軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 神々のつどい

神々の時間感覚は、はなはだ曖昧である。

いったん眠ってしまえば、数日どころか年単位で起きないこともザラだ。そんな神々が、宴会を開こうものなら、数日間呑み続けるのもさして珍しくはない。

しかし自由、気まま、己の欲に忠実な神々であれど、さすがに楠木邸――一般家庭にお邪魔して、連日呑んだくれる迷惑行為は控えていた。

とはいえ、たまにならいいだろう。

馴染みの風神雷神を交え、お疲れ会という名目で夜通し呑んでいた。

濃藍の空がうっすら薄くなってきている。

やがておぼろな三日月に取って代わり、太陽がその絶対的な存在を主張し始めるだろう。

縁側から脚を投げ出している風神雷神の横には、ちんまりとした山神がその顔よりも大きな酒杯の酒を舐めていた。

いたく満足そうだ。

「この小さき身、呑み食いするには実に最適である」

「わからないでもないわ。なんでも口いっぱいに頬張れたら量が多いような気がするわね」

「実際、量は変わらないのにね」

身に覚えのある二柱も賛同する。

だらだら呑んで食べて、ぐだぐだ取りとめなく語らう。傍らで四霊も円になり、それぞれ好みの美酒に酔っていた。

「――ところで、このあいだこの家の買い手になりそうだった人間たち、僕の神域に放り込んでしばらくしてから、帰しておいたよ」

風神がなんでもないように軽く告げ、くいっと杯を空けた。

「うむ、やりすぎてはおらんだろうな」

さして驚くこともなく山神は問う。風神は肩をすくめた。

「体感で二日程度なら、ちょっとした旅行気分を味わえたんじゃないかな」

「荒野にポツンと建つ掘っ立て小屋にバカンスにいく物好きは、あんまりいないんじゃないの」

「失礼な。見栄えのいい御殿を用意したよ。食べ物もたくさん用意しておいたし、申し分ないでしょう。とはいえ、彼らはなにも口にしようとしなかったけど」

「『ヨモツヘグイ』を疑われたのだろうよ。時折聡明な者もおるからな」

ヨモツヘグイ。

黄泉の国の 竈(かまど) で煮炊きした食べ物のことだ。食せば現世に戻れないといわれている。

「そんな曰く付きの品物じゃなかったんだけどね」

うっすら笑った風神は、己が風袋をあさる。

スルメを取り出してかじりつこうとしたら、横から赤い手が差し出された。

実は、この家を買おうとした者たちは、ひそかに神々によって、おのおのの『 我が家(神域) 』に招待されていた。

ある程度の期間そこで過ごせば、再び現世に戻される仕組みになっている。至って平和的ともいえよう。

ただ楠木邸の内見に赴いたはずが、強制的に見知らぬ神域の内見に変更されてしまうだけで。

否応なく神隠し体験をする羽目に陥った者たちは全員、内見キャンセルとなっていたのだった。

元通り現世に戻され、時間がまったく進んでいなかったり、数日経っていたりするのは、三柱によってまちまちである。

神は傲慢でわがままだ。

己の気に入った場所が己の知らぬうちに変えられてしまう恐れのある事態を、ただ 座視(ざし) しているのみなどあり得ない。

己が持てる力を最大限に行使し、阻止するのはごく当たり前だった。

山神がゆるくかぶりを振る。

「なかなか酷なことをするものよ」

「よくいうわね。アンタだって、門を蹴ろうとした者を半月以上閉じ込めたでしょ。あれはちょっと長かったんじゃない?」

「いや、あれは当然でしょう。神の家の入り口を蹴る行為自体あり得ないよ。命まで取ってないのなら随分慈悲深い、というか手ぬるい。その人間は地にひれ伏して感謝すべきだと思う」

「左様」

「やだやだ、こわ〜い」

いいながらも雷神は愉快げに笑っている。

神は人と同じ倫理観など持ち合わせていないものだ。人の命にさして重きを置いていない。

たとえば、蟻の大群を踏み潰してしまった時、この世の終わりのごとく、嘆き悲しむものなどいるだろうか。

いやしないだろう。本来、神にとって人の価値は、それと同程度でしかないものだ。

不意に風神が空を見上げる。

ざっと強めに風が吹き、山の木々がざわつく。

ついで庭の上空にちらほら歪みが漂ってきた。

「……また、流れてきたね」

「ここのところ、前にも増してあれらが増えてきておるのは、気のせいではないな」

山神と雷神から注目された風神が顔を反らす。

「……どうもうちの子たちが、気を利かせてくれてるみたいなんだよね……」

楠木邸一帯の異様な放棄神域の多さ。

それは風たちがわざわざ運んできているせいだった。

風の知能はそこまで高くない。

ただ風神が排除しやすいように近くに持っていってあげよう。そう気を利かせて、古今東西からかき集めてきていた。

「善意だしね……」

「……甲斐甲斐しくはあるな……」

「でも余計なお世話よね。はっきり注意してやめさせなさいよ」

雷神が身内には甘い風神を咎めた。けれども風神は澄ました顔で杯を傾けるだけだ。

雷神がスルメを咥えたままの口を尖らせる。

「だってこれじゃあ、アタシたちがどれだけなくそうとしたって無意味じゃない」

「意味ないことはないだろうけど、キリはないよね」

「やっぱり、本人が自力で脱出できるようになるのが一番でしょ」

雷神から水を向けられても、山神は黙したままだ。

「今の彼の風、あんまり僕の神気入ってないからね。僕とは遣い方が根本的に異なるから……。もう少し力をあげてみようかな」

「よせ。これ以上与えれば、湊は人でいられなくなってしまう」

「今、二柱分だものね。一柱からだってそうそうないのに。それに四霊の加護までもついてる。昔から結構いろんな人間を見てきたけど、あんな珍しい子はいなかったわよ」

三柱が山側を見やる。その 稀有(けう) な人――湊はといえば、先ほど眷属たちと山に向かったばかりだ。

「本人はさほどなんとも思っておらんがな」

「類を見ないっていうのにね。で、アンタ、まだあの子に、神域に引き寄せられるようになったって、いってないんでしょ」

「……いや、云うたぞ」

「自ら引き寄せてしまうようにもなった、とも教えたのかな」

風神から鋭く指摘され、ふいっと顔を反らした山神は、おはぎに噛みついた。

四霊もそそくさと己が寝床に引き上げていく。

「人の身でありながら神域に住んで、常に神の息吹を感じ、さらには毎日神の湯にも入ってる。そして四霊から幸運の引き寄せまでもらってる。いろいろ交じっておかしな体質になっちゃったのね。そりゃあ、神寄りにもなるわよ」

「……家の中は現世のままぞ」

「彼もほとんど縁側で過ごしてるでしょう」

言い訳がましい山神に昔馴染みたちは容赦しない。

「ま、今さらよね」

「なってしまったものは、もうどうしようもないよ。大事なのはこれからどうするかでしょう」

神々は切り替えが早い。いつまでも悩んだり、後悔したりはしないものだ。

そうこうしているうちに、白々と夜が明けていく。

早朝の爽やかな風に乗って、歪みが押し寄せてくる。わずかの時間で庭の上空を覆い尽くした。

その甚大な量に、三柱が荒んだ顔つきになった。

「うむ、湊を鍛えるしかあるまいな」

「次にきた時、僕も教えるよ」

「決定ね。じゃあ、とりあえずコレらはアタシが片付けるわ」

雷神の背後に複数の和太鼓が現れた。

風に流されてしまう程度の神域は、神格の低いモノが創ったモノだ。

神々には、その放棄神域内に 何モノ(・・・) かがいるか否か、見ただけで判別がつく。

どれもこれも古く朽ちかけの 空(カラ) ばかり。

ひと思いに一掃してやるのは、かつて同じだったモノたちへの 弔(とむら) いでもある。

組んだ前足に顎を乗っけた山神が、眇めた眼で雷神に物申す。

「狙いを外して、町の西側に窪地をつくったような、ヘマをしてくれるなよ」

「いやぁね、そんな大昔のこと今頃持ち出すなんてさ!」

語尾を強めたと同時、和太鼓を乱れ打つ。その御身から無数の稲妻がほとばしり、上空へと放たれた。