軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■20.清く正しい真心野郎は尊いから

「それはもちろん、平和を望む余にとって、喜ばしい提案だったからだぞ」

「魔王様は平和を強く望んでおま。それはあれか? そう決意するだけの悲しき過去編とか、壮絶な理由がござんすか?」

「えっ? いや、特にないが……」

とても真剣な眼差しで聞いてくれたところ申し訳ないが、今回の和平条約を受けた理由に「良いと思ったから」以外は特にないので、正直にそう答えるしかなかった。

「……平和だーい好き、だけが理由?」

「うむ。平和は良きことだからな」

「マジでそんだけ?」

「うむ。……だ、駄目だったか?」

そういえばエスタル王国まで条約に調印しに行った際も、あまり大勢で押しかけてたら緊張させるかなと余ひとりで行ったのに、なぜかものすごくピリピリした空気になってしまったり、長居するのも迷惑だろうと思ってパパっとサインして帰ろうとしたら、場がどよめいてしまったり、なぜか想定と違う結果ばかりになったことを思い出した。

余のすることなすことは、人間には妙に映るのだろうか。世界平和を願うには、トレイシアの言ったような特別な体験や理由が、普通は必要なのだろうか。

余の感覚は間違っているのだろうかと不安になっていたら、トレイシアが「ふふ」と笑った。彼女の鋭かった雰囲気が、俄かにふんわりとしたものに変わる。

「そうやんな。魔王様やもんな。ええと思ったからそうするで、ええよな」

「……ええのか?」

「ええ。ええです。すごく。腹に二物三物が常道のこの世の中で、魔王様みたいな何の駆け引きもできん清く正しい真心野郎が上に立つ世界線、一本くらいあって欲しいもんですし、尊みが深みと思うですから」

「う、うむ……?」

何となく肯定されているような気はするが、難解なトレイシア語が頻出する長文なのでなかなか飲み込めない。すると彼女は、余の聞き取りが追いついていないことを察して、「つまり」と、胸を張った。

「魔王様がこんなに優しみかつラブ安堵ピースで、ええなあと思ったってことです」

トレイシアが勝気な笑みを見せる。この短時間で、今まで見たことのない彼女の様々な表情を見ることができたが、この勇ましい笑みが一番良く似合っていた。

「わては魔王様が魔王様で嬉しみです」

「余が余で、嬉しい」

「せや」

きらきらとエレクトリカルタカラヅカする瞳で見上げられて、思わずトレイシアの手を取った。初日にもお互い頑張ろうの気持ちを込めて固い握手を交わしたが、その時とはまた異なる感情で、彼女の小さな手を握る。

「トレイシア、余は……。……」

今、角がどんな風に光っているかは分からない。息を詰めて余の目を真っ直ぐに見つめるトレイシアも、今は角を見ていない。

「……まっ、魔族と人間が共存する平和な未来のために。今後も一緒に頑張ろう」

これ以上は心の準備の問題で進めそうになかったので、本当に言いたかったことは言わず、婚約の最大の意義を持ち出して場を収め、ゆっくりと手を離した。

余の緊張が伝播していたのだろう、身を固くしていたトレイシアだったが、余の言葉にホッとしたように力を抜いて、「へい!」と屈託のない返事をした。

「わては魔王様が魔王様するのを、ずっと応援する所存。目指せラブ安堵ピース」

トレイシアは全力で賛意を示すように力強く頷いた。初日に「激しく同意」と感激してくれた時もそうだったが、トレイシアも余と同様に平和を望む心を持っているのだと知れて、やはり心強かった。

頑張ろうの気持ちと、さきほどまでの顔面血染めな空気を霧散させたい気持ちを込めて、余も負けじと力強い頷きを返す。また頷くトレイシア。うんうんうんうんと激しく頷くトレイシアは可愛かった。

頷き合い過ぎてお互いの首が若干痛くなった頃、ようやく余の気持ちは落ち着いた。

「……そうだ、トレイシア。もうハーブティーもほどよく冷めたのではないか?」

卓上の茶器に目を遣りながら話題を転じれば、トレイシアは「こいつぁうっかり……」と呟きながら、慌ててカップを手に取った。猫舌の彼女の適温になっていたようで、そのままグッと一気に飲み干す勇ましい飲みっぷりを惚れ惚れと見守る。

「どうだろうか、余の特製おやすみブレンドの味は」

「へい、風味絶佳なるおてまえ、軽率に星5」

「うむ、そうか。それはよかった」

「寝る前に温かなる茶ぁしばく、おばあちゃんの入れ知恵袋、魔界でも共通ですね」

トレイシアは「ごっそさんでした」とカップを置き、ソファから立ち上がった。

「リラックスアロマ案件のおかげさまで爆睡かませそうです」

「うむ、そうかそうか。おやすみ、トレイシア」

「へい。魔王様もいい夢見ろよ」

自室へ戻るトレイシアを悠然とした表情で見送ったあと、ソファに戻り、両手で顔を覆い、叫んだ。

「どうしよう! トレイシアが! 可愛い!」

照れ照れした彼女の姿を思い返して、ソファに寝転びながら身悶えした。きっと余の角は、派手に光り散らしていたことだろう。