軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 クロは播磨にとって必要不可欠な存在に?

湊には見えていないが、そこには麒麟の 足跡(印) が落ちている。煌々と照り輝くその輝きが急速にあせていく。

その間、湊は全身を強張らせていた。

背筋が冷え、脳裡に警鐘も鳴り響く。早鐘を打ちはじめた心臓をつかむように押さえた。

「な、なにか、おかしい――」

とてつもない不安を覚えた。

見えない何かが大波さながらに襲ってくるような感覚。焦り、不安、恐怖をまざまざと感じ、震えが止まらない。

『あーっ! なんてことをしてくれたんですか!!』

絶叫した麒麟が駆け寄ってくる。

そして、前足を背中に勢いよく押しつけてきた。

『まったくもう、わたくしめの加護を引っぺがすなんて!』

憤るその気持ちに連動し、蹄のついた足をねじ込むように踏みつけてくる。

「痛い、痛いっ。麒麟さん、強すぎる!」

『申し訳ありませんが、耐えてください。二度とはがされないよう念入りにつけ直しておりますので!』

最初に、足跡をつけた時とはずいぶん違う。

人間嫌いの麒麟は、恩人とはいえ湊が人間であることに変わりないため、接触するのをためらっていた。

ゆえに蹴り飛ばす方式で、捺印されたのだ。

しかしいまは、そんなことを気にしている場合ではないと言わんばかりであった。

湊は、恐怖感が潮を引くように消えていくのを実感していた。麒麟がつけ直してくれたおかげなのは間違いない。

なぜだ。

先ほどの強烈な予感のようなものはなんだったのか。

そう問おうとしたら、玄関のチャイムが鳴った。

播磨がクロを引き取りに来たようだ。

その軽快なチャイムの余韻が消える頃、麒麟が快活な声をあげる。

『――よし、これでいいでしょう。これなら、たとえ神の類が故意にはがそうとしてもはがせないはずです! ――大変不本意ですが、白虎の力も遣いましたので……』

一転不満げな様子になったが、仕事の出来栄えには満足したようで、前足を離した。

そんな 神獣(白虎) の力もちょっとだけもつ霊獣に、悠長に今しがたのことを訊ける時間はなさそうだ。礼だけを述べた。

「ありがとう、麒麟さん。――クロ、播磨さんが迎えに来てくれたみたいだよ」

そう声を掛けても、クロはこちらを見ない。

うな垂れていた。

反省しているのかなと、湊は苦笑する。

「はがそうと思ってはがしたんじゃないんだよね? ちょっと強めに引っ掻いてみただけだったんじゃないのかな」

きゃおと小さく返事することから、そうなのだろう。

上目で見てくるその銀眼が、ごめんと謝っている。

「怒ってないよ。ほら、おいで。一緒に播磨さんを出迎えに行こう」

腕を広げると、飛び込んできてくれた。

そしてクロを抱え、表門の格子戸越しに播磨と相対した。

その瞬間、驚愕することとなった。

「――播磨さん、また無茶したんですか?」

あまりに疲れた様子であった。

紙袋を携えたその背筋は伸びているものの、顔色は悪く、眼の下に隈も浮いている。

見慣れているといえば、見慣れた形相であるが、先日クロを預かった時との落差が激しかった。

「いや、まぁ……」

重々しくため息をつく播磨は、言い訳するのも億劫そうだ。

「というか、寝不足っぽいですよね」

思ったままを口にしながら、湊は格子戸を開ける。同時、クロが飛び降りた。

しなやかな歩みで播磨に近づき、脛に頭や胴体を擦りつけている。

播磨には悪いが、和んだ。

預かっている間、寂しがる様子は欠片も見せなかったが、やはり播磨に会いたかったのだろう。喉も鳴らし出した。

が、その音が高まるにつれ、播磨がふらつく。湊はとっさに腕を引っ張った。

「播磨さんッ」

強めに呼ぶと、落ちかけていた瞼が勢いよく開いた。

「す、すまない。いつものクセで」

「クセ?」

「――クロが喉を鳴らすと、眠ってしまうんだ」

「ああ確か、あのゴロゴロ音には人を癒す効果があるんでしたっけ。猫ですけど」

「ギャオ!」

猫じゃない! とクロが言いたげに睨んできた。へらりと笑って誤魔化したが、すぐ真顔に戻す。

「クロ、ここで播磨さんが寝てしまったら困るから、喉を鳴らすのはちょっとやめてほしい」

と頼めば、ピタリと音は止まった。

姿勢を正した播磨が凝視してきた。君の指示はきくのかと、その目が雄弁に語っている。

「たぶんちゃんと理由を説明したら、聞いてくれるんじゃないですかね? クロはこちらの言葉を完全に理解していますので」

「――たしかに、いままでクロにあまり説明はしてこなかったが……」

それは無理からぬことかもしれない。

人間に話すように、動物に話しかける方が珍しいのだと湊も知っている。動物に話しかけていると、あからさまにおかしいなどと言ってくる者もいるからだ。

とはいえ、湊は気にしない。

動物は、人間が思っている以上に賢い。

話している内容を正確に理解することはできなかろうが、声の調子、顔つき、醸し出す雰囲気から気持ちを汲み取ってくれるものだ。

「あ、山神さんも、クロは少し成長したと言っていましたよ」

播磨さんの言うこともちゃんと聞いてあげてくれ、と目でクロに頼んだ。ゆったりと尻尾を振ってくれたが、その意味はわからなかった。

それから播磨とともに、クスノキの部屋へ戻った。

山神と相まみえた播磨は今、五体投地中である。

「山神様、クロの面倒をみていただき誠にありがとうございました……!」

むろん、床と平行になった播磨の頭の先には、やけに見栄えのする 菓子折り(お供え物) がある。

鼻をうごめかせたあと、満足げに尻尾を振る山神を見るに、中身はこし餡なのは疑いようもない。

心づくしのお礼は、お気に召したようだ。

「よきにはからえ」

と胸を張った山神は尊大に宣うや、おもむろに鼻先を上げた。

両名の間に、忽然とぬいぐるみが出現する。

「ついでに、こやつを恵んでやろう。これならば、強靭な顎をもつクロの攻撃にも耐えられよう」

顔を上げた播磨の目線に浮いているのは、チョウチンアンコウである。

山神が数日間こねていたのがこれだ。

丸みを帯びた魚体に、下あごが上あごより突き出たしゃくれ顔。何より目を引くのが、背びれの一部が長く伸び、その名の由来となった提灯めいた球体がついていることだ。

さっそく播磨の膝に座しているクロが、小魚めいてゆれるその部位に飛びかかった。

かぶりつき、振り回すも、チョウチンアンコウは輪郭を変えるのみ。お次に前足で魚体を固定し、提灯を咥えて引っ張るも、伸びるだけ。

びくともしない。

これぞ、神産物の頑強さよ。クロの成長の手助けとなるのは間違いなく、ひいては、あの豪奢な播磨邸が破壊されることもなくなるに違いない。

今度は連続パンチを繰り出すクロを、湊は笑顔で眺めた。

「提灯がなかなかいい仕事をしてるよね。ちなみにその魚種を選んだのは、俺です」

昨日クロが寝ている時、山神に『ぬいぐるみの形はなにがよい』と問われ、さして考えるまでもなくチョウチンアンコウと答えたのだ。

海の生き物シリーズ第二弾である。

第一弾は、葛木の式神たちであった。

そのうちクロも、彼らと相まみえることもあろう。

ともあれ、湊も座卓の下から己が顔面より幅のある木材を取り出した。

「播磨さん、これも持って帰ってください。クロが爪を研ぐのに気にいったみたいなので」

ほいと、カマボコ状のクスノキを差し出すと、播磨がおののいた。

「いや、さすがにこれ以上はもらえない」

冷や汗をかいているのは元からだ。ただでさえ山神から施しを受け、さらにこの世に二つとないご神木の木材もタダであげると言っているのだから。

断るのもわかるうえ、ならば代金を払うと言い出すのもわからないでもない。

もらってください、いやもらえんと恒例のやりとりをやるつもりかと、山神もうんざりとした雰囲気をかもした。

が、そうはならない。

秘策がある湊は、にっこりと笑った。

「これは播磨さんにあげるんじゃありません。クロにあげるんです」

はいと木材を向けると、チョウチン部分を咥えたクロは前脚を伸ばし、樹皮に爪を立てた。

これも己のモノ! と主張するその仕草に、播磨は表情をやわらげた。折れたのだろう。

クロが満足げに喉を鳴らしだすと、瞬時に播磨の身体が傾いだ。

ごん! と派手な音とともに床へ沈んだが、ひと言も言わず、身動きすらしない。

「寝てる。しかも安らかな寝顔だ。――クロ、その喉の音はすごい入眠効果があるんだね」

湊が褒めると、クロは得意げに尻尾をゆらした。

「それはそやつの能力の一つぞ」

伏せた山神に教えられ、感心した。

「へぇ、無茶しがちな播磨さんのためかな。播磨さんの祖神様優しいんだね」

そうは思わないのか、山神は双眸を細める。

「それをなによりも、優先させるよう命じておるがな」

「というと?」

「あまりにも眼鏡が己の身体を顧みないなら、今のように無理やり睡眠をとらせるのよ」

「それは……」

「かの 祖神(武神) は、己が子孫たちが、陰陽師として身を粉にして働くことを快く思っておらぬ」

それもまた愛するがゆえであろう。

なんとも言えないなか、クロは播磨の顔の近くで、喉を鳴らし続けている。

結構な爆音にもかかわらず、眠り続けたままだ。

それだけ強い力なのだと思い知らされ、湊はうっすら背筋が寒くなった。

ゴロゴロと鳴り渡る音に合わせ、クスノキも葉ずれの音を鳴らし、風鈴も控えめな音を奏でた。

そんな三重奏に背中を押されるように、鳳凰が屋根から飛び立つ。いわし雲が浮かぶ青空へ、力強く両翼を羽ばたかせた。