軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23 陰陽師も退魔師もしぶとい

カウンターの向こうに食器棚がある。

山神が片方の前足をクイッと曲げるや、食器棚の扉が開き、いくつかの容器が飛んできた。

コトコトと座卓に一列に並ぶ、その数は三つ。

山神の湯飲み、湊のマグカップ、おちょこ。大中小である。

「その器は魂に内包されておるゆえ、 徒人(ただびと) には見えぬが、あえて可視化するならこれらがわかりやすかろう」

鎮座した山神が前足を挙げると、連動して湊のマグカップが浮いた。

「先日会うたろう、いづも屋の生臭坊主」

「生臭坊主って。あそこの店員さんはお寺の五男らしいけど……。まぁ、うん。それで?」

「あやつの持つ器は平均的な大きさで、お主のまぐかっぷ程度である」

「なるほど。あの方、霊力もお持ちなんだね」

他にも神や霊獣を察知できる感覚も優れている。異能の総合デパートみたいな方だなと湊は思った。

「うむ。して、あの眼鏡はこれぞ」

山神はおちょこを浮かせた。

マグカップと比べるのも気の毒な差があり、湊は微妙な顔をした。

「して、霊力ではないが、まぁ、似たようなモノであるお主の祓いの力の器は、これぞ」

音もなく入れ替わりに浮き上がった山神専用の湯飲みが、左右へ躍るように動いた。

差は理解できたが、湊は首をかしげる。

「俺の器は、大きい方なのかな」

「相当ぞ。まさに並外れておる。その大きさもさることながら、祓いの力の回復速度もそこそこ速い」

「ありがたいことです」

どなた様に感謝を向けていいかわからず、ひとまず眼前の大狼に手を合わせた。

目に痛いほどの後光がさす御身から視線を外し、 食器棚(住まい) へと帰っていく整列した三つの器を見送った。

どっこらしょと山神は座布団に身を横たえる。

「とはいえ、かの眼鏡の器は小さく、そのうえ回復も遅いが霊力の質はよい」

「質の良し悪しがあるんだね」

「左様。精進して磨き上げれば、質を向上させることができる。悪霊に数の暴力で攻められない限り、己で対処できよう」

「じゃあ播磨さんは、それだけ頑張ったってことか」

「うむ。いまなおであろうよ。日々の鍛錬が物を云うゆえ」

湊は口をつぐんだ。

己でできうる限りの努力をしても、それ以上は叶わない。ゆえに、湊の護符に頼らざるを得ない。

悔しいだろうと思う。

けれどもいくら邁進しようが、渇望しようが、手に入らない、ままならないことは往々にしてあるものだ。人間の手に負える次元の話ではない。

湊は新たな和紙へと手を伸ばした。

「今日は調子がいいから、できるだけ書いておこう」

筆を握り直した時、山神が裏門の方へと鼻先を向けた。

そこから一陣の風が吹き込んできた。

――ちりん!

風鈴が高らかになったと同時、ひらりと一枚の枯葉が敷地内に舞い降り、間をおかず湊の横髪もはねた。

『悪霊祓いを生業にしていながら、自ら悪霊を増やすなど、術者の風上にも置けないやつだな』

明瞭な播磨の声が聞こえ、湊は息を呑んだ。

聞き捨てならぬ内容に、和紙を握ったまま全神経を耳に集中させる。

その耳元で風の精が自らの口に手を当て、こそこそとささやくのを横たわった山神が見ている。

『術者だからこそ、だろうが。持てる力は遣ってなんぼだ』

吐き捨てような言い方であった。その中年男の声には、聞き覚えがない。

『泳州町は、先祖代々住んできた土地だろう。そんな大切な場所を悪霊だらけにして罪悪感はないのか』

――泳州町が悪霊だらけだと……。

湊の顔色が変わる。

『そんなものあるはずがない。ここが一番金儲けに適した土地だから住んでるだけだ。情なんかあるかよ』

中年男の居丈高な物言いを最後に、声は途切れた。

水音だけが木霊する中、湊は険しい顔つきをして、風の精はその場にとどまり続けている。

播磨と安庄の会話をわざわざ湊に届けに来たのは、もちろんただのイタズラではない。風の精も泳州町の惨状を憂い、憤っている。

ゆえに、湊の行動を期待していた。

座卓に広げられていた護符がかき集められていくのを見て、風の精は破顔した。

ため息をついた山神が身を起こし、泳州町の方角を見やる。

雷をともなう雨雲が海側から急速に移動し、町全体を呑み込もうとしている。滝のような雨が地上へと降り注ぐ様が、神の眼には明確に映っていた。

古めかしい日本家屋を背に、対峙する黒衣の男が二人。洋装の播磨と和装の安庄も肩で息をしている。

安庄が放つ無限かと思われるような悪霊を、播磨はことごとく祓っていた。

「そろそろ、諦めたら……どうだ」

言葉が途切れがちな安庄だが、その顔にはまだ余裕がある。

一方、播磨にはほとんど余裕がない。

手の甲に記されていた格子紋は消えてしまい、己が霊力を振り絞り祓っていた。

安庄が呪符を放ち、それが悪霊の姿へと変わった瞬間、播磨は印を結んで祓う。

「お前こそ、諦めろ」

こめかみを伝う汗を拭う余裕さえなかろうと播磨は吼えた。

二人の戦いは、どちらの霊力が先に尽きるかの様相を呈していた。

「これで最後にしてやる」

安庄が呪符を放った。

その直後、予期せぬ事態が起こる。滝のごとき雨が降り注ぎ、地に落ちた呪符の文様がみるみる消えていく。

所詮、通常の墨を用いて書かれた物だ。水に濡れれば、効力もろとも流れていくのは当然である。

場違いにも播磨は、ああ、そうだったなと思った。

なにせ湊の護符は水に濡れようが、こすろうが消えることもなく、それが当たり前になっていた。

どしゃぶりの雨に打たれたいくつもの呪符から墨が流れ出していき、まるで天は播磨に味方したかに思われたが、そうは問屋が卸さなかった。

「雨程度で、怯むかよっ」

安庄は懐から何かをつかみ出すや、地面に叩きつけた。

陶器の欠片が飛び散った途端、瘴気があふれ、播磨は飛び退る。黒煙と化した瘴気の中に何体もの悪霊の影がうごめく。

「いったいどれだけの悪霊を飼い慣らしているんだ」

家の塀を背にして、身構える播磨は戦慄していた。

通常、我欲でしか動かない悪霊を手懐ける術など、己の家に伝わっていない。播磨家は純粋な陰陽道を伝える家柄とはいいがたいが、他家の術でも見たことも聞いたこともなかった。

だが、それは致し方ないことでもある。その家固有の術は秘されるものだからだ。

とはいえ、やはり悪霊であった。式神のように命令に忠実に動くようなことはなく、いくつも敷地外へと飛び出していった。

それでも敷地内を埋めるほどの悪霊が残り、しかもいまだ割れた陶器から悪霊が無限のように湧き出てくる。

播磨の顔が苦痛にゆがむ。もう立っているのもやっとの状態であった。

霊力は、ほぼ尽きた。しかし、この惨状をただ手をこまねいて眺めているだけなど、できるはずもない。

襲いかかってくる悪霊をかわし、大口を開けて突進してくる悪霊をかいくぐり、播磨は震える指で印を結んだ。

割れた陶器に狙いを定めた。陶器もろとも悪霊の塊が吹っ飛ぶ。

元は断ったとはいえども依然として絶え間ない雨、瘴気、悪霊で視界はまったく利かない。

――安庄は、どこだ。

全神経を総動員して探る。大気の流れを読み、かすかなる足音を聞き、生者の息遣いを――捉えた。

播磨の身体が掻き消える。

「うぐッ!」

木戸門から出かけていた安庄の両足が地面から浮き、身体がくの字に曲がった。

その腹部に播磨の脛がめり込んでいる。和装に包まれた身が後方へ吹っ飛び、地面を転げ回り、家の壁に激突。壁に寄りかかる姿勢で動かなくなった。

「――最後が力技とは情けないな……」

使えるものは使うべしがモットーの家柄ゆえ、さしたる羞恥はない。

播磨はこうべを垂れた安庄を一瞥し、あたりを見やる。悪霊はほとんど敷地外に飛び出していたが、祓われていた。おそらく一条によるものだろう。

けれども何体か残り、瘴気も完全には祓いきれていない。

いくら一条といえども、疲弊してきているのだろう。

播磨は己が手を見下ろした。震えが止まらない。

父の忠告が頭をよぎった。だが、やらないわけにはいかない。

一度固く拳を握りしめ、敷地内に浮遊する悪霊を祓おうとした。

が、片膝をついてしまう。落ちそうになる瞼を必死に持ち上げるその視界に、安庄の面がかすかに上がるのが映った。

「ふ、ふざけ、やがって、このまま終わる俺じゃないんだよ……ッ」

その手には、重ねた呪符で封をされた小ぶりな壺がある。それが手ごと地面に叩きつけられた。爆発するように瘴気が拡散し、ふたたびあたりが闇に包まれた。

そして、その中心に黒い巨人が立っている。

「あの男、どこまで足掻くんだ……!」

地に両手と両膝をつけた播磨が見上げるはるか彼方で、二つの赤い眼光が光った。