軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十八話 試運転へ

第四十八話 試運転へ

小鳥遊さんの家で、3部屋も貸してもらえる事が決まってから数日後。

5月も下旬であり、未だ雨の降る日が多い。

今日もまた、小雨が降り注いでいる。屋根や地面に雨粒が当たる音が、窓の向こうから微かに聞こえていた。

自分と璃子先輩、そして小鳥遊さんが再び集まり、ガレージにて『ケニング』を見上げている。

「いやー……仕事が早いね、美由っち」

「いえ。ケニングの整備性と、工場の人達の腕が良かったからです」

苦笑まじりに称賛を送る璃子先輩に、小鳥遊さんはいつも通りの無表情で答えた。

それでも、彼女の手際の良さには驚かされる。

「僕も、本当に凄いと思うよ」

「恐縮です」

淡々とした答え。これもまた、いつも通りだ。

自分達が見上げるケニングは、初めて出会った時とは比べ物にならない程綺麗になっていた。

傷1つない、黒と灰色で塗装された装甲。以前よりもややスマートなシルエットになり、そこはかとなくヒロイックな雰囲気を放っている。機械類を璃子先輩が改造した影響で、頭部パーツが少し変わったのも影響しているかもしれない。

「くっ……!やっぱりこういうリアルロボットな機体からは、硝煙の香りが漂ってくるぜぃ……!」

「え?火器を使わなくなって随分経ちますし、何より装甲を入れ替えた事でそういった臭いはないと思うのですが……」

「小鳥遊さん。冗談というか、あくまで雰囲気の話だから。気にしないで」

「なるほど」

でも自分も、この機体から硝煙の香りを感じる……たぶん。

可能なら、何らかの火器を装備してほしいものだ。法律的にも、入手の難易度的にも、不可能に近いが。そもそも対魔物じゃ普通の武器では意味ないし。

まあ、ガレージの壁に立てかけてある装備も悪くないと思うが。

「んー。これで、武装が盾と警棒なんてもっさいのじゃなかったら、あーし的に100点満点あげちゃうんだけどなー」

「は?盾と警棒を装備したロボとか、むしろ有りよりの有りでしょうが。リアル感増すでしょ」

貴様今、パト●イバーをバカにしたか?うん?

リアタイで見ていたわけではないが、アレは間違いなく名作である。

「なる。確かにその解釈もあるね……!」

「分かってくれたのなら良いのです……」

でもショットガンとか、リボルバーを装備したケニングも見てみたい。

視線を、ガレージの壁に向ける。ケニングの左右に置かれた、専用装備。

右手側には、長さ1メートル50センチもある、丸太。黒く塗装され、横方向にもグリップが取り付けられた、霊木から作ったトンファーバトンであった。

当初はモーターを取り付けた連弩でも持たせるか、と考えたものの、法律を考えて断念し、今の形に。

万が一ケニングを警察に見られた場合、一応小鳥遊さんの異能で動いていると誤魔化すつもりだが……クロスボウに類する物を持たせていると、かなり詳しく調べられてしまうので……。

スクロールの量産に成功した暁には、銃型の杖でも持たせたい所である。杖だったら法律的にセーフだし。証拠も残りづらい。

そしてケニングの左側。そちらには、長さ2メートル50センチ、幅1メートル20センチのタワーシールドが壁に立てかけてあった。

『念力の盾』を搭載しており、グリップ脇にマガジンが取り付けてられている。最高20個のスクロールが入るので、その都度発動する必要はあるが、ちょっとやそっとじゃ壊されない。……たぶん。

しかし警棒にタワーシールドとは、まるで機動隊だ。格好良くはあるが、飛び道具がないのは、やはり心配である。

それでも、小鳥遊さんは無表情ながら、瞳を少し煌めかせてケニングを見上げていた。

「……武器にこだわりはないつもりですが、今は少し違います」

彼女の桜色の唇が、ゆっくりと動く。

自身の心情に戸惑いがあるのか、少し震えた声。だが、それ以上に喜びの感情が含まれている。

「矢広さんと、璃子先輩が作ってくれた、私専用の機体。そう思うと、不思議と愛着がわきます」

そう言って、小鳥遊さんがケニングの腕に触れる。

白魚の様な指とは正反対の、無骨な鋼の巨人。だが、その手つきはまるで長年連れ添った愛犬に触れる様であった。

どうにもむずがゆい。そこまで喜ばれると、頬が緩む。チラリと横を見れば、璃子先輩も同じく照れた様子で頭を掻いていた。

こちらの視線に気づいたのか、彼女が誤魔化す様に勢いよく手を叩く。

「さっ!取りあえずケニングの修理兼改修が済んだわけだけど、試運転はどうしようか?」

「それは勿論」

長い黒髪をなびかせて、小鳥遊さんが振り返る。

その瞳には、強い意志が感じられた。

「ダンジョンで」

* * *

翌日。早速電車で、又隣の市まで移動する。

そこは、ライカンスロープの霊的災害が発生した街。あれからまだ1カ月も経っていないのだから、驚きだ。

自分の少しズレた感覚に同調する様に、電車は通常通り運行している。駅自体も、ごく普通の様子だった。

しかし、改札を通って駅の外に出ると、やはりまだ霊的災害の傷痕は色濃く残っている。

あちこちの家屋が、まともに修理もされず放置されていた。ブロック塀が崩れた家もあれば、玄関の扉がなくなったままの家もある。黒く焦げた骨組みのみの家まであった。

空いた穴をブルーシートで覆っている家は、まだ住民が住んでいるのかもしれない。だが、そうでない破損が目立つ家は、恐らく……。

道路の汚れが、あの日見た血を連想させる。今日はまだ雨が降っていないはずなのに、鼻の奥で雨と鉄の臭いが広がった気がした。

「……大丈夫?」

駅を出てすぐに立ち止まった自分を、璃子先輩が覗き込んでくる。

普段と違って、真剣な面持ちの彼女に、どうにか笑みを浮かべた。

「はい。問題ありません。バス停に、向かいましょう」

「……分かった」

あの日見た光景は、今でも時々夢で見る。

だが、それでも。自分は日常に戻る事が出来た。少しだけ、『回帰の日』より前と比べて非日常ではあるけれど。

数分程でやってきたバスに乗り、目的地へ向かう。予め時間を調べていたから良かったが、本数が少ないので帰りは少し大変かもしれない。

自分達以外利用者のいない、ガランとした車内。

普通の席に座ろうとしたのだが、璃子先輩に背中を押されて最後尾の横に長い椅子に座らされてしまった。しかも、何故か左右に彼女らが座ってくる。

どうにも居心地が悪い。両手を膝の上に置き、背筋をピンと伸ばす。もしも変な所を触ってしまったり、触ろうとしたと勘違いされてはたまらない。

雨と鉄の臭いが広がっていた鼻には、現在小鳥遊さん達の良い香りが流れ込んできていた。

……意外と、自分は図太いのかもしれない。

そんな風に自嘲していると、璃子先輩は軽く周囲を見回す。本当に誰もいないか確認した後、小声でこちらに話しかけてきた。

「ねえねえ。そう言えば、オタク君の方はどうなん?」

「どう、とは……」

「紙づくり。上手くいっている?」

「いやぁ、まだ何とも。漂白剤に刻んだ木を入れて、10日は置きたいので」

「へぇ、そうなんだ」

少し意外そうに、璃子先輩が呟く。

木の種類とかどの漂白剤を使うとかで変わるのだが、取りあえず今はそういう感じで試していた。

「……ねえ、あーし思ったんだけどさ」

「はい?」

「オタク君って、ようは『レシピと材料さえあれば、誰でも作れる魔力の籠った紙』を目指しているんだよね?」

「はい、そうです」

「最終的に工場で作るんならさ……ぶっちゃけ、セロテープとかそういうので良くない?あれ、確か木から作れるんだよね?」

「……!!」

彼女の言葉に、思いっきり目と口を開いてみせる。

「え、もしかして……」

「と、いうのは冗談です。残念ながら、これがどうにも難しくて」

「あ、そうなんだ。何が問題なん?」

「結論から言うと、『魔力を溜めておく繊維』が特に大事でして」

瞬間的に魔力を持っているだけなら、それこそ霊木を燃やして出来た灰でも良い。

だが、繊維が物理的に壊れる程、魔力を溜めておくのが難しくなるのだ。灰にした場合は、1日ぐらいで魔力が霧散してしまった。

化学的には多少壊れてもセーフっぽいのだが、目視で繊維を見る事が出来ないぐらいまでいくと、すぐに魔力が抜け出てしまう。

現状、魔力を溜めておくのなら和紙ぐらいが丁度良い……と、判断したのだ。

だが、別に和紙でなくとも言い。大事なのは霊木の繊維である。和紙なのは、自宅で試すなら、という条件での話なのだから。

「調べているのは、どこまでなら繊維を壊して良いか。入れる『変若水』の割合はどれぐらいか、ですね。そのレシピを作っている最中です。作業中、細かな魔力を見続けないといけないので、レシピが完成するまで外注も難しいですし……」

「ほへー。思った以上に大変なんだねー……」

「早く、工場に丸投げしてOKにしたいです……まあ、引き受けてくれる製紙工場の当てもありませんが」

政府への疑いを抱いている現状、下手な所へは依頼できない。

「璃子先輩。やっぱり、マスターの知り合いで信頼出来て融通もきく製紙工場とかありません?もういっそ、手作りの職人さんでも良いので」

「無理無理。うちのお祖母ちゃんの顔が広いって言っても、近所限定だから。あーしらが住んでいる街に、そんなんないでしょ」

「ですよねー」

まあ、まずはレシピを完成させなくては。全てはそこからである。

そんな話をしていると、小鳥遊さんがずいっと、顔を近づけてきた。

彼女の髪が揺れ、花の香りが鼻をくすぐる。とんでもない美貌が視界の大半を覆い、否応なしに思考が小鳥遊さんで埋め尽くされていくようだった。

そして、何より豊満な乳房が二の腕に触れている。

「矢広さん」

「た、小鳥遊さん……!?」

ぐにり、と柔らかくぶつかる乳肉。気温の関係で羽織る物は必要ないと、薄着で着た自分を褒め称えたくなった。

薄いとは言え衣服と下着ごしだというのに、ハッキリと伝わってくる小鳥遊さんの胸の感触。どこまでも沈んでいく様な柔らかさなのに、確かに押し返してくる反発力が、不思議な事に両立していた。

自分の心臓が、棒高跳びばりに跳ねた気がする。口から飛び出るかと思った。

アメジスト色の、宝石の様な彼女の瞳。それが、こちらを真っすぐに見つめてくる。

「以前にも言いましたが、貴方の研究を私も応援しています。どうか、手伝える事があれば遠慮なく言ってください。何でもします」

「い、いえいえいえ。も、もう十分助けて頂いておりますので……!」

やめてください。今一瞬脳内で、『今なんでもって言った!?エッチな事でも良いんですか!?』とかアホな考えが駆け巡ったので。

頑張って理性が本能をボコ殴りにして抑えているが、僕は弱い。長くは耐えられない。

というわけで。

「璃子先輩……ボケて!」

「この前絹っちが『矢広の鎖骨の形ってどんなん?絵のモデルにしてぇから、どうにか事故に装って剥けねぇかな』って言っていたぜ!」

「ボケナスの話をしろって意味じゃねぇのよ。でもおかげで煩悩が少し遠のきました」

「良いって事よぉ!ちなみに絹っちはお祖母ちゃんにその言葉を聞かれて、1時間ぐらいお説教されていたよ」

「ざまぁ」

「でも反省の色はなかったYO!」

「……その内警察に相談しようかな」

「女子大生が男子高校生の鎖骨を……か。ワンチャン訴え通るかもだけど、たぶん注意で終わるね」

「ですよねー」

マスター、いざとなったら良い弁護士さん紹介してくれないだろうか。

でも、美人女子大生にちょっとセクハラなトークをされるのも、悪くないと思っている自分もいる。これが、心が2つあるというやつか……。

危なかった。絹江さんが小鳥遊さん並みのスタイルを持っていた場合、新たな性癖の扉を開いていたかもしれない。

とうの小鳥遊さんは、自分達のやり取りに不思議そうな顔で首を傾げながら、元の姿勢に戻っている。

遠のいた彼女の爆乳に安心しつつも、名残惜しい思いであった。

煩悩が……煩悩が強い!理性の1万倍ぐらい強い!

そんな事を考えていると、バスの車内にアナウンスが響く。目的地が近い様だ。窓側に座っていた璃子先輩が、降車ボタンを押してくれる。

3分ぐらいして、バスが止まった。料金を払って、アスファルトに覆われた地面に降り立つ。

少しだけ急いだ様子で、離れていくバス。それを一瞥し、自分達は歩き出した。

向かう先は、当然ながらダンジョン。打ちっ放しのコンクリートで覆われた封鎖所へと、足を動かす。

この街には、ライカンスロープ達のもの以外にもダンジョンが存在していた。そこに、今日は潜る。

封鎖所の自動ドアが開いた瞬間、遠くの方から雷鳴が聞こえた。

もしかしたら、嵐が近いのかも……なんて。そんなわけないか。

家を出る前に見た天気予報を思い出しながら、建物の中へと足を踏み入れた。