作品タイトル不明
■26.翻訳破棄
トレイシアの演説から、数日後。
「ビッグニュースですぞ、魔王様!」
「なんだモリス、もこもこしいぞ。ただいま余は、可愛い婚約者の魔界お引越し三十九日目記念日のお祝いを……」
「翻訳魔道具の不具合が直ったとの連絡がきましたぞ!」
「おお、ついに。随分と掛かったのだな」
「改修デスマーチ中にプロジェクトマネージャーが謎の手鞠歌の録音を残して失踪等、色々あったようで。ともあれ、今日からは問題なく使用できるはずですぞ」
これでやっと、トレイシアと円滑な会話ができる。さっそくモリスが持ってきた翻訳魔道具の電源を入れかけ、直前で思い留まった。
トレイシアが魔界に来てから今日に至るまで、翻訳魔道具がないことで何か不都合があっただろうか。
否だ。
時々お互いの発言が通じ合わない場合もあるが、そういう時はそういう時で、解説を入れたり言い換えてみたり、その手間が楽しくも味わい深くもある。手軽な翻訳では通じ合えないものが、通じ合えているような気がする。
「いや……翻訳は不要だ。余はトレイシアの言葉を、道具を介さず、そのまま聞きたい。だから翻訳魔道具は使いたくない」
翻訳したくないという余の我儘を、彼女は許してくれるだろうか。
「……トレイシアは、それでもよいか?」
ここまで余とモリスのやりとりを静観していたトレイシアに伺う。
彼女は「ええんやで」と、優しく頷いた。
「わても翻訳なくとも平気なる」
「おお。トレイシアも賛同してくれるか」
「へい。道具なくとも魔王様とは楽しくお話できておま。もしもわてに角あらば、浮かれ配色になるくらいに」
昨夜に余が七色に発光した際のことを思い出して、彼女はそう言ったのだろう。あの時のことを思い出し、なんともむずむずした気持ちになった。
「それに翻訳よりも魔王様の角のほうがずっと、丸分かり雄弁ですからね」
くすくすと笑う彼女の瞳が、きらきらと煌めく光に彩られる。瞳に映るその光を見て、自分の角が今まさに発光しているのだと分かり、余は頬が熱くなるのを感じた。
おそらく顔面血染めだろう余に、トレイシアが言う。
「翻訳破棄で、よろしゅうおま!」