軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 名誉

公爵夫人。

そのキャラ自体はゲームにも存在した。

だが、エスメラルダ嬢が亡くなったあとのエーデルガルド公爵家にその姿は描かれていなかった。

全ては過去の記憶を語るイリス嬢の口から紡がれるメモリーエピソードの登場人物としてだ。

俺の居るこの世界では、普通にご存命でなおかつ健康面でも問題を抱えていないと聞いている。さて、そんなお方に呼び出しを受けた俺は、手早く汚れを落とすために風呂に飛び込み、身だしなみをイングリットに整えてもらい、貴族の前に出ても失礼ないようにして迎えのメイドさんの後に続く。連れてこられたのは公爵邸でもあまり近寄らない場所だ。

「奥様、リベルタ様をお連れしました」

公爵邸の庭園を一望できるベランダと言えばいいだろうか。

普通の一軒家のベランダとは比べ物にならないほど広く、テニスは無理にしてもオリンピックでの卓球の試合くらいはできるんじゃないのかと思うくらいに広い。

その場所に設置されているテーブルに

座る一人の貴婦人。

執事とメイド、そして護衛の騎士を側に置き優雅にお茶を嗜む女性。

エーデルガルド公爵の第一夫人、キャサリア公爵夫人だ。

俺を連れてきたメイドの声に、カップを置き。

「急にお呼び立てして申し訳ありません」

「いえ」

謝罪から入る彼女の言葉に俺は問題ないと頭を下げる。

「彼にもお茶を。そちらの椅子に掛けていただけるかしら?」

「では、失礼します」

立ったまま質問するのではなく座った状態での会話を希望されたということは少し長くなるのか?

執事の人が引いてくれる椅子に座り公爵夫人と面と向かう形になった。

さて、どういう話題がでるのか。

公爵閣下との仲が良好ゆえに、とんでもないことを言われるとは思っていないがそれはあくまで俺の基準。

貴族からしたらちょっとそこまで買い物してくれという感じで竜狩りくらいは依頼されかねない。

言うは易く行うは難しという言葉を叩きつけたいという衝動にかられるようなことがなければいいがと、心配しているとお茶が用意され、俺はそれに手を伸ばし一口飲むと想像していた紅茶の味よりも果物の味がする甘味の主張が強いお茶に目を見開く。

「お口に合わなかったかしら?」

「いえ、甘くておいしいですね」

「ええ、お気に入りの茶葉ですの」

夫人お勧めの茶葉を出してくるとは、この後の話はそこまで警戒しなくていいか?

ニコニコとほほ笑む夫人の表情はご機嫌に見えるが、その内心どんなことを考えているかは皆目見当もつかない。

「呼ばれた理由が気になるかしら?」

「……正直に言えば、はい」

「そうですよね。貴族の、それも公爵の妻たる私からの呼び出しなら気になるのも仕方ありませんわね」

表情に出たか?

いや、貴族としていろいろと腹の探り合いをしている百戦錬磨の夫人からしたら俺の表情など手に取るようにわかるのだろう。

困り顔で頬に手を添え、理解を示してくれているが、俺の貴族に対しての会話は赤点だろうな。

一瞬誤魔化そうとも考えたが、すぐに意味のないことだと思い肯定した。

それが正解だったようで、ではと前置きを置いて夫人は話し始めてくれる。

「エスメラルダのことは聞いておりますね?」

「はい、なにやら大変なことになっていると」

「そうですね。今回の話は家同士だけの内輪の問題では済まなくなりました。学園という公の場で大勢の観衆の前での婚約破棄を匂わせる言動。そしてエスメラルダを傷つけるような行動。これを放置してはエーデルガルド公爵家の名に泥を塗るような物です」

さっきまでの穏やかな雰囲気は何処に。

そして、楽観視していた数秒前の俺よ、これが貴族だ。

この会話の流れで一気に貴族臭を漂わせる流れに持っていかれた。

まぁ、夫人が俺を呼び出す理由としては納得するけど。

「ですが、その件に関しては夫が対応しております」

「そうですね。自分もそう聞いております」

この話に関しては俺はノータッチになるはず。

実際に俺が出ていっても話がこんがらがって悪化するのが目に見えているのだ。

であれば、なぜ夫人はこんな話を俺に持ち出したのか。

話の運び方的には共通認識の確認をしているような流れ。

互いの認識に齟齬がないように確認しているようだ。

何を求めている?

それを察せというのなら、俺にはそんなスキルはないと断言しておく。

超能力的な相手の思考を読む能力があるのならPVPとかでも無双できるだろうな。

なんて余計なことを考えながら、予測を組み立てる。

「これでエーデルガルド公爵家の名誉は守られます。ええ、我が家の名誉だけは。ですが、エスメラルダの婚約破棄されたという傷は残ります」

ああー、そっちか。

確かに言われてみればその通りか。

悪いのは向こう、それは周囲からの調べで明白になっている。

証拠が揃い、そしてエーデルガルド公爵家として動けばその事件も解決するだろうけど、傷物令嬢となったエスメラルダ嬢の評判は変わってしまう。

同情はされるだろう、だが、その同情というのが貴族社会では良くないのだ。

浮気された、相手が悪い、かわいそう。

言葉にすれば、この三つで片付いてしまう内容だが、貴族からしたら致命傷ではないが良い評判ではない。

「その傷を少しでも浅く、いえ、できれば治してあげたいのです」

母親として、娘を思うがゆえの行動。

「このことは公爵閣下は?」

「知っております。娘には言っておりませんが」

「それなら、まぁ」

キャサリア夫人のその行動が独断で暴走しているのなら問題だが、公爵閣下の許可が出ているのなら俺が知恵を絞るのは問題ない。

今回、公爵夫人が俺に頼みたいのは名誉の回復。

普通に今回の相手よりも良家のご子息と結婚出来ればそれは回復しそうな気がするが、そういう回復手段を求めてはいないのだろう。

「一番早いのは、あなたが英雄として名乗りを上げてエスメラルダを娶ってくれることですが」

「その話は聞かなかったことにします」

「あら、娘に不満がおありで?」

「どちらかと言えば、英雄になる方ですね」

求めていないのよな?

冗談の体をなしていたが、目が一瞬キラッと光った気がするぞ。

「残念です」

「母親としてそれでいいんですかね?」

「母親だからこそ、良縁を娘に与えたいのですよ。ですが、あなたの年齢ですとエスメラルダよりもイリスの方かしら?」

「止めときましょう、平民の俺には縁のない話ですよ」

「英雄になら」

「お時間が来てしまったようで、申し訳ありませんが」

「あら、では急いで本題を進めましょうか」

父親もそうだが、母親の方も俺への好感度が高いような気がする。

結婚の条件が英雄になることだから、遠慮しているが、推しと結婚という話になると俺たちゲーマーにとっては嬉しさと申し訳なさが混在する気持ちになる。

なのでこの流れはダメだと思い、そっと離脱を企てると夫人も一旦引き下がってくれる。

「不名誉を返上するために、より高い名誉を得るという手もありますね。手っ取り早いのは、聖女に婚約者を奪われたというのなら、いっそのことエスメラルダ様が聖女になってしまえばいいのでは?」

「どういうことでしょう?」

「お前の目は節穴だと堂々と通告できるように、エスメラルダ様が聖女になって国王陛下あたりに証人になってもらうんです。そうすれば、聖女だから守らなければならないという向こうのいい分は崩れて、浮気しただけのくず野郎と謂うことになりますよ」

なので俺も軽く考えて思いついた手段を提案する。

一応俺もエスメラルダ嬢の婚約破棄の経緯は聞いている。

時系列が色々とおかしくなっているが、相手側の主張としては聖女を守らなければならない、そしてその役に一番ふさわしいのは自分だという、頭にお花が咲いているような浮気の言い訳だ。

一応、正義という言葉を使っているあたり世間体を気にしているのはわかるが、言い訳が苦しすぎる。

なのでもっと言い訳を苦しくして成敗してしまおうという魂胆だ。

エスメラルダ嬢が聖女になってそれを証明してもらえれば、お前は国王の認める聖女を捨てて別の聖女に走ったただのクソ浮気野郎だということになる。

「なるほど」

「それに、公爵家に聖女が生まれるというのは家にとっても大きなメリットになりますし。聖女と結婚したいという王侯貴族も多いのでは?」

「悪くない提案ですね」

追加で公爵家にメリットもあると語れば、母親としての顔ではなく貴族としての顔になる。

「ですが、そう簡単に聖女になれるのですか?」

「なれますよ」

「……」

「なにか?」

問題点は聖女になれるかどうか、その点に関して言えばなれると断言できる。

なので即答してみたのだが、夫人は目を見開いたのちに、苦笑気味に笑った。

「夫の言う通りでしたね。どんな言葉が出てくるかわからないから心の準備をしておけと」

「事実は事実ですので嘘を言う必要はないかと」

「貴方には簡単に実現できることかも知れませんが、聖女になれると言われてもわたくしたちにはそう簡単には飲みこめませんわよ」

聖女というジョブの獲得方法はそこまで難しい物ではない。

だけど、少しコツのいるジョブだ。

取得自体はそこまで苦労はしないが、どのジョブでも二つ名獲得を加算すると、とんでもなく大変なことになるというのはお約束。

「エスメラルダが聖女になる件は検討しておきます。時が来れば貴方にお願いするやもしれませんのでその時は」

そこには触れず、シンプルにジョブだけの獲得は簡単だと言っておく。

それに安堵の表情を見せた夫人は俺に協力を頼む。

「協力はしますけど、変なお願いは無しでお願いしますね?」

それ自体は問題ないけど、さすがに追加で何か頼まれるのは勘弁してほしいので予防線は張っておく。

「善処はしますわよ」

そんな俺の言葉に確約をしないのは貴族らしいと思ってしまう。

聖女のジョブの獲得条件は、三つ。

一つは光属性の非攻撃魔法スキルをレベルカンストで所持していること。

浄化魔法とかで十分だけど、ヒールとかの回復魔法を覚えているのがスキル構成的には理想。

二つ、聖女の髪飾りを装備すること。

聖女の髪飾りと聞くと一点物の貴重品のように聞こえるかもしれないが、ミスリルと光の精霊石があれば作れてしまうんだよね。

クラス3の細工師でも彫金のレベル次第では作れる。

三つ、以上二つの条件をクリアした状態で光の神ライティアの分神殿に行けばクエストを受注できるようになり、これをクリアすれば聖女になれるというわけだ。

簡単と言えば簡単、難しいと言えば難しいのだけど、条件を知ってしまえば。

「これだけで聖女になれるというのですか?」

「はい、なれます。クエストの詳細についてはあとで書面にしてお渡ししましょうか?」

「……夫に渡しておいてください」

夫人のような肩透かしを食らったかのようなリアクションくらいは引き出すことができる。

ジョブはそれぞれに条件が設定されているけど、取得するという点だけで見ればそこまで難しい物ではないのだ。

必要最低限の条件を満たせば、ジョブ自体は確保できる。

より高みを目指せば目指すほど獲得条件は難しくなる。FBOではジョブそのものよりも付属している二つ名の方が本体だと言われるくらいだしな。

しかしこの世界ではジョブの獲得条件が明確なのは少ないようで、希少な聖女という存在が神聖視されているのも納得できる。

聖女のクエスト自体は面倒だが手順を守れば十分に達成できる。

「了解しました」

まぁ、その前にイリス嬢はともかく、エスメラルダ嬢のジョブを変える手続きをしないといけないけど、そこら辺を聞かないということは方法は知っているって言うことかね?

今後の判断はご両親と娘さんで相談して決めてください。

「ですが決め手には欠けますね。相手側はずいぶんと口が回りますので悪あがきは続くでしょうし、逆恨みもしてくるでしょうね」

「いっそのこと、乗り換えたことを後悔するくらいにエスメラルダ様が美しくなられるとか?」

方向性としてはこれで大丈夫だろうと思った俺は気を抜いていた。

「私に似て、娘も容姿端麗です。あなた方が作られた米化粧水も毎日使っております。これ以上どう綺麗に」

「精霊の祝福という、米化粧水の上位互換がありましてね。これが髪やお顔はもちろんどこに使っても万能な化粧品なんですよ」

女性は美しくなることに貪欲、その認識はあったがこの時ばかりは迂闊だったと自分で自分を呪うくらいの失言だった。

少しぬるくなったお茶を飲みながら、回復効果もあったがフレーバーテキストは完全に化粧品の内容だったアイテムを思い出す。

ポーションの応用で作り、少し素材を工夫することで生まれるそれは資金稼ぎ用のアイテムとしても優秀だった。

精霊の祝福を使ったゲームイベントで、参加キャラのツッコミどころ満載のビフォーアフターを見たことのある俺としては、効果はあるだろうなぁと軽い気持ちで宣っただけ。

「詳しく」

「はい?」

「その話を詳しくお話しなさい」

「いえ、これはネタで」

「言い値で支払いましょう。ですからその情報を言いなさい。言うまでここから離れることは許しませんよ」

だったのだが、俺はどうやら竜の尾を踏んでしまったらしい。

貴族としてではなく女性としての迫力を醸し出す夫人に対して、俺は顔を引きつらせつつ頷くのであった。