軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 再会と別れ

「セリならこの子と話せるよね」

いつもの頼れるセリを期待を込めて見やるも、首を左右へ振られた。

「ダメです。拒否されます」

「他の神様の眷属だから?」

「いいえ、それは関係ありません。この子が幼すぎるのです」

「さっきトリカもそういってたね」

湊にしてみれば、不思議だ。同じ眷属たる立場のセリたちは生まれてまもなく楠木邸に山神が連れてきた時、すでに成体だった。

言葉も動作も不自然なところは何一つなく、人や動物ではありえないから、これが神の眷属なのかといたく感嘆したものだ。

それに比べてネズミはどうだ。本当にただの動物の幼体にしか見えず、よほど集中しなければ、神の眷属とさえわからない。

手に伝わってくる感触も頼りなく、あっさり握りつぶせてしまえそうで怖くなる。

「大丈夫だよ、セリたちはテンの姿をしてるけど、キミを食べたりしないよ」

穏やかな声で伝えると同時に、テン三匹がさらに距離を開けた。

ようやく震えが収まったネズミは小さく鳴いたあと、身を伏せて動かなくなってしまった。こちらの言葉はいちおう理解はできるようだが、これでは埒が明かない。

テン三匹が顔を見合わせる。

「まぁ、湊を恐れないのでヨシとしましょう」

「だな。逃げ出さないだけマシだろう。世間知らずのようだが、加護がたくさんついてる湊なら警戒しないみたいだな」

セリに続いて、トリカもさらりと告げた。

「呼んだ時、来てくれるかわからなかったからよかったよ」

湊が苦笑する中、ウツギだけはむくれて砂を引っ掻いている。

「湊、その子はおそらく神から記憶や知識を与えられていない個体です」

セリに教えられ、湊は指先でネズミの背中をなでつつ、訊いた。

「そんな眷属もいるの?」

「はい。眷属をどういう状態で生み出すか、神によって違いますから」

「だな。むしろそのネズミのほうが一般的だといえる。中には、本物の動物や人と同等のまっさらな赤子を生む神もいるからな。我らのように、最初から不自由なく生きていけるようにつくられるほうが珍しいんだ」

トリカが補足してくれた。

「そうなんだ? あ、わかった。山神さんが自分で面倒を見なくていいようにするためか」

三匹が深々と頷く。

「その通りです」

「よくわかっているな、湊」

「伊達にそばにいないよね。あの面倒くさがりな山神が、甲斐甲斐しく子育てめいたことするはずないよ〜」

セリが湊の両手を見上げる。

「とくに我らは山神のはじめての眷属でしたから、任せられる先達がいなかったというのもあります。眷属はたいがい上が下の相手をしますので」

「人の兄弟みたいだね」

「そうですね。――ともかく、その子のように自らさまざまなことを学ぶようにさせるほうが断然多い。神はその成長過程を楽しむのです」

「なるほど」

「と、知識では知っています」

「あれ? ウツギは知らないんだよね?」

「――うん、知らなかった」

不満げに砂をつつくウツギをトリカが見やる。

「我らに与えられた知識らは平等じゃないんだ。山神の過去の膨大な記憶を全部詰め込まれてもいないし、それぞれに半端に振り分けられた知識もある」

「それはあえてなのか、それとも適当だったからなのか」

湊がつぶやくと三匹が遠い目になったところからすると、山神の雑さに起因するようだ。

「それはそうと、この子どうしようかな……」

湊が困りきった声を出した時、またも風が吹いた。

今度は海からだ。今し方と異なり、荒々しさはない。

ゆるやかな風の中に風の精の感情――喜びが含まれていると、湊は肌で感じた。

そして、片側の耳上の髪が跳ねる。

「クル!」

「クルよ、クル!」

相次いで風の精が、耳元で教えてくれた。

彼らは人語が得意ではないため、ほとんど片言の単語しか話さない。

何がくるのかわからないが、弾んだ声調からもいいモノだろう。

湊とテン三匹が、海に向き直った。

遠き沖――海の上に金色の光が見えた。一直線に陸に向かってくる。尖る魚の背ビレが海面を切って走り、見る間に近づいてきて、波間から一匹の大魚が躍り上がった。

飛び散る水滴。煌めくそのしぶきを凌ぐ桜色の魚体。

御大層な鯛だった。それを目にした湊の頬がほころんだ。

「えべっさんのとこの子だ」

ともに温泉につかった仲である。見間違えるはずもない。

加えて、湊は悟った。白いネズミの眷属といえば、思い浮かぶ有名な神がいる。

そして、その神と仲がよいらしいえびす神の眷属がやって来たのならば、間違いなかろう。

湊は両手を掲げ、ネズミと目線をあわせた。

「キミ、 大黒(だいこく) 様の眷属?」

七福神の一柱、大黒天。

その眷属たるネズミが勢いよく身を起こし、

「ちち!」

とうれしそうに鳴き、軽く飛び跳ねた。

波打ち際まで泳いできた鯛は、そこに垂直に立った。シュールな絵面だと思いつつ、湊は波が当たらない位置で声をかけた。

「久しぶり、元気だった?」

鯛は口を開閉し、横ビレと背ビレを広げた。

そう、この鯛も人語を話さない。しかし、四霊のように己が部位を駆使してこちらに応えてくれる。

そのうえ、あえて聞かずとも、力強い泳ぎと背後からの波に微動だにしない佇まい、陽光を弾く魚体がとっても元気だと物語っていた。

鯛が湊の両手を見た。

「その子を迎えに来たそうです」

傍らに立つセリが通訳してくれた。

「そっか。――よかったね、おうちに帰れるよ」

ネズミに話しかけると、喜ぶかと思いきや、手の中でじっとしている。どこかバツが悪そうに見えた。

鯛が顔をセリへ向けた。

「昨日、大黒天の眷属たちだけでここを訪れたらしいのですが、その時、勇んで駆け出したその子だけがはぐれてしまったそうです」

「あー……」

「なにぶん現世がはじめてだったようで……」

「まぁ、うん、しょうがないよね。物珍しかったろうし、若いならなおさらに」

「ちちち!」

眼を煌めかせたネズミが手をカリカリと引っ掻いてくるが、心情はわからなかった。

「湊、えびす神の使いが申しております。保護してもらって大変助かったと。それからつれて帰るから、こちらにネズミを渡してほしいと」

セリに促されて見れば、鯛は大口を開けて待ち構えていた。

「――そこへ入れろと?」

思わず湊は両手を己に引き寄せていた。いちおう鯛の体の構造が摩訶不思議なのは知っている。

その口にえびす神が手を突っ込み、焼き立てのたい焼きを出してくれたし、えびす神がその口にじゃばじゃばとビールを注いだら、空中で舞い躍っていたのも見ている。

「湊、大丈夫ですよ。かの眷属は、体内に 自室(神域) を持っていますから」

「――わかった」

セリに諭され、ネズミと視線をあわせた。

「じゃあ、またね」

「ち!」

「あんまり大黒様と他の眷属たちに心配をかけないように」

「ち〜」

ネズミがそっぽを向いた。案外気が強いのかもしれない。

それから、ネズミを体内に収めた鯛はくるりと身を翻し、浅瀬を体をくねらせて泳いでいく。海中に達したあと、見えなくなったと思ったら、高く跳んで海上に躍り出た。

再び潜っていくのを湊とテン三匹が見納めた。

「あ、あの子がどこから来たのかを訊いてみればよかったな」

湊がいうと、トリカがなんでもないように答えた。

「大黒天御一行が竜宮城に遊びに来たついでに陸地にも上がるか、というノリでこの砂浜を訪れたらしいぞ」

「――ということは、この近くに竜宮城があるってこと?」

そうだ、山神も告げていたではないか。楠木邸の竜宮門からつながる竜宮城は隣町にあると。

トリカを見やると、セリとウツギと一緒になって両眼をしならせ、ニンマリと笑った。