軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 急転直下

第一話 急転直下

「そう緊張しないで。リラックスしてね」

「は、はい!」

自分が訪れたのは、『アルフ』という名前の喫茶店であった。

その奥にある一室に通され、喫茶店のマスターから手で椅子に座るように促される。

だが椅子に腰かける前に、背筋を伸ばし自己紹介を行った。

「 矢広耕太(やひろこうた) です!よ、よろしくお願いしまず!」

……噛んだ。

舌先が痛い。耳が熱く、自分の頬が赤くなっている事が鏡を見なくともわかった。

マスターは一瞬目をキョトンとさせた後、クスリと小さく笑う。それは、バカにしたものではなく、大人の余裕あるものであった。

ようは、『微笑ましい』と思われたのである。余計に恥ずかしい。

「うん。こちらこそ、よろしくね」

「は、はい……失礼します」

ゆっくりと、椅子に腰かける。座り心地の良い、木製の椅子だった。

書斎の様な部屋で、机を挟んでマスターが座っている。

褐色の肌に、エメラルド色の瞳。うなじの辺りで1本に纏めた長い銀髪を、左肩から前へ流している。

日本人離れしたスラリとした体躯と顔立ち。ため息が出そうな美貌と、魅惑的なスタイルの女性であった。

だが何よりも目を引くのは、横に伸びる尖った耳。

このマスターは、『ダークエルフ』である。

あの放送の日……巷では『回帰の日』と呼ばれる時から、人々の中に種族が変わる者が現れるようになった。彼女も、その内の1人なのだろう。

閑話休題。緊張から、余計な事に思考がいってしまった。

「じゃあ、今度は私が自己紹介しようかな。私は 井上瑞樹(いのうえみずき) 。ここ、喫茶アルフの店長であり、クラン『アルフ』のクランマスターだよ」

自身の胸に手を当て、彼女はそう名乗った。

クラン。それは、冒険者達が集う組織。冒険者は、クランに所属しなければダンジョンに入る事が出来ないのである。冒険者一個人への信用度は、あまり高くない。

春休みに受けた冒険者講習で、そう聞いた。

ここは喫茶店であると同時に、クラン『アルフ』の本拠地でもある。

「さて。最初に、矢広君が冒険者を目指す理由を聞いても良いかな?」

「はい。『回帰の日』以降、世界各地で魔物による被害が多く発生しています。テレビで霊的災害にあった方々の現状を聞き、少しでも社会の役に立てればと冒険者になる事を決意しました」

事前に用意しておいた答えなので、噛まずに言う事が出来た。内心で、ほっと胸を撫で下ろす。

「……うーん」

しかし、マスター、井上さんは困った様子でこちらを見つめた。

「矢広君。それは、とても立派な考えだと思うよ?」

「は、はい。恐縮です……!」

「でも……それだけが、理由なのかな?」

ぶわりと、汗が大量に出る。

何も言えずに目を泳がせる自分に、井上さんは苦笑を浮かべた。

「そう重く受け止めないで。別に、責めているわけじゃないんだ。君の本心を知りたいだけだよ。世の中には、お金の為や遊び感覚で冒険者をやっている人もいるから。もっと、気楽に……ね?」

「は、はい……」

井上さんの柔らかな声を聞き、小さく頷く。

一度深呼吸をしてから、意を決して本音を言う事にした。

「その……冒険者に憧れて、いまして。特定の誰かを、というより。職業そのものに」

「うんうん。とっても、夢のある職業だからね。わかるよ」

「それで、あの。漫画の主人公みたいに、なれたらなー……って」

「なるほどね」

ひとしきり井上さんは頷いた後、ニッコリと笑った。

「教えてくれてありがとう。憧れは、とても大切な感情だ。君の動機は、胸を張って良いものだよ」

「は……はい!」

良かった……『そんな下らない理由で』とか、怒られずに済んで。

「それで、君の『異能』について説明してもらって良いかな?」

そう告げて、井上さんは眼鏡をかけながら事前に提出した書類を見下ろした。

はて。エルフは総じて五感が鋭いと聞くが……。

こちらの疑問にすぐ気づいた様で、彼女は恥ずかしそうに眼鏡のツルを撫でる。

「これ?『異能者』になる前は 老(・) 眼(・) 鏡(・) を使っていたんだ。これがないと、落ち着かなくって。度は入っていないんだけどね」

恥ずかしそうに笑う井上さんに、少しドキリとする。

……これで実は結構な高齢らしいから、もう詐欺ではなかろうか。

井上さんの見た目は、20歳前後。しかし、エルフは物語同様寿命が長いのではと言われている。この種族になった人は、実年齢とは異なる肉体年齢の事が多い。

その事を、自分は普通の人より良く知っている。

「し、失礼しました。異能の事ですね」

『異能』。それは、異能者と呼ばれる魔物と戦える者達が使う超常の力。

超能力と呼ばれる事もあるが、異能の中には『魔法』もある。その辺りの区分は、少し面倒くさい。

「まず、『スクロール作成』だね。とっても便利なスキルだ。バックアップ向きだね」

「は、はい」

『スクロール』。魔力を流し込めば誰でも魔法が使える、不思議な巻物である。

その作り方が、自分の頭の中にはあった。魔法に関する異能持ちは、どういうわけか最初からそれに関する知識を持っている。どうしてそうなったのかは、さっぱりわからないけど。

「まあ、個人間での売買はまだ法律が間に合っていないから、他のクランメンバーと取引する場合は注意してね?」

「はい。勿論です」

「次に、『未来視の魔眼』か。これも便利だね。戦闘向きだ」

「はい……視る事が出来る未来は、数秒先が限界ですが」

「それでも十分過ぎるよ。戦いで重宝するだろうし、迷宮内の探索でも役立つね」

「は、はい……!」

魔眼については、名前の通りだ。

効果の程は、偶にカラスの糞や犬の糞を回避しているので間違いない。

……このアピールはやめておこう。

「そして3つ目の異能。そもそも、3つも異能がある段階で珍しいね。『ヤドリギの矢』、か。場合によっては非常に有用だけど、使う時は注意が必要かな」

「はい。気を付けます」

『ヤドリギの矢』

この異能を使えば『再生不可の傷を相手に与える事が出来る』。その上、物理的な強度以外の防御は無視できるのだとか。

不死殺しの異能とも呼ばれている。名前の由来は、北欧神話かもしれない。と言っても、誰が能力名を決めているのかはわからないが。

異能の名前と力は、頭にふっと浮かんでくるものである。理屈で説明のしようがない。

何にせよ、この異能を発動した上でうっかり自分や味方を攻撃してしまうと大惨事だ。

一応、対処法はあるのだが……あまり、試したくはない。

「最後に、『固有異能』。正直、驚いたよ。こんな凄い子がうちに所属したいなんて、思っていなかったから」

「は、はあ……ど、どうも」

何と答えて良いのかわからず、頭を掻く。

通常の異能は、多い少ないはあるにせよ、他にも同じ力を持つ異能者がいるものだ。

しかし、『固有異能』は違う。その名の通り、その人だけが持つ異能。総じて、強力なものであるとされていた。

「『 変若(おち) の血潮』……日本神話の、『 変若水(おちみず) 』と同じ力を持つ血、か」

『変若水』。それは、月の神様が持つ不思議な薬。

人がそれを飲めば不老長寿に。土地に蒔けば豊作が約束される。そう、聞いた事があった。

この異能の影響で、自分は普通の傷ならば即座に治るし、少し魔力を使えば他者の傷を癒す事もできる。毒や病、呪いの類までも。まあ、指先を紙で切った時以外、この力を実感した事などないが。

どちらかと言うと、豊作の方なら使った事が……。

などと考えていると、井上さんが眉を『八』の字にした。

「凄い力だね。やろうと思えば、人を不老に出来るだなんて」

「は、はい……その、継続して使えば、ですけど」

「それでも信じられない事だよ。『回帰の日』前なら、世界中の権力者が君の身柄を狙ったかもしれないね」

「はは……僕も、そう思います」

何故こんなとんでもない固有異能を、あっさりと明かしたか。

それは単に、『若返り薬』も『万能薬』も、既に発見されているからである。

とある異能者が、レシピと一緒にそれらの魔法薬を公開したのだ。『回帰の日』から、1年後ぐらいに。

材料と設備、その他諸々を用意するのは大変だが、再現性がある事まで認められている。この大ニュースに、世界中の人がひっくり返ったのは言うまでもない。

誘拐なんて事をしなくても、お金と時間とコネさえあれば人は寿命から解放される時代がやってきたのだ。

自称デミウルゴスではないが、確かに神話の世界みたいである。

「でも、悪い人がお金儲けに利用しようとするかもしれないから、気を付けてね?外ではあんまり言っちゃダメだよ?」

「あ、はい」

それはその通りである。ただの面接ではなく、冒険者としての面接じゃなければ自分だって簡単には教えない。

「能力としては、十分過ぎるね。即戦力だよ」

「あ、ありがとうございます!」

「ただ……」

井上さんが、少し困った様に眉を寄せる。

「少し変わった種族みたいだけど、15歳なんだよね?実は、若く見えるとかじゃなくって」

「はい。15歳です」

「その……失礼だったらごめんね?」

彼女は、こちらの瞳をジッと見つめた。

『回帰の日』以降、血の様に紅くなった目を。

「冒険者になりたいのは、『鬼の血』も影響しているのかな?」

「……そう、ですね。ないとは、言えないかもしれません」

『回帰の日』で種族が変わったのは、井上さんだけではない。

自分と、両親も同じである。

父親は、ハーフエルフ。母親は、ハーフ 鬼女(きじょ) 。そしてこの身は、『クオーターエルフ・クオーター鬼人・ハーフヒューマン』なのだ。

言っていて、自分でもややこしい。中学時代は、友人から『雑種』などと言われたものだ。

種族によって性格や好みに変化が起きるものだが、 鬼人(きじん) の場合、それは幾つかの欲求が強まるとされている。

性欲。食欲。そして闘争欲。

自分が冒険者になる事を両親が認めてくれたのも、『闘争欲の向け先を人間にしない為』だった。ハーフである母さんも、少し大変そうにしている。

もっとも、自分はクオーターだ。

「ですが、普段はあんまり鬼の血に影響される事はありません。戦い自体は、そんなに好きじゃないです」

母さんだって、格闘ゲームやロボットゲームで欲求を発散出来ている。それでも駄目なら、カラオケで思いっきり叫ぶ様に歌うのだそうだ。

この時代、安全な娯楽には事欠かない。その一部が、鬼人の闘争欲をある程度満たしてくれる。問題なのは、出費ぐらいだ。

「じゃあ、冒険者になりたい理由はさっき言った通りなんだね」

「はい」

井上さんは口元に人差し指を添えながら、しばし考える。

「……年齢が……でも……あそこに行かれるよりは教育に……」

壁に掛けてある時計を見た所、彼女の思考はおよそ15秒。

しかし、自分にはもっと長く感じられた。

「……わかった。私が無理に止めるのは、野暮だよね」

彼女が笑みを浮かべた事に、再び胸を撫で下ろす。

「私は、君を『アルフ』に歓迎したいと思っているよ。矢広君から、他にも言っておきたい事や聞きたい事はあるかな?」

「は、はい。あの、事前にお渡しした書類にも書いたのですけど、僕のスクロールって少し特殊で……」

それから、約30分後。面接は無事に終わった。

来週、最終試験としてクランマスターと一緒に低難易度の迷宮に……『ダンジョン』と呼ばれる、魔物の住処を攻略する事が決定したのである。

* * *

「はぁぁ……」

大きく、口から息を吐きだす。店を出て、はたして何回目か。

面接というストレスがなくなり、体が羽の様に軽くなっている。バスを使う予定だったが、折角だから歩いて家まで帰る事にした。

徒歩だと、おおよそ40分だろうか?少し遠いが、この体は疲れ知らずである。

行きのバスで道中に本屋さんがあるのを知っているし、そこに寄って何か面白い漫画を探すのも良いかもしれない。自分は、電子書籍も好きだがそれ以上に紙派だ。

軽い足取りで歩く事、20分程。

シャッターが目立つ商店街を抜けて、信号の前で止まる。

横断歩道の向こう側には、土曜日だと言うのに仕事なのか、スーツ姿の男の人。そして、中学生ぐらいの男女数人がいた。

中学生のグループは、同じ部活でもしているのだろう。揃いのジャージ姿で、大きなバックを背負い楽しそうに会話していた。

何となく、苦手意識を感じて視線を下に向ける。黄色い点字ブロックを、意味もなく見下ろした。

────カシャン。

しかし、聞こえてきた音に顔を上げる。大きな音ではなかったはずなのに、何故か気になった

そのタイミングで、大きなトラックが横切っていく。それが通り過ぎた後、向こう側にはスーツ姿の男の人と、中学生のグループがいて。

「えっ……」

彼らの背後に、人の骨格標本の様な存在が、立っていた。

肉のついていない体で、しかし平然と動いている。胴体にぼろ布を纏い、両手で斧を握っていた。空っぽの眼孔に、不気味な青い炎が灯っている。

魔眼が、数秒先の未来を告げた。これから何が起きるのか、自分には理解できた。

だと言うのに、体が動かない。

目の前を、1台の乗用車が通り過ぎて。信号が青に変わるのと同時に。

横断歩道の向こう側で、1人の中学生が肩に紅い花を咲かせた。