軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 鳳凰は人気もの

会場から離れ、建物の陰が落ちる通りを歩む湊の肩で、鳳凰が翼を広げた。

『また、あの刺繍職人のもとへ赴かねばならんな!』

「そうだね、きっと完璧な物が仕上がるだろうからね」

仲よく話すふたりのあとを、麒麟がトボトボ歩いている。

『鳳凰殿、貸し一つですよ』

実にうらめしげである。

あのあと、麒麟はほぼ強制的に職人へ加護を与えることになった。その当人からだいぶ距離を取って、えいやっと加護を投げつけたのだ。

が、『足りん! もっとだ!』と鳳凰に叱咤され、ヤケクソで倍の加護を蹴り飛ばす羽目になった。

触れなくても与えられるのならば、背中を蹴られた俺は……?

と釈然としなかったが、湊は黙って眺めていた。

なんにせよ、これでまた一つの技術が長く在り続けることになるだろう。

その間に継承者が増えるのを願うばかりである。

「おはよう、おはよー!」

突然、口調の異なるあいさつが聞こえ、湊の目前に一羽の鳥が舞い降りた。ハトと変わらぬ大きさで、全体的に灰色をしており尾羽は赤い。

「うわっ、びっくりした」

「おはよー!」

人語をしゃべり、首を縦にフリフリ、リズミカルに歩んでくる。

「あ、この鳥、ヨウムだっけ?」

『うむ、そう称されているな』

鳥類の長も認めた、ヨウム。大型のインコである。

その鳥が足元から熱心に見上げる先には、むろん鳳凰がいる。

「おはよう、ゴロウちゃん!」

「ゴロウちゃん? まさか自己紹介してるの?」

『いや、違うようだが……』

鳳凰が首をひねる。その間、ヨウムは熱心に湊の周りを歩き回り、ひっきりなしに話している。

「今日もあっついわねー! 今年の夏暑すぎでしょ! ねぇお母さん、むぎ茶ないんだけど〜」

「すごいな、三人の人がしゃべってるみたいに聞こえる。家の人の真似してるのかな」

『きっとそうでしょう。この鳥が飼われているのは間違いない。おおかた脱走してきたのでしょうね、鳳凰殿会いたさに』

麒麟にやや責める視線を送られようと、鳳凰は無言であった。

「どこから来たんだろう?」

湊はヨウムが飛んできた方角を見やった。コンクリート打ちっぱなしの建物は、会社のようだ。近場に民家は見当たらない。

ヨウムは汚れておらず、眼にも輝きがある。大事にされている様子がうかがえた。

「家の方、絶対心配してるよ。帰った方がいい」

説得してみるも、ヨウムは陽気にステップを踏み、歌まで歌い出した。

「危機感がまったくない……。鳥さんに会えて浮かれるのかな」

伸びやかな歌声を披露するヨウムを注視していた鳳凰が嘆息する。

『ダメだ。このコは、己が棲家を覚えていない』

「あー……」

『それは仕方がないことです。人語を話せるからといって、知能まで高いとは限りませんからね。たいていの場合、ただ音を真似て発声しているだけですから』

「そうなんだ。ああ、そういえば、もしもの時のために、住所を覚えさせる飼い主さんもいるって聞いたことがあるよ」

『むむ、人間のくせに知恵が回りますね。案外この鳥も話すかもしれませんね……』

みなが耳を傾けると、ヨウムは張り切っておしゃべりをはじめた。

「脱いだ服はちゃんと片付けなさい! 何度言わせるの! もー、お父さんが今日も遅いからお母さんの機嫌サイアクじゃない、どこほっつき歩いてるんだか……。どうせパチンコでしょ、また貯金まで注ぎ込んでなきゃいいけど。さすがにしないでしょ、次やったら離婚だし――」

これ以上聴かない方がいいかもしれない。

「人語を真似できる動物と一緒に生活するのは、とことん危険だって、よくわかったよ」

湊は心に決めた。生涯話せる鳥類は飼うまいと。

「でもまぁ、ここまで話せるなら、重要な手がかりになりそうなことも言ってくれそうな気もするよね」

『ですが、延々と話させるわけにもいかないでしょう。日が暮れてしまいますよ』

麒麟が見上げた太陽は、かなり高度が下がっている。

通常、迷い鳥を見つけた場合、警察に届けるのが筋である。

しかし鳳凰目当てに脱走してきたのならば、人任せにするのはためらわれた。

できるだけ自力で捜すつもりだ。

『それにあてどなく彷徨うのは、徒労に終わるだろうからな』

渋い声を出す鳳凰の横で、湊は閃いた。

「あ、そうだ。ゴロウちゃんは?」

「わんわん!」

ヨウムが犬の声で吠えた。

「ゴロウちゃんって、もしかして一緒に住んでる犬の名前なのかな?」

湊が問うと、ヨウムは今一度吠え、麒麟も頷いた。

『おそらくそうでしょう。そしてこの吠え声、柴犬ですよ』

「さすが、麒麟さん! わかるんだね」

『もちろんです、わたくしめはなんといっても長なのですから! もっと褒め讃えてくださってもよいのですよ』

わんわん、と麒麟は寸分違わない発声で吠え、ふんぞり返った。

『ついでにいえば、小さい体の柴犬です』

「豆柴だね。犬種がわかれば家を見つけられるかもしれない。毎日散歩するだろうからね」

一同はひとまず、ヨウムが飛んできた方面へ向かうことにした。

右肩にピンクのひよこ、左肩に灰色のヨウムを乗せ、歩む湊の斜め後方を麒麟が闊歩している。

周囲は店舗と思しき建物ばかりとはいえ、犬を飼っていないと断定はできまい。湊はあたりへと視線を投げた。

「犬の散歩中の方がいたらいいんだけど……」

『この時間帯はいないのではないか。まだ日が陰っていないゆえ、散歩は厳しいだろう』

鳳凰が言う通り、いまは真夏である。外に出るだけで汗だくになる。

本来なら。

湊が至って涼しい顔をしているのは、鳳凰が触れているからだ。不思議と適温に包まれている。

「ああ、そうか。アスファルトが熱いからね」

とはいえ靴裏の熱気は感じていた。

そんなうだる暑さにもかかわらず、威勢のいい声が路地に響いた。

「うにゃーおぉぉ――」

「ふぎゃぁぁああっ」

道の脇で対峙する野良猫二匹が、揉めているようだ。ぶんぶんと尻尾を振り、段階的に声を高まらせ、まさに一触即発という雰囲気である。

が、二匹の声を上回るドラ猫の鳴き声が響き渡った。

「フシャーーーーッ!」

驚いた湊が振り返ると、麒麟であった。

『はいはいあなた方、あまりの暑さに苛立つのはわかりますが、喧嘩はやめましょうね〜』

耳を伏せて身を縮こまらせる猫二匹の前を、麒麟は悠々と歩いた。

そんなプチハプニングに遭遇しつつしばらく路地を進むも、残念ながら人とは出会えない。

「人通りの多い方にいってみようかな。このヨウムがいれば、いきなり尋ねても警戒されないだろうし」

『うむ、その方がいいだろう』

湊の案に鳳凰が同意すると、ヨウムも言う。

「おはよー!」

会話は成立しないが、気をつけていなくても肩から離れようとしないところは非常に助かった。

そんな一同の行く手に、人の行き交う通りが見えてくる。

その時、その通りを曲がった一人の子どもが、駆け寄って来た。

「お兄ちゃん! ひよこちゃーん!」

満面の笑みで手を振る少年は、見覚えがあった。

「あ、あの時の子だ」

『ああ、余が視える者か』

少し前、鳳凰と買い物に赴いた折、多くの人の前で湊の肩にピンクのひよこが乗っていると指摘した子であった。

『むむ、厄介な』

麒麟が湊の背後に隠れるも、優れた目を持つ少年が見逃すはずもない。

湊のそばまでくるや、頭を傾けて反対側をのぞこうとする。

「お兄ちゃん、今日は鹿ちゃんと一緒なの⁉」

「えーと……」

『なんという失礼な小僧でしょう。わたくしめ、鹿ではありませんよ!』

文句を言う麒麟は、少年から逃れるべく必死に湊を盾に逃げ回る。それを追いかけつつ、少年が言う。

「鹿じゃないの? でもひよこちゃんのお友達でしょ!」

「すごいな、わかるんだね」

「うん! 同じキラキラのお色がみえるもん!」

真珠色の粒子のことだろう。

少年は得意げに湊を見上げ、それから鳳凰を目にして、飛び跳ねる。

「ひよこちゃん、この前より大きくなってる! もっとキレイになったね!」

「口説き文句かな?」

冗談はさておき、湊は通りを見やった。少年が大声で騒ぐせいで、複数人から注目されている。

これはよろしくあるまい。

湊は膝を折り、少年と目線を合わせた。