軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18  帰還

トラブルが待っているとわかっている場所へ、わざわざ帰らなければならない。その事実に気分は重い。

精霊回廊を通り、王都のすぐ近く、人目につかない道に出る。

そこからは馬車だ。

「リベルタ様、門の方は警備兵が増えているようですね」

「マダルダからは距離があるけど、王都でも警戒態勢が敷かれているってことか」

レイニーデビルとの戦闘音がここまで響いたとは思えない。

だが、円柱状の結界に包まれた魔石爆弾の光の柱は空高くまで届いていたはずだ。それは王都からでも見えたかもしれない。その光の原因が判明しない限り、この警戒は解かれないだろう。

検問は厳重だ。

イングリットに呼ばれてそっと窓から見れば、いつもより多くの門兵が配置され、出入りする人間を一人ずつ確認している。

この王都の警戒を厳重にさせた原因を、公爵閣下に説明しなければならないのか……。

「なぜ、わざわざ王都の外から入られるのですか? 精霊回廊を使えば、公爵様のお屋敷に直接出られるのでは?」

検問自体は大したことはない。こちらには公爵令嬢が乗っているし、クローディアもいる。それに、この馬車は公爵家所有だ。兵士たちが止めたら大問題になる。

「一つは、外から王都の様子を見ておきたかったから。もう一つは、確認したいことがあったんだよ」

「確認したいこと、ですか?」

「うん」

警戒網の構築は、国として当然の対応だ。俺が気になっていたのは、この状況で公爵家の馬車が帰ってきたときの、周囲の反応だった。

「…………」

注目されているのはわかる。

エーデルガルド公爵家という大貴族の馬車が通るのだから当然だ。商人や冒険者など、用事で外出している人々が「何事か」と馬車に注目するのは自然な行為。

できるだけ自然に視線を動かし、周囲を見回す。

「密偵、ですか?」

「どこかの貴族のお抱えか、裏の組織の人間か。それともただの野次馬か」

その中でも、数人の視線にはっきりと悪意を感じ取った。

イングリットも気づいているが、相変わらずのポーカーフェイスで、向こうは自分たちが気づかれていることに全く気づかない。

「うん、確認したいことは確認できた。このまま検問を受けて、まっすぐ公爵閣下のところに向かおう」

「かしこまりました」

密偵が数人紛れ込んでいる。

あれほど大規模な爆発があったのなら、現場を確認するのは国軍の仕事で、偵察隊が結成されるはずだ。精霊たちに監視を頼んでいるが、マダルダに到着した部隊はまだいない。

つまり王都ではマダルダの謎の爆発音や光の柱の原因について、国軍からも地方の領主からもまだ完璧な情報は得られていないということだ。それにもかかわらず、エーデルガルド公爵家の関係者の王都への出入りを探る密偵が潜んでいた。

先日、精霊がアジダハーカの居場所を調べたことが警戒されているのか、それとも公爵閣下自体が警戒されているのか。

レイニーデビル戦の爆発の影響が周囲に届いた後の王都の様子を直接見るために外から帰ってきたのだが、予想以上にきな臭い。スッと立ち去る密偵を見送りつつ、馬車は門を通るための検問の列に並ぶ。

「エスメラルダ様!」

これほど立派な馬車は珍しい。並んで数分もしないうちに、数名の兵士たちが全力で走ってきた。敬礼しながらエスメラルダ嬢を呼ぶ彼らは検問の兵士とは装備が違う。鎧はより豪華で、胸元には見慣れた家紋が描かれている。

「おや、あなたたちは」

「は、はい! 閣下のご命令により、お迎えに参りました!」

窓を開けて駆け寄ってきた兵士を見て、エスメラルダ嬢は彼らが顔見知りだとわかったようだ。

俺は顔を覚えていないが、装備からエーデルガルド家の私兵だとすぐに察した。

馬車から顔を出したエスメラルダ嬢に一瞬見惚れたものの、彼らは職務を忘れず質問に答えている。

今日帰るとは伝えてあったが、こうして迎えをよこしてくれたのはありがたい。

「では、入れるのですね?」

「閣下からご指示をいただいております! 一行を屋敷まで護衛するようにと!」

「わかりました。イングリットさん、彼らの先導に従ってください」

「かしこまりました」

王都の中に入ればさすがに襲われることはないだろう。

だが、応援の密偵を増やされたら面倒なことになる雰囲気だ。

レイニーデビルを倒した判断は間違っていないと今でも断言できるが、やはり精霊たちと違って、人はトラブルを引き込むことが多いと思ってしまう。

帰ってきたとは思うが、またトラブルの日々かと思うと、少し憂鬱だ。

兵士たちに先導され、馬車は進む。

「王都の中は、そこまで騒ぎになっていない感じかな?」

「光の柱が何か、憶測が噂話になっている、といったところでしょうね」

馬車の中からカーテンをめくり、街の様子を見る。暗い雰囲気は感じない。兵士が増えたからといって、そのまま危険な空気になるわけではないようだ。

前のスタンピードの時のように、殺伐とした雰囲気ではない。

「リベルタ、警戒しすぎではないですか?」

「なんか、精霊界と違って警戒しないといけない気がして……つい」

精霊界の雰囲気と王都の雰囲気のギャップだ。あっちでは気楽に無警戒でいられるが、こっちに戻ってきた瞬間、「警戒しろ」と心が訴えかけてくる。

「言い分はわかりますが、さすがに王都ではトラブルはそうそう起きませんよ」

「そういうセリフがフラグになるんですよ。こんな会話をしている今この瞬間に、馬車が急停車して『何事!?』って展開になるのがお約束なんです」

「どこの世界のお約束です?」

「舞台劇とかですかね?」

「ああ、確かに。よくある展開ですわね」

なんだか、「夏休みは終わり、仕事始めだ」と言われるような胸騒ぎだ。

ヒューマントラブルがない二年間を過ごしたから、その反動でトラブルが飛んでこないことに違和感を覚えているのかもしれない。

お約束を知っていたエスメラルダ嬢が笑っているが、本当に何かあったら面倒なことになるのに、と心の中で思ったまま……。

「何もなかったわね」

「うん、普通に着いたね」

「着いてしまったなぁ」

俺の警戒心は一体何だったのか。

エーデルガルド公爵家に無事到着してしまった。

いや、普通に考えて、護衛の兵士がついている公爵家の馬車を王都で襲う馬鹿はいない。

それを覆すのがイベントフラグ、と言い訳したいが、呆れたようなネルとアミナの視線に、つい目を逸らす。

「おお! エスメラルダよ! 無事に帰ってきたか!」

「お父様。はい、この通り無事ですわ」

馬車を降り、そんなやり取りをしていると、玄関から公爵閣下が現れた。

エスメラルダ嬢の方に歩み寄り、背後にはロータスさんを連れて、笑顔で娘の無事を喜んでくれている。

「うむ、出かける前よりも美しくなっているようだ。……何か特別な特訓でもしたのか? その装備も、行く前とだいぶ変わっているようだが」

近寄って、娘に変化が起きていることに真っ先に気づいた。

「特別……ええ、まあ、当たり前になっていましたが、普通に考えれば特別なことをしていますわね」

理由は単純明快だ。「二年という月日の間に、エスメラルダ嬢がとてつもなくレベルアップしたからです」と、首をかしげて娘を見る公爵閣下に言いたい。

だが、この場には人がいる。迂闊にそのことを言うわけにもいかないので、ちらりとアイコンタクトを取ってきたエスメラルダ嬢に頷く。

「お父様、ここで話すことはできません。ひとまず場所を変えましょう。光の柱に関しましても、ご報告がありますので」

「……わかった。では、私の執務室へ行こう。後でキャサリアとイリスの方にも顔を出しておいてくれ。二人とも心配していたぞ」

「はい」

それによって場所を移動できたのだが……。

「神託?クラス8? サンライトシリーズ? レイニーデビルを討伐? 精霊界? 精霊王と知己を得た? アジダハーカ?」

移動した執務室にて、俺たちがやってきたことをすべて包み隠さず証拠付きで報告を行った結果、公爵閣下は胃のあたりを押さえて脂汗を流すのだった。

全ての単語に疑問符がつくほど現実に追いつけていない。

理解はできた、だが、それに現実味がないと思われている御様子。

「閣下、どうやら私は夢を見ているようですな。このようにお嬢様が美しくなられている姿を見られるのは幸せな夢のようですが、どうも現実味の無い情報まで入ってきているのですが」

「奇遇だなロータス、私も同じ夢を見ている。なぁ、夢の中のリベルタよ。今ならすべて冗談でしたと笑って流せるのだがどうだ?」

「すべて現実です。エスメラルダさんのステータスをご覧になったでしょう?」

しかし、これは正真正銘現実で起こった出来事だ。

一緒に聞いていたロータスさんも窓の外を見て、現実逃避をしようとしている。

拒否したい気持ちもわかるが、そうも言ってられないんですよね。

「・・・・・はぁ、お前は本当に何を仕出かしてくるかわからんな」

そうやって現実に引き戻す言葉を投げかけると、やるしかないかと諦めた二人は大きく深呼吸をした後に現実に戻ってきた。

「一つずつ確認するぞ。マダルダの古代遺跡に行ったお前はそこでレイニーデビルから襲撃を受け、アミナが契約している精霊の力を借りて精霊回廊に避難。もとはそのまま襲撃地点から離れようとしていただけだが、そこで精霊王から精霊界に来るように招待を受けた」

「はい」

「そして精霊界に滞在することを許されたお前は、どうせならと精霊たちと交流を深めつつ強くなることを決めた」

「はい」

「その際に知恵の神から神託が下され、それを確認したらアジダハーカと呼ばれる大災害が復活するのが判明した」

「はい」

「その対策のためにレベルを上げ装備を整え、伝説の災害級モンスターであるレイニーデビルを討伐したと?」

「そうです」

「・・・・・」

そして簡潔にまとめ上げた公爵閣下の言葉に頷き続けると公爵閣下は黙ってしまった。

「どうしてそうなった?」

「本当にどうしてでしょうねぇ」

とある招き猫姿のモンスター曰く、ネルに憑いている大神の御利益かもしれないが、それだけではない気がする。

とんとん拍子でトラブルを引き込み、愛娘が生きる伝説級の存在になったことに頭を抱え込む公爵閣下。

「他人事の様だな?今までの報告内容をすべて実行してきたのはお前だぞ」

「北のお貴族様が妙なことをしている事実さえなければ、少なくともレイニーデビルを討伐なんてことはしなかったんですけどねぇ」

八つ当たりだというのはわかっているが言わずにはいられないと言う公爵閣下のセリフに華麗なカウンターパンチを披露しつつ、ようやく軽口を叩ける程度には現実を受け入れた公爵閣下。

「アジダハーカという存在はまずいのか?」

「国どころかこの世界が滅ぶくらいにはヤバい存在ですね」

「・・・・・勝てるのか?」

「現状では勝てる確率は犠牲に犠牲を重ねてかろうじてと言ったところですね。それを完勝に持っていくために行動している最中です」

真剣な表情になった公爵閣下には俺も真剣な表情で答える。

俺の言葉を疑っていないゆえに話が早い。

腕を組み、その腕を指でとんとんと叩きながら公爵閣下は数秒考えこんだ。

「何が必要だ?」

「人手を。それも己が強くなったことで野心を抱かず信用できる人材を」

そして俺の欲しい言葉を的確に導き出した。

本来の貴族であれば疑い、そして平民の言葉は無下にする。

それがこの世界での常識だが、常識はずれな現実を叩きつけられ続けてきた公爵閣下はそんな常識なんて知らないと言わんばかりにド直球に俺に聞く。

「今までは隠していた方が安全だと思っていましたけど、こうなったらなりふり構ってられません。作るしかないんですよ。公爵閣下が旗頭になられた最強の軍隊を」

世界が滅んだら元も子もない。

ゆえに俺は覚悟を決めた。

対アジダハーカ戦を想定した軍隊を作ることを。