと、婚約する以上は誠意を込めて接しようと決めていた。来たのがトレイシア以外の姫だったとしても、あのように門を飾り付けて迎え、ウェルカムドリンクを振る舞っただろう」
「おぐぅ」
自分で聞いておいてその通りだった答えにダメージを食らって呻く私に、魔王は優しく「だが」と続ける。
「余は今、トレイシアがトレイシアだからこそ、愛おしいと思っている。婚約者という立場への誠意ではなく、トレイシアへの愛で。百パーセント、愛由来だ」
「愛……っ!?」
聞き捨てならない言葉に、予防線を張らなくてはという意識が彼方へ吹き飛んだ。
顔を真っ赤にして過敏に反応したら、魔王は途端に俯いた。「まあ、あれだ、その」と、さきほどまでの自信に溢れた話し振りから一転、ごにょごにょし始める。角が真っ赤に光っている。魔王流のフルスロットル赤面である。
「……余も、ついに練習の成果を出すときが来たようだな……」
魔王は最終兵器でも稼働させるかのような口振りで、しかし角を派手にぴっかぴっか赤く光らせつつ、それでもキリッとした面持ちで顔を上げた。
「トレイシア。もう一つ告白させてくれ」
「えっ」
「今度は甘酸っぱい方のだ」
「えっ!?」
仰け反る私の前で、魔王はまず、己を指し。
「余」
続けて腕を広げて大きな愛を表現し。
「トレイシア」
そして両手を頬の横に持ってきて、ハート形を作り。
「だーいすき♡」
光り輝く笑顔で――私のために練習してくれたという笑顔で、そう言った。
魔王の大好きショットを受けるのはこれで二度目だが、胸を打たれた一度目とは異なり、今度はまさしく胸を撃ち抜かれて、だから私は。
「わて、魔王様、ぞっこんラブ……」
眩しい愛の告白に、嘘も偽りも演技も忘れた、心からの言葉を返した。