軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 EX リベルタの居ない時 5

イングリットを襲った盗人は、イングリットの迫力に負けてがくがくと震え、洗いざらい吐き出した。

「末端でしたか」

「そうだろうとは思っておりましたが、雇い主のことは全くわからないと言っているそうです」

結果的に無事だったとはいえ、リベルタ不在の隙を狙われた。

その事実が少々不穏だということで買い物は中断。イングリットは即座に宿に戻り、待機していたエスメラルダに事の次第を報告した。

「その盗人はどうしましたの?」

「現在、ゲンジロウ様に引き渡し、さらに細かい情報を引き出そうとしています。ですので、ネル様とアミナ様、そちらは危険ですのでお近づきにならないようお願いします」

「わかったわ」

「はーい」

情報の共有をして、もはや悠長に登山をしている場合ではないことを把握したエスメラルダは大きくため息を吐く。

階下のゲンジロウたちの部屋で一体何が行われているかを察して、あとで宿屋の店主に追加料金を払う必要があるなと思いつつ、ネルとアミナはまだ知らない方がいいと話を逸らす。

「しかし、何故マジックバッグを狙ったのでしょうね。あれは高価で珍しい物ではありますが、一見は普通のバッグです。事情を知らなければ白昼堂々狙うような代物ではないはずですのに」

「マジックバッグの中身に用があるとお考えですか?」

「そう考えるのが妥当ですわ。しかしあの時に入っていた中身は、せいぜい金銭ですわよ? 襲撃してまで手に入れる必要がある物が入っている確信などないでしょうに、何を狙っていたのか。それが問題になりますわ」

リベルタを狙っている人物は、今の世ならどこにでもいる。

まずは貴族。

王国内で王家派の中心として権勢を強めているエーデルガルド公爵家の推進剤としての役割を担ったリベルタを狙うのは、快く思わない輩だけではない。

当然反対勢力もいるが、排除するのではなく利用できないかと考える輩も多い。

次に、最近話に出た邪神教会。

その神威で信仰する者の増えている知恵の女神の使徒として、天下に名を馳せているリベルタのことは、邪魔だと思っても不思議ではない。

となれば必然的に排除することも視野に入れる。

しかし、それだとリベルタの身内であるイングリットの身を襲うことならまだしも、持っていたマジックバッグを盗もうとしたことが説明しづらい。

大まかに予想できる勢力はこの二つ。あと考えられるとしたら。

「リベルタに何かを求めている。そうなりますと、商人ギルドという可能性も浮上してきます」

「……否定できないのが悲しいですわね」

イングリットが思考の末に導き出した第三の可能性。

この世界において一番金のある組織は、間違いなく全世界の商人の互助組織である商人ギルドだ。

「商人ギルドがイングリットさんを襲ったの?」

「……ネルさん、可能性があるというだけですわ。実際そうとは限りません」

その可能性を聞いて一番ショックを受けるのは、世界を股に掛ける商人を目指すネルだ。

ネルにとっての商人像は、自分を育ててくれた父親の姿。

いい商品を集めて、その商品を届けて、客を笑顔にする。

商売の理想形というような環境を見続けてきた。

「わかってるわ。でも、そういうことをする商人がいるのも知ってるわ」

されど、理想だけではないのもまた知っている。

金という権力を得た道徳心の無い商人がどうなるかを、ネルの父ジンクは厳しくも教えていた。

それも、ネルにしっかりとした自制心を持った商人になってほしいという親としての願いがあったからだ。

「大丈夫?ネル」

だけど、聞いていて気持ちのいい話ではないのも事実。

心配そうに覗き込むアミナに向かって、ネルはニカっと明るい笑顔を見せた。

「大丈夫! 私がそうならなければいいだけのことよ!」

仮にそういう商人がいたとしても、自分がそうならなければいいという宣言は、場の空気を少し明るくした。

「それに、私もこの話を聞いたら商人ギルドが一番怪しいと思うわ」

「その理由をお伺いしても?」

そして、ネルは率先して商人ギルド介入の可能性を示唆した。

「お父さんに聞いてたけど、開拓村があの城壁を完成させて色々と始めたころから、商人ギルドから『支部を作らないか』って打診があったらしいの」

「儲け話には鼻が利く商人らしい話ですわね。私もその話は聞いております。ですが、リベルタが『時期尚早で地盤が固まっていない現状では避けるべきだ』と言って保留にしていましたわ」

商人を知る者は、やはり商人だ。

良いところも悪いところも含めてすべて把握しているわけではないが、自分の商売を軌道に乗せるためには同業の動向は常に把握する必要がある。

リベルタも、商業関連の情報に関してはエンターテイナーを各地に派遣して調べさせているくらいだ。

「そこよ。儲け話が目の前にあるのにその流れに乗れない。何としても関係を持ちたい商人は絶対にいると思うの。その筆頭が商人ギルドだと私は思うわ」

「でもそれって、バレたら大変なことになるんじゃないの? 僕たちからしたら迷惑だってことだし、悪いやつだってわかったら一緒にいるのも嫌だよ?」

その情報の中でやはり出てくるのが、商人の互助会である商人ギルドの話だ。

流通ルートに関しては、この商人ギルドは貴族より強い。

何を売り、何を買うか。

その情報に特化した組織とも言えるので、金を巡らせる操作能力はかなり高い。

そんな情報網に、リベルタの作った開拓村の情報が載らないわけがない。

「そうならないように情報を伏せるのも、商人ギルドならお手の物ですわね。実際に今回の騒動に関しましても、決定的な証拠は出ないでしょうね。出たとしても言いがかりだと言って、相手側を有罪にするくらいはするでしょうし」

さらに言えば、この世界の商人は善人ではない。

もっと正確に言えば、上層部は善人ではない。

リベルタがこの場にいれば、商人ギルドの上層部の面々を思い出して苦虫を噛み潰したような表情をしただろう。

エスメラルダも公爵家の娘ともなれば、この大陸の商人ギルドの関係者と面通しは済んでいる。

そして、その人となりも知っている。

「そんなことするの?」

だからこそ、何をして何をしないかの目星が付く。

「悪いことをやる」そのこと自体に異を唱えはしないが、アミナにとっての商人は、ネルやジンクのような善人のイメージがある。

その分、理想を追いかけている節があるのだ。

「……するでしょうね。なにせ、今まさに商人ギルドにとって一番大事な『経済』という歯車を操作できる立場を、彼らの手の届かないところから脅かしているのはリベルタでしょうし。手に入れられないなら潰す、くらいのことは考えているでしょうね」

「え!?」

そのままでいて欲しい。そんな気持ちが一瞬エスメラルダの中で芽生えたが、鳥かごで守られたままでいいのかと考え、汚い世界を知っても飛べると信じて現実を伝える。

リベルタの立場は、本人が想像している以上に強く危うい。

今は英雄としてもてはやされているが、一歩間違えれば最悪の犯罪者として断頭台に首を晒していた可能性だってあるのだ。

公爵家と神殿、この二つに繋がりを持ち最低限の交流を維持し、何もない開拓村でのみ活動しているからこそ、現状の平穏が維持されているとエスメラルダは考えている。

リベルタが今の状況で打って出れば、確かに勝ち筋はある。だが、その道は修羅の道であるとも理解している。

リスクとリターンのつり合い。

それを考慮しているからこそ、他勢力と対決するよりも地力をつけて圧倒するための発展を選んでいる。

「心配しないでください。あくまで可能性の話ですわ。私の勘違いという可能性もありますし、たまたま今回の盗人が嘘をついて誰かに罪を押し付けようとしている可能性もありますわ」

しかし、その地力をつけることを妨害しようと考える輩がいるのもまた事実。

あえて辺境での独立を選び、誰にも想像できない程の発展をしている。

アレイヤに来る前には、鉱山も発見してドンたちに開発の準備をさせる手配もしているから、近日中には製鉄炉が完成するだろうこともエスメラルダは知っている。

「ええと、じゃあ。盗人に依頼した可能性があるのは、貴族か邪神教会か商人ギルドで、誰が依頼したかはまだわからないってことかな?」

「ええ、それで合ってますわ」

そんな最中で起こったトラブルの原因を探るのは、非常に手間がかかる。

三つの勢力に可能性があるということは、すなわちその中のどれかが事件を起こしても、他の勢力に責任を転嫁することができるということだ。

誰かがやったと疑っている間に、本命は完全に証拠を消し去り、白を切る。

その流れを作られた段階で、お手上げ状態になるということだ。

「あるいは、その三つの勢力がすべて結託して、私たちを陥れようと考えている可能性すらあります」

「「「……」」」

これまでは、あくまで一組織による単独犯の想定だ。

最悪なのは、三つの勢力が結託しているケース。

「……あり得るの?」

「アミナさんの願いは、申し訳ないですが叶えられそうにありませんわ。結論を先に言うなら、『残念ながら』と言うしかありません。貴族の中に商人ギルドと繋がりのない人物はおりませんし、貴族が全員、邪神教会と関わりがないかと言われれば、それもあり得ないと言わざるを得ませんわ」

そんな可能性は無くあって欲しいと願うアミナの不安げな表情を解消する術を、エスメラルダは持ち合わせていない。

リベルタなら、『大丈夫、なんとかする』の一言で安心させるだろうな、とは思う。

自分たちの立場を楽観的に考えることができない現状、何かあったのなら原因があると考えるのが自然と身についた。

それはエスメラルダやイングリットといった貴族組だけでなく、クローディアのような修行者でもない平民出身のネルとアミナすら身につけるほど、リベルタの側というのは特別なのだ。

「『最悪を想定して動け』って、リベルタ君いつも言ってるよね。こういうことなんだよね」

「そうね、『考えることを止めるな』っていつも言ってるわ。だからこんなことがあっても、慌てないで済んでいるんだけど」

その特別を維持する努力を怠ってはいけないと、改めて考えさせられる機会となった。

アミナとネルは、常に教わる側。

しかし、それはしっかりと学ぶという姿勢を見せ続けているからこそ、リベルタも惜しみなく自分の知識や技術を教授しているのだ。

もし仮に、二人が努力を怠るような人間であったなら、この場にはいなかっただろう。

けれど、二人はここにいる。

それによって培った経験があるから、不安には思うが、慌てて混乱するということはない。

「でも、それならどうすればいいかって話に戻るのよね。仕掛けてきた相手がわかればまだ何とかなるかもしれないんだけど、ここは本拠地じゃないから人手も足りなければ、安全性も確実じゃないし」

「うーん、そうだよね。ご飯はイングリットさんに作ってもらえば食事に関しては安全になると思うけど、外出は慎重にしないといけないから、ゲンジロウさんたちに負担になるよね?」

「それだったらいっそのこと、リベルタが帰ってくるのを待った方がいいかしら?」

「でも、それが相手の狙いという可能性もあるんじゃないかな?」

むしろ「考える」という行為を癖づけるというリベルタの教育の結果、他人に思考を任せず、自立して考えるという手段を身につけている。

エスメラルダとイングリットは、全員の考え方がどんどんリベルタに似てきているなと内心で苦笑しつつ、こうやって自分たちで思考できるのは良いことだと割り切るのであった。