軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 日常の強度

第十九話 日常の強度

土曜日。

4月も下旬に入り、桜なんてとっくに散った頃。

矢広耕太。春を体験しております。

鼻歌を歌いそうになりながら、鏡の前に立った。そこに映るのは、かつての自分とは似ても似つかない顔。

小学生の頃は老け顔と言われ、中学の頃はタヌキ顔と言われていた。しかし、今の顔はかなりの男前である。

エルフの血と鬼人の血が上手い事影響したらしく、線の細い優美な顔立ち。

墨で描いた様に真っ黒な髪に、真っ白な肌。その中で、ワインレッドの瞳が強い存在感を放っていた。

一見中性的な容姿だが、首にはしっかりと喉仏があり、肩幅もそこそこ広い。背も高く、服を捲れば6つに割れた腹筋があるのを自分は知っている。

異能者になる前の顔とは、骨格からして違っていた。中学2年の頃、『回帰の日』の翌朝、クラスの誰も自分が何者なのかわからない様子だったのを覚えている。

世の中には、自身の変化にアイデンティティが崩れてしまった異能者もいるらしい。テレビやネットで、そう聞いた。自分の様にポジティブな変化を得られたのは、幸運なのだろう。

今ならモデルさんにだってなれそうだ。『回帰の日』直後は、わざわざこの顔を見に別のクラスの女子も廊下まで来ていたぐらいである。

まあ、結局異能者として距離を取られる様になったが。

顔だけは良いのに、クラスで腫れものどころか危険物扱いなのだから、世の中見た目だけじゃないんだな……。

1人ぐらい『でも、私は非日常っぽいイケメンが好きだ!』って女子とか、いても良いだろうに。

……うん。創作ならともかく、リアルだったらそりゃ避けるよね。

しかも中身が僕だぞ。100年の恋も冷めるわ。

……自分で言っていて悲しくなってきた。鏡の中の、未だに慣れない男前な顔も情けない事になっている。

いけない。今日は人生初のデート。無様は絶対に見せられないのだ……!

たとえ目的が物騒だし、相手の思考も物騒だとしても!若い男女が休日に街へ2人きりで外出するのなら、それはデートなのだ!

……あ。なんか意識したら緊張で胃がひっくり返りそう。喉元にまで、今朝の味噌汁が戻ってきそうだ。

や、やっぱり今日はやめようかな?こ、ここはもっと、慎重に……。

中止のメールを送るか否か、迷う事10分。小鳥遊さんから『今日は行けますか』と確認のメールが来た。

「……ひゃい」

仮病も使えないこの体を若干恨めしく思いながら、情けない声と共に『大丈夫です』と返事をしたのだった。

* * *

駅前にある、謎のモニュメントの前で小鳥遊さんを待つ。

迷いに迷っていたくせに、気づいたら30分前に待ち合わせ場所に来てしまっていた。

今更になって、スマホで『デート時の注意』を検索する。

こんな事なら、普段から自分で服を買うなりしておくべきだったかもしれない。母親に選んでもらった服や靴が、何だか不安に思えてくる。

そう言えば、調査ってどのぐらいかかるのだろうか。時間的に、昼は外で食べる事になるだろう。その場合、どこの店とか決めて───。

「矢広さん」

「は、はい!」

少しだけ聞き慣れてきた、涼やかな声。それに、慌てて顔を上げる。

目の前には、いつも通りミリタリージャケットにジーパン姿の小鳥遊さんが立っていた。

「お待たせしました。集合は10時30分だとお伝えしたつもりだったのですが、連絡に不備が……」

「い、いやいや!偶然!偶然早く着いちゃっただけだから!そ、それに待っていない……よ?」

「そうですか?ならば良いのですが」

特に緊張した様子もなく、自然体な小鳥遊さん。

定番の台詞である『待っていないよ』と言えた事に、謎の感動を覚える。自分は今、物語の主人公の様に青春を満喫しているのだ。

ならばここは、ネットでもよく言われているアドバイスに従い、相手の服装を褒めるべきだろう。

人類の英知よ、僕に力を!

「小鳥遊さん。その、今日の服お洒落だね!」

「……?いつもと特に変化はないと思いますが」

「……い、いつもお洒落だよ」

「そうですか。ありがとうございます」

やっぱネットの知識なんて当てになんねぇわ。クソがよ。

いけない。ちょっと闇落ちしかけた。

今のは自分のミスだ。そうじゃん。小鳥遊さんいつも通りの恰好じゃん。

「同じ服が3つあるので、洗濯してローテーションを組んでいます。ある程度の機能性と、周囲に奇異の目を向けられないステルス性を合わせた格好だと自負しております。矢広さんに認めてもらったのなら、間違いない様ですね」

「うっす……」

いや、貴女が着ている段階で、どんな服でも目立つだろうけど。

実際、周囲を行きかう人の視線を彼女は独占している。そこのカップルなんて、男の方が小鳥遊さんの尻をガン見していた結果、彼女さんから肘打ちを食らっていた。

リア充ざまぁ、という感想は置いておいて。小鳥遊さんにステルスとか無理だと思う。

「これ以外の服は目立つ物か動きづらい物ばかりですので、大切に扱っています」

「そうなんだ……え、目立つとか、動きづらいって、どんな?」

「クローゼットにあったのは、バニーガール。メイド服。スクール水着。コスプレ用のナース服。白衣。あとは、異様にフリルの多い衣装もありました。現実では、初めて見た物ばかりです」

「……うん。それは、目立つし動きづらいね」

「なぜデミちゃん氏がああいった衣装を用意したのか、理解できません。メイド服だけでも、5種類以上ありました。アレらを使った潜入を想定していたのか、彼女もこの時代の衣服に詳しくなかったのか……」

口元に手をあてて、真剣に悩みだす小鳥遊さん。

たぶんだけど、あの自称デミウルゴスはそこまで考えていないと思う。どういう性格かは知らないが、『回帰の日』の様子から愉快犯めいた人格な可能性が高い。

「ただ、下着の種類も異様に多かったのでそれは助かりましたが……いえ。この話は後にしましょう」

待って。今もの凄く興味が引かれる話題だった気がする。

しかし、そこを深掘りする勇気はない。というかセクハラになってしまう。

「行きましょう、矢広さん。日中に奴の住居を特定しなければ。日が暮れた後は、吸血鬼の時間です」

「あ、はい」

小鳥遊さんに言われ、歩き出す。

そうだ、こういう時は車道側に立った方が良いはず。そう思い立ち位置を意識すれば、既に彼女が車道側に立っていた。

周囲に油断なく視線を配り、両手をポケットに入れている。薄っすらと感じる魔力から、杖やスクロールをそこに隠している可能性が高い。

やだ、この子怖い……。

思わず頬を引きつらせる自分に、何を勘違いしたのか。小鳥遊さんは小さく頷いてくる。

「安心してください。護衛任務の経験はありませんが、いざとなれば私が盾になります」

「……いや、そういうの良いので」

「遠慮は不要です。お任せください」

「いや、本当に……」

やっぱり、これはデートではない。

人生初デートはまだ遠そうだと、内心でため息をついた。

* * *

小鳥遊さんが切符を買うのに若干苦戦するなどのハプニングはあったが、それ以外特にトラブルもなく電車に乗る。

土曜日とは言え、この辺は田舎だ。運が良い事に、電車の中に人はほとんどいない。2人とも、余裕で座る事が出来た。

最初は間に1人分置いて座るつもりだったのだが、小鳥遊さんが『分断は避けるべきです』と言って隣に腰を下ろした時は、少し驚いたけど。

車内には、女子中学生と思しき集団や、老夫婦。スーツ姿の男の人なんかが乗っている。この辺では、ごくありふれた光景。特に警戒なんてする必要もない、空間だった。

アナウンスと共に、電車が走り出す。ガタン、と音をたてて、僅かに揺れた。

窓の外の景色が、徐々に加速していく。

移ろいゆく外の風景を一瞥する事もなく、小鳥遊さんは背筋をピンと伸ばし、右手は常にポケットの中へしまっていた。より正確には、拳銃型の杖を握っていた。

もしも不審に思われて駅員さんやお巡りさんに持ち物を確認されたら、捕まるかもしれない。流石に不安を覚えて、小声で話しかける。

「あの、小鳥遊さん」

「はい。何でしょうか」

こちらに合わせてか、彼女も小声で返事をしてきた。

すぐ近くにある顔に、少しドキドキする。ふわりと、石鹸の香りが鼻をくすぐった。

「杖は、他の人に見られると犯罪者って誤解されるかもしれない。あんまり、触り過ぎない方が良いと思う。……たぶん」

「……わかりました。申し訳ありません」

「いや、うん。大丈夫」

彼女は小さく頷いて、右手をポケットから抜いた。それに安堵するも、手首に巻かれた紐に、魔力を有した指輪が通されているのに気づく。

……アイテムボックスに、杖をしまったのか。

未来で悪事を働いたという、『ロッソ・ヴェンデッタ』こと石山岩子さん。彼女を警戒してか、小鳥遊さんはケニングを持って来ている。

その運搬の為にこの魔道具を持ちだす事は想定していたが、それでも心臓に悪い。

ただでさえ少ない異能者の中でも、空間魔法の使い手は少ないとされている。魔道具に異能を落とし込むのも、あの魔法は他の魔法より難易度が高い。

中身は勿論、このアイテムボックス自体も非常に貴重な物である。何だか、自分まで別の緊張をしてきた。

それ以降、特に話題が浮かばずに無言で電車に揺られる。何度かスマホに手が伸びかけるも、隣で臨戦態勢の人がいるので、どうにも出しづらかった。

やがて、次の駅に到着する。数人が乗り込んできて、やはり空いている車内の椅子にそれぞれが座った。

次の駅あたりで、人が一気に増えるかもしれない。あの辺は、比較的栄えているから。

そして、その駅がある街に、石山さんはいる。

はたして、どんな人なのだろうか。小鳥遊さんの言う通りの人かもしれないし、逆にこの時代では真っ当な人かもしれない。

出来れば、後者であってほしいものだ。人間同士の荒事なんて、経験がない。ましてや、心臓を……なんて。想像するだけで吐き気さえしてきた。

ダンジョンに潜り、魔物と戦った経験が、肉を貫く感触をリアルに想像させる。化け物相手なら、罪悪感はそれ程もたなくて済むが、相手が人間だったら……。

以前、スケルトンが街中に現れた時の事を思い出す。あの時地面を濡らした赤色が、今でも忘れられなかった。

───サァ……!

「ん……」

窓から聞こえて来た音に、顔を上げる。

どうやら、雨が降っているらしい。それは段々と勢いを増していき、あっという間に大雨となる。

天気予報では晴れのち曇りだったはずだが、外れたらしい。傘なんて持って来ていないが、どうしたものか。

駅か近くのコンビニで、ビニール傘でも売っていると良いのだけど。そんな事を考えながら、窓の外を眺める。

だが、流れていく雨粒の中で。

あの日見た、赤色があった気がした。

「えっ?」

瞬間、魔眼が発動する。

天地が逆さになった光景を。小鳥遊さんがポールに首を強打する光景を。自分が天井に叩きつけられる光景を。

そんな数秒後の未来を、幻視した。

「危ない!」

自分がそう声を上げたのと、ほぼ同時だった。

───ギキィィィィィィッッ!!

甲高いブレーキ音。続いて、強い衝撃。発生した横揺れにバランスを崩した直後、電車が『跳ねた』。

あちこちから悲鳴が上がる中、車体が勢いよく倒れていく。乗客は悲鳴と共にシェイクされ、受け身も取れずに天井や床、そして他の人に叩きつけられた。

咄嗟に、小鳥遊さんを庇う。同時に『霊装』を展開。2人分の体重であろうと、強烈な衝撃により容易く座席から自分達は引きはがされた。

背中に天井にぶつかったかと思えば、今度はポールが眼前に迫っている。それを肩で受けた直後、扉へと落下。どうにか小鳥遊さんの頭を抱えながら、痛みに耐える。

はたして、揺れはどれ程続いただろうか。10秒か、10分かもわからない。

明滅する視界に、ザラザラとした地面が映る。これは……アスファルト?

割れた扉のガラス越しに見るのは初めてで、何とも奇妙な感覚に襲われる。

数秒程意味もなくその光景を眺めていると、腕の中で何かが動いた。

「っ、うぅ……!」

「あ、た、小鳥遊さん!」

押しつぶしてしまう体勢になっており、慌てて彼女の上から体をどける。

強く抱え過ぎたのか、白い額は少し赤くなっていた。また、頭部と背中を庇う様に手を回したものの、足は守り切れなかったらしい。ジーパンに包まれた左足が、歪な方向に曲がっている。

遅れて、自分が『霊装』を解除している事に気づいた。どうやら、気絶した拍子に元の恰好に戻っていたらしい。

いや、今はそれよりも……!

「治療を……!?」

固有異能で彼女を治しながら、無意識に顔を上げた。

そこで、

「ぁ……」

赤色を、目にする。

散乱した窓ガラス。そこから入ってくる雨。無防備に雨粒を浴びる人々の体は、既に血で濡れていた。

自分達以外、動く者は誰もいない。

「っ!」

ガバリと小鳥遊さんが起き上がり、杖を手に周囲を見回した。

彼女も車内の惨状を目撃したらしく、小さく息を飲む。

「あ、ああ、救急車……救急車!小鳥遊さん、早く通報を!僕は治療をっ」

立ち上がり、近くに倒れている老夫婦に近づこうとする。

だが、その前に華奢な手がこちらの肩を掴んで止めた。

「無意味です。彼らは死亡しています」

は?

意味が分からず、小鳥遊さんへと振り返った。

彼女は淡々と、無表情で続ける。

「貴方の固有異能は、死者に対して効果を持ちません。今は移動を優先すべきです」

『霊装』を展開し、彼女は足元に来たポールを足場に跳躍。反対側、頭上にあるポールを掴み、鉄棒の要領で自身を持ち上げた。

そして、迷いなく非常用のドアコックを動かす。僅かに開いた扉に、『念力』のスクロールを使用して人が通れるスペースを確保した。

「先程はありがとうございました。取りあえず、こちらに。現状が不明ですが、閉所に留まるのは危険です。まずは安全の確保をしましょう」

彼女が何を言っているのか、分からなかった。

死んでいる?全員?誰も、生きていない?

先程まで、仲睦まじく話していた老夫婦も。小声で談笑していた中学生達も。眠そうにしていたスーツの人も。

視線を巡らせる。そんなはずはないと、自分に言い聞かせながら。

だが、誰も彼も首を歪な方向に曲げているか、頭をひしゃげさせていた。医学を知らぬ者でもわかる、致命傷を負った状態。

そして、彼らの魔力は感じられない。それが意味するのは───。

「お゛ぇ」

気づいたら、胃の中身を足元の地面にぶちまけていた。びちゃりと、汚らしい音が響く。

小鳥遊さんが降りてきて、背中をさすってくれた。手袋と布を挟んでいるのに、彼女の温もりが伝わってくる。

それでも、胸の中を渦巻く気持ち悪さが消える事はなかった。

己の口から出た吐しゃ物の臭い。倒れて動かない人々が出す鉄の臭い。そして、外から入ってくる雨の臭い。

それらが、これは現実だと突きつけてくる。理性では受け入れられないのに、本能が理解してしまっていた。

先程までの日常が、消えてなくなったのだと。