軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 計画的撤退

このまま工房がマーチアス公爵の軍需産業の一角に組み込まれるくらいならいっそのこと逃げ出してしまおうかという考えに、パーシーはかなり前向きな姿勢を見せた。

「問題は、一気に僕たちが移動を始めたら間違いなく軍を差し向けられそうなことなんだよねぇ」

「ええ、すでに工房は監視されていますし、資材を仕入れる業者の方にも目が届いていて・・・・・」

しかし、すぐに問題に直面し、パーシーがしかめっ面を浮かべると、それに追従するようにフェルトさんも困り顔になった。

「貴族の常套手段だね。権力で圧力をかけて手足をもぐ、そして降参してきたところでさらに低い条件で言うことを聞かせる」

「そうなってしまったら、さすがに私たちでもどうしようもなくなってしまいます」

善なる貴族の割合が少ないからこそ、トラブルという名のイベントに事欠かなかったのがFBOというわけで、ここでも似たようなイベントが今まさに起きようとしている。

「それを踏まえて、どうにかしてくれるなら君の学校の教員の仕事を引き受けてもいいよ。細かい交渉はフェルトに任せるけど」

「それはいいですけど、どうにか、ですか」

差し詰め、『パーシー工房の危機!?』といったイベントクエストが発生した瞬間といった感じか。

頭の中でゲームのときのクエスト受注のBGMが流れたような気がするが、今はパーシーたちの未来を守る方に脳のリソースを割く。

「・・・・・そうですね。無難なのは偽装撤退ですかね」

こういう展開は慣れたもの。

似たようなイベントをいくつもこなしてきた俺にとって、貴族を欺く策を思いつくのは朝飯前だ。

「偽装撤退?言葉のニュアンスは理解できますが、どのようなことをなさるおつもりですか?」

「筋書きはこうです。正義の工房、パーシー工房は、兵器だけを作り続けるのは職人としての矜持が許さないと公爵家のスカウトを跳ねのける。それを知ったマーチアス公爵は怒り心頭で、逆らうやつは容赦しない!資材の供給をストップ、悪評を流し評判を悪化させ商売をさせないと宣言する」

詳細を話す前に、少しわざとらしいけど物語風に流れを説明。

「さぁさぁ、経営に困ったパーシー工房はついに職人たちに僅かばかりの退職金を支払い、商売縮小に走る」

表向きの流れは、貴族が権力を傘に着て工房に圧力を掛けて破綻させ、逆らった奴がどうなるか見せしめにすると満足するような展開を用意する。

「一人、また一人と工房の職人たちが去って行く。パーシー工房はついに破産、夫婦は泣く泣く工房を手放し、もうこの町にはいられないと旅に出るのであった」

これを実行できれば、マーチアス公爵側からしたらある程度妥協のできる展開に持っていける。

「と、表向きに見せる行動をとります。実際、断ったらこれと似たようなことが起きるでしょうし、商売はできなくなるでしょうしね」

「そうですね。それで、裏の方ではどうするのですか?」

「こっそりと、ご夫妻と工房の従業員全員を自分の領地に移動させます。退職した職人は公爵家の配下の目を誤魔化して、うちの暗部が身代わりに扮して町の外に出るか、この町で行方をくらまします」

「うちの職人を一人もスカウトできなければ、無理にでも捕らえようと強硬策を取ってくることも考えられますが」

「そこはこっちでも噂を流します。強硬策でパーシー工房を傘下に引き込もうとする貴族の横暴を、東の民衆と、そして王家とエーデルガルド公爵家に」

向こうの理想は丸々パーシー工房の職員を手に入れ、自力での魔導武具製作の地盤を手に入れること。

それによって軍事力を向上させることが目的だろう。

だが、人は手に入らずとも最低限の成果として、大きなパーシー工房であっても公爵家の言うことを聞かなければ何もできずに商売を畳むしかなくなるという見せしめにできれば、矛を収める理由になる。

「民に無理強いしているというのは今は外聞が悪い。何せ、北の領地を治めていたとある貴族が盛大にやらかしていますんで、王家も今は貴族の内政を監視し注意するほかない。ここで醜聞をまき散らすようなことがあればさすがに国に目を付けられますよ。これ以上貴族の横暴を放置しようものなら、民衆が暴動を起こしかねない状況なので」

「それでしたら、先に話を通してこの謀略を止めてもらうということもできるのでは?」

「それではおそらくマーチアス公爵が納得しない。確かに今の王家なら民に無理強いする貴族を嗜め注意してくれる。しかし、同時に国王陛下は貴族との摩擦をこれ以上増やしたくないと考えている。人攫いのような犯罪はさすがに見過ごさないが、スカウト行為からの嫌がらせ程度なら黒寄りのグレーゾーンとして目をつむります」

今回は完勝してはいけないのだ。

いや、完勝はできるけどやってはいけないと言った方が正確か。

「商人にとって、貴族からの嫌がらせは明日の生活にも支障が出ます。それこそ人生が終わってしまうというのに、陛下は動いてくださらないと?」

「一度でもその重い腰を上げれば、王国の民を平等に助けないといけなくなる。領主の貴族と喧嘩する余力が今の王家にはありません。大義名分があって、なおかつ妥協点を見いだせる。そんな条件でしか立てないのです」

「なんとも情けないねぇ。王様が僕たち民のことをどう思っているか聞いてみたいよ」

「聞いてみます?」

「いや、僕は一介の職人でいたいからね。遠慮しておくよ」

下手に被害を出さずに完璧に勝ってしまうと、マーチアス公爵の面子を潰してしまう。

そうなるとパーシー工房は完全にマーチアス公爵と敵対してしまう。

今後の活動圏内が俺たちの領地で収まるのならそれでもいいかもしれないが、今はこの国と敵対的な行動は避けたい。

なので、正面衝突ではなく小競り合い程度に収めたいところだ。

この場の会話をどこかの貴族に聞かれれば、不敬罪で罰せられるだろう。

だが、ここにいる貴族は背後に控え静かにしているイングリットだけ。

その彼女も何の反応も示さない。

目を伏せて何も聞いていないという姿勢を貫くイングリット。

なので、呆れたと笑うパーシーの反応もスルーだ。

「話が逸れましたね。なので、裏側から自分たちが食料を中心とした物資を手配し、パーシーさんたちには苦しんでいる工房というのを演じてもらいます。客が減り、売り上げが減る。その流れの最後の仕上げは、商人ギルドへの商人資格の返上で幕を閉じます」

これ以上陛下の話を深掘りしても意味はない。

なので、話の路線を元に戻し、やってほしいことを事細かに説明する。

「商人の資格の返上、それは今後の商売に支障が出かねないのですが」

「その補填は自分が必ずします。金銭面もそうですが、再起できる地盤と販路も、そして汚名返上の機会も」

今は耐え時。

正面から公爵家を潰せるだけの戦力はあるが、そんな魔王じみたムーブをして何の得がある。

いずれこの領地も北と同じで滅ぶ。

そんな土地に、旗を掲げていざゆかんと戦争を仕掛けるメリットが俺には思いつかない。

それなら策を巡らし、反撃の機会を伺った方が建設的だ。

工房の経営の破綻を偽装して撤退するのも、その反撃の機会を得るための一策だ。

「・・・・・それが口約束ではなく、書状で残すことはできますか?」

「書状での約束はできませんけど、神殿での契約ならお受けしますよ」

「それができれば一番かもしれませんが、あいにくと神殿での契約は・・・・・」

「できます。そのための彼女です」

そしてこの策略の保証を約束する絶対の契約を実行できるピースは、すでに持っている。

何らかの契約が必要かなと思って、グリュレ家という信用と信頼が保証されている家の娘である彼女を連れてきた。

商人相手に契約は必須だと思った俺の判断は間違っていなかった。

「彼女が?」

まだ紹介していないから、イングリットの正体をメイドだと思っているフェルトは訝しげな視線で彼女を見るが。

「彼女はイングリット、イングリット・グリュレ。神殿と太いパイプを持っているんです」

「グリュレ家!?」

イングリットを紹介すると、フェルトさんは目を見開き驚いた。

グリュレ家って結構有名なんだと初めて実感する反応。

「え、そんなに有名なのかい?」

しかし、嫁は知っていて夫は知らずという点で、知名度はごく一部の界隈だということがわかった。

「信用と信頼のグリュレ家。商人の界隈では、彼の家ほど信用して商売ができる家はいないと言われるほどです」

「へー」

そして貴族には興味ありませんという態度を崩さないパーシー。

彼らしいと言えばそれまでだが、もう少し興味を持ってもいいだろう。

「そういうことで、契約に関しては問題なく実行できるとお約束します」

「わかりました。グリュレ家が協力してくれるのならこれ以上ない保証です。あなた、私は再起の方で話を進めようと思うのですが」

「僕から確認するのは一つだけ、君の所なら自由に魔道具を作れるかい?」

「依頼することはあるかもしれませんが、それに応じてくれるなら」

「うん、それならいいよ。あ、依頼で忙殺するのは無しで頼むよ」

「しませんよ」

原作から乖離しすぎて忘れかけていたが、彼は基本的に魔道具のことしか考えていない。

問題が解決しそうな空気から察したあたりで、自分の欲求を差し込むあたりちゃっかりしている。

「その点に関しましては契約に盛り込みましょう。では、補填の話に移りましょうか」

「そうですね。こちらもやってほしいことの話をしないといけませんし」

しかしまさか、本当に工房を一つ丸々手に入れる交渉までこれるとは思わなかった。

こういう交渉を経験させるという意味でネルも連れてくるべきだったかと若干後悔しつつ、俺はプレゼン資料をマジックバッグから取り出した。

「ひとまず、自分たちから提示できる物です。ご確認を」

「拝見します」

取り出した資料は、交渉の際に使えそうな資料をまとめた物。

最初に概要がわかるまとめ資料を手渡して、そこからどさっと詳細資料をまとめた紙の束を取り出す。

「これは・・・・・」

「良い話のようだね」

驚き、何度も読み返すフェルトさんの様子に、パーシーは満足げに頷きお茶に口を付ける。

「良い話と一言でまとめることもできないわ。今使っている工房よりも広い場所を用意してくださるの?さらに実験用の専用設備も作ってくれる契約に、まぁ、こっちはなかなか手に入らない素材を定期的にこんなに!?」

「え、ちょっと気になるんだけど、フェルト僕にも見せてくれない?」

俺なりに最大限配慮した資料を見て、興奮し始めるフェルトさんにつられ、覗き込むような形で資料を覗き込んだパーシーは、ギョッとして、そのあとは無言で資料に目を走らせた。

「まぁまぁ、施設の建設にはドワーフの職人が関わっているのね。作りが丈夫そうでいいわね」

「どうやってこんな貴重な素材を大量に?え、鉱山採掘も始まるって?え、ここが僕の理想郷だった?」

夫妻の脳裏には、きっと今の工房よりも小規模な物を想定していたのだろう。

そこからどうやって交渉し、いかに今の環境よりもグレードを落とさないようにするか考えていたのだろう。

ところが、蓋を開ければ想像以上の好待遇。

車をプレゼントすると言われ軽自動車を想像していたら、まさかの高級車をあてがわれたときのように驚き、あれをしたい、これをしたいと夢と希望を抱きだしている。

「それで、補填は足りますか?」

「足りると言いますか、本当にこれを全て?」

「ええ、その代わりこちらの資料に書いてある通り教育支援をお願いしたいです。あとはうちの領地で魔道具作成をしてもらえば」

そんな甘い話はないと疑い始めているが、後々、神殿で契約を交わすのだから嘘をつくメリットは俺にはない。

ある意味でマーチアス公爵以上の待遇を約束した俺は、こうして魔道具のスペシャリストとの縁を掴むのであった。