軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 鳥遣いさんウォッチング|越後屋十三代目(予定)

和菓子職人たる祖父――越後屋十二代目は、今日も元気はつらつである。

肌の色艶もよく、太鼓腹も健在。あんこの入った容器も軽々運ぶ。

結構なことだ。

だが、店の厨房で寸胴鍋と向き合う孫―― 景虎(かげとら) は、気が気ではなかった。

「なあ、爺ちゃん。無理すんなって」

言わずにおれなかった。

どうしても、かつてのやせ衰えた姿を思い出してしまうからだ。

が、祖父は一蹴した。

「なんのこれしき、運動になってちょうどええわい」

あろうことか片手持ちをしかけた。泡を喰って駆け寄り、横から手を添えた。

「なにやってんだよ! 落としたらどうするんだ!」

「おお、そうじゃったな。すまんすまん。お前が拵えた大事なあんこ坊であったわ」

台に丁寧に置き、よしよしと容器の側面をなでている。

なんとも気恥ずかしいが、うれしくもある。

とはいえ景虎という後継ぎができて、一番喜んでいるのは祖父だ。

本当ならこの越後屋は、祖父の代で畳む予定であった。

後継者がいなかったからである。

祖父には一人娘――景虎の母しかおらず、会社員たる父も継ぐ気はない。

そのため外孫の景虎は、祖父と苗字が違うし、家も違う。時間を見つけては、和菓子づくりのノウハウを習いに来ている。

現在、中学生であり、学業に加えて部活もある。大変といえば大変だ。

しかし祖父の残り時間が少ないかもしれない、と焦る気持ちもあって、やめたいなどとは微塵も思わない。

「や、爺ちゃん、むちゃくちゃ元気だけど」

「当たり前じゃろ」

手を洗う祖父の、流し台との間に挟まれた太鼓腹は、いまでも信じられない。

祖父は癌であった。

それがある日、突然消えたのだ。

奇跡としか思えなかった。

当時、景虎には骨と皮ばかりになった祖父の姿はあまりに衝撃であった。

景虎はまだ、身近な存在を失う経験をしたことがない。

祖父が引退したら越後屋がなくなるのは知っていたが、どこか他人事であった。中学生になって、祖父の家にいくこともほとんどなくなっていたのもある。

そんな折、倒れた祖父が入院し、しかも癌だと聞いて病室に駆けつけたら、祖父はやせ衰えたばかりでなく、気力も失っていた。

祖父は食べることが大好きだ。生きがいだといってもいい。

それを制限され、生ける屍のような状態になっていたのである。そんな姿を見て、頭を殴られたような衝撃を受けた。

そして、ようやく実感したのだ。

祖父がいなくなること、それすなわち子どもの頃から慣れ親しんだ甘酒饅頭の味さえもなくなるということだと。

幼い頃のように無邪気に、『おじいちゃんの甘酒饅頭が一番おいしい』と、言うことはなくなっていた。『世界で一番好き』だとも。

だがしかし、その思いはずっと変わらない。

だからこそ、伝統の味を受け継ごうと自ら名乗りを上げたのだ。

「これ、ちゃんとあんこを混ぜんか」

厳しい顔をした祖父に注意された。

身内とはいえ、仕事中は師匠と弟子であり、祖父も容赦してくれない。

「はい」と素直に返事し、ヘラを動かした。仁王立ちした祖父の目がキラリと光る。

「こし餡は、甘酒饅頭のキモぞ」

ぞ。

指導中に時折、妙な語尾を使うのはなぜだろうか。

何はともあれ、あんこは和菓子屋の命だといってもいい。景虎の腕はまだまだ未熟で、祖父のように安定した出来にはならない。

一刻も早く、一端の職人にならなければならない。

そして、祖父を引退させてやるのだ。

そう思うがゆえに中学を卒業したらすぐ、この店を継ぐ気であった。

が、祖父に猛反対を喰らったのだ。

せめて高校まではいきなさいと。

祖父の言い分はこうだった。もし家を継いだら、同級生たちが高校生活を謳歌している頃、お前は朝から晩まで働き詰めになる。社会人ともなれば、甘えも許されなくなる。それでもいいのかと。

正直、いやだという気持ちはあった。

が、時間がないと思ったのだ。

いつまた祖父の病気が再発するかわからないからだ。

しかしあれから一年以上経つが、祖父は再発どころか風邪一つひかず、ますます元気になるばかりである。

ちらりと後ろを見やると、にんやりと笑う祖父の顔があった。

「――爺ちゃん、悪徳商人みたいな顔になってるよ」

子どもの頃からよく言っている憎まれ口を叩くと、ふんと祖父は鼻を鳴らした。

「まだ気づいとらんのか。お前も儂に似た悪党づらだということを」

予想外の返しに動揺し、鍋からあんこがこぼれかけた。慌てて戻しながら、反論する。

「そ、そんなことあるはずないだろ! 俺は父ちゃん似なんだから!」

クククと、なぜか顔半分に影が落ちた祖父が怪しく嗤う。

「自ずと答えが出るじゃろ」

「いやなことを言わないでくれ!」

「それはお前じゃ。これ、手元をおろそかにするでない」

「――へい」

祖父がため息をついた。

「お前はここのところ、浮かれすぎとる」

実はその通りである。

積年の想いが報われ、彼女ができたからだ。

それは、ひょんなことから手に入ったケサランパサランのおかげだったのかもしれない。菓子箱に入れていたそれが、淡雪のように消えてしまった今となっては、真相はわからない。

けれどもそれを手にしてから、告白しようと決心したのだ。背中を押してくれたことは確かである。

想いを告げたら『私もずっと前から好きだった』と両想いだったことが発覚した瞬間の、天にものぼる気持ちを思い出し、つい顔がニヤけた。

ふたたび特大のため息を吐く祖父は、昔からどちらの想いにも気づいていたようなので、いまさら隠す気もない。

ふいに店外を見た祖父がこちらへ向き直った。

「景虎、店外の旗が倒れかかっとる。ちょっと見てきてくれ」

「え? ああ、うん」

突然の指示に戸惑いつつ、景虎は店外へ出た。

すると、店の脇で愛しの彼女と鳥遣いさんが向き合っていた。

彼女は、桜餅専門店とイタリア料理店を営む越前氏の孫娘である。祖父同士が仲がよいため、幼い頃から交流があった。

昔から変わらぬ、いや成長するにつれ、ますます綺麗になった。さっぱりとしたショートボブに、陸上部で鍛え上げたカモシカのごとき脚が眩しい。

そんな彼女が両指を組み合わせ、鳥遣いさんを見上げていた。顔は真っ赤で、目も潤んでいる。

おいおいおいおい、どういう状況だよ!

と食ってかかりそうになったが、手を握りしめて耐えた。

なんといっても鳥遣いさんは、大事な常連客である。

よくまあそんなにと感心するほど毎回たくさん買ってくれるのだ。甘酒饅頭ばかりを。

つい考えてしまう。

全部一人で平らげるのだろうかと。それとも家族に無類の甘酒饅頭好きがいるのだろうか。

いや、おそらくこし餡を好むのだ。よその和菓子屋でも購入するのは、こし餡のみと聞く。

誰も鳥遣いさんがなんの職に就いているのか知らないが、羽振りがいいのはたしかだ。

丹波酒屋で高級酒を惜しみなく購入する姿を、しょっちゅう見られるともっぱらの噂である。

そのせいか、あの店はすこぶるお高いワインと珍しい日本酒が増えたという。

ともあれ、これからもぜひ越後屋をご贔屓にしていただきたいところである。

そんな気持ちと、俺の彼女から離れろという意味を込めて――。

「いらっしゃいませっ!!」

と景虎は大音声とともに裂ぱくの気合を放った。

頭がぶっ飛びそうな勢いで、二人はこちらを見た。

「景虎、見て! 鳥遣いさんが盗まれた自転車を取り戻してくれたの!」

彼女に言われ、はじめて二人の間に自転車があることに気がついた。鳥遣いさんがハンドルを握っていることも。

ともあれ、自転車が盗まれたことなど知らなかった。

「俺にいえばよかっただろ」

そう言ってしまったのは、単なる負け惜しみでしかない。

盗難にあった自転車が見つかることの方が珍しい。景虎では決して見つけられなかっただろう。

おそらく鳥遣いさんは、サドルに乗っているリスザルや、馴染みの動物たちと連携して取り返してくれたに違いない。

そういう噂に事欠かないのだ。

鳥遣いさんのおかげで迷子が見つかったとか、失せモノが戻ってきたとか、食い逃げ犯が捕まったとか。

彼女は鳥遣いさんから自転車を受け取りつつ、バツが悪そうに言った。

「――だって、この自転車を盗られたなんて言いづらくて……」

自転車は、景虎とともに買いに行ったものだ。色違いのおそろいでもある。

「景虎はこの色が私に似合うって言ってくれたし」

頬を染め、視線を逸らす彼女に触発され、景虎まで赤面した。

「キィ~」

リスザルの声に、はっとなる。

うっかり存在を失念していた鳥遣いさんを見やると、如来めいた微笑みを浮かべていた。

いつも通り、甘酒饅頭をパック買いした湊は、越後屋を後にする。

肩や背中をリスザルが移動するが、気にしない。器用なサル吉が落ちることなどありえないからだ。

「キキ!」

二の腕にしがみつきつつ、サル吉は斜め前方を指さした。

店頭に色とりどりの野菜と果物が並んでいる。この青果屋の店主は気前がいい。サル吉が寄ると、果物をたんまりくれるのだ。

「ダメだよ。あんまりおやつはあげないようにしてくれって、三河さんに言われているからね」

素通りする最中、指を咥えているが、湊は心を鬼にして足を速める。

「 酒屋(丹波さんとこ) に行ってから、三河さんちに帰ろうか」

なだめつつ、湊は通りを歩んでいく。

「ちょっと聞いとくれよ、うちの上の子がケサランパサランを捕まえたんだよ!」

「まあ、ほんと!? どんな幸運を授かったの?」

「コンサートのチケット争奪戦に勝ったってさ」

「あら~、よかったわね~」

そんな会話を交わす笑顔の町民たちを眺めながら――。