軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 播磨、奇妙な怪異を調査中

黄昏時。焼けた空よりなお赤い太鼓橋の前に、一人の青年が立っている。

じっと前方を見つめていた。

前髪のかかるその目元に、泣きぼくろがある。

ふいに男が、太鼓橋を渡ってきた。

これを待っていた青年は、全身を耳にして待つ。

スマホを耳に当てた男が、すれ違い様にせせら笑った。

「そんなに腹立たしい相手なら、殺せばいい」

青年は、電撃を受けたように震えた。

固く、固く拳を握りしめる。

その姿が映る、欄干の 擬宝珠(ぎぼし) が毒々しい夕日を受けて、より一層輝いた。

「橋占いなんて、最初は全然信じてませんでした」

少年が力なくつぶやくのを、播磨はただ聴いていた。

日の暮れかけた、少年の自室は薄暗い。

ベッドフレームに背を預ける少年の顔も陰り、表情も暗い。その頬の絆創膏と、両腕の包帯が痛々しかった。

そう感じるのは、己だけではあるまいと播磨は思う。

勉強机に寄り掛かるスーツの男も同じだろう。線は細いが頼りない印象はない。悩ましげな表情で、閉じた鉄扇を顎にあてがっているのは、同期の陰陽師である。

阿倍野(あべの) という。

二人で怪現象に苛まれている少年から、詳細を聞きだしているところだ。

「ただの遊びだったんです。橋占いが流行ってるって友だちに聞いたから……」

流行りに流されたことを一概には責められまい。

橋占いを行う橋は、町中にあるという。ろくでもない場所ならまだしも、なんの変哲もない所なら、軽い気持ちで試したくもなるだろう。

窓辺に立つ播磨は、窓の外へ目をやった。

ひしめき建つ家の屋根の向こうに、方丈山の頂が見える。

午後の日差しを受けて、まどろんでいるようなその山の近くに、件の橋はある。

そこで行われている、橋占いの方法はいたって簡単だ。

ただ夕暮れ時にその橋の入口に立つだけ。そして最初に、橋を渡ってきた人間の言葉を神託とみなすのだ。

不思議と的外れなことは言わないという。

「――ちょっと友だちと喧嘩したんです。それで、俺はどうしたらいいのか、教えてほしかったんです。そうしたら――」

少年は言葉を切り、震え出した。

「お前が悪い。だからお前が死ねばいいって言われたんですっ」

それから、少年は自殺未遂を繰り返すようになったという。

高い所から飛び降りたり、自身を傷つけたりと発作的に行う。しかも無意識に。

そのことは、事前に陰陽寮で聞かされていた。悪霊が憑いているかもしれぬということで、二人は派遣されたのであったのだが――。

播磨は部屋を見渡した。

悪霊などいない。瘴気すらない。

当然、少年自身にも悪霊は憑いていない。

部屋の壁面には、いくつもの写真が飾られている。日に焼けた野球少年たちが笑っており、いずれも少年が中心にいた。

戸棚にもトロフィーやメダルが誇らしげに陳列され、グローブや野球ボールも至る所に転がっている。

雑然としているが、一般的な中学生の部屋といえるだろう。少年も快活そうだ。軽々しく自死を選ぶような性格にも見えない。

「君に死ねといったのは、橋を渡ってきた人間で間違いないか?」

念のため、播磨は問うた。

「――はい、小学生でした」

阿倍野と視線を交わすと、少年は耳を押さえた。

「その時は、なに馬鹿なこといってるんだって腹が立ちました。――でもそれから時々聞こえるようになったんです。お前が死ねばいいって声、が……っ」

言葉を切った少年が震えだす。目が虚ろになっていく。

その耳元で蠢くモノを、播磨は視た。

しかし耳たぶのせいで、よく見えない。

「あー! 山が燃えている!」

突然叫んだ阿倍野が窓の外を指さす。

「えっ⁉」とつられた少年がそちらを向いた。

その耳裏にいたのは、長細い虫のように見えた。

うっすら禍々しい妖気を放っている。

熟考するまでもなく、播磨はそれをつまみ、握りつぶした。

ギャアッ。

おぞましい声があがり、ギョッと少年が目をむく。

「いまの声は……」

「君に憑いていた妖怪があげた声だ」

正確には妖怪そのものではないのだが、細かく説明するつもりはなかった。

ようかい、と少年が呆然と復唱する。

その目の前で手を広げたが、そこにはもう何もない。しかし少年の様子は明らかに変わった。

「あれ、声が聴こえない……」

「ああ、君に悪さをしていたモノを消したからな。もう、ろくでもない声に悩まされることはない」

勉強机に転がる野球ボールを取った。

ぽんと、少年の膝に置く。

「野球に打ち込むといい。嫌なことなんかすぐ忘れられるだろう」

こくんとうつむいた拍子に涙が一滴、野球ボールに落ちた。

赤いナンテンがたわわに実る少年の家から出た。

すぐさま阿倍野が文句をいってくる。

「播磨、君強引すぎるぞ。アレを跡形もなく消し去ってどうするんだ」

柳眉を逆立て、ご立腹である。

その左目は眼帯に覆われている。幼少期からの付き合いだが、初対面の時からすでにこうであった。お家騒動で傷を受けたという。たとえ片目であっても、それを他者に感じさせないほど、目端のきく男ではある。

そして、口やかましい。

とはいえ、慣れきった播磨はさして気にもしない。

「すまん、気が急いた」

「口だけの謝罪なんかいらないんだよ、反省もしていないくせに。まったく、せっかく僕があの少年の気をそらしてやったっていうのに」

山が燃えているという突拍子もない叫びはそのためであった。事前に打ち合わせや合図もなく動いてくれる便利な男である。

「アシストどうも」

雑に礼を述べると、「君ってやつは……」と阿倍野は深くため息をついた。

「まあ、いいさ。いつものことだからな」

切り替えの早いところはこの男の美点といえよう。

何をいっても播磨が取り合わないことを知り尽くしているからこそであろうけれども。

「それで、今さっきのモノはなんだったんだ?」

播磨は己がてのひらに視線を落とした。

「――おそらく妖虫だろう」

妖怪が使役するモノだ。

なぜ、断言できないのかというと、播磨ははじめて見たからだ。

妖虫を放つ妖怪は現代にはいない。

抜きん出た妖力を有する妖怪でなければ、扱えないとされている。

そして、それは人間を洗脳することもできるはずだ。

むろん承知の阿倍野は、これ以上ないほど顔をしかめた。

「見極めていたなら、なぜ滅してしまったんだ。そいつの本体の場所が知れなくなったじゃないか」

ぐうの音も出ない。

生け捕りにすれば、なんなく本体までたどれただろう。

「まったく君は昔から考えなしの行動ばかりして――」

鉄扇を開閉しながらの、毎度のお小言が途切れる。

じろりと鋭い視線を播磨の腕に向けてきた。

クロがしがみついている。突如姿をさらし、尻尾の先で播磨の手のひらを払いはじめたのであった。

清めているのだ。妖怪の残滓など残っていないにもかかわらず。

しかしながら、気に入らないようで、かしかしと後ろ足も当てている。というより、蹴っている。

なんてことだ。ずいぶん横着モノになってきた。

頭が痛いが、それよりも阿倍野の視線の方が痛い。

クロは式神ではない。

並ではない術者ならすぐに看破できるだろう。

阿倍野も気づいているに違いない。クロの存在そのものを気にしているし、何モノかを見極めようとしている。

だが、言えるはずもなかった。

クロは、祖神からもらった神器なのだということを。

播磨は手のひらに座ったクロをできるだけ、阿倍野の視線から外れる位置に置きながら、何食わぬ顔で話を続ける。

「とりあえず、件の橋にいってみるか」

ふっと息をついた阿倍野は「ああ」と前を向いた。その眼帯が日差しを受けて光っている。

秋になり、日暮れが早くなった。いまから橋へいけば、占いに適した時間となるだろう。

「――夕暮れ時って、いかにもって感じの時間帯だ。誰かがそういい出したんだろうな」

「かもな」

「若い子は、占いが好きだよな」

「若いとはいえない者も好むやつは好むだろう」

「まあ、そうだな。ろくに知識もないくせに、よくやるよ」

辛辣だ。陰陽師はもともと占いの専門家である。

陰陽師という立場に並々ならぬこだわりをもつ阿倍野は、遊びや、他者を騙すことが目的で行われる占いを殊の外嫌う。

「周囲に影響されて度の越えたことにも簡単に手を出すのはやはり若い子が多い。占いでいわれたことは必ず実行しなければ、不幸な目に遭うともいっていたな。いかにも子どもが考えそうなことだ」

「本来ならな。だが、実際、あの子どもには妖虫が憑いていた」

「だよな。胸糞が悪い」

阿倍野は鉄扇で手のひらを叩く。

乾いた音が住宅街に響いた時、播磨の足元に何かがぶつかった。

妖怪であった。