作品タイトル不明
レフィトの婚約者として、前に進みたい①
剣術大会が終わり、優勝の証である小さなネイビーブルーの宝石がついたブローチが、私の胸で輝いている。
レフィトがくれたそのブローチは、学園で一番強い人に愛されている証。贈られた人は、勝利の女神なんて言われたりする。
ブローチを見る度に、くすぐったい気持ちになり、ニヤけてしまう。
そして、キスをしたことも思い出し、甘やかで胸がいっぱいになるような感覚に陥るのだ。
すごく幸せな、ふわふわとした気持ちだけど、残念ながら今はその感情に浸っている時間はない。建国祭で開かれるパーティーまで、あと 一月(ひとつき) ちょっとしかないのである。
それなのに、すぐにレフィトのことが頭に浮かんでしまう。
「カミレちゃん、ニヤニヤしてますわよ。それに、背筋を伸ばしてくださいまし」
「はいっ!!」
「声を張り上げてはなりませんわ」
「はい……」
私は今、アザレアとともに、アザレアのお家であるカッツェ家に向かっている。
今日からしばらく、カッツェ家にお世話になるのだ。
「習うより慣れよですわ。実践に勝るものはありませんもの」
「うん。本当にありがとうございます」
「お友だちのためなら、当然ですわ。ビシバシ参りますわよ!!」
「よろしくお願いします」
そう言いながら頭を下げれば、アザレアに頭の下げ過ぎだと注意を受ける。
頭を下げる角度など、作法には決まりが多く、使い分けも必要となる。
知識としてはあっても、実践が足りない私にとって、本当の意味で身に着けるには、何よりも時間が足りない。
がんばって、少しでも早く身につけるんだ……。
みんなも協力してくれている。
大丈夫、きっとできる。
建国祭のパーティー参加が、学園の生徒は強制であることを知った翌日、アザレアとネイエ様に、令嬢としてのマナーや作法、ダンスをパーティーまでに形にできるようにしたい。手助けしてほしいと頼んだ。
ふたりは、二つ返事で了承をしてくれ、すぐさま作戦会議が始まった。
けれど、費やせる時間は休みの日と放課後だけ。学園は通常通りあって、パーティーの準備にかけられる時間には限りがある。
そこで、アザレアがカッツェ家で過ごすことを提案してくれたのだ。
さすがにそこまではお願いできないと断ったのだが「まずは雰囲気になれることですわ。カミレちゃんは、貴族としての空気に触れる機会が足りていませんもの!!」と豪語され、納得してしまった。
「必要なものはこちらで用意しますわ。さっそく、明日の放課後から 我が家(うち) にきてくださいまし」と言ってくれたアザレアの言葉に、甘えさせてもらうことにしたのだ。
「おっきい…………」
到着したカッツェ家は、大豪邸だった。
このお屋敷が観光地です! と言われたら、信じて疑わないだろう。
ビビりまくり、言動がちょっとおかしくなった私に、アザレアは首を傾げた。
「どうなさいましたの?」
「いえ……。大きいなぁ……と」
「ルドネス侯爵家の方が大きいですわよ」
たしかにレフィトのお家の方が大きかった気がする。だけど、ほぼ庶民のなんちゃって貴族の私からしたら、どちらも大豪邸なのだ。
アザレアのご両親に挨拶をして、通してもらった客間は、私の想像を超えていた。
「カミレちゃんが使うのは、このお部屋になりますわ。不足するものがあったら、遠慮せずにおっしゃってくださいね」
「あの、ここより小さいお部屋があれば、そっちにしてもらえると……」
この客間、 我が家(うち) より広いんだもん。
屋根裏部屋とかないのかな? そこも、うちより大きいかもだけど、ここよりは落ち着くはず。
こんなに広い部屋じゃ、落ち着かないよ……。
「カミレちゃん、少しでも慣れるのですわ。今の状態でパーティーに参加したら、お 上(のぼ) りさんみたいになりますわよ」
「うっ……」
図星過ぎて、返す言葉がない。
物珍しくてきょろきょろするか、場の空気に 萎縮(いしゅく) してしまうだろうから。
なるほど。そうならないためにも、貴族としての生活体験が重要なのか……。
「夕食までには、 クローゼット(この中) にあるワンピースに着替えてくださいましね。着替えは侍女に手伝わせるので、ひとりでしてはなりませんわよ?」
「あ、はい。分かりました」
そう答えつつ、アザレアが開けてくれたクローゼットの中を見る。
だけど、そこには──。
「ワンピースって、どれですか? ドレスはたくさんありますけど……」
「ドレスですの? ダンス用にと一枚しか用意できてませんわよ?」
ん? 一枚?
もしかして、一枚だけやらたレースやらフリルやらが付いていたのがドレスってこと?
そうなると、私がドレスだと思っていたのがワンピース!?
嘘でしょ……と衝撃を受けつつも、あのフリフリのドレスも着なくてはならないのか……と絶望する。
アザレアが用意してくれたドレスは、可愛い。すごく可愛い。だけど、可愛い =(イコール) 着たいではないんだよね。
用意してもらっておいて、文句を言うのがいけないことだとは分かっている。
それでも、心の中でくらい叫ばせてくれ。
ピンクのフリフリドレスはイヤだーーーーっっ!!!!
「やはり、妹のおさがりでは嫌でしたわよね? カミレちゃんの好みが分からないから、今度のお休みに商人を呼びましたの。それまで、我慢をしてもらえると助かりますわ」
……ん? 商人を呼んだ? 好みが分からないから?
それって、もしかしなくても……。
「私のために呼んでくれたんですか?」
「カミレちゃんだけのためではありませんわよ! 私も買いたいものがありますの」
「……何を買うんですか?」
「えっと…………」
アザレアの視線がふよふよと泳いでいる。
気を遣わせないようにと、言ってくれたのだろう。
誰だ、用意してれたものに文句を言ったのは!!
フリフリだろうが、何だろうが、ありがたく着させてもらうべきでしょ!?
少し前の自分を心の中で叱責し、アザレアの優しさに感謝した。
「ありがとうございます。用意していただいたドレスとワンピースをお借りするので、新しいものはいりませんよ」
「えっ? でも……」
「ピンクのドレス、可愛いです」
嘘ではない。可愛いと、心の底から思ってる。
それを着る自分は想像できないけれど。それだけだ。
「分かりましたわ。もし、新しいものが必要となったら、おっしゃってくださいね。それと、背筋がまた曲がってますわよ?」
「はい……」
うーん。姿勢一つにしても、すごく気をつけないとだ……。
何だか、前途多難な予感がするけど、まだ始まったばかり。
悩むなら、もっとやってみてからにしよう。