軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇10.大好き♡ショットに胸撃たれ

もこもこ魔族は私の膝くらいの体長なので、背の高い魔王がこそこそ話をするには屈まないといけない。真顔で膝を揃えてしゃがみ込み、可愛い生き物に耳を傾ける魔王。その何とも言えない光景を大人しく眺めていたら、やがて相談は終わったようで、魔王はスッと立ち上がった。

無表情でじっと見つめられる。彼が他人に気遣いできるタイプの魔王だと知った後でも、「頭が高いぞ愚民」みたいな眼差しで見つめられると、やはり自発的に跪きたくなるような威圧感があった。

たぶんだけど、これは魔王の存在感が成せる業というか、魔法士のお爺さんが言っていた魔族特有の魔力がどうとかいう問題で、彼が意図したものではない……のだと思う。あちらには強いて私を脅かすつもりはないのだと自分に言い聞かせ、固唾を飲んで魔王の言葉を待つ。

魔王は、まず己を指し。

「余」

次いで、まるで世界全体を示すように、大仰に両腕を広げて。

「平和」

そして両手をサッと頬の横に持ってきて、ハート形を作り。

「だーいすき♡」

小首を傾げて、ウインク。

「……」

私は真顔で固まった。

声も出なかった。

――無表情とのギャップが激しい小首傾げポーズで「平和大好き」と言い切った魔王が、息を呑むほどの気合に溢れていたから。

本気だ。本気なのだ、魔王は。

魔王は本気で、今回の和平条約を守り、この婚約を成功させるつもりでいる。

なぜ魔王がここまで平和を求めるのかは分からない。魔界で内憂の兆しがあり外患を減らしておきたいのか。魔界内の勢力に関する駆け引きの一環か。何か計り知れない悲劇の果てに平和を求めているのか。

魔王が何を考えているのかは分からない。だが、それが何らかの策略の一つにしろ大きな目的の手段にしろ、とにかく本気で、人間と魔族の友好の実現を目指していることは分かった。きっとそれだけの決意に相応しい、相当な理由があるはずだろうことも。

その証拠が、王の威厳をかなぐり捨てたこのポーズとウインクだ。彼は敢えて、私の目の前で己のプライドを捨ててみせたに違いない。人間と魔族双方の平和に尽力するという、為政者としての覚悟を、共同作業者となる私に示すためだけに。

そう確信できるほどに、魔王の気迫は凄まじかった。神聖さすらあった。あの瞬間、後光さえ差して見えたのだ。生まれてこの方、嘘と建前に溢れた宮廷で生きてきた私には眩しいくらいに、あの「だーいすき♡」には、偽りのない真摯な気持ちが込められていた。

不退転の意志、偽らざる決意……あの無表情の裏にどれほど重く苦しい葛藤が隠されているのか。彼はどれほどの思いでウインクを……。

これが魔王。魔界を統べる王……!

「はっ」

いけない。うっかり魔王のカリスマ性に心を揺さぶられてしまった。危ういところで己の使命を思い出す。感動している場合じゃない。

今の私の目標は、魔王に気に入られること。そのためにこの場ですべきことは、魔王に全力で乗っかることである。

ここは魔王と同じく心から世界平和を願う、天真爛漫な姫として振る舞うことが正解だ。

『同意いたしますわ!』

私は喜色満面になってみせて、全力でぶんぶんと頷いた。

『魔王様はなんと優しいお方なのでしょう! 誠実の鑑! 平和を愛する心、同意いたしますわ!』

おしとやか路線から元気いっぱい路線に若干キャラがブレてしまったからだろうか、魔王はやや戸惑っていた。

だが、最終的に私が『人間と魔族が仲良くできるといいなと思います!』と笑顔で言えば、魔王は賛同の意志は伝わったと言わんばかりに深く頷いてくれた。

「そっかそっかあ~。トレイシアも平和ラブ勢かあ~」

『はい!』

やはり魔王はノリの軽い言葉とは裏腹の冷たい眼差しで、国家反逆罪を犯した重鎮に相対するように重々しく、スッ……と手を差し出してきた。その雰囲気につい「あっ死刑宣告かな?」と思わされてしまうが、ここまでの流れで考えるに、たぶん、ただの握手だと推測される。

求めに応じて、魔王の大きな手に自分の手を重ねた。魔王はこちらの手の小ささに驚いたのか一瞬だけ強張り、スンとした無表情は崩さないまま、そーっと繊細そうに手を握ってくる。その様子に、手の温度とはまた異なる温かさを率直に感じて、たぶん魔界に来て初めて、自然に笑みが浮かんだ。

「同じ気持ちだよ。頑張ろうね、トレイシア」

『はい。不束者ですが、よろしくお願いいたします!』

こうして、魔王と私の婚約生活が――魔王に気に入られるために全力を尽くす日々が、幕を開けた。