軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 風の便りはよい便り?

お天道様が傾き出して久しい時間帯。ちょっとした買い出しを終えた湊が商店街のアーケード通りを歩いていた。

バス停を目指して進めば進むほど、人も建物も減っていく。のんびり歩む湊の周囲には珍しく動物もいない。

今は正真正銘の一人だ。

その肩にも、ボディバッグの中にも鳳凰はおらず、ストーカーよろしく尾行してくる麒麟もいない。

若干汗ばむ陽気の中、道を曲がろうとした時、ふいに背中を突風に押された。身体がやや傾く勢いだった。

どこぞの神域からのご招待かもしれぬ、と身構える。

両足に力を入れ、その場に踏み留まろうとしたら、片耳の上の髪がゆれた。

小さな笑い声が聞こえる。クスクスとさざめく響きを伴っていた。

瞬時に湊は首を一巡させる。

右側に古びたビル、その正面に一般的な民家。前方の道のはるか先に、うっすら人影はあれど距離がありすぎる。

左側は空き店舗。背後には、たどってきた舗装された道路のみ。

声が聞こえる範囲内には、誰もいない。

閑散とした住宅地には、声の主などどこにも見当たらない。

湊が耳たぶをつまむ。

人ならざるモノ――風の精の仕業だろう。

まだ即座に確信は持てないが、おそらくそうであろうなとすぐに気づいてはいた。

けれども、つい真っ先に視覚に頼ってしまった。

自分の目では、視えないというのに。

「あー……」

思わず自らの成長のなさに落胆の声をもらす。

すると、あたたかな風の塊が肩をよぎった。

どんまい、そう慰めてくれているかのようだった。

間を置かず、ひゅるりと音を鳴らす風が片腕をすぎていく。

「冷たっ……」

冷気を感じた腕が今度は生ぬるい風に包まれた。

立て続けに、髪に、肩に、背中に、脚に。サッカーボールほどの空気の塊がポンポンと跳ねるように当たってくる。

それぞれ微妙に温度が異なり、まるでおのおのが自分の存在を主張するようだ。

痛みはまったくない、悪意も感じられない。ただじゃれつかれているらしい。

塊の数から推測するに、相当な数の風の精に取り囲まれているのは間違いない。

遊ばれているのだろうな、とぶわっと頭上から温風をかけられながら湊は思う。

人に見られなくてよかったと思うべきか。いや、風は人通りが途絶えるのを見計らっていたようだ。

とはいえ、いつ他人に見られるかわからない。

立ち止まっていながら、身体のあちこちがはためく様は、不自然にしか映るまい。

そう考えた湊が歩き出すと、耳元でカンカンカンと甲高い音が響いた。

久しく聞いていないが、耳慣れた音だった。

「この音って、踏切の音?」

せいか〜い、とばかりに背中に温風が当たる。

今度は逆の耳に、カッコーの鳴き声が響く。

「横断歩道の信号機の音だよね」

続けて、ピヨピヨと高い音。

「これも横断歩道」

片腕に生ぬるい風がまとわりつく。不満そうなのは気のせいか。

「――確か、カッコーのほうが主道路横断用で、ピヨピヨのほうは従道路横断用だった……はず」

ぼわっと降ってきた温風は機嫌がよさそうだ。

大いに髪をかき回されたせいで、前髪が目にかかった。

「そろそろ、髪切らないとな……」

髪を直していれば、ズバァッと真横の生け垣の表面が風でそがれていく。

飛び出ていた枝葉がものの見事に均された。

湊より高い生け垣が電動ノコギリでは到底およばぬ速度と範囲で、一気に刈り上げられてしまった。

自らやろうと思えばできる所業だが、前触れもなく行われると心臓に悪い。

おそらく風の精は『髪を切ってやろうか?』と告げているのだろう。

「――ありがと。でも遠慮しとくよ」

全部刈り上げられたら、シャレにならぬ。

風の精はそれっきり反応を返さない。意思の疎通は難しい。

湊が足元を見やる。道路に結構な量の枝葉が散っていて、申し訳なさを感じた。

すかさず強風が吹き荒れ、空に巻き上げてどこかへと運んでいってしまう。

湊を中心に、温冷感をまとう子鬼の群れがくるくる回り、きゃたきゃたと笑い声を立てる。

そのにぎやかな声だけは聞こえていても、どれだけの数がいるのか見当もついていない。

もし風の精が視える者なら、今、自分の周囲はどんな風に視えているのか。聞いてみたいような、聞きたくないような。湊は、空恐ろしさを覚えていた。

風の精たちにさまざまな音を聞かされ、なんの音かを当てたり、外したりしているうちに、ようやくバス停が見えてきた。

数人が一列に並び、バスを待っている。

人がいる時、風の精たちは構ってこない。

ここでお別れかなと思っていれば、耳元で数種類の音が鳴った。

高い 龍笛(りゅうてき) の音、太鼓の音、鈴の音。

雅楽(ががく) だ。

祭ばやしの陽気さではない、厳かな儀式を思わせる音色だった。

「神社で耳にしたことあるような気がする」

小声で告げた途端、身体の片側に温風が当たり、横倒しになりかける。

「うわ、え、ちょっと」

さらには浮いた片脚、背中と相次いで風に押され、無理やり方向転換させられた。

その片足が付いた所は、横断歩道の手前。

それを渡った先に、集落の合間を通る細道が続いている。

湊はあまり散策をしないため、慣れた道以外を選択することはまずない。ゆえにその細い道がどこにつながっているのか知る由もなかった。

信号が青に変わると、ぽんと背中全体に温風が当たる。

横断歩道を渡れ、と促されていると思われた。

どこかにいこうと誘われているらしい。

「――わかったよ」

今日はもう帰る予定だったが、夕暮れにはまだ時間はある。このまま気まぐれな風の精たちに付き合うのもやぶさかではない。

楽しそうな風にどこどこ背中を押され、早足になった湊はバス停から遠ざかっていった。

絶えず温度の異なる風に背後から横から当たられつつ、湊は歩み続ける。住宅地を越え、田んぼの畦道を越え、またも住宅地を越えたら、急に視界が拓けた。

横道の先に、小高い山があった。

湊は真顔になる。

そこそこ距離を歩いたにもかかわらず、お次はすわ山越えか、と覚悟を決めかけた時、周囲の景色に見覚えがあるのに気づく。

綺麗な三角の形をしたその山の 頂(いただき) に朱色の目立つ神社が見えた。

かの天狐と眷属ツムギが住まう稲荷神社だ。

その背後には、山神の御山がそびえている。

「意外、商店街から結構近かったんだ。ここから家までもそんなにかからないな」

いい抜け道を教えてもらった。

つぶやいた湊の目前を何人もの人が通りすぎていく。

彼らが向かう先、稲荷神社へと続く急階段の入り口に人だかりができていた。ぞくぞくと千本鳥居に人が吸い込まれていっている。

一見、神社と千本鳥居は前に見た時となんら変わりないように見えた。しかし鳥居から出てくる人々の中に、何かの包みを携えている者もいる。

またも湊の片耳に、多くの人のざわめきと雅楽の音が届いた。

その音は、先ほど耳にした音と同じだった。

風の精たちは、稲荷神社の催しの音を届けていたのだろう。

「なにか神事が行われているんだろうな」

近場ではあるが、まったく把握していなかった。

湊は山神ほど町の情報を熱心に確認しない。

山神は去年、何かと、お盆の行事だの、夏の花火だの、冬の大祭だのと知らせてくれたものだが、近場の稲荷神社にまつわる行事は何一つ教えてくれなかった。

山神に完全に無視されている神社ではあるが、平日の夕方前にもかかわらず、多くの人々が押し寄せている。

ここの稲荷神社は、大社とは言いがたい規模で、階段も急で狭い。そんな場所であろうと、人は途切れなく続いている。この地にこれだけ多くの住民がいたのかと面食らうほどに。

「人気があるんだな……」

目を引くその朱色の鳥居を構える稲荷神社は、日本各地に点在する。神社の規模に関係なく、たいてい足繁く通う人がいるものだ。

実家近くにある稲荷神社もそうだった。

これだけの多くの者が参る場所の神たる天狐が強いのも、ある意味納得だった。

さすがにこの人混みに混ざろうという気にはなれない。

湊が家路をたどろうと足を向けようとすれば、またも耳元で音がした。

甲高い鳥の鳴き声。

耳にした者の不安をかき立てる、いくつもの悲鳴のごとき声と羽音だった。