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作品タイトル不明

037_永禄五年(1562年) 近江金

浅井五カ条発布から数ヶ月。

夏も終わりに近づくこの頃、北近江はこれまでにないほど人の往来が盛んになっていた。

京を中心とする近畿を舞台に繰り広げられていた、三好と畠山・六角連合軍の戦いが思わぬ展開を見せたためである。

一時は連合軍の勝利かと思われた一連の戦いだったが、なんと五月に起きた 教興寺(きょうこうじ) の戦いで、連合軍の一角を成す畠山が三好に大敗し、形勢が逆転したのだ。

当時、大量の鉄砲を有する 雑賀(さいか) 衆を従えた畠山軍は三好と真っ向から戦う姿勢を見せたが、それに対する三好はひたすらその時を待った。

そして訪れたのは雨。

雨によって火薬がしけり、大量の鉄砲が使用できなくなる瞬間を待ち続けたのである。

実弟、三好実休が鉄砲によって討ち取られたことから学び、鉄砲が使えなくなる雨の日を決戦に選んだ三好長慶の作戦勝ちだ。

この戦いにより畠山は譜代家臣を多数討ち取られ、三好との戦いを断念せざるを得なくなり、同盟相手を失った六角は近江へと兵を退いた。

その後六月には六角と三好が講和し、連合軍が事実上の瓦解。三好は残った畠山を追撃するために兵を差し向け、とうとう勝利を収めたのだった。

一連の戦いで二人の弟を失った三好 長慶(ながよし) ではあったが、再び近畿最大の勢力として君臨する事に成功。

結果、近畿は一旦の平穏を手に入れ、商人の往来がまた盛んになり始めたのである。

しかし、この戦いによって三好家家中に生まれた次なる混沌の種は着実に芽吹いていた。

今の平和はその混沌の種が成長するまでの仮初の平和である事に気付いている者は、余りにも少ないのだった。

さて、この頃の北近江浅井家はと言えば、浅井五カ条によって急速に発展し始めた今浜とその今浜の恩恵によって共に発展していく北近江各地の対応に追われ、多額の銭が手に入る代わりに目が回るような忙しさに見舞われていた。

毎日のように各地から飛んでくる嘆願状、書状、嘆願、嘆願、書状……これらの処理がついに限界を超えたのだ。

「新八郎! 元服して政務を手伝え!」

長政のそんな叫びと共に、内政方面で才覚を見せ始めていた長政の弟、新八郎の元服が決まった。

そこで名を浅井 政元(まさもと) と改めた新八郎だったが、これがまあとにかく優秀だった。

「兄上。東近江からの嘆願の件ですが、磯野殿に回しておきました。実地を知る磯野殿であれば大丈夫かと」

「うむ、わかった」

「それから今浜の商人達の嘆願についてですが、浅井に損は無さそうなのでまとめて承諾しても良いかと思われます」

「うむ、わかった」

「あと蔵の米についてですが、こちらも一旦市場に流す方が有益と判断しましたので手筈は整えておきました。あとは兄上の承諾を頂きたく」

「うむ、わかった」

「それから――」

――とまぁこの通り、政元が瞬く間に浅井家の内政及び財務を一手に引き受けた結果、長政の元へは、より火急の書状だけが届けられるようになり、長政は更なる内政改革に着手できるだけの自由を手に入れたのだった。

しかし、新たな体制のもと勢いづく北近江だったが、それを阻害するとある問題が顕著化して長政の頭を悩ませ始めていた。

それが急激な 永楽銭(えいらくせん) の不足である。

永楽銭、正確には 永楽通宝(えいらくつうほう) と呼ばれるこの銭は、明国(中国のこと)で生み出された通貨で、明との貿易が盛んに行われる中で日本の通貨としても流通し始めていた。

現代からは想像しにくいが、この頃の日本の通貨は外貨を使用していたのである。

しかしこの永楽銭、使用する上で幾つか問題があったのだ。

一つが 鐚銭(びたせん) と呼ばれる品質の悪い通貨の存在だ。

現代で言う中央銀行のような機関が存在しないこの時代、一度流通し始めた銭はどこまでも使われるため経年劣化によって品質が悪化していく。

そのため品質が悪化した永楽銭は 鐚銭(びたせん) と呼ばれ、価値の低い銭として使用し続ける事になるのだが、この鐚銭の存在が経済を混乱させる原因の一つとなっていた。

何せ、あちらの国では鐚銭四枚で 精銭(せいせん) ――つまり、品質の良い永楽銭一枚分としての価値を持っていたにも関わらず、こちらの国に来ると鐚銭六枚で精銭一枚分の価値になる、と言う事が頻繁に起きたからだ。

そのうえ鐚銭の判断基準も人それぞれで、あっちの店では精銭として使えたのにこっちの店では鐚銭扱いで価値が下がる、という事も多発した。

そのせいで商人達は国を渡り歩く際に鐚銭の貨幣価値変動まで気にする必要があり、鐚銭を扱うのを嫌って精銭を保管するようになってしまったのだ。

その結果、市場に流れる精銭の数が減少したのだが、この戦国時代では紙幣が使えない事も永楽銭の不足に拍車をかけた。

現代では紙幣を使う事で大量の銭、即ち鉄を用意しなくても紙が同価値となるため鉄不足に陥らないのだが、この時代にはその紙幣の価値を保証する機関が存在しないのである。

各大名が各々の土地で好き勝手に国を運営するこの時代、紙の銭なんて物はその国でしか使えないため各国を渡り歩く商人からすれば扱いにくい事この上ない。

その上種類が増えれば増えるほど当然偽札の問題も生まれる訳で、それを防止する手段もない。

一応、手形のような物は存在していたりするのだがこれも信用取引であり、仮にその手形を保証する大名が戦に負け、万が一にも滅亡しよう物ならそれらはただの紙切れとなってしまう。

お蔭で莫大な金額の取引には全て銭が、それも出来れば精銭が必要なため、いくら資産を持っていてもそれを換金する銭が全く足りないのだ。

結果、大量の商人達が往来し始めた今浜では、誰もがこの永楽銭を求めて需要が爆増。永楽銭が急激に不足し始めていた。

「悪貨は良貨を駆逐する、と言う言葉通りという訳か」

近頃毎日のように届けられる銭不足の知らせに目を落とし、長政がそう呟くと、元服したばかりの政元がそれに続く。

「世の中、上手く行かないものですね」

やけに大人びた言葉ではあるが長政とて同意見だ。経済を活性化させ、北近江を豊かにしようと動き出した矢先にまさかこんな問題が起こるとは。

「銭を造ろうにも損するばかり……一体どうすれば良いのやら」

頭を抱える長政と政元は、肩を落としてため息をついた。

足りなければ新たに銭を鋳造すれば良いのではないか、と言うとそういう訳にもいかないのがこの永楽銭不足の最も大きな問題点だ。

永楽銭の材料となるのは銅の他に 鉛(なまり) や 錫(すず) と言った金属を混ぜた合金なのだが、この鉛や錫が問題なのである。

何せこの頃の日本では鉄砲を始めとした武具に鉛が大量に使われ、錫に至っては日本での生産量があまりにも少ないために輸入に頼っている始末。

それらを購入・運搬するための費用、銭を鋳造するための費用、そして永楽銭を流通させるための期間や手間まで考えると、どう考えても大赤字だ。

ならば永楽銭を作る明国から銭を仕入れようとしても、この頃の明では既に紙幣や銀貨による通商が一般化し始めており、永楽銭など作ってすらいない。

どころか、明国ではこの頃急激に銅が不足していたため、銭を仕入れるどころかむしろ日本の銅を割高で買い集めている始末だ。

こんな有様では、誰も銅で永楽銭を作ろうなどと思うはずがなかった。

ならば元を取るために銭の品質を下げたり、或いは元を取れるような品質にした新しい銭を作り出しても、それも他国では価値の下がる鐚銭となり誰も扱わない銭になってしまう。

それに、そもそも浅井如きが新しい銭を鋳造したところで、誰もその銭を扱いたいとは思わないだろう。

何せ明日には六角家に滅ぼされていたとしても何らおかしくない家だ。

そんな浅井が保証した銭に、一体どれほどの価値があると言うのか。

もし浅井で銭を作るなら、品質の高い永楽通宝を作るしかない。

そしてそんな高品質の永楽通宝を生み出せば、大赤字となり破産する。

そう言うわけで、大量の銭が集まる北近江では、鐚銭による混乱を止める手段が全くないと言う訳だった。

「これは……詰みだな」

もはや考えることすら放棄し、長政はごろんと寝転がった。

八方塞がりとはまさにこの事だ。

このまま放置し続ければ、今は今浜だけで済んでいる経済の混乱も、やがては北近江中に広がってしまう。

そうなれば、長政の思い描く経済の活性化など到底叶わないだろう。

しかし止める手立てがないのもまた事実。

何も、永楽銭の鋳造で利益を出そうという訳ではない。せめて、銭の製造の為にかかる費用と得られる利益が釣り合ってくれればそれでいいのだが……

「しかし兄上、ひとつわからない事があります」

「……ん? どうした新八郎」

いくら知識を漁ってみても解決する手段が思いつかず、半ば投げやりになりながら政元に視線を向けると、彼は真剣な表情で告げた。

「何故、銭は銅でなければならぬのですか?」

「……何故、と言われてもな……」

何故永楽通宝が銅なのか。そんな物、加工のし易さや当時は銅が潤沢に手に入ったから等、理由は様々だろうが、とにかく最初に作られた銭が銅だったから、としか言いようが無い。

しかし、どうやら政元が聞きたいのはそう言うことではないらしく、何と答えたものかと悩む長政を見かねたのか言葉をつづけた。

「例えば、銭が足らぬ時に米で取引を行うように、銅の代わりに金や銀を使ってはならぬのですか?」

何だ、そう言うことか、と長政は納得する。

この時代、金や銀は報酬として贈答したり、海外との貿易のために使うのが主な使い道であり、いわば宝石のような扱いを受けていた。

そんな金銀を銭にすればいいのではないか、と言うのが政元の考えらしい。

とは言えそれにも問題が――

それを説明しようとして、はたと気づく。

確かに、政元の言う通りなのだ。

何故、金銀を銭に使わないのかと問われれば理由はない。理由はないが、金や銀を銭として扱う事はしていなかった。

強いて言えばこの頃の日本に金山や銀山は少なく、また近江を始めとする近畿周辺では採掘できない事から甲斐や 石見(いわみ) から仕入れなければならない事が理由だが……

その価値、金なら一両(約40g)で四貫。

時価による部分もあるため常に四貫、と言う訳でもないが、金一両分で精銭約四千枚分に及ぶ銅と同価値になる計算だ。

もしこの金を銭として使用すれば、今まで精銭四千枚を必要としていた取引が金一両分の小判で済むようになるのだから、銅の必要数はぐっと減る事は間違いない。

そして最も優れている点は、金は重さで取引されているため例え浅井が新しく金の銭を発行したとしても、その重ささえ守っていれば誰もが安心して使えるところだ。

実際、甲斐の武田ではこの頃、甲州金と呼ばれる金貨で取引を行っている。

それを真似してある程度の重さを基準に幾つかの種類の小判を作れば、今まで無数に必要だった永楽銭の代わりになるだろう。

そして今の浅井であれば、その鋳造にかかる費用程度であれば、用意するのは難しくない。

それに、金と言えば使える手段もある。

「確かこの辺に……」

慌ただしく立ち上がった長政は棚の中を漁り始め、『新九郎 覚書(おぼえがき) 』を取り出した。

それはかつて長政が書きなぐった、史実の歴史と未来の技術が詰まった書類だ。

それをバラバラと無造作にめくり、そうしてとあるページで手を止めた。そこに記載されていたのは――

「 焼金(やききん) 法……これだ。でかした、でかしたぞ新八郎!」

「はい……? あ、兄上、一体何が……?」

長政のあまりの喜びように、何故褒められたのかわからない政元は混乱した。

焼金法とは金銀を鋳造する方法の一つで、江戸時代に入ってようやく確立される技術である。

「よいか新八郎。今の日本の技術では、金鉱から取り出せない、鉱石に混ざったままの金や銀がある」

「……それがどうされたので?」

「ではこの金銀を、もし取り出す技術があったとしたらどうなる?」

長政の言葉に、一体何を言いたいんだとでも言いたげだった政元の表情が、一瞬で変化した。

賢い政元の事だ、それが何を意味するか一瞬で思考が巡ったのだろう。

「……仕入れる際は通常の鉱石としての値段で仕入れ、金銀を取り出せばその金銀分が儲けになる……? いや、そんなものでは終わらない。更にそこから銭を作れば、作った銭で鉱石を買い、そうして生み出した金銀を売れば……これは、まさか」

「左様。正真正銘、金のなる木という訳よ」

どこで覚えたのか自分ですら忘れてしまったが、金山の無い近江では到底使い道のない技術だと思っていたこの焼金法が、もしかしたら浅井を救う大きな革新をもたらすかもしれない。

政元の問いからこの事にたどり着いた長政は、思わず口元を大きく吊り上げる。

これが上手く行けば、打つ手無しだった永楽銭の問題を解決するだけでなく、浅井家に莫大な富をもたらす事に繋がる。長政にとってはまさに救世主である。

「新八郎、この事くれぐれも口外するな。私はこれから一部の者らと共にこの技術の開発に入る。忙しくなる……忙しくなるぞ!」

いうや否や長政はバタバタと部屋を後にする。

取り残された政元は、この技術によって得られる膨大な富が一体どれほどの恩恵をもたらすのか想像できず、またそんな技術を知っている兄の異質さをまざまざと見せつけられた形となった。

「兄上、あなたは一体……」

その後すぐさま一部の職人たちと技術開発を開始した長政は、瞬く間に技術の開発を進めた。

そして一月後には焼金法の基礎となる技術を確立し、製法を知る一部の職人たちを囲い、金を買い集め、近江金として小判の製造を開始。

この近江金は他に類を見ない上質な金として重宝され、すぐに永楽通宝共々、北近江で流通する通貨の一つとなった。

そうした後に長政は、この近江金を更に円滑に市場へ流通させるため、そして鐚銭を鋳つぶして新たな永楽銭とするために浅井家直轄の専用機関、 貸付屋(かしつけや) を今浜を始めとした各所に設置して銀行の先駆けとした。

その結果、完全にとは言えないものの、近江における銭の混乱を瞬く間に収束させる事に成功したのだった。

この貸付屋の働きによって良質な通貨が流通するようになった北近江には、ますます商人が集まり銭を落とす事となる。

商業が発展していく今浜を抱えた浅井家は、ここから益々の成長を見せる事になるのだった。