軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

044_永禄六年(1563年) 浅井小屋2

少しばかり駆けると、すぐさま騒動の中心が見つかった。

野次馬達の間から様子を覗くと、どうやら子供相手に大人が怒鳴り散らしている様子。

さらによくよく見てみると、その子供に怒鳴り散らす大人は長政の知った顔だった。

「瓜屋の大将じゃないか。どうしたんだこんなところで声あげて」

長政が親しげに歩み寄ると、怒っていた大人の表情が驚きに変わる。

「新さんじゃないか。また仕事をほっぽってきたのか?」

長政の事を新さんと呼ぶ彼は、この今浜で瓜屋を営む商人だ。

長政が時折、浅元新十郎として今浜を出歩いている際に知り合った商人の一人である。

当然彼らは長政が浅井家の当主である事を知る由もない。

「まぁそんなところだ。それで? 何があったんだ」

長政がそう問いかけながら視線を子供の方に向けると、怯えた様子の子供と、その子を庇うように立ち塞がる気の強そうな子が二人、長政へ視線を向けていた。

見た目からして新七郎と同じくらいにも見えるが、痩せぎすで成長不良にも見えるため正確な年まではわからない。

「どうもこうも。聞いてくれ、この盗人どもがうちの店から瓜を盗んだんだ」

彼の言葉に視線を向ければ、確かに後ろに隠れる子供の腕には瓜が三つ抱えられている。

この頃の瓜とは僅かに甘みのあるメロンのような風味と食感の食べ物で、菓子がない今の時代の庶民のおやつである。

「こいつら、今まで何回もあちこちで盗みを働いてんだ。警邏にも何回も突き出したが子供だからって事で許されてな。だがもう我慢ならねえ! 先月なんか、こいつらが盗みを働くせいで立ち行かなくなった店が一つ潰れたんだぞ!」

怒りと憎しみが滲む視線を再び子供達に向ける店主。確かに彼らのような、物を売って日銭で生きる者達にとっては盗みを働く者達は子供だとしても許せないだろう。

「そうは言うが、殴るのは少々やりすぎではないか? あちこち腫れているようだが」

長政がみやれば、こちらに視線を向ける二人の子供のまとうボロキレのような麻の服の間から、青あざや傷が無数に見えた。

おそらく盗みに失敗する度に殴られてきたのだろう。

「やめろって言ってもやめないんだから仕方ないだろ。それとも新さんは俺らの店を潰したいのかい?」

見れば野次馬の中にも、瓜屋の大将に同調するようにして頷く者達が何人かいる。

どうやら彼らも被害者のようだ。

彼ら商人の言い分も最もだ。大規模に取引を行う大商人と違って、露天で日銭を稼ぐ彼らには今日の生活費がかかっている。

長政としても、彼らを敵に回すつもりも、かと言って大人なのだから我慢しろなどと言うつもりもない。

「いや、その通りだ。こやつらの致した事は許されるべきではない。みな今日一日を生きるために必死に働いている。その邪魔をする存在が許されていいはずがない」

その言葉に子供達の表情が強張るが、長政は続けた。

「とは言え相手が子供というのも事実。ここは一つ、俺に任せちゃくれないか。 警邏(けいら) には顔が効く。二度と同じ事ができないようにしっかり言い含めておくから、今日のところは勘弁してやってくれ。盗んだ瓜の代金は俺が出そう」

言って、懐から多少多めに銭を取り出す。

瓜屋の大将や周りの者達は複雑そうな表情を浮かべたものの、「新さんがそこまで言うなら……」と代金を受け取って渋々立ち去っていった。

そうして野次馬達も散り始め、残されたのが盗人の子供二人と長政と新七郎だけになると、新七郎が忌々しげに口を開いた。

「兄上、この者達を許すのですか? いくら子供とは言え、みなが汗水垂らして働く中で人の物を盗んで生きているような者達です。どうせ大きくなっても賊になるのが精々でしょうに、そんな者たちをなぜ許すのですか!」

声を荒げる新七郎を他所に、長政は子供達の腕の中から瓜を一つ取り上げる。

「その瓜は俺が買った。食ってもいいぞ、腹減ってんだろ」

そうしてシャクッと瓜を噛み、皮を吐き出して中の実をかじると、じんわりと甘さが口の中に広がる。

現代の果物を知る長政には多少甘い野菜程度にしか思えないが、それでも数少ない甘味ということもあってどこか懐かしさを覚える味だった。

「兄上!」

「新七郎。お前は私のようになりたいと申したな? ならば私のような武士になるためにも現実を知らねばならん。これは丁度いい機会だ」

一体何を言っているかわからないと言った様子の新七郎を他所に子供達へ視線を向けると、気弱そうな方の子供が口を開く。

「おいらたちは良いんだ、でも……」

「やめろ 与助(よすけ) !」

与助、と呼ばれた方はビクッと肩を跳ねさせて口をつぐむ。どうやら訳ありらしい。

「なぜ黙らせる?」

「さっさと 警邏(けいら) に突き出せ! それで満足だろ!」

一切長政と会話するつもりがないらしいその子供の態度にため息が出る。どうやら詳細を聞き出すには強硬手段に出るしかないらしい。

「確かに警邏に突き出しはするが……今まで通りで済むと思うなよ。俺ならお前たち二人を、今浜どころか北近江から追放できる。俺はそれができるだけの立場にある。これからの人生、二度とこの地を踏めると思うな。知った顔が一つもない他国で、お前たち二人で生きていけるのか?」

「そんな脅しに……!」

「脅しだと思うか? ならば一度試してみるか。二度目は無いがな」

ただでさえ身なりが良く、ガタイもいい長政が子供相手に真顔でそう詰めれば、怖くないわけがない。

「久兵衛、話そう。おいらたちが居なくなったら……」

「……だから武士は嫌いなんだ……!」

脅しが効いたのか、観念した様子の二人がようやく事情を話し始めたのだった。

◆――

「久兵衛にいちゃん! 与助にいちゃん!」

長政と新七郎の二人は、先ほどの盗人の子供二人に連れられて道を行く。

そうしてたどり着いた先で、小さな子供たちが三人ほど駆け寄ってきた。

そこは今浜の町はずれ。最近の北近江の発展によって家の建て替えが頻発するこの頃、建て替えの際に出た廃材や新たな家を建築するための資材置き場として使われている広場だった。

どうやらこの子供たちは、その資材の影に隠れて暮らしているらしかった。

「誰? あの人」

現れた子供たちはそんなことを言いながら、久兵衛の後ろに隠れて長政の顔を見上げてきた。

年はまだ四つか五つほどに見える。ボロのような服を来て顔中 煤(すす) だらけ。ろくに食事もできていないのか、全員が嫌に痩せこけていた。

「浅元新十郎と言う。こちらは弟の新七郎だ」

「・・・」

なぜ彼らが盗みを働いたのか。彼らの話を聞き、そして実際の光景を目の当たりにしたことで話が見えてきたのだろう新七郎はだんまりを決め込んでいた。

先ほど怒りに任せて怒鳴り散らした手前、居心地が悪いのだろう。

「わりい、今日はあんまりとれなかった」

そんなことを言いながら久兵衛は子供たちに瓜を手渡す。それは先ほど彼らが盗み、そして長政が買った瓜だった。

「にいちゃん達は食べないの?」

「俺たちは途中で食ったからいいんだよ。な?」

「ああ! もう腹いっぱいだ。だから気にせず食っていいよ」

久兵衛、そして与助と呼ばれた二人がそう言って聞かせると、子供たちはうれしそうに瓜にかぶりつき始めた。

たかが瓜、長政であれば簡単に手に入れられる安物のそれを、しかし子供達は大事そうに一口ずつ味わっている。

もちろん、二人の言葉は嘘だ。長政の買った瓜をかじりもせずにここまで歩いてきたのだ。自分たちも腹が減っているだろうに。

「みな、捨て子か?」

長政が問うと、暗い表情で久兵衛が答えた。

「捨て子だったり、戦で親が死んだり、色々だ。おいらは違うけど」

「お前は親がいるのか。だったらなぜ盗みを働く?」

「……仕方ないだろ、俺の家だって余裕があるわけじゃない。こいつらのために何かしてやりたい、そう思うことがそんなにおかしい事かよ」

言いながらチラりと、隣の与助に視線をやる久兵衛。

どうやら与助にも親が居ないらしい。

「ふうん……言っていることは立派だが、やっていることがただの盗みではな」

長政が冷たくそう言い放つと、久兵衛は「わかってるよ、そのくらい……」と小さく呟いた。

そんな二人を黙って見ていた新七郎が突然口を開く。

「だったらなぜ大人を頼らない。なぜ寺に行かない。お前のやっていることは悪だ、どんな言い訳をしても許されるわけがない」

まるで新七郎が自分に言い聞かせるように放ったその言葉は、しかし久兵衛の神経を逆撫でするだけ。

「大人だって生きるのに必死なのに誰が助けてくれるんだよ。寺なんて捨て子で溢れてる。悪がダメなら悪にならずに生きていく方法を教えてくれよ」

久兵衛に言い返され、新七郎は何も言い返せなくなり言い淀んだ。

この時代に孤児院なんてものは存在しない。わざわざ孤児を集めずとも、そこら中に行き場を無くした大人や他国から売られて来た奴隷が溢れているからだ。

その代わりこの時代では、あちこちに点在する寺がその役割を果たしていた。

とは言えこの戦乱の時代、両親肉親が居なくなる事は珍しくなく、避妊の技術も未発達で数ばかり多い子供達は口減らしのために捨てられる。

そのため寺には捨て子が溢れかえり、寺が引き取り切れない子供たちはそこらで当然のようにのたれ死んでいるのだ。

そうならないためには例え盗みを働いてでも、食っていくしかないのである。

その選択を責められる者が、果たしてどれだけいるだろうか。

新七郎の言う事は正しい。どんな言い訳をしても悪事が許される理由にはならない。

だが同時に、仏の教えすら踏みにじられる末法の時代では、正しさは何も救わないのだ。

今まで曲がりなりにも大名家の三男としての世界しか知らなかった新七郎にとって、同年代の者達が直面する過酷な現実は衝撃的だっただろう。

しかしこれが現実だ。

だからこそ賊は蔓延り理は乱れるのだ。

そこへ、別の子が駆けてきた。

「大変だ! 隠れ家が警邏に見つかった!」

「何!?」

「今、武家の奴らが来て壊そうとしてる!」

「急げ!」

知らせに来た子供と久兵衛、与助の三人は慌ててその隠れ家とやらを目指して駆けだした。

「行くぞ新七」

「は、はい!」

子供たちに続き、長政と新七郎も後を追った。