軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十四話 迷宮内での休息

第四十四話 迷宮内での休息

「一旦休憩しましょう」

探索開始から1時間が経過した頃、小鳥遊さんの言葉に全員が足を止めた。

「んだねー」

「異議なし」

「分かった」

ダンジョンの中で休憩。それは、非常に危険な事である。

しかし、人間の体力や集中力には限界があるのだ。なので、周囲の安全を確保した上での小休憩は、むしろ勧められている。

まあ、完全に周囲の安全を確保する、というのが普通のダンジョンだと大変なのだが。

もう一度周囲を見回し、ポレヴィークの魔力がないのを確認。その後掌に、リュックの中の水筒をイメージして取り出す。

スポーツ飲料を一口飲んでから、小さく息を吐いた。

「……なーんか、滅茶苦茶平和に見えるね、この景色」

水筒のコップにコーヒーを淹れながら、璃子先輩が呟く。

「ですね……」

絵だと分かっていても、遠目に見ると本当に長閑な農村に見える。

頬を撫でていく穏やかな風もあって、魔物などいない平和な地に思えてならない。

このままレジャーシートでも敷いて、弁当でも食べてしまいたい気分になってくる。

「ふっ……どの様な平和も、どの様な地獄も、見る者によって何もかもが変わるものだ。そこに、真の意味で違いなどありはせんよ」

何やら深い様で、別に深くなさそう事をロッソさんが呟く。

ドヤ顔の彼女の手には、赤い液体の入ったワイングラスがあった。

「……いや何を持っているんですか、貴女」

「無論、吾輩自らが用意した特別ブレンドである」

「匂いと色からして、トマトジュースと野菜ジュース混ぜただけじゃね?」

「そしてグラスは、良く見たらプラスチックっぽいですね」

「やめろ。分析するでない……!」

若干頬を赤くして、ロッソさんがジュースを一気飲みする。

それを見ていた璃子先輩が、小さく首を傾げた。

「ロッソん。やっぱ人の血が飲みたくなったりするん?いや、単純な疑問なんだけど」

「ふむ……確かに、『栄養』という点でなら人の生き血。特に貴殿の様な異能者でもある処女の血は、極上の味だろうよ」

「おう。謎評価センキュー。でも処女云々はセクハラだぞ?」

「それを言ったら種族に関する話もハラスメントだ、たわけ。兎に角、吾輩は余程の事がなければ人の血は飲まん。普通の食事でも、きちんと味は感じられるゆえな。栄養もバッチリだ」

「ほーん……なんか変な事を聞いて、ごめん」

「気にするな。それに」

ふと、ロッソさんの視線がこちらに向いている事に気づく。

より正確には、自分の首の辺りに。

「吾輩も、偶に飲みたくなる事もあるのでな」

「……え、僕!?」

思わず飲んでいたスポーツ飲料を吹き出しそうになりながら、一歩距離を取る。

嘘だろ、この人僕の事をそんな目で見ていたの!?

血を狙われていた云々以上に、『処女の血』が好きとか言っている奴にロックオンされた事に動揺を隠せない。

え、なに。『童貞の血』とかもあるの?ダンピールの好きなものリストに。なんか途端にまずそうだけど。いや、人間の血って段階で飲めたものじゃなさそうだが、一段階まずさが増した気がする。

「ま、待て!誤解だ!確かに『くっそ芳醇な香りをさせているな、このスーパードスケベ人が……襲うぞ?』とは思っていたが、決して邪まな眼で貴殿を見ていない!」

「邪悪さしかありませんでしたが!?誤解要素どこ!?」

「待てやロッソん!なんであーしや美由っちじゃなくあっちだ!?男だぞ!?たしかにメスっぽい顔しているけど、男なんだぞ!?」

「誰がメスっぽい顔じゃ似非ギャル!」

「す、すまん。だが、こう、まるで月をそのまま酒にした様な香りがだな。こう、夜を生きる者としては……」

「きーっ!乙女度でオタク君に負けるとか受け入れられるか!これだから『ヴァンピーラ』じゃなくダンピール名乗っているにわかはよぉ!」

「誰がにわかかぁ!吾輩だってヴァンピーラを名乗るか迷ったが、政府が一纏めに『ダンピール』という種族にしたのだから仕方あるまい!」

「ヴァンピーラ……?なんです、それ」

素直に疑問を口にした瞬間、璃子先輩とロッソさんが揃って信じられないものを見る目を向けてきた。

え、そこまで?

「知らないのオタク君!?男の吸血鬼ハーフがダンピール。女の吸血鬼ハーフはヴァンピーラって言うんだよ!?」

「へー、そうなんですか」

「こんなのオタクの一般教養だよ!?なんで知らないの!?」

「知らねぇですよ似非ギャル。いい加減自分がオタク女子な事を認めやがれください」

「ふむ……もしやそこの若き鬼は、オタクではなく『オタクっぽいだけで何のオタクでもないただの陰キャ』なのではないか……?」

「心臓に白木の杭叩き込むぞ20代厨二」

「矢広さん」

「小鳥遊さん、大丈夫。別に慰めてもらう必要は」

「私は……貴方の血こそ真の乙女の血だと、信じていました」

「誰か、僕を慰めてください」

ゼリー飲料を手に、まるでヒーローショーを見に来た子供みたいな目を向けてくる小鳥遊さん。彼女の言葉に、自分の心が悲鳴を上げた気がした。見えないナイフって、恐いね。

「よしよーし。大丈夫だよー。安心してねー」

似非ギャル先輩が、ちょっと背伸びしながらこちらの頭を撫でてくる。

ここぞとばかりに優しくしに来ているが、そもそもの元凶たぶん貴女ですからね?

そこんとこ、もう少し反省を……反省……はん、せ……。

……ダメだ!美少女が、美少女ボイスで慰めながら美少女な指で頭を撫でてきたら……僕は全てを許してしまうかもしれない……!

「ほーら、深呼吸だよー」

「すぅ……はぁぁ……」

「よくできましたー。これでもう安心だね、オタク君!」

「……はい」

「じゃ、この後の探索も頑張ろう!頼りにしてるよ?」

「はい」

「テンションぶち上げていこー!いぇーい!」

「はい!」

「いかんな。ツッコミ役が心労から全てを投げ出したぞ」

「正直すまんかった。よもやここまでチョロいとは」

「やはり、矢広さんは凄い……!」

好き勝手言ってんな、この三馬鹿。

おかげで若干正気を取り戻し、小さく咳払いをしながら水筒をしまう。

そうして探索を再開し、30分程。

幾度かの戦闘を挟みながらも、そろそろ出口が近くなってきた頃。前方でやけに広がっているスペースを視認する。

「小鳥遊さん。道はあっているんだよね?」

「はい。このまま行くと大きな部屋の様な空間に辿り着き、その先に出口のゲートがあるはずです」

「そっか……」

通路の先にある空間を睨みつけながら、ゆっくりと左右に視線を動かす。

広さは、体育館より少しだけ小さいぐらいか。ここまでの通路同様左右に麦もどきが畑の方に生えており、あぜ道の幅もそこまで変化はない。

その分、麦もどきの量が増えているわけが……。

「……結構いる感じ?」

「恐らく。5体、いえ、今6体目を見つけました」

ここまで多くても3体しか同時に出てこなかったポレヴィークだが、ここに来て結構な数が一度に出てきたものだ。

これは、馬鹿正直に突っ込みたくない空間である。

「スクロールを解禁しようと思います」

「OK。んじゃ、オタク君とあーしの同時攻撃をしてから」

「いえ、『魔法拡大』のスクロールで璃子先輩の魔法を広範囲にばら撒きます」

そう答えると、腕まくりみたいに改造着物の袖をめくっていた璃子先輩が、動きを止める。

「……え、オタク君のそのスクロールって、他のスクロール魔法以外も拡大出来んの?」

「そりゃあそうでしょ。『魔法拡大』は、『魔法拡大』なんですから」

互いに、『何言ってんだこいつ』という視線を向ける。

「マジか……知らんかったわ」

「今度、クランメンバーには僕のスクロールの事詳しく書いたメモとか、渡すべきですかね?」

「んー……いや。まだ良いんじゃない。依頼で組む時にだけ教えれば。全員かなりマイペースだし」

「そうですね。場所はあそこと、あそこ、そしてあそこに2体ずつ固まっています」

「OK……任セロリー」

「小鳥遊さん、スクロールを」

「了解」

「んじゃ、オタク君とロッソんはいざって時に備えて前衛よろ」

「はい」

「うむ」

小鳥遊さんがリボルバー型の杖を構え、璃子先輩が扇子を前方の開けた空間に向ける。

ポレヴィーク達は、獲物が前を通りがかるまで待ちの構えを崩さない様だ。知能がそこまで高くないのか、隠密形態だと感知能力が落ちるのか。

なんにせよ、好都合である。魔力の流れからして、魔法を反射する類の罠は見受けられない。

「■■■■……■■……!」

未知の言語で詠唱を続ける璃子先輩に、肩を寄せ合いながら小鳥遊さんが魔法を発動する。

伸ばされた杖先に5つの魔法陣が浮かび上がり、璃子先輩もそこへ扇子を向けた。

「────轟き穿て。『ライトニング・ハンマー』」

扇子から発せられた魔力が、魔法陣を通過。刹那、金色の光が激しく瞬いた。

高速で飛行する、稲妻の槌。それが、先程自分が指示した箇所に着弾する。魔眼の動体視力で、ようやくその軌跡を目で追う事が出来た。

ほぼ同時に響く、空気が弾けた音。それは紛れもなく雷鳴であり、大気を震わせながら麦もどきに火をつける。

幸い、特に燃え広がる事はなく微かに焦げた臭いだけが辺りに広がった。

素早くポレヴィーク達の位置を探り、璃子先輩に伝える。

「5体、消えました。残り1体です」

「よーし。場所は変わっていない?」

「はい。あ、いえ。今移動を開始しました。来ます」

話している間に、最後の1体が動き出す。仲間が全滅した事を察したらしい。

泥団子の状態から四肢のある状態へ変化し、素早く麦もどきの中を駆けてくる。ガサガサと音をさせながら走り、あぜ道に出る直前で跳躍した。

『ごぼ……ごぼ……!』

空中で、投げつける様に左腕を伸ばしてくる。それは自分とロッソさんの間にある地面を掴み、急速に縮まった。

それにより加速を得ながら、ポレヴィークは右手で鎌を振りかぶる。

しかし、それでもまだ、遅い。

縮まっていく左腕を剣で両断すれば、空中でポレヴィークはバランスを崩した。その胴体に、ロッソさんの大鎌が直撃する。

「どぉりゃああ!」

盛大な掛け声と共に、怪物の体は両断されてそれぞれ飛んでいき、天井にぶつかった後地面へと落下した。

ぐるりと大鎌を回転させた後、石突を地面に突き立てたロッソさんが豊かな胸を『たゆん』と張る。

「ふ……またつまらぬホームランを打ってしまった」

いやホームランか?これ。

「いえーい!圧勝!楽勝!快勝だねぇ、皆の者ぉ!」

「お疲れ様です」

「あ、うん。璃子先輩と小鳥遊さんもお疲れ様」

「真の死神の鎌の使い手は、やはり吾輩であったか……」

なんか黄昏ているロッソさんを放置して、璃子先輩達と合流する。

その後に麦もどきの中の魔石を回収して、出口のゲートへと向かった。

これまで通ったダンジョンの中でも、特に難易度の高いものだったが……全員、負傷する事もなくこの日の探索は終わりを迎えたのである。

* * *

封鎖所に戻り、着替えを済ませた後。受付にて手続きを終え、帰路につく。

倒した魔物は、合計でなんと30体。魔石が1つにつき1万円である以上、1人につき7万5千円の儲けである。まあ、ここから税金やら冒険者保険やらで、半分ぐらいにまで減るのだが。

それでも、1日の稼ぎとしては十分過ぎる。霊格もまた1段階上がった気がするし、実りの多いダンジョン探索だったと言えよう。

ほくほく気分で自動ドアを通って駐車場へ出た所で、璃子先輩が無駄に良い笑顔でこちらへ振り返ってきた。

「よおし!じゃあこの後うちの喫茶店へ報告に行ったら、そのまま昼飯食べてゲームしようぜ!」

「ノリが小学生です、璃子先輩」

「うるせぇ!ギャルとは一瞬一瞬を小学生なみの速度で生きていんだよ!」

「貴女の中のギャルって、本当に何なんですか……?」

「な、なあ。本当に今日か?わ、吾輩、そういうのは経験がだな……こ、心の準備が……」

頬を赤くしながら、視線を彷徨わせるロッソさん。だが、その口元は若干緩んでいる。

どうやら、何だかんだ嬉しいらしい。

「行こうぜ、ロッソん!あーしらバスだから、喫茶店前で合流な!」

「う、うむ。全く、そこまで熱心に招かれては仕方があるまい……!」

「今度のお泊りに向けて、練習だぜ!」

……あ、この人まだゲーム耐久諦めていなかったのか。

自分はお泊り会には呼ばれないだろうから、小鳥遊さんとロッソさんに心の中でエールを送る。頑張れ。一晩中璃子先輩のあのテンションに付き合うとか、精神がグラインダーにかけられたみたいになる気がするけど、きっと貴女達なら耐えられる……!

安全地帯から、僕は無事の帰還を祈っていますね……!

「矢広さん、どうしたのですか?遠い目で笑みを浮かべて」

「いや……強く生きてね、小鳥遊さん」

「?はあ……それはこちらの台詞ですが」

「なぁにボサっとしてんだ2人とも!時は金なりだぜ!全速前進だ!」

「いや。バスの出発時刻的に、今から走っても別に変りませんけど」

「……なら、走るか!家まで!」

「一定以上の速度で異能者が公道を走って良いのは緊急時だけなので、マジでやめてください」

「はーい」

渋々と言った様子で、璃子先輩がバス停へ歩き出す。

その後ろを、自分達も続いた。

……それでも、何となく彼女の気持ちは分かる。早く、喫茶店へ向かいたい。

どうやら自分も、『友達』とゲームをするのが楽しみでしょうがない様だ。

その事に内心で苦笑しながら、意識してゆっくりと足を動かす。

この時間はこの時間で、好きだったから。

「時に、矢広さん。璃子先輩」

「はい?」

「どったの美由っち」

いつものTシャツにミリタリージャケットな小鳥遊さんが、妙に真剣な顔をしている。

「友人間や部隊で何らかのゲームをする場合、罰ゲームなどを用意するそうです」

「まあ、それは人によるかな」

「ふむふむ。美由っちは何か、罰ゲームの案があると?」

「はい」

大きく頷いた後、彼女は握りこぶしを作る。

「負けた人間には、とある物を纏ってもらいます」

「え、なんか恐いな……」

「安心してください。肉体的な損傷は与えません。無論、経済的にもです」

それ暗に社会的なダメージは与えるって言っていない?気のせい?

一抹の不安を抱く自分をじっと見つめながら、小鳥遊さんが告げる。

「負けた人は────『こすぷれ』なるものをするのは、どうでしょう」

あ、違う。これ失われるのは社会的な命ちゃう。精神だわ。

「待って?」

「アッハッハッハ!のったぁ!」

「待って??」

「諦めろオタク君……今の世の中は、多数決だぜ?」

「多様性の為にも、少数の意見を切り捨てるのはどうかと!というかさっきバイクで帰ったロッソさんの意見もですね!」

「それで璃子先輩。同盟を組んでほしいのですが」

「堂々と談合の相談していない、小鳥遊さん!?」

「違うぜぇ、オタク君……これは、ただの女子会トークだぞ☆」

「ざっけんな!?」

負けられない戦いが……なんか勝手に、始まろうとしていた……!