軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 正か邪か

目を細め、眉間に皺を寄せ、一瞬でも黙ってしまった。

その表情を見て、フルゲとガトウは何かあったと俺の方を注視した。

しかし、この件をどう説明すればいいか悩む俺は言葉を選ぶのに時間がかかり、数秒の沈黙を選ぶしかなかった。

「フルゲさん。この子に会えますか?」

「この子?バーゼですか。彼が何か?」

「いえ、知っている子かもしれないので」

ネームドを見つけたら、その人物の素性を知り何らかのリアクションを取ってしまうが、俺の目はこの時ばかりは少しばかり力が入ってしまっているかもしれない。

「そう、ですか。わかりました、少しお待ちください」

俺の纏う雰囲気の変化から、ただ事ではないとわかったフルゲはその場から駆け足で離れ、アネモネ司祭の元に向かった。

「その子に何かあるのですか?」

「人違いか、あるいは〝まだ〟ならいいんですけど。もし俺の知る人物ならちょっとマズいことになるかもしれません。なので、念のための確認ですよ」

ちらりとアネモネ司祭が俺の方を見てその後フルゲの方に視線を戻し、そのまま列の後方の馬車に向かっていく。

その先にバーゼがいる。

「君がちょっとマズいと言うのか」

「状況次第では、ちょっとが抜けるかもしれませんけど」

「ホホホホ、ちょっと背筋が寒くなって来たかの」

バーゼ。FBOでこの人物がどのように描かれるかと言えば、ストーリーに登場するNPCの最強格の一角として語られる。

登場時の実力で言えばクローディアに匹敵し、さらに彼の持つユニークスキルが破格の性能を誇って、プレイヤーたちに猛威を振るった。

そう、バーゼは通常プレイでは決して仲間にならないユニット。

邪神教会側のユニットだ。

「いざとなったら俺が全力で足止めします。その間に、仲間の召集とこの場に居る人たちの避難をお願いします」

「君が、足止めと言うのか。とてつもない人物が来ておるのだな」

邪神教会側の人間として活動しない限り決して仲間にならないし、途中でプレイヤーが邪神教会側から離脱したら即座に好感度がマイナス値に振り切れるほどの熱狂的な信者。

ジットリとした汗を背中にかいているのを感じ取り、そしてできれば外れであって欲しいと願うくらいには、俺たちプレイヤーを苦しめたユニットとも言える。

FBOの廃人たちが苦しめられたと感想を言えるくらいに厄介なユニットは何人かいる。

それと比べると三狂と呼ばれる存在は、うざい程度と言えて対処としてはまだ楽な方だと言える。

南の大陸の邪神教会の切り札、いや、決戦兵器と言えるたった一人の存在。

「まぁ、それは会ってみないと当人かどうかも判断できませんけど」

〝千手のバーゼ〟

俺たちFBOプレイヤーたちは、彼をそう呼んでいた。

プレイヤーたちには獲得できない『未来演算』というチートスキルを持ったユニット。

計算によって千手先を見通すと言われている、未来予知に近い能力を持つ。

正真正銘のチートキャラ。

一部ではバグキャラ扱いされていたな。

できれば、クローディアのいるときに相対したかったなと心の中でため息を吐きつつ、最悪刺し違えることも前提で考えているとアネモネ司祭とフルゲが1人の少年を連れて来た。

そこには綺麗な蒼銀色の髪を短く切った儚げな優しさを持った顔立ちの少年がいる。

俺の記憶にあるバーゼよりもだいぶ身長も低いし体つきも華奢で、ゲームで相対したときの不気味な迫力はない。

原形にすらたどり着いていない。

「連れて来ました。彼がなにか?」

それを確認できて、俺は一気に脱力した。

「いえ、ちょっと気になっただけで。悪いことではないですよ。ただ一つだけ彼に質問があって」

まだ堕ちていない。

その事実でこれほどまでに安心感を得られるかと思った。

「僕にですか?」

ジッと正面から向き合い、同い年くらいの彼の目を見ると戸惑いの色が色濃く映った瞳で見つめ返される。

「笛は好きかい?」

なにを聞かれるのだろうかと身構える彼に向かって俺は笑って問いかける。

わざわざ呼び出して、聞いた質問がそれかとアネモネ司祭とフルゲは首を傾げ。

ガトウはこの質問にどう答えるか、それによって俺の態度が変わるとわかって神妙な目で俺たちを見る。

「えっと、はい、好きです」

そして彼は戸惑いながらも、しっかりと頷いた。

そう、頷いたのだ。

「そうか、この街なら好きなだけ演奏できる。楽器も色々とあるからな。今度一緒に演奏しようか」

「は、はい!」

俺はそれを聞いて、心底安堵した。

バーゼが笛をどうでもいいと言ったら、正直、拘束してもおかしくなかった。

「わざわざ呼び出してもらってすまないね。友達のところに戻っていいよ」

「わかりました」

それくらいバーゼには笛という楽器は特別な物なのだ。

戸惑いながら振り返って、歩き出す彼の背中。

「何かあったのですか?」

「いえ、ちょっと知り合いかと思ったんですけど・・・・・違いました」

その背中をじっと見つめていたから、アネモネ司祭にも何かあったのかと思われたが、俺は笑ってごまかした。

バーゼという人間の過去は凄惨極まりない。

彼の父は売れない吟遊詩人、そして母はその吟遊詩人と駆け落ちした世間知らずのお嬢様だ。

路銀は稼げず、日に日に食は減り、それでも懸命に生きる。

子供を飢えさせないように父は歌うが日銭を稼ぐことすら難しい、母も慣れないながら働こうとしたが幼いバーゼを放っておくことはできない。

「そう、ですか。では、私は確認に戻りますので何かありましたらお声がけを」

「お手間をおかけして申し訳ないです」

「いえ」

安い宿に、家族三人で身を寄せ合って暮らし、そして日に日に生活は苦しくなるが、それでもそこには愛情があった。

小さかったバーゼに送られた小さな木の笛。

父親が作った、不格好な笛。

それで遊ぶのだけが幼少のバーゼの楽しみだった。

「不安の種は拭えたかな?」

「・・・・・現時点ではと言ったところですかね」

そんな家族の幸せは長く続かない。

彼が孤児院に送られているのが何よりの証拠。

両親がどうなったか、ここからが問題なのだ。

「まだ完全に彼を信用していないと?」

「真実を知った時に、彼がどういう行動をとるかが問題なんで」

アネモネ司祭とフルゲに連れられて元の馬車の位置に戻って行った時はもう彼は普通だった。

そして笛を好きだと言った。

「真実・・・・・リベルタ君はさっき彼のことは知らないと言いましたが。やはりあなたの知っている人物だったと?」

「ええ、間違いないです」

極貧生活に嫌気が差し、駆け落ちした母親の実家に母を売り払った父親が贈った笛を、彼は好きだと言ったのだ。

バーゼはまだ、父親のことを信用している。

いずれ母親とともに迎えに来てくれると信じている。

しかし、父親は接触してきた母親の実家の人間に金を握らされてどこかに逃げているだろう。

家の汚点として見られた母親の方は実家で軟禁されているか、あるいはと言ったところか。

「ジュデスたちにはまた働いてもらわないといけないな」

チャンスがあるとしたら母親を救出し、バーゼを家族と再会させて精神の安定を図ることだ。

もし仮に、母親がすでにこの世にいなかったらバーゼの精神は一気に崩壊する。

邪神教会と接触させなければ問題ないと思えるかもしれないが、ではいつバーゼはユニークスキルに目覚めたかという話になる。

バーゼから聞いた話はただ一つ、ユニークスキルは神から与えられたものだと言った。

このスキルを使って世界を滅ぼすというバーゼの言葉は簡単に思い出すことができる。

今のバーゼは不発弾だ。

「休暇の約束を守れないって、言ったら怒られるだろうな」

「仕方ないというのは上の都合だね。かといって君がさぼっているわけでもない。理解はしてくれるだろうさ。重要なのはその後どう報いるかだね」

「どこかにいい人材落ちてないかなぁ」

きっかけ次第ではそのまま沈黙し、霧散して終わるが、嫌な衝撃を与えればそこで大爆発する可能性もある。

いまこの問題を放置したら、いずれはあの狂気の敵と相対することになる。

ラスボスの討伐を目指して続く戦いの中で強い奴と戦えるのは面白いとは思うが、厄介な敵を相手取るのは面倒と思う気持ちもある。

邪神教会の最高戦力であった時のバーゼは、神敵を屠るためなら文字通り手段を選ばないという系統の存在であった。

どれくらい手段を選ばないかと言えば、間違いなくバーゼは狂楽の道化師の上位互換だった。

残忍さ、実力、狂気具合、そのどれもがあの狂楽の道化師を上回る。

「ホホホ、そう都合のいい人はおらんよ」

「ですよねぇ」

そんなユニットの爆誕を避けるためなら、俺が動くのも視野に入れるしかないか。

「はぁ、俺はのんびり学園運営に集中したいだけなのに」

「世の中そう都合よくいかないものだよ。ワシの夢が、まだ夢のようにね」

「世知辛い」

最悪の未来を想定すると、今は何の罪もない彼を処理するという手段を思い浮かべかけたがさすがにそれは無しだ。

あくまで俺の知っているのは未来のバーゼの姿だ。

今の彼は何も知らないただの孤児だ。

知っている側から見たら、放置を許されない時限爆弾のようなものだ。

脳裏で仕事の山がさらに積み重なったことに溜息を吐きつつ、他にも厄介な人はいないよなと目を皿にしてじっくりと名簿を読み進める。

三百人もいるとなるとさすがに多い。

ヤバい方向に進化するようなネームドではなく、将来有望なネームドが眠っていないか。

FBOのネームドキャラは過去に苦労した人物が多い。

それ故に能力が高かったりするのだから、それも当然と言えば当然だ。

「・・・・・他は、大丈夫そうだな」

「君が大丈夫というなら問題ないね」

「あくまで、今はですから。学び始めたらどう転ぶかはわからないですよ」

しかし、見つけたのは爆弾だけでお宝は眠っていなかった。

流石にそんなに都合よく欲しいネームドが紛れ込んでいるわけがないよな。

そもそも原作よりも前の時代で、ネームドたちがどんなことをしているかもわからない状況で、今回のように都合よく出会える方が珍しいか。

「それを正しい道に導くのがワシらの務めだ。不幸には導かぬのは約束しよう」

「本当にお願いします。ガチで」

「ホホホホ、責任重大じゃの」

そして即戦力になってなおかつ信用できる人物がそう簡単に仲間になるわけがないか。

「・・・・・最悪命を懸けてあそこに行くか?」

未来は明るいが、現在は暗雲が立ち込めている。

人手不足というのはどこの世界でも共通の問題なのだ。

そんな問題を早急に解決するには並大抵の手段じゃどうにもならない。

しかし、方法がないわけではないのだ。

「危険なことをするときは、しっかりと皆に相談してから行くのだぞ?」

「ええ、黙っては行きませんよ」

ただ、今の状況で行ったら非常に面倒な事を解決しないといけないから避けているだけだ。

しかし、面倒だからと言ってそれをやらずにジュデスたちが過労で倒れてしまったら元も子もない。

とれる手段はある、ならあとは俺の覚悟の問題ということだ。

「君はもう少しこの街の長という自覚を持った方が良いと思うよ。君が責任感で何かを成そうとしているのはわかるが、君がこの街からいなくなったらこの街が瓦解するということも理解してほしいね」

「理解していますよ」

「君の理解とワシの理解に齟齬がある気がするがの」

ガトウの言いたいこともわかる。

トップがわざわざリスクを背負ってまでやらねばならない選択肢を、積極的に取るべきではない。

その言い分は理解できるし、万が一を考えるのならやらない方が利口だ。

「理解して、あえて言いますよ。それが俺で、そんな俺を信じて皆ついて来てくれているんですよ。ガトウさんもそうでしょ?危ないからやらないって消極的な俺を見るよりも、何とかしてくれる俺が見たい」

しかし、それは俺じゃない。

ニッといたずら小僧のような笑みをガトウに見せて。

「そうでしょ?」

同意を求めれば、ガトウは負けたと肩をすくめて頷くのであった。