軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 神の庭で夏祭りもどき

暑気冷めやらぬ夕刻。黄金色に染め上がる神の庭、その中央――クスノキのもとに、そうそうたる顔ぶれがそろっていた。

湊、山神一家、四霊、そして風神と雷神だ。

あぐらでくつろぐ二神を前に、この家の管理人が平伏している。

わが国の伝統礼式、土下座である。

湊は二日前の案件を山神から聞かされている。

二神は、湊が風神の力を行使する姿を人の目から隠すべく、嵐を起こしてくれたこと。もっぱら風神が力を調整してくれたおかげで北部が壊滅を免れたことを。

「誠に、誠にありがとうございましたッ」

「いいよいいよ、大したことじゃなかったからね」

鷹揚に風神は微笑み、雷神も同じく。

「そうよ、あれだけじゃ物足りないぐらいだったしね」

にこやかに笑っているであろうそのご尊顔を直視できそうになく、湊は面を上げられなかった。

神々にとって町の災害など取るに足りないことなのだと態度で告げている。

けれども湊にとってはそうではないのだ。

いくら怒りにかられたとはいえ、限度があるだろう。

幸運というべきか、むしろ当然というべきか、損害を受けた建物・人的被害はゼロであった。

ただ、盛大に風邪をひいた退魔師がいるだけだ。

むろん鳳凰を捕らえようとした、あの園能である。

あのあと園能の処遇は、葛木角之丞に委ねた。

『伝手があるから任せておきなさい』と告げた時の彼は、背筋が寒くなる霊圧を放っていた。

任せたらどうなるのか不安を覚えたものの、園能のそばにいるとまた平常心を失ってしまいそうで、その言葉に甘えることにした。

ついでに事の発端となった、黒い蝶と檻についても聞いてみた。

あれは、霊獣を呪縛する呪法だという。

そんなろくでもないものがあるのかと、度肝を抜かれたのはいうまでもない。

いまさらながら、己は無知だと思い知った。

風変わりな力を有し、活用していながら、それに関わる世界のことをほとんど知らない。

知ろうともしなかった。それでいいと思っていた。

陰陽師や退魔師などになる気は微塵もないからだ。

しかしながら身近にいる、ほぼ身内のような存在を脅かされるのなら、そうもいっていられないだろう。

第二、第三の敵が現れる可能性もある。またも鳳凰が狙われるかもしれないのだ。

その肝心の鳳凰といえば――。

『うむ、少しばかり涼しくなったな』

傍らで翼をはためかせつつ、のんきにつぶやいた。

鳳凰は無事であった。

やや羽は抜けてしまったが、若鳥サイズのままで至ってピンピンしている。

その若鳥を囲む霊亀、応龍、麒麟は呆れ気味である。

「まぁ、辛気くさい話はもういいじゃない。ご飯にしましょ、これを使ってね!」

ドンと雷神の手に出現したのは、魚介の束であった。

折り重なる大小さまざまな魚、イカ、エビなどなど。今回も大漁であったようだ。

「アタシねぇ、いかにも夏! っていう料理を食べてみたいの。よろしくね、料理人さん」

満面の笑みで、ずいっと眼前に突きつけられた。

「かしこまりました」

受け取った湊は、この日はじめての笑顔を見せた。

かくして、宴と相成った。

いまや夜の帳が下りて星の姿が見えるも、神の庭は明るい。庭の外周に提灯のごとき明かりが灯り、クスノキにぶら下がる風鈴もランタンのように光を放っている。

その橙色が照らす管理人は料理人と化し、コンロ――鉄板の前で腕を振るう。

「夏といえばやっぱり祭りだよね。お祭りといったら、屋台飯。となったら、焼きそば一択でしょ」

異論は認めぬという気持ちを込めて、豪快にソースをぶち撒けた。炒めた肉、野菜、イカが瞬く間に茶色く染まり、もくもくと湯気が吹き上がる。

香ばしい香りが拡散し、周囲のモノたちが鼻をひくつかせた。

その傍らの七輪でも、甘辛いしょう油の煙が上がる。こちらはセリとトリカが、イカととうもろこしを焼いている。

ほどよく焼けて身が縮んだイカに、トリカは刷毛でタレを塗った。

「イカ焼き、うまそうだな……」

うっとりとしたその言葉に頷くセリも、同じくとうもろこしにタレを塗りつける。

「同じ物を塗っていますけど、とうもろこしはまた異なった味わいなのでしょうね」

「ぬう、しかし我はしょう油味ばかりでは食い飽きるわ。やはり旬の食材はそのものの味を楽しむものぞ」

珍しく山神も調理に参加しており、皮付きのとうもろこしを網の上で転がしている。すでに表面はまっ黒焦げだ。

「うむ、よき塩梅である。そろそろよかろう」

ちょいと引き寄せ、爪を用いて皮をはぐと、鮮やかな黄色い身がお目見えした。粒も一つ一つがいまにも弾けそうに膨らんでいて、大狼の眼が輝く。

「ならば、いただこう」

ガリリッと前歯でこそげ取った。

神々が参加する宴は、至って自由である。

己が食したい、飲みたい、呑みたい物を好きなだけが基本スタイルのため、準備万端に整えて音頭を取ってからという形式張ったところなぞあるはずもない。

風神と雷神も刺し身をつまみつつ、酒を楽しんでいるし、四霊はすでに出来上がりつつある。

とうもろこしを味わう大狼は蒸気を発しながら、尻尾を振っている。

「山神さん、お味はどう? なんて訊くまでもないね」

湊が笑うと、山神はとうもろこしを挟み持ち、奥歯で芯を嚙んだ。

「――うむ。素晴らしき、みずみずしさと甘さぞ。やはり食べ物は旬の食材に限る。味が生きておるわ」

「味が生きているとはまた変わった言い方だね。でもなんとなくわかるよ」

焼きそばを皿に盛る湊の鼻をあまぁ〜い香りがくすぐった。

後方ではしゃぐ、ウツギとカエンが見つめる機械が発生源だ。

小ぶりな綿あめ機である。

その中で回転する雲めいた飴に、両前足で割り箸を持つエゾモモンガが挑む。

「今度は麿がやってみる……!」

「うん、いいよ。やってみて〜」

出来上がった綿あめをかじりつつ、ウツギが言った。

カエンがかき回す割り箸に、綿あめがまあるく形づくられていく。

「いい感じにできたね〜!」

ウツギが褒めようと、カエンは割り箸を引こうとしない。

「まだ足りない。もっと大きくしたいのじゃ」

「そんなに綿あめ気に入ったの?」

カエンは顔を輝かせる。

「うむ! 口の中に入れた瞬間溶ける感触が面白いのじゃ。そして甘い! かような甘味があったとは驚いたぞ」

「そっか、でも欲張りだね〜。綿あめの形、崩れてきちゃってるよ」

「あ!」

カエンが割り箸を振って調整しようとするも、綿あめはいびつになる一方だ。焦るその体が機械に近づきすぎ、割り箸もろとも綿あめをかぶってしまった。

「あらあらおチビちゃん、不器用ね〜」

ひょいと横手から伸びてきた赤い手が、カエンの身にまとわりつく綿あめの塊をはぎ取った。

その隙にウツギがカエンの体を後ろに引っ張る。

身ぎれいになったカエンが綿あめを口に運ぶ雷神を見上げた。

「――ら、雷神どの、まことにかたじけない」

やけに強張った声と態度であった。

カエンは犬が大の苦手で、狼たる山神を前にすれば必要以上に怯えていたのだが、それ以前に神格の差に萎縮していた。

とはいえ山神はもとより威光を振りかざさないため、だいぶ慣れてきている。

だが風神・雷神とまともに相対するのは、今宵がはじめてとなる。

異様に緊張していた。けれどもそれは致し方ないことでもあろう。

何しろあえて彼らの神格を王侯貴族でたとえるなら、王と男爵である。

絶対的に届かない、敵わない相手たちだからだ。

綿あめを食べ終えた雷神は、極上の笑みをたたえた。

「元気そうでよかったわ、おチビちゃん」

「そうだね。自分の力もようやくちゃんと扱えるようになったみたいだしね」

雷神越しに顔を傾ける風神も愛想よく笑う。

そのなんでもお見通しなところと底知れぬ笑顔は、カエンの緊張を解すには至らなかった。むしろ悪化させた。

まごまごするカエンの様子をこっそりうかがっていた湊が、助け舟を出した。

「カエン、焼きそば食べる?」

「……っ。いただく!」

二神にガバリと頭を下げ、一目散に湊のもとへと走っていく。

風神と雷神は目を見交わし、ともに肩をすくめた。

人間どころか神にも恐れられる二神は、こういう事態に慣れている。

「そのうち慣れると思うよ〜」

のんびり綿あめを頬張るウツギは笑った。

ちゅるちゅる。エゾモモンガが一本の焼きそばをすする。

両手が汚れるのはやむを得まい。うまそうに食べてくれるなら、気にすべきではなかろう。

動物体のモノは基本的に米や麺類は食さないが、カエンはなんでも食べる。

ぴるぴる震える尻尾を眺めつつ、湊も焼きそばを頬張った。

「――うーん、いまいち。屋台特有の、あのパサつきは出せなかった……!」

無念なり。夏場は無性にあの味と食感が恋しくなるも、家庭で再現するのは難しい。

ごくんと嚥下したカエンがふたたび麺を手に取った。

「そんなに違うのか? 麿はこの麺のカリカリした部分が美味で好きじゃ」

「ありがとう。炒める前にいったん焼いたからね」

野菜やイカ類に加える前――水洗いした麺をごま油で焼色がつくまで焼いておいた。この調理法なら、あまり水っぽくならない。さらに太麺――ちゃんぽん用なところも湊のこだわりである。

今日はあえてB級グルメにしていた。

なにせ近々、播磨邸へ赴く予定となっている。いかような住まいなのか想像もつかないが、一般的ではなさそうだ。

播磨とその父の雰囲気から、やんごとなき家柄であろうことは想像に容易い。豪華な昼食も待っているかもしれない。

そんな約束を勝手に取り付けてしまった山神に、苦言を申さなかったのにはわけがあった。

山神には目的がある。

そう感じたからだ。それがなんなのかはわからないが、悪いことではなかろう。

思いつつ湊は周囲を見渡した。

大狼が焼き上がったあっつあつの焼きイカに嚙みつく。

「うむ、こちらもなかなか」

ニンマリと両眼を三日月形にし、その傍らで風神と雷神も焼きそばに舌鼓を打つ。

「あら、おいしい。人間は暑いと麺類を好むみたいね」

「さっぱり食べたいんだろうね。暑さがわからない僕らにはわからないけど。――このソースの味は癖になりそうだね」

ね、と頷き合う二神の下方では、霊亀が大きな盃になみなみと満たされた酒に浸かっている。

『この呑み方、贅沢の極みぞい』

『貴殿がよいのならよいのではありませんか』

ビールジョッキから面を上げずに麒麟が言い、鳳凰も果実酒へくちばしを突っ込むのをやめない。

『少しばかり羨ましいな。余はそのように呑むことはできん』

その都度、上を向いて喉に流し込まなければならないからだ。

ヒックとしゃっくり上げた応龍が、ハッとヒゲを逆立てた。

『思いつきもせなんだ。なれば、朕もかように呑めばよいではないか……! ああ、ワインは樽でつくるのではなかったか⁉ では樽ごと買えばいい!』

『ふざけるのもたいがいにしてください。貴殿の好むワインはやたらめったら高いんですよ』

世情に詳しい麒麟に叱られてしまえば、世間知らずの応龍は押し黙り、ちびちびとワインを舐めた。

輪になった眷属たち――テン三匹とエゾモモンガが、一斉に焼きとうもろこしにかじりついた。

しびびっと電流が駆け抜けたかのように、毛を逆立てる。

「うまーい!」

見事にそろった仕草と声に、思わず湊は笑ってしまった。

その後方の空が明るく色づく。

「ぬ、花火がはじまったぞ」

山神の言葉に振り向いた湊の視界に映ったのは、夜空に咲く大輪の火の華であった。