軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話 絵のモデルは

第五十八話 絵のモデルは

勇気を振り絞り、遂に虎毬さんへメールを送った翌日。

「ごめんなさい!」

昼休み。3階西側の、倉庫代わりに使われている空きスペース。そこで、虎毬さんが両手を合わせてこちらに謝罪をしてきた。

「申し訳ないのですが、最近『家』の方でバタバタしておりまして……放課後にゆっくりお話しするのは難しいのです」

「あ、そっち……」

一瞬、告白もしていないのに振られたのかと思った。

新しいトラウマを抱えずに済んだと、ほっと胸をなでおろす。

嫌だぞ、何か知らんうちに『矢広が虎毬さんに告白して振られたんだってー』『えーきもーい』『あのキモ男、マジ身の程知らずじゃーん』とか噂されたら。

そうなった場合、今度こそ不登校になる自信がある。

「でも、学校でならいつでもウェルカムですからね!耕太君の方から私とお喋りしたいって言ってくれるなんて、とっても嬉しいです!」

顔を上げた虎毬さんが、瞳をキラキラとさせながらこちらを見上げてくる。

一見あざといとすら思える仕草だが、違和感がない。無邪気な子供にしか、見えないからだろう。

……本当に、この人が公安の刑事さんなのか?

なんか、不安になってきた。

「えっと、いや。ちょっと学校ではしづらい話なので……」

「むむ?もしかして、異能や冒険者関係の話ですか?」

「はい、まあ。実は、魔物とかに関する事でして……」

「そうでしたか。まさか、霊的災害に巻き込まれた件で……いえ。デリケートなお話ですもんね。今は、何も聞きません」

真剣な面持ちで、虎毬さんが力強く頷く。

そして、こちらの手をその小さな指で握ってきた。

「さっきも言いましたが、耕太君から話しかけてくれて、とっても嬉しかったのです。もしも相談したい事があったら、遠慮なく言ってくださいね!」

凛とした輝きを瞳に宿していた彼女の顔に、へにゃりとした笑みが浮かぶ。

「あ、でもでも!一緒に遊びたいとか、何となくお喋りしたいとかでも、大歓迎なのです!私達はもう、お友達なんですから!」

「……ありがとうございます」

頷いてそうお礼を言うと、虎毬さんがこちらをじっと見上げてきた。

「えっと、何か……?」

「いえ。何だか、少しだけ元気になってくれたんだなーって」

握っていた手を離し、虎毬さんが大きく背伸びをし、人差し指でこちらの眉間に触ってくる。

普通より少し体温の高い指先が、どうにもくすぐったい。

「眉間の皺も、なくなっています。良い事があったんですね!」

「ええ、まあ……少しだけ、ですが」

昨日から、クラスメイト達が自分の挨拶に答えてくれる様になった。

まだ、あまり目は合わせてくれないし、時々恐がられる事もあるけど……以前までとは、格段に教室の空気が違う。

居心地の悪さはあるが、それでも前の様に消えてしまいたくなる程では、なくなっていた。

「……良かった」

一瞬、虎毬さんが普段とは違う顔をした気がした。

魔眼持ちでなければ、見逃してしまう程の短い間。彼女の顔が、大人びて見えたのである。

まるで、小さな子供を見る大人の様な顔。心の底から安心したとでも、言う様な表情だった。

しかし、それが自分の見間違いかと思う程に、虎毬さんの顔はいつも通りの天真爛漫なものに戻っている。

「私のクラスの人から聞きました!耕太君が、クラスメイトさんを守ったヒーローだって!」

「いや、ヒーローって言われる程の事は……」

「いいえ、貴方は凄い人です!」

再び、手が握られる。今度は両手で。

「もっと胸を張ってください。自分だって危ない時に、他人を助けるのは凄い事なんです!これをヒーローと言わずして、何を言うのですか!」

「そう……なのかな」

「そうなのです!少なくとも、私やクラスの人達はそう思っています!」

むん、と。薄い胸を張って虎毬さんが笑う。

「放課後にまとまった時間を作れない、お詫びというわけじゃありませんが……今日は一杯、お喋りしましょうね!」

そう言って、彼女は傍の椅子に置いていたピンク色の弁当袋を手に笑うのだった。

* * *

「オタク君……やっぱり、ロリコンだったん?」

「何をどう聞いたらその結論が出てくるんですか?」

喫茶店で今日の出来事を話した結果、似非ギャルが露骨にドン引きしてきた。

「まあ冗談はさておき。聞いている感じ、だいぶあざとくね?虎毬さんて人。本当に学校で人気なん?」

「はい。1日でクラスの人気者になっていましたよ。それに、あの人は妙に聞き上手なので」

正直、実際に会って話さないとあの人の奇妙な魅力は分からないと思う。

兎に角、人のパーソナルスペースに滑り込むのが上手いのだ。呼吸、とでも言えば良いのか、気づいたら自然に会話をしてしまっている。

しかも、それが不快じゃない。異性としてではなく、人間として魅力的な女性だった。

「公安所属のエージェントならば、納得です。優れた話術をお持ちなのでしょう」

先程までメロンソーダに瞳を輝かせていた美由さんが、キリッとした顔で会話に復帰する。

「ふむ。しかし、『家の方がバタバタしている』というのが気になるな」

対面に座るロッソさんが、自身の細い顎を撫でる。

「その遠海虎毬氏が公安であるのなら、目的は『ケニング』か若き鬼であろう。どちらにせよ、若き鬼からのアプローチを後回しにするのは任務にメリットがないはずだ。それでも優先する事となると……」

「公安……あるいは、政府で何かあった……とかですかね」

「うむ」

「それなら、これについてじゃない?」

璃子先輩が、雑誌コーナーから新聞紙を持って来て机に広げた。

その一面記事を見て、思わず苦い顔をする。

「泉原臨時総理の、会見ですか……」

泉原誠臨時総理。

『回帰の日』から数カ月で元の内閣が解散し、その後の内閣で防衛大臣を務めていた人物。

そして、緊急時の総理代理を務める5人の候補の、唯一霊的災害の被害に合わなかった人物でもある。

ようは、自分達からすれば一番『真っ黒』に見える政治家だ。

そんな彼が、何を会見で言ったのか。

『霊的災害時の避難所の縮小』である。

昨夜、寝る前にテレビで彼の会見を見た。

『『回帰の日』より2年。各地にて、ダンジョンの活性化が始まっています』

『既に、今年だけで2千人を超える人命が失われました。本当なら、今日も家族や友人と笑い合っていたはずの命です』

『霊的災害に対し、自衛隊の対応は鈍重と言わざるを得ません。臨時とは言え、皆様の代表としてこの事には怒りすら覚えています』

『しかし、自衛隊は常に人手不足という問題を抱えています。これは、すぐにどうにか出来る課題ではありません』

『だからこそ、私は避難所の在り方を今一度考え直したい』

『人々が避難する場所を、よりアクセスの良い所にすべきなのです。何よりバラバラの場所に逃げては、守る側もバラバラになるしかない。この非効率さが、これだけの犠牲を生んだのです』

『人口と道路、各自衛隊基地との距離を考えた上で、私は避難所の建て直しを考えています』

『本来必要ではない、逃げるべきではない場所にある避難所の魔道具や霊的建材を回収。本当に必要な避難所の強化に使う事で、国民の皆さんをより守る事が出来る。そう考えております』

……と。そんな感じの事を語っていた。

コンパクトシティみたいに、避難所の分布もコンパクトにしようと彼は言っているのだ。

部分的に見れば、正しいのかもしれない。しかし、彼が掲げた解体予定の霊的避難所の中には、ライカンスロープやズメウの霊的災害時に使われた物もある。

自分には、泉原臨時総理の陰謀にしか思えなかった。

証拠も何もないので、安っぽい陰謀論と言われたら何も言い返せない、が。

新聞を見た美由さんが、小さく頷いた後にこちらを見てくる。

「暗殺しますか?」

「美由っち、ステイ。絶対に駄目だからね?」

「そうだ。証拠もなしに、その様な事をしてはならんぞ。美由よ」

「いや、証拠があっても人殺しは駄目ですからね?」

「ロッソんも落ち着いて、マジで。証拠があるのなら、それを警察とマスコミにブッパすんのが先だから。殺すとか、人間相手にそういうのは駄目だから」

いつも通りの様子でとんでもない事を言ってくる美由さんと、こめかみに薄っすらと青筋を浮かばせているロッソさん。

どちらもやばい思考である。特に前者。

「……しかし、確かにこれは大ニュースではあるが、公安が大騒ぎする事か?」

ロッソさんの疑問に答えたのは、カウンターでコーヒー豆を挽いていたマスターだった。

「どうだろうね。でも、国会で泉原臨時総理の案に反対している議員さん達もいるから、彼らに無理な交渉をしないか、とか。逆に彼らから臨時総理に何かしないか、とか。警戒する事があるんじゃないかな?」

「む、確かに……」

「うーん。だったらなお更、虎毬さんと直にお話したいんだよねー。でも、電話やメールはまずいだろうし」

「ですね。僕が知っている番号は、たぶん『公安の携帯』でしょうから。彼女以外……それこそ、あちら側の人も見たり聞いていたりする可能性がありますし」

「……いっそ拉致る?」

「駄目にきまってんでしょ」

「だよねー」

本気で言ったわけではないらしく、璃子先輩が肩をすくめた。

その拍子に揺れたエプロン越しの巨乳から視線を逸らし、ため息をつく。

あちらからしたら、自分達を信用する理由もないのだ。手荒な事をすれば、返って疑われる。

いや、そもそも公安のエースと思しき人物を誘拐出来るとは、微塵も思っていないが。返り討ちにされそう。

────カランコロン。

そんな事を考えていると、扉のベルが鳴った。

「いらっしゃい。おや、上代ちゃん」

「うっす、マスター」

入って来たのは、絹江さんだった。

パーカーにジャージのズボン、スニーカーというラフな格好の彼女が、そのままカウンターの席に座る。

「お前らもよっす。どうした、そこで4人集まって」

「いぇーい、絹っち!あーしらは、ちょっと秘密の作戦会議中さ☆」

「いや、今度のダンジョン探索についてでしょ」

横ピースをする璃子先輩に、事前に決めていたツッコミを入れる。

秘密は、知らない人が多い程良い。絹江さんを信じていないわけじゃ……わけじゃ……魔物側と疑っているわけじゃないが、一応誤魔化した。

「ほーん。ま、それは良いんだが。お前ら、明日は暇か?」

「あーしはちょっと忙しいかも。放課後、友達に付き合ってプログラミングの課題あるんだよねー」

「吾輩は裁判に関して、少々顔を出さねばならぬ事があってな……」

「私は家でやる事があります」

美由さんのやる事……ああ、ケニングの整備か。

そう言えば、ズメウ相手に結構派手に暴れたと璃子先輩から聞いている。大きな損傷はなかったが、日々の整備以外にも気を付けておくべきか。

というか。

「つまり、暇なのは耕太だけか」

「……うっす」

僕だけ予定がないのか……地味にショック。

いや、まあスクロールの作成とか。予定と言い張れなくはないけども。

「じゃあ、ちょっと頼みてぇ事があるんだけど」

「……モデルにはなりませんよ?」

「ちっ」

「ちっ」

舌打ちしやがった!?

……待って。今もう1人いなかった?

そっと視線を横に向けるが、そこには瞳をキラキラとさせた美由さんがクリームソーダを味わっている。

まさか、彼女が舌打ちなんてするわけないか……。

……するわけないと、良いなぁ……!!

「まあいい。絵のモデルは、今回別だからな」

「はあ。と、言いますと」

こちらの問いに、絹江さんはニンマリと笑い。

「魔物を描く。手伝え」

まるで決定事項の様に、そう告げた。