作品タイトル不明
村のとある日常
クロが旅立った。
本気でダイエットに 励(はげ) むようだ。
今回はすぐに帰ってこられないように転移門を使って温泉地に行き、そこから大樹の村に向かって歩いて戻ってくる行程。
そして、その間の食事は全て自分で狩って得る。
同行者を一切断った姿勢に、やる気を感じる。
今度こそダイエットに成功するのではないだろうか。
まあ、危険な目にあわないか心配ではあるが……クロなら危ない相手と遭遇しても無理に戦ったりしないだろう。
そのあたりは信頼している。
……
ところでアン。
珍しいな、クロの子供たちがやっているギャンブルに参加するなんて。
ギャンブルとかには興味ないと思っていたのに。
「勝敗が決まっていますから、ギャンブルではありませんよ」
決まっているって……
失敗に賭けているということは、絶対に失敗すると?
「はい」
さすがにそれは酷いんじゃないか?
今回のクロはやる気だ。
間違いない。
「そのクロさんは出発前、厨房に寄りました」
……え?
「そして、 味噌(みそ) を持っていきました」
味噌?
調味料の?
「はい。
小さい樽一つ分」
えーっと、狩りで獲物を得られなかったときのことを考え、保存食的に味噌を持って行った可能性はないか?
「本当にそう思います?」
……
クロなら、魔法で火も水も出せる。
石焼きの方法も知っているだろうから、適当に穴を掘り、水と具材と味噌を入れ、焼いた石を入れて料理する姿が思い浮かぶ。
クロよ。
ダイエットは言い訳で、ただ独身気分を味わいたいだけじゃないか?
ずるいぞ。
俺も連れて行ってほしかった。
ともかく、俺も失敗に賭けさせてもらおう。
クロの子供たちは成長が早い。
あっという間に大人と同じサイズになる。
だが、体は大きくなっても精神はまだまだ子供なのだろう、好奇心が抑えきれず、また自制も利かない。
なので、若い個体は簡単に見分けることができる。
鬼人族メイドが洗濯物の入った 籠(カゴ) を持って歩いていると、一頭のクロの子供が不意に正面から飛びかかった。
鬼人族メイドを驚かせるつもりだったのだろう。
しかし、鬼人族メイドも慣れたもので、慌てずに洗濯物の入った籠を持ったまましゃがんでクルリと体を横に回転。
飛び掛かったクロの子供の太ももに、鬼人族メイドの腰を横から当て、クロの子供を転がせる。
転がった程度ではダメージを負わないクロの子供は、転がされたことを新しい遊びと思い、再挑戦……するまえに、鬼人族メイドからの一言。
「お座り!」
その言葉に動きを止め、素直にお座りするクロの子供。
「洗濯物を持っているときは駄目だと言っているでしょう。
夕食、抜きです」
クロの子供が、おもしろいぐらい動揺した。
まわりに助けを求めると、巻き添えは困ると離れていく。
あ、俺を見つけて、全力でやってきた。
くぅんくぅんと悲しそうな声を出されても、困る。
頑張るけど、期待はするな。
夕食抜きは撤回できたけど、調理されていない生肉になった。
無力な俺を許してくれ。
自分で焼くのはかまわないが、外で頼むぞ。
屋敷内だと火事になるから。
そして、悪戯は駄目だぞ。
若いから仕方がないと思うけどな。
クロイチやクロニ、クロサン、クロヨンも悪戯ばかりだった。
ああ、作業中の俺によく後ろからぶつかってきてな。
クロイチが一番、多かったと思う。
ウルザたちはクロイチを落ち着いているとか、冷静だとか言ってるけど、俺にすれば子供のころの姿がなかなか消えない。
好奇心 旺盛(おうせい) でやんちゃだった。
おっと、クロイチがこっちを見ているからこの話はここまで。
反省はしっかりするように。
姉猫の大きな鳴き声が屋敷に響いた。
尋常じゃないほど大きい、怒りの鳴き声だ。
姉猫が怒ることがあったようだ。
俺はどうしたんだと鳴き声のしたほうをみると、フェニックスの雛のアイギスが飛んできた。
そして俺の姿を見て、安心すると同時に俺の頭に着地した。
……
お前が原因か。
アイギスの返事より先に、姉猫のミエルがやってきた。
その態度でわかる。
めちゃくちゃ怒っていると。
俺の言い分なんてどうでもいいから、さっさと頭の上のアイギスを差し出せと目で訴えてくる。
あー、うん、これは駄目だな。
完全にアイギスが悪いのはわかったが、渡すとアイギスが酷い目にあう。
とりあえず、理由を確認しよう。
アイギスはなにをしたんだ?
ミエルの案内でやってきたトラブルの発生場所は、ソウゲツの部屋だった。
そこにラエル、ウエル、ガエルがいた。
立入禁止の部屋に入り、横になっているソウゲツを 慰(なぐさ) めている様子からただごとではない。
アイギスがソウゲツになにかしたのか?
ミエルが 顎(あご) でソウゲツの太ももを指示する。
ん?
ソウゲツの太ももの一部の毛がなくなり、肌が見えていた。
……
なくなっている毛の量から推測すると、この太ももの場所でアイギスが昼寝。
寝ぼけて発火。
ソウゲツの毛を燃やしたということでいいのかな?
鷲(わし) が世界樹の葉を咥えてやってきたことから、正解のようだ。
とりあえず、世界樹の葉でソウゲツの治療。
火傷(やけど) はないようだが、一応な。
毛は……世界樹の葉で治るだろうか?
治ってもらいたい。
そして、アイギスはソウゲツに謝罪。
よし、しっかり謝れたな。
ミエルたちも、これで許せとは言わないが、暴力的な 報復(ほうふく) は止めてもらえると助かる。
アイギスはソウゲツに接触禁止?
よし、アイギスは次の春まで接触禁止だ。
もちろん、ソウゲツの部屋への立ち入りも禁止。
ん?
期限付きは甘い?
無期限の接触禁止を要求?
気持ちはわかるがな、ソウゲツが求めるならともかく、お前たちからの要望ならこれぐらいだ。
それに、お前たちが問題を起こしたときのことを考えれば、これぐらいにしておくべきじゃないか?
お前たちがなにかやったとき、ソウゲツと無期限の接触禁止とか言い渡されたくないだろ?
まあ、なにかやらないのが一番だが……
よし。
わかってもらえてうれしい。
では、次に俺からアイギスに罰を与える。
そう、アイギスに罰だ。
寝ぼけての発火だろ?
今回の被害はソウゲツだけだったが、場合によっては火事になる可能性もあった。
さすがに見逃せない。
ちゃんとコントロールしてくれないと屋敷で生活させないぞ。
まあ、そのあたりは、必死に謝っている鷲に指導を任せるとしてだ。
罰として、この夏のあいだは風呂のお湯を沸かしてもらおう。
ぐつぐつに熱くすればいいってもんじゃないぞ。
人が 浸(つ) かれる温度にしてもらう。
苦手だろうけど、これもコントロールの訓練の一環と思って受け入れるように。
よろしい。
アイギスもさすがに反省したのか、真面目に風呂のお湯を沸かしている。
まあ、少し熱めのお湯の日が続くが……我慢しよう。
夏の夜風に当たりながら、いつもいる場所にクロがいない寂しさを感じる。
ああ、クロの分までユキが相手をしてくれるんだな。
ははは。
クロがいないと、ユキも甘えてくるんだな。
よしよし。
クロのダイエット失敗だったら、笑ってやろうな。