軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 トレント

未知の敵と相対する。

それは新作ゲームであれば常に行われるイベントだ。

続編が多い作品であれば、あれが出るかこれも出るかとお約束のモンスターが出てきたりするが、それでも新しい敵というのは常に用意されている。

そんな敵に対する対策の王道は第一にレベリング、そして第二に装備を整えどんな相手の行動にも対応できるように準備するという、ゲーマーならありきたりであり、基本となる行動だ。

「これが、私の知っている全てだ」

それらと同じくらいに大事なのが情報収集である。

ゲームでは村や町に寄れば村人などのNPCから、こういうモンスターがいるから東の洞窟には注意しろ、などというフレーバーテキストレベルの情報は集められる。

サトスというノーリッジ家の次男である男が語った情報は、さほど多くはない。いわばそのNPCたちと同じくらいの情報しかなかった。

だけど、ノーヒントで挑むよりはましであると言えるし、それにこちとらどれだけの人生をFBOに費やしたと思っているんだ。

「わかったことをまとめます。蒸気は街全体を覆いつくし、広範囲に広がっている。敵は街中にはおらず、蒸気のエリアから外に出ようとしたり中に入り込もうとする相手を襲う習性がある。高温にさらされ続ければ脱水症状で民が全滅するのも時間の問題」

ここからは俺の本領となる攻略対策の話になる。

ゲームとかならNPCに聞き込みすればモンスターの事前情報、ボス攻略に役立つような内容を仕入れることができるが、その情報を仕入れるための街があの状態で使えない。

しかも街の住民の生命の懸かった制限時間付きのタイムアタックと来た。

ゆっくりと装備を整えている時間すらない。

「敵の姿は見えず、攻撃も見えず、敵は蒸気の中でこちらの動きを正確に把握している」

ロータスさんが指折りでサトスという貴族の男の情報をまとめながら話す。

「加えて、複数の相手にも同時に攻撃ができ、四方から一人への集中攻撃も可能とのこと。こちらも事態には緊急に対応せねばなりませんが、こちらの援軍が到着するには時間がかかってしまいます」

聞けば聞くほど、無茶な話になってくる。

転移のペンデュラムが一度で転移できる上限人数は六人。

リキャストタイムで一時間。

すなわち、往復で二時間かかり、そして一往復で連れてこれるのは俺以外に五人ということ。

二時間おきに援軍の五人が来るのならいいことだけど、今回の攻略は人が多ければいいというわけではない。

「情報は以上となります。リベルタ様、いかがですか?」

「状況は悪いですねぇ。と言ってもサトスさんのおかげでおおよそですけど、敵モンスターの正体の予想は立ちましたけど」

「なんだと!?」

僅かな情報であっても、敵の正体を絞り込もうと思えば絞り込むことはできる。

俺が予想するモンスターであれば、条件に合致し、そしてある程度の情報誤差でも納得ができるが。

その予想が当たっていたら、まず間違いなく大勢で攻め立てるのは悪手だ。

相手は待ち伏せのプロ、さらに土地に地の利を与えるタイプのモンスターだ。

多勢を相手取るのも得意なモンスターでもある。

子供である俺が、いきなり敵の正体に見当がつくと言ったら、サトスは驚き俺を見てきた。

それが普通の反応だよな。

ネルとアミナはやっぱりと納得したような顔をして、クローディアはほうと感心したような表情。

イングリットは表情変化なしで、ロータスさんは。

「ぜひ、お聞かせください」

こうやって光明を得たと言わんばかりに喜んでいる。

普通はあの程度の情報でわかるわけがないので、驚いているサトスとその周りの人たちの反応が正常だ。

ネルたちの反応は俺のこれまでの行動の結果なのだろうなと思いつつ。

「相手はトレントですね」

今はそんなことに関心を寄せている場合ではない。

勿体ぶらず、さっそくと言わんばかりにそのモンスターの名前を言った。

「トレントだと?あの枯れ木のモンスターが今回の騒動の正体だと言うのか?」

湯気を発生させるという条件だけではたどり着くことはできなかった。

しかし、湯気を霧に置き換えればこの騒動の条件に合致するし、サトスさんたちが受けた攻撃にも納得ができる。

「はい、その枯れ木のモンスターです」

トレントというモンスターは擬態型のモンスターだ。

元の世界で一番近い存在を言えば食虫植物だろうか。

森の木々の中に紛れ込み、そして獲物が近くに来るのをじっと待ち、捕食器官である根っこを伸ばして獲物を捕まえ屠るというトラップモンスター。

「ただ、普通のトレントじゃなくてだいぶお年を召した高齢樹だと思います」

そのトレントを見分ける方法はいたって簡単、枯れ木を探せばいい。

生い茂った森の木々の中で、ぽつんと一本だけ枯れた他の木々とは系統の違う樹木がだいたいトレントだったりする。

上位種になるとより偽装力が高まり見つけにくくなってくる。

エルダートレントとかになると逆に巨大な枯れ木みたいな見た目になるから見つけやすいけど、擬態能力に特化したトレントは本当に見つけづらい。

「サトスさん一つお聞きしたいのですが、どこからともなく攻撃が飛んできたと言っていましたが、だいたいの攻撃は下の方から飛んできませんでした?」

「……言われてみれば、確かにそうだ。だが、上の方からも攻撃が来たぞ?割合はそこまで多くなかったが、それでも頭をかすめるように何かが飛んでいったのは感じた」

「おそらく、トレントの攻撃手段である根っこを木に巻き付けてそこから土魔法で攻撃したんでしょうね。トレントの獲物の探知方法は根っこから感じる地面の震動。馬で駆け抜けるような相手は簡単に見つけます」

「だが、私たち以外にも多くの民が街から脱出を試みたのだぞ?それを全部発見したと言うのか?それほどの数のトレントが街の周りにいたとでも」

「たぶん一体ですよ。トレントは群れません。自分の狩場に余所者の同類を入れるのをひどく毛嫌いします。地面の下こそ自分の縄張り、そこに他所の根っこが混じって動きづらくなることなんて絶対に避けます」

「だったら、なおのことわからん。モンスターの湧き場は街の近くにはないぞ。トレントなんてなおさらだ。それに私を襲ったあの攻撃は一体のトレントが出せるような量ではない。そもそも我が配下のカシムがいかに視界が悪かろうが一体のトレントに敗北するようなことがあるわけが」

トレントは、モンスターの中でも派生形に富んだモンスターだ。

エルダートレントというのも一つの派生形の結果。

そしてトレントには別名がある。

「あるんですよね、トレントは例外的にポップした場所から自分の縄張りを求めて放浪するモンスターなんですよ。おまけにほかのモンスターと比べ物にならないほど、それこそ竜種でも相性次第で下手をすれば負けるような危険な要素があるんですよ」

その別名はケアレスミス。

初歩的な失敗とでも言えばいいのだろうか。

サトスの言葉を食い気味に否定すると少し眉間に皺を寄せてしまったが、トレントを侮ってはいけないという意味合いを込めて俺は真剣な顔で説明を続ける。

「竜にも勝る力?なんだそれは。魔力も体力も竜種の方が圧倒的に上のはずだ」

トレントが竜に勝る。

そんな言葉はこの世界の人からしたら戯言だろう。

年月を隔てた竜種は文字通り最強。

災害とも言われるほどの猛威を振るう。

そんなモノに枯れ木一本が勝てるはずがないと思うのも無理はない。

「何で勝ると言うのだ」

「根気です」

しかし、竜種は気性が荒く、そして強いゆえに傲慢。

忍耐力という点においてはほかのモンスターに劣る。

だが、逆にトレントというモンスターは数多いるモンスターの中で群を抜いて根気という名の忍耐力に優れたモンスターだ。

「根気だと?それの何が恐ろしい」

「彼らは忘れ去られるモンスターです。その恐ろしさは記憶の忘却の彼方で生き残れるという強み。あそこにトレントがいた。だけど弱いから、面倒だから、大して旨味がないから、一体しかいないから大丈夫という安心感を味方につけ放置されることを選択させる」

他のモンスターと違い、栄養を地面から吸い取ることもできるし、モンスターや人間といった獲物を狩ることで経験値を獲得することもできる。

他の同類だけを追い払うことだけに心血を注げば、時間をかけてコツコツと力を蓄える。

「あいつらが恐ろしいのは目に見えない所で自分の縄張りを広げるところなんですよ。樹齢十年程度の若木に擬態しつつ、自分の足元では決して獲物を狩らない。そして木こりが斬りにくい場所に生えればあとは地面の奥底に根っこを伸ばし広げテリトリーを増やすんですよ」

気が短いモンスターはそこでじっとしてられない。

ゴブリンは一人ではどうにもできないから仲間を増やそうと群れる。

ドラゴンは自分が強いからこそ派手に暴れまわる。

「一年や二年の話じゃないですよ。十年、二十年、下手をすれば百年や千年を生きられるのがトレントです」

しかし、トレントはそんな戦い方をしない。

石の上にも三年どころか、その場に数百単位の月日を過ごし縄張りをつくり続ける。

移動することはできるが、もともと移動することを苦手とするモンスターだ。

「それもそこにモンスターがいたかと忘れ去られるくらいに長い年月をなにも騒ぎも起こさずジッと過ごすんですよ」

擬態能力が長けるのもうなずける。

俺の説明を聞いたサトスの顔の血の気が引いたのがわかった。

根気の恐ろしさ。

「まさか、ずっと我が街の周りに根を張ってたと言うのか!?」

「今回の熱い湯気っていう特殊な視界を塞ぐような能力を持った個体が生まれる程度には。強力な個体がいるのは間違いないですね」

プレイヤーたちも、もういいやと忘れてしまったころにレベルアップしたトレントに狩られるというミスを何度も経験する。

かく言う俺も、放置しすぎてとんでもなく上手く擬態して、クラス7にも成長してみせたトレントの縄張りにうっかりと入り込んで痛い目にあった経験はある。

ゆえに、トレントの異名はケアレスミス。

見落とし忘れた故の、痛打。

それを経験したプレイヤーはこの言葉を教訓とする。

『トレントを見つけたら絶対に狩れ』

見直しが必要なくなるくらいに徹底的に狩らねばならないのだ。

「だ、だが一度も我が町の近くでトレントの発見報告など聞いたことがないぞ!それこそ父上も、それこそ祖父である先代の時代であってもだ!」

どれほど危険なモンスターなのか察したサトスは自分の家の恐ろしいミスを受け止められないかのように焦って言い訳を始めた。

まるで悪夢から逃げるかのように、夢なら覚めてくれと願うかのように。

顔を真っ青にして、そして違うと言ってくれと、間違っていたと言ってくれと懇願してきた。

「サトス殿、リベルタの言葉を忘れたのですか。トレントは長い年月を経てその地に根を下ろすのです。あなたたち一族は代々この土地を守ってきたのでしょうが、その中で忘れ去られた記録という物もあるでしょう。例えば兵士からの報告、トレントを発見したという報告とか」

トレント自体はそこまで強いモンスターではない。

最初期のトレントのクラスは2レベルも前半。

初心者から脱却したプレイヤーで装備を整えればあっさりと倒せてしまう程度の強さだ。

だけどクローディアが改めて年月を隔てたトレントが危険だと言っている通り。

こいつは時間経過で強くなる。

放置ゲーで強くなる系のモンスターだ。

さすがに一気に強くなるようなことはないが、それでも時間はトレントの味方になる。

「り、リベルタ。お前はさっき百年を超えて成長するトレントがいると言っていたが、街を覆うような湯気を発生させるようなトレントはどれくらいの強さになるのだ?」

街を覆う程の湯気を発生させられるような能力を持ったのは、ここがこの大陸でも有数の温泉地だからなのかあるいは固有の進化を遂げたのかはわからない。

地中の源泉からお湯を汲み上げ、熱気とともに湯気を散布する能力を得られたのはどういう理屈か気になるところだが。

実際トレントの派生形で覚えるスキルの中にミストという視界を塞ぐような濃い霧を生み出すスキルを使う進化個体がいる。

それは自分がどこにいるかわからないようにするための撹乱スキル。

他にも霧を使えるモンスターが結構いるから、俺もトレントがいると断定できなかった。

「クラスは・・・・・そうですね最低でも6くらいですかね?」

「6!?」

だけど、こういう罠の張り方をするのはトレントの特徴的な習性だ。

そしてこういう狩りの仕方ができるのはクラスだけで言えば風竜と同格の強さにまで進化した個体だけだ。

百年でそこまで行けるならある意味お手頃とでも言えるが、サトスからしたらモンスターを百年も放置した結果、王から賜った領地の街を滅ぼすことになる。

周囲からもどよめきが湧き立つ。

護衛の兵士が、一緒に来たメイドたちが、そして。

「終わりだ、我が街は、ノーリッジが」

その怪物が街を襲っているという事実を受け止め切れず絶望するサトスの言葉が場の雰囲気を悪くするが。

「いや、倒せますよ?」

こうやって隠れているということは正面から堂々と戦うような派生形に進化したわけではなさそうだ。

本体を見つければ手間はかかるが倒せるとは思う。

だからこそ、嫌な空気を払しょくするくらいの勢いで俺は軽く言ってみせた。

「なんだと?いま、お前はなんて言った?」

「いえ、ですからこれくらい成長したトレントくらいなら俺たちの今の装備でも十分倒せますよ」

危機感はある。

だけど、勝てないという不安はない。

頭の中にあるのは、より安全により効率的に、どうやれば倒せるかというチャートだけだ。

「こういうことは初めてですけど、情報収集も兼ねて検証すれば、たぶん本体の居場所も割り出せると思いますし、そうなれば倒せると思いますし」

トレントだと断定するにはまだ早いかもしれないが、九割九分そうだと言える。

残った一分も状況証拠と、軽く蒸気の中に入り込み、縄張りに一歩踏み込めば検証することはできる。

「ま、何とかしますんで」

だからこそ、湯気の向こうを見て笑うことができるんだけどね。