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私は忠告しましたよ?

作者: へんりん毎朝7時投稿

本文

「止まりなさい!」

私は馬車の前に両手を大きく広げて立ち塞がる。私の後ろには地面に倒れている平民の子供。明らかに子供をひき殺す速度だった。

御者は私の顔を確認したからなのか、思いっきり急ブレーキをかける。馬が慌てふためきながら動きを止め、王家の紋章が刻まれた馬車が大きく揺れながら止まる。

「何事だ!」

馬車の扉から外に顔を出す若い男が一人。私の婚約者のクズデー第一王子だった。

「おい御者!急に止まるんじゃない!俺を怒らせたらどうなるか分かっているのだろうな!」

「で、ですが人が」

「おい、何度言わせたら分かる。俺の快適な移動とそこら辺の平民の命。どっちが大事だと思ってるんだ!道にいるそいつが悪いんだ。ひき殺して構わんと何度も言っているであろう!」

「クズデー様!そのようなお考えはお止めください!民を大切にしなければ、いずれ大事になります!」

あり得ない。クズデーは一体何を考えているのだろうか。民は国の血液なのだ。血液の循環が滞れば、そのうち死ぬことになるのに。そんな初歩的な事も分かっていない。

「ッチ。なんだお前かアリシア。公爵令嬢ともあろう者が、こんな平民だらけのゴミ溜めで何をしている?よほど暇なのだろうな?」

「協会実施の炊き出し活動に参加していたのです。――ここをゴミ溜めなどと言うのはお止めください。民が懸命に暮らす場所です。軽んじることは、例え王族と言えど許されることではありません」

私の事を暇だのなんだの言う前に自分の生活を見直すべきだろう。王子とは名ばかりの、内政にも外政にも全く関わっていない、ただのぐーたら紐野郎ではないか。周りにいる平民の皆の方が、よほど国にとって有意義な存在だ。

「さっきから、お止めくださいお止めくださいって、本当にうるさい女だなぁ!」

クズデーは苛立った口調でそう言うと、馬車を右手で一度殴った。

「お前の方が何も分かっていないのだ。そんなゴミ一つの命を助けていい気になりやがって。――今に見ておけ。今日の出来事、必ず後悔させてやろう。おい御者、出せ!」

クズデーはそう言うと、馬車から乗り出していた体を引っ込める。御者は申し訳そうな顔をしながら、私の横をゆっくりと歩み、王城へと帰っていった。

それから数日後、クズデーの御者は死刑となった。

馬の扱いが横暴で、馬車に乗っていたクズデーが怪我をしたという理由で、無理矢理国家への反逆の意思があったと結論づけられた。

御者の死刑が通達されると同時に、クズデーから紙切れ一枚の手紙が来た。

『一人の命を救ったと喜びの日々を送れていたか?ざんねーん!お前のせいで一人死にましたー!』

汚い字で、それだけが記されていた。

私は衝動的に紙切れをくしゃくしゃと握りしめた。

気が付いたら爪が手のひらに食い込んでいた。ポロポロと涙が止まらなかった。

悔しいのか、悲しいのか、自分でもよく分からなかった。

でも、彼の側から私の心は完全に離れた、それだけはよく分かった。

******

それから数年の月日が流れた。

あれからもクズデーは特に変わることはなかった。私は直接彼に言うことはなくなり、陰ながら平民を守った。立場の弱い人をかくまった。

今日は戴冠式だ。民衆の前で王が王子に冠を譲ることによって、公式に王位継承を宣告する日だった。

今代の王は子供に恵まれなかった。長男のクズデーが生まれた後、王妃は子供を身ごもらなかった。妾も何人かいたが、全員子供を身ごもることはなかった。

だからこんなクソの掃き溜めみたいな奴が、王位を継ぐこととなってしまっているのだ。

「戴冠式が終わったら、お前との婚約は破棄だ」

クズデーは式開始前、私にボソッとそう言った。

私は特に何も言わなかった。

式は途中まで滞りなく進んでいった。事件はいざ戴冠を行うとなった時におきた。

民衆が問題を起こさないよう、王や王子の周辺には当たり前だが誰も近づくことはできない。衛兵による厳戒な守備体制が展開されているのだ。近づこうとした者は、すぐに捉えられてしまう。

そのはずだった。

「なんだこのガキ!衛兵!こんなとこに変なガキがいるぞ!追い出せ!」

クズデーが大きな声を出す。

不思議なことに衛兵の包囲をするりと躱した少年がいたのだ。子供だからと見過ごされたのか、衛兵の中にその少年を誘導した誰かがいたのか、今でもよく分かっていない。

「と、父さんの敵!」

そう言って、少年は懐からナイフを取り出す。衛兵の動きが少し遅れる。クズデーの脇腹にズプリと刺さる。クズデーは地面に尻もちをついた。

妙な静寂の後、会場はわれんばかりの大騒ぎになった。衛兵が少年を素早く拘束する。

「このクソガキが!やってくれたな!」

クズデーが尻もちをついたまま叫ぶ。脇腹をかすっただけで命に致命傷はないようだ。

と、思ったのもつかの間、彼の口から傷からは想像できない量の血があふれてきた。毒だ。クズデー専門医が駆け寄る。

「これは、狩猟用に使われる決壊毒ですな。このまま放置すれば数時間で死に至ります。――なに、平民の皆の家に解毒剤はありますゆえ、そこら辺の平民からもらえば良いでしょう」

専門医がそう言う。そもそもこの男が持っておけば、民から解毒剤をもらう必要は無い。だが、後から聞いたところによると、平民が使う民間療法の解毒剤は汚らわしいから携帯したくないのだとかで、医者なのに解毒剤を常備していなかったのだ。さすが、クズデーの選んだ専門医だけある。

「そうか。おい!薬だ!俺のために薬を持ってこい!」

クズデーが口から血を流しながらそう叫ぶ。

しかし民衆は動こうとしない。ただただ沈黙が通り過ぎるだけ。

「おい!動け!ゴホッゴホッ!わかった!持ってきた奴には金貨10枚をやろう!お前達じゃ一生手に入らない大金だぞ!」

金の力にすがっても、誰も動こうとはしなかった。

皆、ただ彼が苦しみもがいている様をジッと見つめていた。貴賓席にいた貴族達も、ほんの一部慌てふためいている者を除けば、皆動くことはなかった。

「わかった!金貨100枚、ゴホッ、いや1000枚やろう!!――動けよクズ共!俺は国王となる男だぞ!お前らクズとは命の価値が違うんだよ!ゴホゴホッ!助けろよ!助けてくれよ!」

クズデーはそう言って、地面を何度も殴る。尻をついた状態で、足を何度も地面に叩きつける。

涙を流し、顔をグチャグチャにしながら、何度も叫ぶ。何度も何度も繰り返し……

何十分そうしていただろう。フッと、糸が切れたようにクズデーが動かなくなり、地面に突っ伏した。動いたことで急激に毒が体内を駆け巡ったのだ、と言われている。

専門医が心臓の音を確認し、静かに首を振る。第一王子の死亡が確認された。

「……私は忠告しましたよ?」

貴賓席の一つにゆったりと腰掛けながら、私はポツリとつぶやいた。