軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 EX 次代の神 8

アジダハーカの復活。その情報は間違いなく神々の血の気を引かせた。

下手をすれば、否、何も情報無しの状態で放置すれば人類滅亡待ったなしの存在だからだ。

だからこそ何か手を打たないといけないのだが、今回の神々の戦いのルールの中でアジダハーカの情報を神託で下すことは禁止されている。

どういう意図でその禁止事項が盛り込まれたのかは神々も承知していない。

しかし、それでもルールとして存在する以上、その禁忌に触れるわけにはいかない。

基本的に下界に干渉する手段が神託しかないとなれば、神々の取れる手段はほぼない。

「どうすればいいんだよこれ」

「ぬぅ」

「……困りました」

「あははは。これ、本当に不味いですよね?」

結果、神々は額を突き合わせて悩み顔を互いに披露しあうということになった。

戦いに長けている戦闘の神アカムであっても頭を抱え込む事態。

商売を司る神、ゴルドスも隣で腕を組み盤上を睨むように見て唸っている。

いくら睨みつけても現状は変わらないのだが、今ばかりは一瞬たりとも世界から目を離すことができない。

神託という切り札も、現状役に立たない。

神が無力感を感じることになるとは、この事態に遭遇するまで思いもよらなかった。

調停の女神メーテルは、自分が送った使徒にもう一度神託を下すかどうかを悩み、愛の女神パッフルは自分の使徒を逃がすことを考えるが、世界の滅亡という可能性を前にして、どこに逃がすかが問題になり、どうしようもないと乾いた笑いを浮かべる。

そんな周囲が混沌としている最中、普段ならペラリと読書の音を響かせるはずの女神は。

「こんな緊急事態だって言うのに!!君はいったい何をやっているのさ!!」

「……見てわからないか?食事だ」

「わかるよ!!そんなに美味しそうな匂いを漂わせている物食べてたらわかるよ!!」

今は、この空間に美味しそうな匂いを漂わせている、ある物を食べている。

流石の知恵の女神ケフェリであっても食事中は読書をしないようで、しっかりと机の上から書物をどかし、その上で四角い木箱の蓋を開いて、箸という見慣れない道具を慣れた手つきで使って食べている。

「南の、それは吾輩の大陸の食べ物ではないか?」

「ああ、蒲焼だ」

「ほ、本当にただ頼んだだけなんですね」

「南、もしかして戦いを諦めたのですか?」

食欲をそそる焦げたタレの匂いがしみ込んだ脂ののった鰻を、タレのしみた白米とともに頬張り、味わって食べる。

鰻の蒲焼を白米に乗せて木箱に入れた食べ物、所謂鰻重を、アジダハーカの復活の兆しという緊急事態だというのに優雅に食べている。

その図太い神経にメーテルは戦いを諦めたのかと思ったが。

「何もできないのなら、慌てても疲れるだけだ。私たちにできることなど使徒を送り出した後は見守る他にはなにもない。今回の件も不運が重なった結果だ」

開き直っているだけだというのがケフェリを除く神々の共通認識になった。

あからさまなタイミングで使徒に神託を下したから、ルール違反を犯してまで情報を伝えたのかと思いきや、その内容はデリバリーの注文みたいな内容。

何か意図があるのかと、メーテルは必死になって頭を悩ませたが、地球のとあるゲームで使われるネットスラングなんて知るはずもない彼女はそのルール違反の証拠を掴むことは叶わなかった。

もし仮にリベルタたちの会話を聞いたとて、そんな意図で神託をしたわけではないとケフェリが言ってしまえば、明らかに無茶な解釈をしたのは知恵の女神の使徒の方。

普通に解釈すれば、食べ物が欲しいと言っただけの空気を読まない神託と考えるのが妥当。

そこまで行ってしまうとルール違反かどうかなど水掛け論になってしまう。

神同士お互いに嘘がわかるゆえに、あの神託はアジダハーカの復活を想定した神託ですかと聞けばわかるかもしれないが、真実をごまかす言葉回しなどいくらでもある。

そしてその点の知恵はケフェリが一番頭が回る。

事実、メーテルはその質問をケフェリにしたが、こうやって今も悠然と食事をとっている彼女がここにいるということは、この場にいる神々及びこの場を〝監視〟している存在の裁定から逃れたということになる。

黒に近い灰色とメーテルは思っている。

だが、結果は白判定。

そんな判定をもぎ取ったケフェリはジッと見つめているメーテルを見て。

「食べるか?」

「……いただきます」

「あ、いいなぁ!」

「羨ましいですねぇ」

「む、わ、吾輩はいつも食べている故」

「なら、東の以外食べろ。こんなに大量に送り付けられても一人では食べきれない。冷めてまずくなるだけだ」

羨ましいと思われているのかと思い、大量に重ねられた鰻重の一つを手に取りケフェリはメーテルに差し出した。

イングリットという調理術と料理スキルが熟達している女性の作った鰻重は、ふたを開けた途端にそのかぐわしい香りが神々の鼻孔をくすぐる。

今なぜ神々の間に鰻重があるのかと言えば、リベルタがもしも自分が盛大に勘違いして早とちりしていた場合神様の怒りを買うのはどうかなと思い、鰻型のモンスターをダンジョンで倒して解体スキルで素材をゲット。

そこから精霊たちに頼んで醤油や味醂などの調味料やら炭やらと色々と用意してもらって、イングリットと試行錯誤して作った一品。

前世の記憶で一度だけ食べた、一人前で諭吉さんが殉職するうなぎ屋の味を必死に思い出して作り上げた一品だ。

ベテランの本職の人にかなうとは思っていないが、それでもスキル補正とイングリット自身が持っている調理技術が重なるとこんな感じか?と、美味いと断言できるが正解かはわからないような仕上がりの鰻重が爆誕した。

そしてなぜ他の神々に配れるほどの量があるかと言えば。

神様ってどれだけ食べるんだ?とリベルタでもわからないような疑問で悩み。

結果、足りなくなるよりも大量にお供えした方がいいと判断した。

さて、ここで一つ問題が。

FBOのゲーム世界では色々な方法で様々な五感を再現していたが、こと味覚に関して言えば結構雑だったりする。

アバターには味覚センサーがなかったから、視覚や触覚、聴覚など他のセンサーでも類推できる、甘いものは甘い、しょっぱい物はしょっぱいなどおおざっぱな味と薄い濃いなどの大まかな判別しかできなかった。

当然だが、味覚がない故に旨味などの細かい味の再現性はない。

その理由は運営側の危機感からの判断。

下手に味覚センサーを搭載して食事を美味くすることによって、ゲーム内での食事に依存し現実世界での食事を疎かにして栄養失調で死人が出ることを危惧したのだ。

実際VR技術のブレイクスルー後に、センサーを搭載して味覚を完全再現した別のVRゲームでとあるプレイヤーが限界まで旨味を感じるような料理を完成させ、それをゲーム内で食べたプレイヤーの脳が実感してしまった結果、現実世界の料理がひどく味気なくなり、食べる気を失ってドラッグ依存に近い症状が発現したとネットニュースになった。

その結果味覚だけではなく他の五感に対するアプローチが法的に整備され、その基準に達しないVRゲームの発売が禁止されることとなった。

さて、ここで話を戻そう。

ここでの問題というのは、リベルタが再現したのは自分の記憶を基にした日本の蒲焼。

所謂、日本の偏執的と言われるほど味にこだわった食文化が、リベルタというFBOでも屈指のやり込み勢によって再現された、歴史の積み重ねを経て長い研鑽を積んだ料理人により作られた鰻重だ。

それを完全再現したとは言えないが、それでもリベルタが納得できるようなレベルの品物が出来上がっているのだ。

「「「!?」」」

その鰻重を頬張った三柱の反応を見ればわかる通り、異世界の異質な美味さがその口内に広がり神々の目を見開かせる。

他の神のリアクションが少なかったゆえに、東の神ゴルドスにはわからなかったのだろうが、黙々と知恵の女神が食事を進めていたのだ。

その美味さは保証されていると言っていい。

「そんなに旨いのか?」

「「「・・・・・」」」

無言で鰻重を食べ進める神々に、唯一食べ損ねたゴルドス神が戸惑い始める。

問いかけにも答えず、黙々と箸を進める神々の姿は異常の一言。

この世界にも当然料理人はいる。

そして料理人が研鑽し、磨き上げてきた技術も確かに存在する。

しかし、この世界では料理人の技術はその人物の物。

誰かに奪われれば自分の生活が脅かされるかもしれないという、知的財産としての価値観が強い。

日々生きるか死ぬかのこの世界では、誰かにこの味を引き継がせるなんて発想を抱く料理人などほぼいない。

せいぜいが死に際に遺産相続的に子供に伝えるかどうかというレベル。

そしてさらに言えば、この世界で求められるのは美味さよりも、生きるために安く大量に食べられることだ。

早い安い美味いならぬ。

安い、多い、美味いの順番で優先される。

日本人のように色々な味を食べたいという贅沢な舌を満足させることではなく、この世界の料理人はあの食べ物なら食べられるという需要で生活していけるレベルなのだ。

さらに言えば、より美味い物を求めるのは一部の富裕層だけの特権であり、そこで料理人が少しでも挑戦し失敗して食料を無駄にすれば、悪ければ物理的に首が飛ぶ世界。

味の研鑽よりも安定した食の供給を求める価値観的に、料理の文化が発展しづらい社会構造が生まれるのも無理はない。

「「「おかわり!!」」」

「あと一杯ずつだ。それ以上はダメだ」

「「「ええー」」」

そんな環境下で生活してきたのは神も一緒だ。

御供えされた鰻重は、美味を偏執的に求める日本人の価値観を持つリベルタが美味いと感じる料理。

あくまで下界の味が基準である神々は、食べる前にはたかが異世界の料理と、侮ることはないまでもそこまでの期待はしていなかった。

しかし、一度口を付ければその発想は逆転される。

大事に食べているケフェリとは違い、夢中になって食べきった三柱にちらりと大量に積まれた鰻重を見られたら、食べることを許せば瞬く間になくなってしまうのは目に見えている。

なにせ、神は本来食事はいらない。

エネルギーは民からの信仰だからだ。

信仰とは人それぞれで意味が異なるが、要はその神が必要とされているか否かの話になる。

手っ取り早く言えば、人に知恵があり続ける限り知恵の女神は存在し続けられるということだ。だから存在するために食事をする必要はない。

いわば、食事は嗜好品扱いで、それを食べ続けようと思えば無限に食べ続けることができる。

許可を出せば無限に食べ続けることがわかりきっていて、なぜ自分の楽しみを減らさないといけないのだという思いのケフェリからすれば、お代わりを一回許すだけでも寛大だと思っている。

アジダハーカの復活という危機的状況で、鬱屈としていた空気が食欲によって払しょくされたことはいいことだが、そのために貴重な鰻重を全部食べつくされるのは看過しがたいことだとケフェリは溜息をつきつつ自分も二杯目に手を伸ばす。

ただ一柱だけ食べれていないのだが、自分で拒否したのだから仕方ないと、他の神々も自分の分を分けるつもりはなく、せっせと今度は味わうように頬張る。

ケフェリの内心は、これで誤魔化されてくれれば御の字だというものだった。

彼女自身もかなりギリギリの神託を下したと思っている。

しかしこのまま何も知らずに過ごし続けて土壇場で知って勝てる相手ではないことは明白。

それゆえに彼女からしてもかなり攻めた内容の神託だった。

こんなごまかしができるアイテムを捧げてきたのは思わぬ誤算だったが、それはそれでよかったと思うことにしている。

ちらりと見る盤上は、いまはまだ平和と言える。

盗賊があちこちにいて人を襲い、モンスターが土地を占有し続けてそこに入り込んだ人と戦っている。

日本では決して平和ではないと言えるような治安であっても、この世界では十分に平和だ。

この世界をどうするかは主神が決める。

それを知っているこの場にいる神々は一体どういう世界を思い描くか。

知恵の女神ケフェリは、自分の構想する世界を考えるのであった。