軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 閉じ込める能力も向上中

神の庭には、やや音量の落とされた滝の音のみが響く。その中心でクスノキが、昼下りの日光浴を楽しんでいた。

縁側にいる湊は、和紙に筆を走らせていた。

護符をつくるのは、ほぼ日課となっている。感覚を忘れないようにするためと少しでも異能の力を高めたいからだ。

湊は淡々と格子紋を描く。

穂先から和紙に祓いの力――翡翠色が染み込んでいく。瞬時に小さな六角形たちが光のあとを追いかけてかぶさり、強烈な光を和紙に閉じ込めていった。

最後の線を引く途中、一つの六角形の形がゆがんだ。

さすれば一気に、すべての六角形が崩れ、光を閉じ込めきれなくなった。

それを座卓の正面に鎮座する山神が視ていた。

「翡翠光が漏れておる。己でもわかっておるであろうが」

湊の眉が軽く寄った。

「だろうなと思った。最後、集中が切れたしね……。ありがとう教えてくれて」

うむ、と首肯した山神の顔の高さは、湊とほぼ同じ位置にある。

「今日は、ここまでにするよ」

「そのほうが 賢明(けんめい) であろうな」

閉じ込める力は一度乱れてしまうと再び込めるのはひどく難しい。焦ったところで芳しい結果につながった試しはない。ただ失敗作を量産するだけになってしまう。

ゆえに、閉じ込める力が乱れたら、すぐに知らせてくれるよう山神に頼んでいた。

座卓の上には、厳しい鬼教官――鳳凰の姿はない。

まだ目覚めておらず、湊はその間に少しでも腕を上げようと努めていた。

湊が手元のスマホを操作する。

タイマーをセットして六角形が乱れるまでの時間を図っていた。

果たして結果は――。

「ちょうど三十分」

「前回より、少しばかり伸びておるではないか」

「……三分だけだけど。ま、伸びたからよしとしよう」

「目に見えてわかる成果は大事よな」

「そうだね。たとえ三分でもね」

「たった三分、されど三分ぞ」

湊には視えていないが、山神には視えている。

さして時間の伸びはなくとも、閉じ込める力の厚みは以前にも増して強力になっている。

さらに、祓いの力を閉じ込めておける時間も格段に長くなっていることに。

現段階では、その持続期間はせいぜいひと月程度にすぎない。

播磨にもむろん説明済みだ。

それだけの期間しか保たずとも護符の使用頻度が高いため、まったく問題ないという。

とはいえ、このまま力を高めていけば、ゆくゆくは年単位で閉じ込めきれるだろう。

湊がスマホで時間を確認したあと、空を仰ぐ。

「まだ、夕方までには時間もあるし、木を彫ろうかな」

鳳凰に促されてはじめた木彫りも続けている。

案外楽しく、時間を忘れて没頭することも多い。

おかげで、メキメキと上達し、鳳凰のトサカを折ることもなくなった。ひよこの木彫りを量産することになってしまったけれども。

そして意外にも、霊亀、応龍も反応を示した。

己も彫ってみせよ、と。

なぜだと……と湊は目をむいた。

まだ駆け出しには、ひどく重い要求である。正直、まんまるボディの鳳凰は簡単な部類だ。

霊亀はまだなんとかなるかもしれない。

だが細かいパーツが過多な応龍を彫るとならば、熟練の技を必要とされるだろう。

とはいうものの、モデルを務めてくれるなら、またとない機会といえよう。

想像で作られたモノではなく、実物を写すのだから。

さぞご利益にも期待できる、素敵な木彫りの置き物になるに違いない。

できれば、だが。

たとえ不出来でも、自分がここを去る時、思い出として持って帰ってもいいかと湊は考えていた。

「まだまだヘタだからね」

「よいのではないか。ちょうど『もでる』も起きたようぞ」

振り返った湊が、石灯籠を見やる。火袋のガラス窓が開くところだった。

トントンと鳳凰が軽快に跳ねつつ出てくる。

際で止まり、一度ふんぞり返った。おそらく腰を伸ばしている。なにぶん四霊も山神に負けず劣らず、高齢であるからして。

楠木邸メンバーの最年少、一人で平均値を下げている湊はその様子を眺めながら思う。

パタパタと飛んでくる鳳凰の眼は輝いている。

とんと座卓に着地し、並べられた護符の周囲を一巡してくまなく確認。うんうんと頷き、最後に一枚――失敗した物を見た時だけ、ぷわっと翼を広げた。

当然、目ざとい教官が見逃すはずもない。

鳳凰は、背筋を伸ばしている湊を見上げた。

『木彫りをするのか? 今から木を彫るのか?』とその全身で問いかけていた。

「ちょっと待ってて。筆と 硯(すずり) を川で洗ってくるよ」

川の水――神水で研いだ墨は水道水では落とせない。

それにしても、 川で洗う(・・・・) とはなんという台詞だろうか。

一般家庭ではまず口にすることはあるまいと思った湊は苦笑する。

のそりと腰を上げた大狼が座布団に転がる。

どっこらせ、とくつろぎの体勢をとり、深く息をついた。その一連の動作は実に緩慢で、まさに山が動いたと称するに相応しい。

非常に場所を取るその巨躯は、確固たる存在感を放っている。空からの斜光を受ける部分が、その光を跳ね返し、力強く発光している。

先日、その身が儚く消えてしまいそうになったことなど、にわかには信じがたい。

「山神さんって、ほんと目に優しくないよね」

非難がましい言葉とは裏腹に、筆と硯を持って立ち上がる湊は薄く笑っている。

喉だけで嗤う山神が座布団に顎を乗せた。

湊が小径を渡っていく。

その際、必ずクスノキとその周辺の土の状態をチェックは欠かさない。

かつて大木があった場所は、土がむき出しのままになっている。

その中央に生えるのは、三つの若葉しかないクスノキ。木というより、草の一種にしか見えない頼りなさだ。

一向に若葉の数も増えず、縦にも横にも成長してはいない。

しかし育ちは遅くとも、大変活きはよろしい。

湊が立ち止まると、一番大きな葉を旗のごとく左右に振ってくれる。

クスノキなりのあいさつ兼元気だよのアピールである。

健やかなのは喜ばしいが動きが激しく、毎回、葉が取れやしないかと心配になる。

「土、だいぶ乾いてるね。夕方前に水いる?」

クスノキはしばし葉の動きを止め、やや前かがみになる。

そして、一番小さな若葉をそろそろと垂直に立てた。

ひどく申し訳なさげなご様子。毎日大量の水を摂取してしまうのを気に病んでいるのだろう。

気にするなと言っても、クスノキには届かない。

いくら他の木とは様子が異なっているとはいえ、自らの足で水場までいける動物とはわけが違うというのに。

湊が筆と硯を持ち上げる。

「少し待ってて。これを洗ったあとにあげるよ」

視界の端で、バシャッと水が高く跳ねた。

川のカーブの部分、竜宮門のある場所だ。そこの岩の淵に、応龍が顎を乗せている。いつものように尾で水面を叩いたのだろう。爛々と光る眼が湊を凝視していた。

『水を与えるのならば、朕に任せよ』

そう告げていると態度でありありとわかる。

応龍は、隙あらばクスノキを成長させようとする。

お任せしてもいいものかと悩んだ湊は、クスノキを見やる。

大葉と中葉を交差させ、バツ印をつくっていた。

思いっきり拒否しておいでだ。

応龍もそれを目にし、長いひげをへたらせた。

応龍が発生させる雲から落とされる雨には、植物の成長を促進させる効果がある。

おおむね力を取り戻した今の応龍なら、その雨を降らせば、またも即座にクスノキを大木に成長させてしまえるだろう。

クスノキは、湊がゆっくり成長してほしいと望んだゆえに、急成長しないよう異様に気をつけていた。

「龍さん、ありがとう」

いちおう礼だけは言っておく。

川を目前にして、湊が立ち止まった。

「しまった。 桶(おけ) 持ってくるの忘れてた」

つぶやいた途端、背後でコロンと音が鳴った。

肩越しに振り返れば、カランカランと木桶が回転していた。

突如、木桶だけが現れた。

が、洗面器サイズのそれを誰が持ってきてくれたかなど、考えるまでもない。

「ありがとう、麒麟さん」

見回すこともなく、木桶を拾い上げた。

麒麟の御身は疾すぎて目で追えないため、あえて周囲へと首をめぐらすこともない。

縁側の真上の屋根に伏せた体勢でいる麒麟は満足そうにこくんと頷いた。

太鼓橋のたもとで、湊は木桶を川に浸した。

その手前を流れに逆らった霊亀が横切っていく。山型の甲羅と頭頂部が川面から出ていて、のったり橋の下へと進んでいった。

それを視界の端で捉えつつ、湊は並々と神水を汲んだ木桶を平らな岩の上に置く。

「よっ」

波打つ水は、どこまでも澄んで透き通っている。濁りはおろか、浮遊物一つすら見当たらない。

筆をその神水につける。

先端が水面に触れた瞬間、墨が円状に広がる、しかしすぐさまその黒が消えてしまい、透明になった。

毛の部分をすべて神水に入れた頃には、墨の跡形すらどこにもない。

無色透明な水に白い毛がつかっているだけだ。

「何回やっても不思議」

ゆらめかせても、墨がにじみ出てくることもない。

本来であれば、使用後の筆の洗浄にはそれなりの量の水を必要とするものであろう。

だというのに、神水で磨った墨汁は、透明な神水につけるだけで、墨の成分はなくなってしまうのだった。

とはいえ、川――以前はひょうたん型の御池に直接、筆や硯をつけるのはためらわれ、いつも木桶を利用している。

湊が木桶から筆を引き上げたその時、影が差した。

見上げると、一羽の大鳥が御山のほうへと飛び去っていく。

遠目でわかりづらかったが、このあたりで目にしたことはない 猛禽類(もうきんるい) のようだった。

「どこから来たんだろう。ここに寄らないなら、鳥さんに会いに来たんじゃないのか」

たいていの野鳥は、鳳凰のそばに寄ろうとするものなのだけれども。

湊は不可解そうに空を見上げたままだ。

その横髪――片側だけがほのかにゆれる。

くすぐったさと奇妙な感じを受けた片耳を押さえた。

「……今、なにか……聞こえたような……?」

ほんの一瞬だったが、風とともにかすかな音も鳴った気がした。

それはまるで、何モノかに耳元でささやかれたように。

湊が立ち上がりかけたその時、山神、霊亀、応龍、麒麟、鳳凰が一斉に同方向へと顔を向けた。