軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 危険が危ない

第二十八話 危険が危ない

更衣室で着替えを済ませ、受け付けを通ってゲートへ。

『霊装』を纏い、自分達はダンジョンへと足を踏み入れた。

あの不思議な感覚と共に、魔物達の巣穴へと降り立つ。

さくりと、ブーツの足裏が土の地面を踏みしめた。まばらに背の低い雑草が生え、広い間隔を空けて木々が並ぶ。

大人でも腕を回せない巨木。上を見れば、10メートル以上先で枝葉が伸び伸びと茂っていた。

木漏れ日に照らされ、視界は明瞭である。澄んだ空気が肺を満たし、穏やかな風が頬を撫でた。土の香りが、鼻腔をくすぐる。

それこそ、小鳥のさえずりでも聞こえてきそうな場所だった。誰も、ここが人食いの化け物どものねぐらとは思わない程に。

ゆっくりと、剣を抜く。視線を小鳥遊さんに向ければ、彼女も無言で杖を構え小さく頷いた。

事前の話し合いで、前衛が自分、援護とナビが彼女と決めてある。まずは周囲を探索し、自衛隊の目印を発見する所から始めた。

通常、ダンジョンでは魔物にペイントを消されない為に、ブラックライトを使わなければ見えないインクを使っている。

だが、このダンジョンにおいては、木の幹にでかでかと黄色のペンキを使って数字とアルファベットが描かれていた。

本物の森でやったら、自然保護の観点から怒られそうである。

「ペイントの描かれている向きから、現在地はここかと」

小鳥遊さんが、こちらに近づいてスマホを見せてくる。

すぐ傍にきた彼女の長い黒髪にドキマギするも、どうにか意識をダンジョンへと戻した。

「……少し、出口のゲートから遠いね」

「はい。ですが崖や坂を踏破するのなら、そう大きな問題になりません」

「わかった。ルート取りは小鳥遊さんに任せる」

「了解」

頷き合って、本格的に探索を開始する。

視覚から、清涼な空気が感じられる様なダンジョンだった。木漏れ日の元を追いかけて、自然と目が上を向く。

葉の隙間から見える空。それは、偽物の空だ。

何でも、実際は巨大な岩のドームの様な構造をしているらしい。そう、対霊庁のホームページに書いてあった。

ダンジョン上部の岩が青く発光しており、それが晴天に見えている。当然ながら、太陽はない。

似た様な構造のダンジョンは多く、魔物達がかつて生息していた場所を模倣している故……だというのが、現状最も有力な説とされていた。

小鳥遊さんに聞いたら、もっと詳しく分かるのだろうか?そんな考えが浮かぶも、上を向いていた視線と共に意識を前へ向ける。

ここが危険な場所だという事を、忘れてはならない。

ライカンスロープの霊的災害から、初めてのダンジョン。大きな戦いを乗り越えて、少し気が緩んでいたのだろう。

意識して引き締め直した時、魔眼がこちらへ向かってくる魔力を捉えた。

「小鳥遊さん。10時の方向、1体。接近中」

「了解」

それは、すぐに目視できる位置までやってきた。

どっどっどっ、という、足音も聞こえてくる。

木漏れ日に照らされた、黒い体毛。それで覆われた体は、子牛と同等かそれ以上の大きさだった。

頭の位置は大人の腹あたり。幅は1メートルを超え、体格に見合った四肢が力強く大地を蹴りつける。

豚鼻に、槍の穂先の様に長く鋭い一対の牙。猪に似た姿をした魔物。

『クレイジー・ボア』

狂った様に突撃する猪という、あまりにも安直な名前。されど、この怪物をよく言い表していると冒険者の中では好評である。

『ヴヴヴヴヴォォッ!』

雄叫びを上げて、クレイジー・ボアが一直線にこちらへ向かってくる。

その突進は乗用車を横転させる程であり、噂では1トントラックすらひっくり返したとか。

50メートルはあった距離が、2秒で半分にまで縮まっている。なおも加速を続ける怪物に、重心を落として剣を構えた。

だが。

小鳥遊さんが、冷静に魔法を発動する。

銃口の様な杖先から放たれた魔法は、クレイジー・ボアの進路上に着弾した。外したのではない。むしろ、ドンピシャと言える。

『スクロール:地面操作』

こちらもまた、安直な名前の魔法。そしてその名の通り、大地が意のままに形を変える。

発生した土煙が、一瞬だけクレイジー・ボアの視界を奪った。普通の猪なら怯むだろうに、この魔物は突進を止めない。

だからこそ、膝までの深さがある落とし穴に自分から跳び込むのだ。

『ブギャァ!?』

勢いよく穴に跳び込み、バランスを崩す魔物。走って来た勢いでその巨体が持ち上がり、前方、つまりこちら側へと前転する様にひっくり返った。

背中を打ち付け、地面を削りながら横転したクレイジー・ボア。立ち上がろうと四肢を動かす怪物の脇腹を、思いっきり踏みつける。

人間の体重程度、魔物ならば簡単に跳ねのけられるが、一瞬とはいかない。

僅かに動きを止めた所へ、首目掛けて剣を振り下ろした。

『ブギャアアアアアッ!』

「っ……!」

一際強く暴れ、絶叫を上げるクレイジー・ボア。その姿は、普通の猪と変わらない様に思える。

それでも剣を押し込み、横へ動かした。頸動脈を切り裂いたのか、水鉄砲の様に血が噴き出る。

返り血を浴びながら、地面に奴を縫い付ける事数秒。足裏から感覚が消え、クレイジー・ボアは黒い霧へと変わった。

「ふぅぅ……」

「お疲れ様です、矢広さん」

「いや、小鳥遊さんもお疲れ」

面頬についた返り血を無意識に拭おうとするが、そこにもうクレイジー・ボアの痕跡はない。

つくづく、魔物というのは良く分からない存在である。

「やっぱり、この方法なら安定して倒せそうだね」

「はい。しかし、スクロールの消費が少し心配です」

リボルバー型の杖に視線を向け、小鳥遊さんが続ける。

「矢広さんのスクロールの作成速度は、平均以上です。しかし、1回の探索で大量に消費するのはまずいかと」

「やっぱ、そうかな……」

この前のライカンスロープ達との戦いで、かなりのスクロールを消費している。

家にストックが3桁あるのだし余裕だと思っていたが、そう言われると不安に思えてきた。

普段使いのする『風弾』を比較的多く用意しているが、それでもストック全てが戦闘用というわけでもない。

節約するか、増やすペースを上げるか。どちらにせよ、ちょっと大変である。

「このダンジョンでは、緊急時以外は魔法を使わずに戦ってみましょう」

「でも、そうなるとクレイジー・ボアの突進を止めるのは……」

まさか、体で受け止めろと言うのだろうか。

たぶん出来るとは思う。が、滅茶苦茶恐い。

ならば、突進を避けて止まった所を狙うか。このダンジョンに行くと電話で伝えた時、マスターからそういった対処法を聞いている。

そんな事を考えていると、小鳥遊さんが何かを取り出した。

「それは……?」

「ボーラです」

Y字型に縄を編み、それぞれの先端に重りのついた道具だった。

たしか、大昔に使われていた狩りの道具だったはず。しかし、普通の物品は魔物に有効ではない。

そう言おうとしたのだが。

「あれ、その縄って」

「はい。きちんと魔力があります」

見慣れた魔力が、ボーラに使われている縄から感じられた。

というか、自分の魔力である。

「矢広さんが固有異能で育てた木の皮を使い、縄を編みました。コーティングや重り部分は普通の品ですが、縄が魔物の足に絡まれば十分です」

「なるほど……」

「実戦で使うのは初めてですが、相手の動きが読みやすいこのダンジョンならば練習にもなるかと」

「分かった。お願い、小鳥遊さん」

「はい」

落ちている魔石を回収し、探索を再開する。

広いダンジョンのはずだが、次の接敵は数分後であった。

魔眼で敵の位置を察知し、小鳥遊さんに振り返る。

「2時の方角に1体。まだこっちに気づいていない」

「了解」

小鳥遊さんが短く答え、ボーラを振り回す。

風を切る音が聞こえたのか、臭いで察知したのか。クレイジー・ボアがこちらに顔を向けるなり地面を蹴りつける。

『ブァァッ!』

猛烈な勢いで迫る魔物。それに対し、小鳥遊さんは冷静だった。

ヒュオッ、という音と共に、ボーラが投げられる。回転して飛んでいくそれが、見事クレイジー・ボアの前足を捕らえた。

縄が足に巻き付き、構わず走ろうとした魔物が顔面から転倒する。

『ブギャァ!?』

横転したクレイジー・ボアに、自分が跳びかかる。今回は、剣を構えていない。

「このっ!」

魔物の背中側から近づき、横腹を右手で、右膝で前足の付け根を、そして左手で牙を掴んだ。

当然ながらクレイジー・ボアは暴れるが、全力で押さえつける。

そこへ、小鳥遊さんが軍刀を手に踏み込んだ。

「しっ!」

短い、息を吐く音と共に軍刀の切っ先がクレイジー・ボアの眼球を貫く。刃は脳にまで達したのか、怪物はビクリと一際強く体を跳ねさせた後、動かなくなった。

念の為とばかりに、彼女は軍刀を捻って脳を掻きまわす。数秒後、クレイジー・ボアは黒い霧に変わった。

「ナイス、小鳥遊さん」

「はい。矢広さんも、ありがとうございます」

思いのほか、上手くいった。

これなら、自分や小鳥遊さんの霊格……レベル上げに良いダンジョンかもしれない。

しかし、魔石と一緒にボーラを拾い上げて気づく。

「あっ……」

クレイジー・ボアの力が強すぎたのか、縄が所々千切れかけていた。

「小鳥遊さん。このボーラは、もう」

「問題ありません」

こちらの言葉を遮り、小鳥遊さんが両手にそれぞれ別のボーラを握ってこちらを見て来た。

無表情ながら、心なしか自慢気に思える。

「予備は沢山作ってあります。製造過程に道具を幾ら使っても良いので」

「流石……」

むん、と胸を張る小鳥遊さん。

薄いパイロットスーツ風の『霊装』に包まれた爆乳が、たゆん、と揺れた。

「さ、流石……!」

「恐縮です」

いけない。ちょっと煩悩に飲まれかけた。

なけなしの理性を総動員して視線を逸らし、こっそりと深呼吸をする。

危ない。やはり、この人は危険だ。色気がヤバい。本人は無自覚なのに、ポテンシャルが高すぎて存在が『R18』みたいな事になっている。

「矢広さん?どうかしたのですか?」

こちらの内心など気づいた様子もなく、小鳥遊さんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

彼女の目を見張る様な美貌や、前傾姿勢になった事で形を変えた爆乳から、全力で顔を逸らした。

「いや、大丈夫。問題ない。元気。いや、元気にさせていないから大丈夫」

「……?すみません。どういう意味でしょうか」

「大丈夫です」

「分かりました」

純粋な眼が痛い……!

璃子先輩。お願いだから、小鳥遊さんに性教育というか、自分がどれだけ魅力的な女性かを教えて上げてください。

僕の理性が危険が危ない!

若干錯乱しつつも、ダンジョンを探索していく。

ここは危険な場所。油断すれば命を落とす、魔物の巣穴。そう、何度も頭の中で呟きながら。

耐えてくれ、僕の理性!