作品タイトル不明
第八十話 死を告げる妖精
第八十話 死を告げる妖精
いつもの様に着替えを済ませ、いつもの様に受け付けを通り。
初めてのダンジョンへと、足をつけた。
ブーツ越しに伝わってきていた感触が、無機質なコンクリートから踏み固められた土のものへと変わる。
剣帯から吊るすランタン型LEDの光が、周囲を照らし出した。
雨が降った直後の様に、真っ黒な地面。道幅は二車線道路ほど。左右は古びた木の壁が塞ぎ、上を見上げれば暗雲を模した天井が見える。
日の光に似たものはなく、夜の空を模倣した事が察せられた。
木の壁は4メートルほどの高さがあるが、所々腐り落ち向こう側にある家屋を覗く事ができる。
いつの時代かは分からないが、木材と石、そして土を使って建てられた家だ。何となくだが、中世ヨーロッパ風に思える。
だが、アレは精巧に描かれた絵に過ぎない。目を凝らせば、立体に見える様に工夫がされただけの壁。ポレヴィークのダンジョンにあった、偽りの農村と同じだ。
腰の剣を抜き、面頬の下で深呼吸を1回。仲間達へと振り返る。
それぞれ得物を持ち、彼女らもこちらや他のメンバーを見ていた。
互いに頷き、璃子先輩が扇子をパチンと鳴らす。
「そいじゃ、行こうか」
「はい」
「うむ」
「了解。現在地は……『A-34』です。方角は不明ですので、取りあえず前進しましょう」
「分かった」
頷き、歩き出す。先頭に自分が立ち、右斜め後ろにロッソさん、そして後方に璃子先輩と美由さんが続く。
自分達の足音以外は何も聞こえない。静かすぎる夜の村。
それを不気味に思いながら進んでいれば、耳をつんざく騒音が聞こえてくる。
───ガシャガシャガシャガシャッ!
「っ……!」
「うるせぇ……」
咄嗟に左手で耳を押さえれば、璃子先輩も似た様な状態らしく悪態が聞こえてきた。
掌で覆った所で気休めにもならないが、反射的にそうしてしまう。それではいけないと、剣の柄を両手で握った。
なぜなら、この音は『敵』から出ているのだから。
「数は恐らく2体。方向は正面。接近中と思われます」
「おう」
耳に痛みを感じながらも発した言葉に、ロッソさんが頷いた。エルフの血を引いていなくとも、この騒音は仲間の声を聞き取りづらくする。
まるで、大量の金属食器を一斉に鳴らす様な音をたてて、正面にある曲がり角から2体の異形が姿を現した。
それは、一見すればケンタウロスに似たシルエットをしている。人型の上半身に、馬の下半身。
だが、人工の光に照らし出されたその存在は、また別の怪物。
柔らかい曲線を描く、女性的なシルエットの西洋鎧に包まれた上半身。
しかし、その首から上は存在しない。頭があるべき場所には、青白い炎がゆらゆらと揺らめいている。
下半身の馬の体は黒い体毛に覆われ、強靭な足で地面を踏みつけていた。腰の剣帯には馬上剣と鞭がさげられている。
『デュラハン』
アイルランドやスコットランドで語られる、首無しの騎士。人間に死を告げる妖精。
この怪物がもたらす死に抗う手段は、ただ1つ。
死ぬ前に、打ち倒す事のみ。
『■■■■■……』
騒音をまき散らしながら、縦1列となって迫る2体のデュラハン。
その馬体と繋がる下腹部に、女性の顔を模した鋼の仮面が張り付けられている。
銀色に輝く唇は、まるで生きているかの様に滑らかな動きで詠唱を行っていた。
こちらとの距離が、およそ20メートルとなった所で、怪物達の周囲に赤黒い血で作られた槍が出現する。
1体につき4本、計8本。それらは一斉に、猛スピードで発射された。
だが、魔法を準備していたのはこちらも同じ。
「───血潮を湧かせ、『ストレングス・アッパー』」
涼やかな声と魔力を浴びた体が、羽の様に軽くなる。ほぼ同時に、自分とロッソさんの間を縫う様に飛んでいく、銀の光。
それが閃光と共に広がり、白銀の立方体が宙に出現した。
『スクロール:破魔結界』
角の1つを地面につけ、ひし形のシルエットで出現した結界。それに触れるや否や、放たれた槍が白い粒子となって消し飛んだ。
『ッ……!』
土煙を上げながら、デュラハンが急停止しようとする。
たとえ妖精であっても、冥界に近すぎるこの魔物が聖なる力を浴びれば、ただでは済まない。
しかし、縦1列に走っていた事もあり、後ろのデュラハンが前方のデュラハンに衝突。押し出してしまう。
光の結界に跳び込んでしまった怪物の全身から、肉の焼ける音と蒸気が噴き上がる。
『AAAAAAAAAッ!?』
鋼の仮面があげる、甲高い悲鳴。それを聞き流しながら、結界で燃やされる個体の脇を駆け抜けた。
狙うは、まだ無傷の個体。相手はこちらを捉えるなり、器用にも馬の脚で後ろに跳躍する。
同時に、右手で剣を、左手で鞭を構えた。
しかし、足を止めた騎兵など今更恐れる事はない。ましてや、フルカスには遠く及ばない霊格の存在などに……!
『AAAAAッ!』
仮面から雄叫びをあげ、デュラハンが鞭を振るう。先端は瞬く間に音速を超え、目にも止まらぬ速度で地面を、壁を、大気を引き裂いてこちらへ迫った。
しかし、未来は『視』えている。
右斜め前へと身を低くしながら踏み込み、そのまま壁へ跳躍。木製のそれを踏み砕きながら2歩駆けた後、再び跳んで地面を蹴る。
一切止まる事なく、衝撃に膝が曲がるのを利用して更に左斜め前へと跳ねる様に前進。
荒れ狂う鞭を1秒フラットで踏破した自分に、デュラハンが握る右の剣は間に合っていない。
「しぃ……!」
面頬の下で鋭く息を吐きながら、駆け抜け様に剣を振るう。肉厚な刀身が馬の右前脚を捉え、皮も骨も引き裂いて、骨さえも叩き切った。
『KYYYAAAAAAAAAAッ!』
足の1つを失い、悲鳴をあげるデュラハン。だが、痛みに怯む様子はない。
駆け抜けたこちらへ向き直ろうと、棹立ちになった直後に残された左前脚を振り下ろしてくる。
地面を靴裏で抉りながら反転し、横合いから蹄に刃をぶつける事で軌道を逸らした。甲高い音と共に火花が散り、怪物の足が鉄槌となって小さなクレーターを作り出す。
腕に痺れる様な感覚を覚えながらも、間髪容れずに振り下ろされる剣を横回転にて回避。その勢いのまま、遠心力がのった片手半剣でデュラハンの胴を切り裂いた。
プレートアーマーを砕き、その下の肉を抉りながら刀身が降り抜かれる。相手が返す刀で逆袈裟に馬上剣を振るってくるのを、後ろに跳んで回避。
そのまま視線を怪物に向けた状態で木の壁を蹴りつけ、剣を振り抜いた直後のデュラハンへと突撃する。
一息に懐へと跳び込み、勢いのまま全体重をのせて切っ先を馬体の横っ腹に突き刺した。
発せられる絶叫を無視し、峰に左掌を添えて前方へと刀身を振り抜く。
下腹部の鉄仮面を切り裂きながら刀身が姿を表せば、デュラハンは糸の切れた人形の様に地面へと倒れ伏した。
木の壁を背に、剣を構え直し残心。黒い霧へ変わっていく怪物の亡骸を視界に入れつつ、結界で焼かれていた方へ視線を向ける。
そのタイミングで、籠手に覆われたデュラハンの右腕が近くに落ちてきた。
「オオオオオオオオッ!」
『KY───ッ!?』
雄叫びと共に、大鎌が一閃。デュラハンの上半身が血飛沫と共に宙を舞い、数秒後にガシャンと大きな音を立てて地面に落ちた。
遅れて、ゆっくりと馬体が崩れ落ちる。それにより向こう側に立つ無傷のロッソさんが見える様になった。
2体のデュラハンが消滅するのを確認し、肩の力を抜く。
「皆お疲れちゃ~ん。取りあえず、周囲に敵はいないよ~。いや、言うまでもなく分かるかもだけど。接近音滅茶苦茶うるさいし」
ひらひらと手を振る璃子先輩の横で、美由さんがライフル型の杖を手に立っている。
「そちらも、お疲れ様でした」
「うむ。皆、ご苦労」
「お疲れ様です」
それぞれ労った後、魔石を回収する。
いつも行く様なダンジョンの物よりも、2回りほど大きい。レッサーデーモンの魔石と、同じぐらいだろうか。
霊的災害の時は拾っても換金できないので放置するが、強い魔物ほど魔石も大きい……らしい。
現状、魔石の大きさで値段が変わらないので、正直どうでも良い話ではあった。
まあ、霊格を上げる……ゲーム風に言えば、『レベル上げ』には良いかもしれないが。
「ふむ。やはりこの迷宮に蔓延る怪異は、質が違うらしいな……」
謎のポーズをとるロッソさんに、頷く。
「そうですね。市役所から許可が必要なだけあります」
このダンジョンは、普段一般には解放されていないものだ。理由は単純に、危険度が高いからである。
それではなぜ、自分達がいるかといえば。
「役所から依頼されて来たのに、許可が必要ってのも変な話だけどねー」
璃子先輩が、肩をすくめながらそう言った。
こちらの理由も単純。地方の間引きをする人員が足りないので、一定以上の実力があるクランへ地方自治体から直接依頼がきたのである。
普段こういう依頼にはマスターがたつみんさんの予定が空いている時に、2人で行っていたそうだ。しかし、今日マスターはクランマスターの会合で、明日は法事と忙しい。
そんなわけで、最近霊格が急上昇している自分達が、代わりに依頼を受けたわけである。
なお、依頼と言っても正式には『要請』であり、特別な報酬があるかと言うと……。
まあ、うん。『こころづけ』として、商品券がもらえるらしい。1人につき1枚ずつ、1000円ぐらいのやつを。
……大丈夫かな、この街。やっぱ財政厳しいのだろうか。
それに、自衛隊の『間引き部隊』が最近地方から離されているなんて、噂もある。あくまでネット上の話だから、どこまで本当かは分からないが……。
「どうしました、耕太さん。もしや、どこか負傷を?」
「あ、いや。何でもない」
美由さんに声をかけられ、小さく首を横に振る。
いけない。ダンジョンは危険な場所なのだ。余計な思考を挟む余地はない。そう己に言い聞かせ、相変わらずボディライン丸見えな美由さんから顔ごと視線を逸らす。
「じゃ、探索再開と行こうか」
「はい」
璃子先輩の言葉に頷き、歩き出す。
人工の明かりを頼りに、暗雲に覆われた偽りの村の奥へ。