軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■25.トレイシアの演説

「トレイシア様は、ぜひ『今月のいい話』に出たいと、やる気満々でございました。『魔王様と仲良しこよし証明して、魔界の皆と仲良しこよす』と」

「トレイシア……」

黒なんたら勝たん勢の魔族たちは、余が乗り気ではない不幸な婚約をしたと思い込み、胸を痛めたために、トレイシアに不満を持っている。余を思う心が動機なのだ。

ゆえに、余とトレイシアの仲が良好であることを証明すれば、彼らも心穏やかになるかもしれない。なるほど。やる気満々なのだな、トレイシア。

「そうか。ならば何も言うまい。トレイシアの心意気、しかと見届けよう」

舞台に目を遣ると、ちょうど司会が「今月のいい話」の紹介に入るところだった。

「以上、『今月の魔王城の標語』でした~。続いては皆様お待ちかね、『今月のいい話』で~す。当番は魔界きってのツンデレ黒竜、ラグ……え、急遽チェンジ? え、君が代打のトレイ……まっ、魔王様の婚約者殿!? え、あ、はいっ、これがマイクですっ」

少しバタバタした引継ぎがあって、音声拡大魔道具(通称マイク)を持ったトレイシアが、舞台の真ん中に立った。

「あー、あー、マイクテス、マイクテス」

律儀にマイクテストをするトレイシア。魔族たちの6割が人間を――彼女を快く思っていない状況なので、会場はざわざわと騒がしい。

トレイシアのやる気を尊重したいが、もしも野次の一つでも飛ぼうものなら即座に割って入ろう……と、腰を浮かしかけたところで、マイクテストが終わり。

「こんにちは、親愛なる貴様ら!」

トレイシアが、喧騒にもめげずに声を張った。

「ごきげんよろしゅうおま。わて、トレイシア申します。本日はお日柄も良く、貴様らに仰りたいことございます」

トレイシア語第一人者たる余には分かる。「貴様」にはあんまり尊敬の意はないが、トレイシア的には「様」だから尊敬の意を込めたつもりなのだと。

だが余以外の魔族には第一声で喧嘩を売っているようにしか聞こえなかったのだろう、会場の空気が強張った。

余とモリスがハラハラしながら見守る中、トレイシアはおもむろに左手を上げ、ピンと小指を立てる。

「魔王様、私のこれ」

一瞬で会場が静まり返った。

余は両手で顔を覆った。

つい最近トレイシアから教わった余は知っている。人間の文化では、運命の恋人同士は「運命の赤い糸」で小指が結ばれているという詩的な考えがあることを。だからトレイシア的には、「魔王様と私は運命で結ばれています」という意志表明したのだろう。

だが、残念なことに魔族の文化においては、小指を立ててその台詞は「俺の女だぜ?」の意だ。

『魔王は俺の男だぜ?』

初手でこれをぶっ放した人間の姫に、会場の魔族たちは度肝を抜かれてしまったのだ。

「魔王様は、私の星」

続けられた静かでありながら良く通る声と、その真摯な表情に、ドン引きしていた魔族たちが惹き込まれ始める。余は内心で「いいぞ!」と拳を握った。そうだ。トレイシアの言葉は拙いが、それでも聴く者の心を動かす真心に溢れている。

大丈夫だトレイシア。自信を持て。

君の言葉は必ず伝わる!

「魔王様、誰よりもエレクトリカルタカラヅカ」

すまないトレイシア、それはたぶん誰にも伝わらない。

「角はあからさまにエレクトリカルタカラヅカ。心もとってもエレクトリカルタカラヅカ。驚くべきラブ安堵ピースの真心野郎。星めく素敵な内面が、お顔はツンでも丸わかり。ほいでツン固定かと思いきや、顔面が血染めにもなる、その温かみ」

謎の単語頻出からの顔面血染め発言に、静まり返っていた魔族たちが、徐々にざわめきはじめた。

「エレ……なんとかって、古代魔法の一種か?」

「大規模な攻撃魔法でやりあったってこと?」

「魔王様と流血沙汰……?」

「魔王様の返り血を浴びた感想が、温かい……だと……?」

「えっ怖っ、人の子怖っ」

不穏な想像が会場を駆け巡ったところで、トレイシアがすっと息を吸う。魔族たちは再び沈黙し、固唾を飲んで彼女の次なる発言を待った。

「そして二人は同意の上、熱い夜を過ごしました」

いや過ごしてないよ?

先程の5倍くらいざわつく会場に構わず、話すことに全身全霊を懸けているトレイシアが、真顔でこう続けた。

「魔王様は激しかった」

待つんだトレイシア。落ち着くんだトレイシア。

いやもちろん、トレイシア語の第一人者である余には、彼女の言葉が昨夜のできごと――温かいハーブティーを淹れ、共に語らい、角が派手に発光し、平和を愛する者同士の思いを確かめ合った時のことを指しているのだと分かる。

が、なんというか非常に絶妙な言葉選びだったので(しかもこんな言葉だけ妙に流暢)、魔族たちの間に急速に誤解が広まっていった。

「あっ、そういう……」

「あらやだ大胆……」

「死闘の果てにお互いを認め合って……」

「なんだ惚気話か全く」

「幸せ溺愛カップルかよもう」

魔族たちがトレイシアに向ける視線から険が取れ、徐々に生温かいものに変わっていくのが分かった。

何かちょっと想定とは異なっていたが、余がトレイシアを快く婚約者として迎え、トレイシアも魔族たる余を忌避していないことが、彼らに伝わり始めているようだ。

敵意が薄れていく空気を感じ取ったらしいトレイシアは、それまでの真剣な硬さを帯びた表情から一転、ふんわりとした微笑みを浮かべると。

「わて」

まずは己を指し。

「魔王様」

次いで両手を広げ、大きな親愛を表現し。

「だーいすき♡」

そして両手でハート形を作り、小首を傾げて、ウインク。

わっと会場が湧いた。

「熱々じゃねえかちくしょう!」

「惚気やがってこんにゃろ!」

「リア充爆散しろおめでとう!」

「えっ、可愛っ、人の子推せる」

「ウインクおかわりしてー!」

「ばきゅんしてー!」

会場は歓迎ムード一色になった。

魔族たちの温かい歓声を受けたトレイシアは、嬉しそうに頬を染め。

「人間と魔族、末永く仲良しこよしたい所存。ご静粛、ありがとござんした!」

そう締めくくり、ぺこりと頭を下げた。

「素晴らしいぞトレイシア……!」

拍手に包まれる会場の中、余も熱い拍手の一員として手を叩く。モリスは会場の魔族たちの様子を見て、「これは……!」と感嘆の声を上げた。

「どうやら黒髪ロングイケメン魔王しか勝たん勢の強火感情が推しの幸せを願うフェーズに移行したようですな!」

9割がた何を言っているのか分からないが、皆がトレイシアを迎え入れた、ということは理解できた。良いことである。

いやしかしトレイシアの大好き♡ウインクショットは可愛さの暴力であったな……と、深い感動および高画質の映像記録魔道具で残しておきたかったという悔恨が入り混じった複雑な心境を味わっていると、演説を終えたトレイシアが、小走りで余のいるボックス席にやってきた。

「魔王様! わて、平和の一歩を踏んづけました!」

「ああ、見ていたぞトレイシア。君は平和の一歩を踏み出した」

トレイシアと余はハイタッチを交わした。