軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 クロい豆台風襲来

が、思い出しもした。

スサノオも言っていたではないか。

竜宮門は動物体のモノがともにいないと通れないから、ヤマタノオロチを巻いてくるのだと。

『正確には、動物体のモノとひっついている時だ。ゆえに、一人だとまず問題ない』

応龍が詳しく教えてくれた。

湊は神妙に正座した。

「気をつけようと思います」

「うむ。まぁそう気負わずともよい。おぬしが望まぬことはここでは起きぬ。――起こさせぬ」

とやけに力強く言ってくれた山神であったが、ついと鼻を田んぼ側の塀へ向けた。

遅れて、レースを再開していた眷属たちも遊びをやめ、山神と同方向へ顔を向けた。

何かくる。

湊がそう察した時、塀を乗り越え、黒い塊が飛び込んできた。

伸ばされた四肢。体軀と同じ長さはある尻尾。

黒い獣だ。

その姿が認識できた瞬間、ドボン! と大池に落ちた。高々と水柱が上がり、飛沫に虹がかかった。

全員が注目するなか、湊のみが焦る。

「いまのどちら様!?」

「黒豹の子であったぞ」

山神がのんびり言い、湊は思い当たった。

「播磨さんのクロか! ちょっと待って、黒豹って泳げたっけ!?」

虎やチーターは泳げたはずだが、豹の黒変異種である黒豹は知らない。たとえ泳げる種であったとしてもクロは幼いゆえ、できないのではあるまいか。

案の定、上がってこない。

湊が飛び込もうとした時にはもう、眷属たちが救出へ向かっていた。

三体のテンが池底でもがく黒豹の手足と胴に噛みつく。

さらに暴れるがお構いなしだ。

底石を蹴って一気に押し上げ、ソイヤッと息を合わせて投げ飛ばした。クスノキの部屋の縁に立つ湊のもとへ。

しかと受け止めた湊は、むろん水浸しになった。

しかしそれどころではない。状況に頭が追いつかないクロが、がむしゃらに暴れる。

「落ちついてっ」

となだめつつ、屈んだ。

床に降ろすも、クロは暴れ続ける。苦しそうではないが、その身を床に擦りつけている。

「水は飲んでないみたいだけど……」

「体が濡れておるのが嫌なのであろうよ」

ため息をついた山神が動こうとしたら、カエンがちょこちょこと小舟ごと泳いできた。

「これ、わっぱ。安心せい。そこはもう水の中ではないのじゃ」

ちょいとその平たい尻尾をうちわのように扇ぐや、熱気が放出。湊がそれを肌で感じた時には、床、クロの体、ついでに己の身体からも水が蒸発していた。

「カエン、ありがとう」

と湊が礼を述べ、動きを止めたクロが大きく瞬く。

ちょうどその時、ピンポンと玄関チャイムが鳴った。

湊が応対に出ると、表門の格子戸越しにいる播磨はひどく焦った様子であった。クロは湊の腕の中で大人しくしている。

「クロ!」

播磨は名を呼んだあと、脱力した。相当心配していたのだろう。

「播磨さん、親っぽくなりましたね」

微笑ましさに頬をゆるめると、播磨が鼻白んだ顔をした。すぐさま取り繕うように態度を改める。

「すまない、急に車から逃げ出してしまったんだ。迷惑をかけたんじゃないか?」

「いえ、そこまでは。塀を乗り越えて庭に入ってきたくらいですね」

「すまない」

「いやまぁ、元気なのはいいことでしょう」

「元気がよすぎるんだ……」

振り回されているのがたやすく想像できた。

湊はから笑いしつつ格子戸を開ける。

「それで乗り越えてきた時、池に飛び込んじゃったんですよね。水浸しになったのがかなり嫌だったみたいですけど、いつもそうなんですか?」

ほいと乾いてツヤツヤになったクロを渡した。

播磨がしかと片腕に抱えるとクロは己が定位置とばかりに、満足げな顔をした。

播磨はその頭を軽くなでつつ、言う。

「――わからない。風呂に入れたこともないんだ」

困惑しているのが、見て取れた。

他者にも積極的に絡むタイプではなさそうな御仁である。まともに意思の疎通もはかれないクロとのコミュニケーションも、良好とは言いがたいようだ。

相談事とは、クロのことなのだろう。

ならば、山神に会いに来たということだ。

「とりあえず、お庭へ行きましょうか」

定番の台詞で促した。

ともに庭へ向かいつつ、湊は思い出していた。

播磨の神の神域での出来事を。

とはいえ、あの時の記憶は曖昧だ。かの神域から一歩出た時点でそうであった。

日が経つにつれ、夢だったのではないかとさえ思いはじめていた。

しかしながら、クロに再会したことで現実の出来事だったのだと強く思うようになった。

湊は渡り廊下へ上がる際、今さらながら靴を脱ぐ播磨の顔に目がいった。

「播磨さん、顔色がすごくよくなりましたね」

血色がよく、隈もない。さらに髪の艶まである。

クロのことで気苦労はあるのかもしれないが、肉体的にはすこぶる健康なように見えた。

そのうえ、その身から発する霊力の量も多いようだ。山神に大きくしてもらった霊力の器も十分に満たされていることだろう。

「ああ、よく眠れているからな。――こいつのおかげで」

丁寧な手つきで頭をなでられたクロが、ゴロゴロと喉を鳴らす。

喜んでいるのだろうが、雷鳴のごとき爆音である。

まさかこの音のおかげではなかろう。だとすれば、存在そのものか。

「アニマルセラピー効果ですかね?」

「――そうかもしれない」

意外であった。

かくしてクスノキのもとで、対座した。山神は湊の後方で伏せた姿勢であくびをしている。

いつもの光景であるが、今日はクロもいる。

播磨が膝に抱えているのは、クロが勝手に動かないよう気を遣っているからだろうが、クロもそこから動こうとしない。周囲を水に囲まれているからかもしれない。

「クロは飲食物を口にしようとしないのですが、問題はないのでしょうか」

播磨に神妙な態度で問われた山神は、鷹揚に答えた。

「問題ない。神のつくりしモノゆえ、飲まず食わずでも弱りはせぬ」

「そうですか。――しかしまったく成長する気配がないのですが」

山神はちらりとクロを見た。床に垂れた尻尾の先端が上下する。

「それも問題ない。時期が来たら自ずと大きくなろう」

播磨の表情が和らいだ。

クロの身に関することを最初に訊いてくるとは、なんとも微笑ましい限りである。

湊はつい顔をほころばせ、親だなと再度思っていると、不穏な内容に変わった。

「もっともお聞きしたかったのは、クロの破壊癖です。あらゆる物を壊してしまうのですが、これは直らないのでしょうか」

湊はまじまじとクロを見た。のほほんとした様子で、とてもではないが、そんな破壊魔には見えない。

湊の言いたいことを察したのだろう、播磨は疲れた顔をみせた。

「俺が抱えている間は大人しいんだ」

「じゃあ、クロを置いて仕事に行くこともできないんですね。まぁ、いまはまだ子どもですから当然と言えば当然でしょうけど」

山神もさもありなんと頷く。

「左様。まだ子どもというより、赤子ぞ。見るものすべてが新鮮であろう。触れて噛んで確かめるのは当たり前よな。ただその対象がもろいだけであろう」

「ああ、そうか。周りは人工物ばかりだろうから、それこそ歯が立たないんだね」

そうそうと山神と納得し合っていると、播磨は悲痛な顔になった。それもそうだろう、部屋の中をめちゃくちゃにされているに違いない。

播磨はいかに疲れた様子の時であっても、身なりは完璧に整っている。神経質、かつ潔癖そうだから、耐えがたいのだろう。

「やめろといくら言っても聞いてもくれないんだ……」

どこか恥じるように言う播磨に、湊はひどく同情した。

もとより、クロは播磨が望んで手に入れた存在ではない。通常の動物ともわけが違う。

そして一般的な式神――調伏した妖怪であったならば、なんの問題にもならなかったろう。

――御すことは簡単だからだ。

自ずとそう思ってしまい、湊は自身で驚いた。

――なぜだ。俺はまるで式神のことをよく知っているみたいじゃないか。

いやいやとそんな思考を振り払う。

そのうえいまは、そんなことを悠長に考えている場合ではない。播磨が困っているではないか。

クロを与えたのは、播磨をろくに認識もしない神だ。相談もままならないに違いない。

だからこそ、山神を頼ってきたのだろう。

播磨は明日、少し厄介な悪霊のいる現場に行かなければならないという。

ならば、ずっとクロを抱えてはいられまい。

どうしたものかと湊が肩越しに振り向くと、山神が身を起こす。鎮座したその長い体毛が風になびき、キラリとその金眼が光った。

「よかろう。我がしばしその赤子をあずかってくれようぞ」