軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 板挟み

シンと名乗った青年の話は同情するには些か共感しにくいもので、俺が抱いたのは大変だろうけどそれはそっちの家の都合で俺には関係ないというドライな感情であった。

このままそっちのお家事情の情報を手に入れようかとも思ったが、そこら辺は公爵閣下も情報収集しているだろうから、今の俺はリスクを冒して無駄に時間を浪費しているだけということになるのか?

最初は知らなかったとはいえ、事情を知った今ではあまり会話をしてはいけないような相手と接触し続けているわけで、ここから先はデメリットしかないのだ。

「加えて、ジャカランという男からもちょっかいをかけられていて……相手はボルトリンデ公爵の関係者で下手なことができないので本当に頭が痛くなるのです」

「ジャカラン!?」

「ええ、あなたと同じ英雄候補です。そのジャカランが主の頭に花を咲かせる女性に執着しておりまして、その対応にも追われております。はっきり言って、ここ三日ほど不安でろくに眠れておりませんね」

だが、ジャカランの情報と聞いて俺はその場から離れられなくなった。

乾いた笑いを見せるシン。

良く見れば、うっすらとだが目元にクマができている。

「……いっそのこと女性を引き渡すという選択は?」

「そうしたいと思い、そして進言しようとも思いましたが、それでは当家がボルトリンデ公爵と仲を深める結果になりそうで、そうなると完全にエーデルガルド公爵家との関係が終わります」

「ああー」

主の恋愛脳に振り回される部下。

それって最悪の上司ではないだろうかと思う。

全ての行動が恋愛に振り切れ、そして理性ではなく感情で物事を捉えている。

端的に言って、悲喜劇か?

この点に関しては同情という部分が勝って、憐れむ視線を送ってしまう。

「仮にジャカラン殿に協力しようにも厄介な人がいるんです」

「厄介な人?」

「はい、主の新しいご友人です。西の大陸の冒険者のアレスという人物なのですが」

そして俺のシン殿への同情の視線はさらに深みを増すことになった。

アレス、何が楽しいのか正義の味方っぽいムーブをする冒険者だ。俺たちのオークの森でのレベリングを邪魔し、ネルとアミナ、さらにクローディアにまで絡んできた。ギルドではその鼻につく正義感で冒険者たちの顰蹙を買っている。

好きか嫌いかと言えば、嫌い寄りの苦手という部類に入る人物である

まさか、愛は平等とかいって介入していたりしないよな?

あの言動から察するとありえない話ではなさそうで、これはかなり面倒なことになっている可能性があるぞ。

「最初は、リリィ……ああ、私としては是非とも我が家からご退場願えないかと思っている女性の名前なのですが、その女性を助けて護衛してくださっていた冒険者の方としてお会いしたんです。正直、裏から手を回している側としては余計なことをしやがってとは思いますが」

「あのぉ、それって俺に言っていいことなんですか?」

リリィという女性の名を聞きやはりと思う。

FBOではそれなりに有名なキャラだ。

前に触らぬ桃色にはトラブルなしと思ったことがあったが、FBOでトラブルピンク四天王の一角に数えられるのがリリィという名の存在だ。

トラブル内容は、恋に恋する、いや故意に恋する恋愛トラブルメーカーというやつだ。

FBOでは存在しないはずのチャームのスキルを持っているのではと思うくらいに男を魅了し篭絡する。

もし仮にキャバ嬢になったら清楚系(表向き)でナンバーワンになるだろうと思うくらいに男を手玉に取る。

しかしその効果は熟練プレイヤーには通用しない。

なにせ、リリィはそういうキャラだという共通認識があるからだ。

容姿や第一印象でいいなと思い初心者プレイヤーがたまに何も知らず引っかかることがあるが、そのあと好感度を上げてもいろいろな男性ユニットにちょっかいかける光景を見て心に傷を負うのがお約束になり、男の心をもてあそぶ存在としてFBOの攻略板に拡散されたのだ。

俺は最初の出来事には引っかからなかったが何度男性NPCキャラとの交流イベントを潰されたことか。

どこに出没するかわからない。

ランダムっぽい行動をしているくせに、故意としか思えないくらいに男性キャラとの交流イベントを潰してくる。

一応俺にも男性推しキャラというのは存在する。

恋愛的な意味ではなくカッコいいとかすごいとか男として尊敬できるキャラだ。

それらとの交流を邪魔されるのはたとえかわいい容姿をしていても、は?と怒りを覚えたことが多々ある。

意図してこの婚約破棄騒動に関わらないようにしていたが、ちょっと後悔し始めた。

こんな厄介な存在が絡んでいるならもう少し情報収集を真面目にやっておくべきだった。

ネットというゲーマー御用達の情報検索ツールがない現状で手に入れられるのは人から教えられる情報ということになる。

面倒事が降りかかってくるという未来を知っているがゆえに避けていたが、こういうランダム要素の強いキャラの情報は知っておくべきだ。

そしてなぜこの騒動の中心が聖女と言われているか理由が分かった。

実際にこのリリィというキャラは聖女のジョブを持っているからだ。

このキャラとの交流を進めていくと彼女の過去のストーリーが掘り進められるのだが、この娘にしてこの親ありと言わんばかりにリリィの母親も男の懐に入り込むのが上手い女性だった。

ただ、娘と違うのは母親はそれを意図して演じていたということだ。

そうしないと生きていけない、そうやらないと生活ができない。そしてそうすれば男は簡単に助けてくれる。

娼婦ではないが、まだ言葉も話すことができない幼い娘を残して先立たれた夫の代わりに稼がないといけない母親は、男に愛される女を演じきったのだ。

演じきったという過去形の意味はそのままの意味だ。

母親は流行り病にかかり、呆気なく天に召された、それだけの話。

しかし、母親の最期がリリィにとっては印象的だったのだ。

大勢の男に泣かれ、そして死後も愛を囁かれた。

幼少のころから間近で男に愛される母親を見続け、死んだ後まで愛される母親を見たリリィは天然の男誑しになり、そしてすべての人に愛されすべての人を愛すということが彼女の信条として心の底に根付いてしまったのだ。

そしてこんな生活環境で何故聖女になれたかといえば、母親の遺品の中に偶然、聖女になるためのアイテム聖女の髪飾りがあったから。

そして、母親を愛した男たちがリリィを支援しレベルを上げたから。

さらに、病気や怪我に侵されないようにと回復スキルを覚えさせたから。

最後に、光の神を信仰する司祭がリリィの支援者の中にいたから。

母親が残した人脈チートの結果が聖女リリィという存在を爆誕させたのだ。

偶然と言うには、まるで神に導かれたかのように都合がよすぎる話。

しかし、それでも現実に存在するのだ。

「むしろ知っていただいて一族としてはこういう対応をしていますよと公爵閣下にお伝えくださいと思っているくらいです」

「あ、はい」

そんなトラブルピンクの情報が手に入って、より一層この件には関わりたくないと思ったが、聞いたからにはもっと情報を仕入れねばとも思った。

なんというか、普通に主と言われる青年を追放した方が一族のためになるのではと思わなくはない。

「リリィと知り合いと言うことで主も最初は警戒していたのですが、あのバカ……失礼アレスという冒険者はこともあろうに二人の恋を応援していると宣いやがりまして」

「シンさん言葉言葉」

「おっと、失礼。当時のことを思い出しましてつい怒りが」

加えて、アレスだ。

あいつはこういう展開が大好物だというのが印象に残る。

愛は尊い、そして愛には地位など関係ないとか言っていそうだな。

さらにあいつの言い方は一部の正義心をもつ輩には刺さる。

心のままに行動したいけど、世間がそれを許してくれないという思いは誰でも持っている。

だが、普段はそこは理性という蓋で押さえつけられているのだ。

アレスという劇薬に応援されるというのはその蓋を取り払い、現在の状況をさらに良くない方向に傾けるという意味を持っている。

ただでさえ周囲から否定されて反発し続けている主の前に、一人とはいえ肯定し応援してくれている人物が現れるのは万人の援軍を得たに等しい。

折れそうな心は立ち直り、そして補強されていく。

シンからすれば必死にへし折ろうと画策しているのにも関わらず、そこを直し強くしようとする輩が現れるとは思っていなかったことだろう。

一瞬怒りに我を忘れそうになったが深呼吸のようなため息を吐き、汚い言葉が出かけたのを謝罪し表情も取り繕う。

「そういうわけで、誤解し続けて欲しかった部分が不本意にも改善されてしまい。いまでは厄介なご友人と化してしまいました。彼の言動は正義感という感情を煽り、貴族という意味合いを根底から揺るがすような事柄を耳心地の良い言葉で周囲に撒き散らします。私共の方が加害者だというのに、彼らは自分たちがまるで被害者のように信じこんでいるのが現状なのですよ」

「それはわかりますね。エーデルガルド公爵家としてもその対応を受けてますし」

「本当に、申し訳ありません」

「俺に謝られても困りますが」

「いえ、正直、最近ではエーデルガルド公爵家との交渉の場を用意してもらえる時間も少なくなり、内容の方も完全に賠償請求の話がメインになっております。外交を取り仕切る我が一族としてはこの失態はかなりまずいことなので」

「俺に進言してもらおうというのは無駄ですよ?政治には関わりたくないので」

「わかっております。ですが、わずかでも可能性があるのならという気持ちです」

ジャカランとアレスの板挟み。

それを想像しただけで、シンという人物には個人的には同情してしまう。

俺がその立場だったら、身分も地位もすべて捨て去り出奔する。

やってられるか!?とキレる自信もある。

全てが本当かはわからない。

貴族というのは腹芸がお得意な人種だ。

下手に同情したら、その同情につけ込まれ色々と仕事を押し付けられる。

「考えておきます」

「そのお言葉だけで十分です。アレスという冒険者はそうとう口が達者のようで、下手にあの女性を放り出したら主とともにその点を糾弾し一族の崩壊を招く獅子身中の虫と化しております」

「それ、言っちゃいけないことですよね?俺が言いふらさないとでも思っているんですか?」

「本来私の立場であれば口をつぐんで言わない方が良いのでしょう。本来であればあなたと接触することも良くはないのです」

シンもこの接触は良くない物だと認識しているようだが、それでも伝えないといけないことがこの後に来ると確信している。

「では、なぜ接触を?偶然とはいえ俺を見つけても無視すればよかっただけでは?」

「もうすでに決定事項になっておりますが、二週間後に決闘が起きます。我が一族とエーデルガルド公爵家との決闘です」

その予想は外れておらず。

ここまで長々と話していたのは俺に公爵閣下に決闘に負けるように進言してほしいと頼むために同情を引いたのか?

それならすぐに断ると心に決めた。

「その決闘に勝ってほしいのです。それも完膚なきまでに言い訳ができないほどに」

「……正気ですか?」

「はい、これは御屋形様が親として息子の目を覚ます最後のチャンスだとおっしゃっております。貴族として決闘に負けるのは良くはないことであるのは百も承知です」

しかし、出てきた言葉は予想の真逆。

正反対の言葉であった。

「貴族として決闘に勝つのなら、それはそれで良いでしょう。そうなればこちら側の要求を呑んでもらえます。しかし我々一族の長たるお館様が望むのは、負けて息子が貴族として責任を取り贖罪を果たせる機会が得られること。やり直す機会、それを与えることが親としての最後の愛情だと。ですが貴族として主の愚行は許しておりません。その証拠に主に決闘の支援を一切しないと明言しております。これは一族として主の行動は本意ではないという意思表示になります。なので今回の決闘は主が自力で人脈を頼り決闘人を選出します」

負けてほしいと願う中、複雑な貴族の内部事情を吐き出す彼は神妙な顔で現状を伝える。

俺としては、貴族のメンツでそう簡単に謝罪できないとか、貴族とは面倒だなぁという印象だ。

庶民なら簡単に下げられる頭も貴族では下げることが容易ではない。

家同士の話し合いではどっちが悪いか白黒ついているのに、当事者が自分は悪くないと開き直っているのだ。

ぶん殴って、お前が悪いと証拠を突きつけても絶対に非を認めない。

そこら辺が今回の件を複雑化させているのだろう。

「おそらく決闘に出てくるのは、アレスです。彼はA級冒険者で主の取り巻きでは一番の実力者です」

まぁ、俺個人としてはアレスがこの件に首を突っ込んだ所為で、雁字搦めになった紐が余計に複雑化して解けなくなったんだろうと思ってしまう。

「この人物を倒してください」

ネル、敵にするには少々厄介な相手と戦うことになりそうだぞ。

早々にネルの強化計画も実行に移さねば。