軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 増殖した山神家と通りすがりの方々

連日降り続いていた雨は、小休止に入ったようだ。

入梅し、長々と空に居座っていた厚い雨雲がようやく重い腰を上げてどこかへと去っていき、待ちに待った晴れの日。湊は朝から縁側の片隅で洗濯物を干していた。

パンッとタオルが空気を切る音が庭に響く。

「やっぱり洗濯物は外に干すのがいいよな。乾燥機はありがたいけど」

傍らの竿にかけたシーツが風を孕み、大きく膨らんだ。幾分日差しが弱く心許ないが、極力太陽光と自然の風で乾かしたいものである。

しかし、束の間の晴れ間を嬉しく思う気持ちはあれど、晴れた空に反して、湊の顔は曇りがちだった。

物憂げにタオルを叩き、皺を伸ばす。

「山神さん、どうしたんだろ……」

梅雨入りと同時に、山神は訪れなくなっていた。

前触れもなく、突然ぱったりと。

前日まで何も変わりなく仲良く食卓を囲んでいたというのに。

己が粗相でもしてしまったのかと随分気にやんだものの、心当たりは一切ない。いい加減悩むのはやめにした。

そのあいだ、小亀がずっと傍にいてくれたおかげで、かなり慰められた。労いの気持ちを込め、山型甲羅をブラシで磨いてやれば、いたく喜んでもらえた。

そんな風にのんびり過ごす一人と一匹だったが、やはり存在感のある山神が急にいなくなったのは、物足りずかつ心配でもあった。

日々、山へ向けて山神の無事を祈願している。

「……元気に過ごしていてくれれば、いいけど」

ちゃぷん。池から水面を叩く音。振り返れば、裏門から白い巨躯が粛々と歩み寄ってくるのが見えた。

至ってしっかりとした足取り、毛の輝き。

なんら変わらぬ姿だった。

「山神さん、久しぶり。元気そうで、よかっ……!?」

なんと山神、子連れであった。

目を見張り口をあんぐりと開けた湊の手から、ぼとっとシャツが落ちる。

驚愕する湊のもとへと向かっていく山神とその後ろに付き従う三匹の白い獣たち。

うっすらと発光したその体は、通常の動物ではないと主張している。

山神と同種のモノなのは明らかだ。

思いもよらなかった光景に湊が狼狽える。

「ま、まさか産んだとか……? 出産のためにこれなかったとか? 山神さんって、女神様だったの!? いや、でも声がおっさんだし――」

「おっさんなんて失礼ですよ! 立派な男神です!」

「せめて、おじさまと言ってくれ!」

「ジジイ言うな!」

「いや、そこまでは言ってない。ん? 狼じゃなくて、 鼬(イタチ) ?」

三匹は後ろ足で立ち上がり、甲高い声で抗議してきた。

全体的に白い毛で覆われた細長い体躯、短い四肢、太い尻尾。

おのおの尾の先端が朱、青、黄色とそこだけ異なっている。

山神と比較すれば小柄だと感じるが、成猫の大きさはあり、それなりに大きい。

ハキハキと話す口調、俊敏な動作から、赤子ではないのかもしれない。

山神御一行が縁側に上がる。

早速とばかりに定位置である中央に山神が大儀そうに寝そべる。動作が前以上にゆったりしていて、お疲れのようだ。

大きな息をつき、ふっさりとした尻尾を振った。

「こやつらは、テンだ。我が眷属よ」

「眷属って子供? で、産んだの、産んでもらったの」

「そうさな、産んだようなものだ。我は一柱だけで子と言える分身を創り出せる。三匹はちと時間はかかったが」

「そうなんだ。お疲れ様でした。みんなよろしく、菓子食べる?」

山神の傍らに並んで控える三匹が、訝しげに同じ方向へと小首を傾げた。

動作が大変愛らしく狼とはまた違った魅力があるな、と湊の表情も緩む。

「あ、食べたことないのか。山神さん、あげてもいい?」

「うむ、問題ない。むろん、我にも」

「はいよ」

山神がいつ訪れるかわからず、生菓子の買い置きはない。日持ちのする焼き菓子しかないが仕方あるまい。

特急で残りの洗濯物を片付け、カステラを切り分けて振る舞えば、山神は何もいわないが、やや不満そうだ。視線で詫びると、苦しゅうないとばかりに鷹揚に頷かれた。

山神が口をつけた。

そのあと、三匹のテンが顔を見合せ、前足で持ったカステラの匂いをくまなく嗅ぐ。

ややためらいながらも揃ってかじりついた。

くわっと見開かれた黒い眼からキラキラと星が散った。

お気に召していただけたようだ。

予想通り甘党らしい山神の眷属は、夢中で食らいつく。

「いっぱいあるから好きなだけ食べていい……いや、足りるか……?」

一切れ、ものの数秒しかもたなかった。

三対の期待の眼差しに冷や汗をかく。なくなった時はクッキーをあげればいいだろう。

三匹にそれぞれカステラを渡していく。

「やあ、それ旨そうだねえ」

「ねえ、アタシたちにもくれないかい」

突如、斜め上から二つの声が降ってきた。

肩を跳ねさせた湊が振り仰ぐと、屋根から逆さまに顔を出した二人の小鬼の姿があった。

角が生えた額、赤と青の鮮やかな肌色。

到底人ではあり得ない異形たちだった。

ぎょっとして山神を見るも、我関せず、両眼を閉じて甘味を堪能中。池を見れば、小亀は岩の上で甲羅干しの真っ最中。

こちらは久々のお日様を存分に満喫しているご様子である。

二柱の気にもしていない様子から、小鬼たちは悪いモノではないと胸を撫で下ろした。

ぐるぐると首を巡らせて焦る湊を、愉快げに眺めていた赤鬼と青鬼がくるりと反転する。

宙に胡座を掻いて浮かんでいる。

人間の幼児に似た、ふたりは瓜二つで、腰布だけなのがやや気になるところだ。

見かけによらず、大人の男性声でもあった。

にかっと赤鬼が屈託なく笑う。

「く~ださいな~」

「はあ、どうぞ」

「お邪魔するよ」

青鬼が快活に笑い、ともに音もなく縁側に舞い下りた。

皆で車座になり、カステラを食む眷属たちが、興味深そうに新たな客たちを眺めている。

カステラと煎茶を小鬼たちに振る舞い、テンたちにも煎茶を出せば、グラスを持ち上げ、ゴ、ゴ、ゴといい飲みっぷりである。

ぷはあと息継ぐ彼らは実に自由。

低く笑いつつご満悦で甘味を食す親ともいえる山神と中身はそっくりだ。

小鬼たちも嬉しげにカステラを口へと運ぶ。

車座の一角を占める巨躯、山神が正面を見やる。

「久しいな、風神、雷神よ」

「ほんと、ひっさしぶり。図太く生き残っていたみたいね」

「随分弱ってたからもう駄目かと思ってたよ」

「ほざけ。そう易々とくたばる我ではないわ」

「知り合いだったんだ。風神、雷神って、あの有名な?」

口を挟んだ湊に、ばちんとウインクを寄越したのは赤鬼――雷神。

その横に座す青鬼――風神が「ふふ、有名か」と楽しげに人差し指を縁側の片隅で風にそよぐ洗濯物へと向けた。

その指先から風が放たれる。

自然の風とは違う、やわらかくあたたかなつむじ風が一直線に洗濯物へ向かい、取り巻くように包んだ。

ほんの数秒後。

「乾いたよ」

「ありがとうございます!」

憂いがなくなり喜ぶ湊に、笑顔の風神が皿を差し出す。

皿にカステラを載せながら、神様に遠慮の二文字は存在しないんだな、と湊はつくづく思う。

風神がカステラにフォークを突き刺す。

「ここらあたりが住みやすくなったって聞いたから久しぶりにきてみたんだ」

「誰に聞いた」

「そんなに睨まないでくれよ、そのおっかない神気も出さないで。風の便りだよ。僕が何者か知ってるでしょう」

山神が剣呑な気配を放つも、風神はどこ吹く風と飄々とかわした。

「すっごく居心地よくなったわね~」

含み笑いの雷神が意味深に湊へと流し目を送る。

それにとりあえず愛想笑いを返し、テンたちにバタークッキーを配った。

矯めつ眇めつ、三匹一斉にパクリ。

ブワッと全身の毛が逆立ち、尻尾の大きさが倍になった。

狼とは違うものだな、と湊が感心するあいだも、やめられない、止まらない。

カステラの時より、反応がより顕著だ。

無我夢中で頬張る姿から、眷属たちは洋菓子のほうが好きらしい。

いつの間にか、小亀がのったり縁側へと這い上がってきていた。昼間から酒を所望するのは珍しいが、にぎやかな空気に当てられたのだろう。

家の中へと入り、有名酒蔵産日本酒を片手に戻れば、小鬼たちの顔つきと気配が変わった。

二対の鋭い視線を注がれる瓶を掲げるように持って見せた。

「いっときます?」

「すまないねえ」

「ありがとね~」

見目は幼児が慣れた手つきで杯をかっ食らう絵面は、やや受け入れがたい。

が、相手は神様だ。

問題ないと己に言い聞かせ、亀の前の浅皿にも、なみなみと注いだ。

誰も彼も遠慮なく飲み食いし、酒と菓子類が次々と消費されていく。絶え間なくあがる陽気な笑い声が楠木邸の庭に響き、にぎやかな時間がすぎていった。

宴もたけなわ。

「じゃ、まったねえ」

「お邪魔さま。美味しかったよ」

手を振る雷神と風神が夕焼け空へと高く舞い上がった。地上から湊と山神が見上げて見送る。

「はい、お粗末さまでした」

「うむ。ではな」

不意に空中で停止した風神が下方へと向けて指を弾くと、湊の全身をあたたかい風の繭が包んだ。

一瞬、髪と上着の裾がふわりとはためき、湊が戸惑う。

にこやかに笑う風神が手を振った。

「お礼にちょっとだけ僕の力を貸してあげるよ。じゃあね」

「頑張って遣いこなすのよ~」

ささやかな置き土産を残し、ほろ酔いの風神と雷神は山の向こうへと飛んでいった。

山神が、じっと見つめてくるのを見返す。

「力って?」

「風の力だ」

「どうすればいい?」

「想像するんだ。風を出すところを」

足元に落ちていた一枚の枯れ葉に向け、己から風を出すイメージ。

でない。

しばし逡巡し、風神の仕草を思い出す。今度は人差し指を向け、指先から放たれるつむじ風を脳裏に思い描く。

しばらくすれば微風が放たれ、枯れ葉が数センチ滑るように移動。小石に当たって止まった。

「おおっ」

たったそれだけのかすかな風力でも拳を握り、表情が輝く。

「……ほんとに風出てる」

「うむ。精進せねばな」

「この力、落ち葉集める時に役立つかな」

「どう、であろうな……」

新たな異能を手に入れて、真っ先に浮かぶのが落ち葉集めとは。

ちまちま落ち葉を動かして喜ぶ様を、山神が生ぬるく見守った。

そんな一人と一柱を、クスノキが風と戯れながら見守る。

そのあいだ縁側では、テン三匹と亀が膨れた腹をさらし、幸せそうに寝ていた。