作品タイトル不明
21 知らぬ物語
FBOというか、ゲーム全般に言えることかもしれないが、物語の真実を細々と全て語りつくすことなど少ないのではないだろうか。
いや、物語の主軸となるメインストーリーは割とすべて語られると思うのだが、サイドストーリーなどは発端となる根幹のストーリーは語られないことが多い。
例えば、サイドストーリーをプレイする場合だ。
あれは本編を少し離れて楽しんだり、あるいは本編を補完してくれる物語だけど、サイドストーリーの発端となる過去の物語を深掘りしてほしいと願うこともある。
このキャラが好み!となって、もっとこのキャラのことを知りたい!と思っても、メインストーリーには関わらないサイドストーリーのサブキャラだから掘り下げられない。
そんなことを俺は度々経験している。
そしてその経験はFBOでもしている。
「ふむ、トレードって言うのは、こういうちょっと真面目そうだけど驚くと口調が変化しちゃう人のこと?」
「そうそう!ちょび髭と眼鏡の司教様だよ」
この広間でのミモザとの出会いは、果たして偶然かあるいは誰かが意図したことか。
ミモザという名のネームドキャラは俺は知らない。
FBOがサービスを終了するまで秘匿されていたキャラなのかもしれないが、変態と呼ばれるのがまだキャリアの通過地点と言われるようなゲーム廃人たちの偏執的な探索網をすり抜けたとは考えにくい。
となると、このミモザという少女は原作では描かれなかったということになる。
元気に返事をしてくれる素直な印象の少女。
そういうキャラはFBOの本編にもサイドストーリーにも結構いたけど、その中にミモザという少女はいなかった。
「そんな司教様に勉強を見てもらうミモザって結構すごい子?」
理由はいくつか考えられる。
1つ、シンプルにFBOというゲームとこの世界の現実との齟齬。
ゲームには存在しないけど、しっかりと現実では存在していたという可能性。
「うーん、どうだろう?結界術は使えるけどお姉さまみたいにまだうまくはないよ?」
2つ、イングリットやアミナ、そしてネルのように語られなかったモブキャラの可能性。
育ててみてわかったことだが、イングリットもアミナもネルも、モブというには才能という名のスペックがヤバかった。
数いる優秀なネームドたちにも勝るとも劣らない。
そして、神山では重要な役職である結界の巫女の中にも、そういう才能を秘めたモブキャラが存在するかもしれない。
その中の一人が彼女の可能性がある。
「ちなみに、ミモザはいくつ?」
「私はこのまえ五つになったの!」
「五つで結界術が使えるのなら、ミモザは優秀だなぁ」
3つ、原作時に死亡しているという可能性。
正直これが一番俺の中では有力だ。
FBOのストーリーの中で、神殿関連のクエストはいくつもある。
その中に、邪神教会に復讐を誓う元神官のネームドの男の話がある。
「えへへ、でも、私もっと頑張るの!それで、育ててくれたみんなに恩返しするの!」
「いい子や、この子いい子や」
その男は神山に勤めていた。
日々を真面目に、そして謙虚に生き、神に祈る敬虔な神官。
神山という神官にとっては名誉ある場所で勤務できることは彼にとっては幸福そのものだった。
だが、その平和に愛された空間がたった一度であるが血の海に染まる事件があった。
邪神教会によって作り出された血の惨劇。
ふもとの大神殿への強襲を陽動にして、神山の結界の要であるこの山頂の神殿を陥落させようとした、顔にキメラの入れ墨を彫った邪神教会の少数精鋭の襲撃によって、多くの結界の巫女が命を落とした。
惨劇の中で生き残ったその神官が、散った巫女たちの無念を晴らすために神官の地位を捨てて復讐の旅に出るという物語なのだが、この物語のメインは神官の復讐劇だ。
誰が主導して神殿を襲撃したか、誰が計画を立てたか。
復讐相手を調べることや目的に関しては語られたのだけど、肝心の襲撃方法に関しては全くと言っていいほど語られず、散った結界の巫女たちに関してもストーリーの冒頭で、主人公のネームドが巫女たちの墓前に祈っているとき何人か名前を紡がれたけど、そのあと物語の中では多くの巫女が命を散らしたと語るだけ。
おまけに、この元神官のネームドと関わるころにはすでに大半の情報は揃っていて、事情を説明して協力してくれないかと言われるだけだ。
ストーリーの終わり方も、主人公のネームドとプレイヤーが協力して巫女たちの仇を討ち果たして終了という流れで、事件の真相は闇の中……なんて展開だった。
この話に関しては色々と推測が飛び交い、一冊の推理小説が書けるのではと思われるほどの文字数に達して、同人誌となっている。
その同人誌は俺も買った。
だから、俺が知るのはこのサイドストーリーを軸に推測された神山での惨劇の情報だけ。
「結界術の訓練は楽しいか?」
「うん!」
核心となる情報は一切なし、そんな知識だったから気づくのが遅れたが、もしかしてあのいたずらのような陽動がその惨劇のきっかけだったりするのか?
いや、それだったらサイドストーリーに語られても良いと思う。
あれだけ派手に暴れまわっているのだから、『きっかけはあの落書きからだった』なんて導入でもいいはず。
いや、ストーリー進行の関係上端折られたのか?
ゲームという関係上データ容量には限界がある、そのためにストーリーが削られた可能性はある。
「いっぱい練習して、こんなことができるようになったの!」
「結界を使った、動物か。器用だな」
「うさぎさん、お猿さん、鳥さん!」
ミモザが器用に、結界の形状を変形させて動物の形を象るのを見つつ、記憶を遡り情報を引き出す。
過去のストーリーは時系列があいまいだ。
何年何月何日なんて丁寧に語られることの方が珍しいくらいだ。
ひどい話だと、『あれは暑い夏の日だった』なんて語り口から入って過去回想が始まるんだぞ。
過去系統のストーリーは本当にいつ起こったか特定ができない。
エスメラルダの時もそうだ。
偶然が重なって、助けることができたけど、いつエスメラルダが命を落としたかなんて明確な記述はストーリーでは語られなかった。
「蛇さん!」
「うん?」
だからこそ、俺は過去を変えようという行動を起こさない。
もっと正確に言えば、起こせないと言った方が良いか。
いくつも変えたい物語は存在するが、どこで起きるかはわかっていても、いつ起こるかわからないから対処のしようがない。
やるとしたら、その場所に張り込み続けて人探しから始めないとダメなんだよね。
そんなことをするほどガチ勢ではないし、推しのお姉さんを偶然にも助けることができたから、そこら辺は満足しているというのもある。
なので、俺のスタンスとしては介入できるのなら助ける程度の考えなのだが。
「・・・・・蛇?」
「うん、蛇さん!」
「これ、いつ見たかわかる?」
「えーっとね、3日前!」
「ふもとで見たのかな?」
「ううん。部屋の窓の外にいたの」
そのスタンス的に、介入しないといけないパターンになっちゃったっぽい。
結界で作られた蛇、多少デフォルメされているがそれでも特徴はとらえている。
そう、尻尾の部分とか特に良く作れていると思うよ。
ギザギザしている雷をイメージしたような尻尾、頭の部分も妙に刺々しい。
はい、邪神教会の偵察用の使い魔ですね。
隠密特化で本当だったら見つからないはずなんですよ。
だけど、偶然にも見つけちゃったんだね。
「ちなみに、その蛇とは目が合った?」
「うん!」
「ああー、うん、目があっちゃったか」
「真っ黒黒で、可愛かった!」
「そこはもう少し美的センスを磨いた方が良いかもねぇ」
使い魔ということは、当然だけど主という情報を取得している人間がいる。
蛇を愛用して、使い魔にする邪神教会のネームドがいる。
その人物に俺はすっごく心当たりがあるんだよ。
本当だったら神山を覆っている大結界でモンスターは悉く入れないはずなんだよ。
入れたとしても極端に性能が下がるんだよ。
だけど、動かすことはできる。
偵察をさせることくらいはできる。
戦闘能力よりも隠密性に特化した使い魔なら、送り込もうと思えば送り込める。
それでも結界のせいで性能はがた落ちで、隠密性能は下がるし、使い魔にとってこの空間は間違いなく地獄だ。
さらに言えば、長時間居座れば契約が解除されて野良モンスターになってしまうケースもある。
相応の能力と、相応の練度を持ったモンスターでないと、この環境を生き残ることはできない。
そんな使い魔をテイムしている輩を俺は一人知っている。
邪神教会の縁の下の力持ち、そして手段を一切選ばないことで有名な。
ギルギン・アルダゴン
こいつしかありえないよな。
「ちなみに、この蛇のこと誰かに言った?」
「言ったよ。この神殿を綺麗にしてくれる、お姉ちゃんに」
「そのお姉ちゃんはなんて?」
「信じてくれなかった。あと、変なことを言っちゃいけないって。神山にモンスターがいるはずないって、本当なのに」
そしてその部下が神山の中に入り込んでいることが確定しました。
報連相は大事だぞ?
なんで、口止めしているの? いや、違うな。
このパターンは、信じないように誘導されているのか?
そのお姉さんに実際会ってみないと何とも言えないけど、俺個人としてはギルティ宣言してもいいような気がする。
普通の神官だったら、結界の巫女の言葉を信じないはずがない。
それほどの地位を持っているのだ。
その巫女が住むこの神殿に入るには、神との契約が必須のはず。
そう物語では語られていたし、演出で契約もさせられた。
結界の巫女を育成する環境は神殿の中でも機密中の機密。
プレイヤーでも簡単には入り込めなかった。
セキュリティも厳重に厳重を重ねて、神殿騎士も常駐しているはず。
俺みたいに試練を突破したなんて特殊な人間でもない限り・・・・・いや、待てよ?
「そのお姉さんって、ずっと昔からいる人?」
「うん、ずっと前から神殿のお掃除してくれているってトレードが言ってた」
「そうかぁ。ずっと昔からか」
アルダゴンの根気の強さは邪神教会で一番だ。
警戒網を潜り抜けるために十年単位で尖兵を侵入させて、神殿関係者としてなじませるくらいのことはするか。
実際に、邪神教会を敵視している貴族の家に忍び込むために二十年も潜伏し続けたなんて話もあった。
なるほど、なるほど、あの惨劇の一端が見えてきたぞ。
同時にこれ、かなりやばい状況っていうのもわかった。
「ちなみに、そのお姉さんってしっかりとお祈りとかしている人?」
「してるよ!みんなと一緒に朝と、お昼と、夕方!」
「ああ、はいはいはい」
きっと清掃お姉さんは敬虔な信徒なんだろうね。
そんな人物がどうして危険なのか。
俺は邪神教会の手口をいくつも知っている。
その中で無自覚というか、意識誘導されているタイプの尖兵が存在する。
彼女自身には神殿に対して敵意はない。
いや、下手をしたら邪神教会に対して嫌悪感すらある可能性も出て来た。
だから契約で縛られても、問題ない。
真面目に職務に忠実で、敬虔。
しかも長い年月を真面目に務めてくれているのだ。
そんな人を疑うことなどできるはずがない。
では、なんでこんな人が邪神教会の手先になっているかといえば、そういう風に教育で暗示をかけられているからだと言える。
一見すれば普通の学校、普通の学習をしている最中に、無意識のうちに変なことをしてしまうように暗示をかけられている。
善良な一般人を、埋伏の毒に変える方法を邪神教会は熟知している。
彼女からしたら常識として『神山にモンスターなどいるはずがない』と思い込まされるのは、とても当たり前なことで、黒幕は簡単に彼女に覚え込ませることができるだろう。
いるはずがない存在を探す、それは人の認知能力的にどだい不可能な話。
そしてその認知能力の穴は、邪神教会にとってはかなり有用な隙になる。
神山の結界への過信、そしてその過信は違和感なくこの神殿に関わる者全体の意識に溶け込んでいる。
そういう隙を作るために意図的に、そういう人材を増やして偵察をできるようにしたか。
「・・・・・考えすぎならいいんだけどな」
そんな想像が外れて欲しいと、願いつつ。
「なにが?」
「いや、こっちの話」
外れている予感がしないのであった。