婚約者はわたくしが毒杯を賜ることをご所望のようです
作者: 愛猫家 奴隷乙
本文
「私はエリステレジアとの婚約を破棄し、そこな男爵令嬢、ミリアとの婚約を結びたいと思っております」
分かっていたとは言え、頭を抱えたくなる発言を堂々としてのけたのは、わたくしの婚約者であるアルデン・コンドラート第1王子殿下でしたわ。
ことの顛末を遡れば、わたくし、ザクスラント侯爵家の次女エリステレジアとアルデン殿下との婚約は、政略というには味気ない理由で決まりましたの。
王子の年回りで相応しい高位貴族家の令嬢がわたくししかいない、という身も蓋もないものでしたわ。
ですけれど、アルデン殿下はわたくしとの婚約を露骨に嫌がっておりました。これはわたくしの生母である侯爵夫人が元をただせば子爵家の出身だったという、とてもくだらないものでした。
王族、高位貴族ともに、姻戚関係を結び、繋がりを強固にしつつも、血統を守ることを第一にしていたのですが、そのことで、些か血が濃くなり過ぎたのです。
血の災いと呼ばれる先天的な障害を持つ子や、死産、それも母子ともに儚くなることが散見されるようになると、高位貴族の当主たちは尊き血を選ぶことよりも、家の存続そのものを重要視しだしまして、といって、外聞は御座いますから、男爵や子爵の子息子女を一度、伯爵以上の家に養子入りさせ、必要な教育を施してより、婚約することが増えましたの。
わたくしの母もそのような理由で、元より優秀であったこともあり、子爵家から侯爵家寄り子の伯爵家へと養子入りしての成婚だったのです。
だというのに、王子である自分に相応しくない下賤な血が混じっていると吹聴して憚りませんでした。国家の臣であり、なにより、領土を預かる封土貴族を男爵や子爵というだけで軽んじることはありえないというのに、その事に思い至らないのです。
元々は立太子する王子の婚約者として、後々は王族となり、王妃となる予定でしたが、どれだけ教育しても愚かなままの婚約者に、王家も侯爵家も愛想を尽かし、いずれは婚約を解消するか、との打診もわたくしにはありましたが、王家の血を残すこと、わたくしの生母の血統も混ざることの意味も大切な国の未来であると、わたくしから婚約の解消はしないことを述べましたら、王家の直轄地の中でも、取り分け利のない場所に代官をおき、王位継承権を有する公爵家として封ずることに落ち着いておりましたの。
でしたのに、王侯貴族の子息子女の通う学院に入ると、一つ下のオルグレン男爵家の令嬢に首ったけになり、終始付き纏う始末、あれだけ下賤の血などと仰っておきながら、今度はわたくしの母が子爵家出身だったことを例にとって、王家も血の開拓をせねば将来が危うい、などと都合のいい主張で正当性を訴え始めたのです。
幸いにして、ミリア様は大層まともな方で、王族に付き纏われ、断ることも出来ずに迷惑しているだけの被害者でしたので、不始末は全て殿下1人のものでしたの。
ですから、ミリア様から、殿下が婚約破棄を企てていると報告を貰いまして、その詳細を伺った上で、王家としても侯爵家としても、そのようなことで社交界で汚点をつける訳にも行かず、関係者を集めての「清算」をすることと相成ったのです。
王宮の1室、それなりの広さを部屋に関係する人間が集められ、着座しております。
両陛下に、アルデン殿下のほか、第2王子殿下や第1王女殿下もいらっしゃり、侯爵家であるわたくしの両親に勿論のこと、わたくしもおりまして、オルグレン男爵家もご両親共々、ミリア様といらっしゃっています。
その他に公証人が1名、書記官が2名、法務に携わる文官が2名、更に婚約に関することであるために教会より、司祭が3名と随分な人数が会の始まりを待っていたのです。
そして、陛下からの、申したい事があるのだろう。この機会に述べてみよとのお言葉を貰って、我が意を得たりと得意顔の大音声で宣言されましたのが、先の発言でございましたわ。
ただでさえ、頭を抱えたくなる問題発言ですが、その上、ミリア様が仰っていたところでは、アルデン殿下はとんでもない勘違いから、ありもしない事実を元に、荒唐無稽な計画をしているそうで、とは言って、これだけの人間が集っている中では、これ以上は巫山戯た発言は控えると、そう考えた矢先でした。
「エリステレジアは王太子妃となるべく、公務も行い、王家に関わる秘事も学んでいるはず、私との婚約が無くなれば毒杯を呷り、神の御下へと旅立たねばならないところであろうが、どうか、父上の恩赦を賜りたい」
ミリア様のお話では、この口上を王家主催の夜会にて為さるお積もりだったと伺っておりましたが、まさか本当に仰るとは思いませんでした。
そして、この口上が、寛大な自分を演出しつつ、結果的には王家の決まりを覆せず、わたくしが処刑され、排除されることが既定路線となることを見越したものという、希望的観測としてもお粗末な理由からだと言うのですから、同席する皆様の心持ちも表情も鉛が沈むように淀みましたわ。
「お前の気持ちはよくわかった。ザクスラント侯爵息女、エリステレジアよ、そなたの意見を聞こう」
多分に空気を含んで、掠れた声で憑き物を落とすように陛下はわたくしへと問い掛けました。
ミリア様のお話では、アルデン殿下は市井で流行っている物語に傾倒しているそうで、物語が悪いとは言いませんが、階級意識の塊のような殿下がなぜ、市井で流行りの物語に触れ、嵌ったのかは謎過ぎます。
それはそれとして、物語の中では成立する話も、現実ではそうは行きません。わたくしが毒杯を賜るだろうという予測も、どうやら物語の中のお話からのようなのですが。
「御高配を賜りまして、御礼申し上げます、陛下。わたくしから、アルデン殿下にいくつか質問しても宜しいでしょうか? 」
陛下のお言葉にたいして、答えを返す前に殿下への質問を要望してしまいましたが、わたくしの意見を述べるにも、殿下の認識の確認が先であると、失礼を承知で述べますと。
「構わぬ、なんなりと訊くがいい。アルデン、お前も嘘偽りなく、淀みなく全て答えるように」
陛下はあっさりと了承してくださりました。突然、陛下より、何なりと答えよと申し付けられた殿下はすこしばかり顔を歪められ、釈然としない様子でしたが、わたくしは構わず問いを投げました。
「でしたら、殿下。まず、大前提として、わたくしが処刑されるという契約は勿論のこと、口約束程度のものすら、王家と我が侯爵家のあいだで結ばれたことは御座いませんのに、何を持って、そのような勘違いをなさっておられるのです? 」
この問い掛けに、殿下はいくつかの理由を上げて答えられました。
「それは王太子妃となるのだから、当然に王家のしきたりなど、秘事も学ぼうもの、それに公務も行っていると言うし、そうして知り得た機密を外部に漏らさぬために、毒杯を賜るのも致し方ないと……」
周りの方々の言いようの無い威圧的な空気に押されたのか、殿下のお言葉は尻窄みとなりましたが、詰まる所は市井の小説の受け売りを鵜呑みにされてしまったのだと証明されたようなものでした。
「恐れながら殿下、殿下は立太子しておられませんし、わたくしはただの婚約者で御座いますから、わたくしの立場は第一王子の婚約者、というものに過ぎません、ですから、王家の門外不出の秘事など、教えて頂く権利も義務も持ち合わせておりませんの」
わたくしの返答に殿下は困惑しながら、反論いたしました。
「と言って、公務をこなしていると……」
「ええ、ですが、孤児院や傷病軍人の慰労、慰問や、王家主催の催しでの挨拶などで、実務に携わることなど、任されてはおりません」
そう言われて殿下は下を向きました。
傍目には、当然の事柄に今更気付いたのだと見えるでしょうか、ですが、殿下より背も低く、丁度向かいに座ったわたくしには、その表情は違って見えました。
ですから、ここからの口上は元々は殿下に言い含めるためのものと用意しましたが、必要ないでしょうか。
「私の愚かな間違いで臣を割るかも知れなかったのだな」
だと言うのに、殿下は確認するように、わたくしに続きを促して来たのです。
「えぇ、たとえ、殿下の言う通り、わたくしが機密に触れていたと仮定しましても、殿下側の都合で、何の瑕疵もない令嬢を処刑しては諸侯たちは王家に不満を持つでしょうし、何より、王家に娘を嫁がせる家は無くなりますでしょうね。王家側の都合で娘が処刑されることも含んだ上で王家と繋がりを持つことを是とするなら、忠誠の証に娘を贄に捧げる家と謗られましょう」
この言葉に殿下は深く息を吐き出してより、顔をお上げになって、わたくしに謝罪をされました。
「全くそのとおりだ。私は何も見えていなかったようだ。これでは王となるには不足であろう。ザクスラント侯爵令嬢、本当に申し訳なかった。私は王位継承に関わるすべてを放棄し、臣として国に仕えるとここに誓約しよう」
この言葉にわたくしを含めて、この場の一同が驚愕する中で、第2王子殿下が呆れたように話し出したのです。
「さっき、ほくそ笑んでいたのが見えておりましたよ。因みにザクスラント侯爵令嬢もそれを見かけて困惑していたようです、兄上」
注目を集めた第2王子殿下は、意に介さず、何処を見るともない様子で語り続けました。
「婚約者が決まる少し前から、お前の方が王に相応しいと言い出して、父上にも何度か具申されて、どちらも袖にされたからと、愚かに振る舞って、そこまで継承を拒むならと、立太子することは諦めましたのに、まだ愚かに振る舞われて、何が目的なのです」
ただ、愚かな人だと思っておりましたが、そうではなく、敢えて演じていたのだと知り、何故か不安と気持ち悪さが感じられ、わたくしは寒気のようなものに震える感覚に陥りました。
目の前の殿下は少しの間、黙してやや虚空を見やっておりましたが、突然に破顔して笑い声を上げられると、嬉しそうに語り始めました。
「父上、父上は昔、レールの上で生きるのが息苦しいといって、歩く道も無い荒野を彷徨う人生に比べれば、遥かに幸せではないか、そう私を諭しました」
突然の語りかけに陛下はただ、あぁ、と零すように返されましたが。
「確かにそれは真理でしょう。明日どころか、今この時の一食にさえ、ありつけず、生きる道が霞の中にある者からすれば、私は恵まれた人間です。ですが、王族として生きる、窮屈なしきたりと、しがらみに塗れて生きることは、私には監獄の中で生きることと何一つ変わらない。弟よ、何が目的と言ったか」
笑顔を向けられた第2王子殿下の表情は呆れにも、怯えにも、そして、悲哀にも見えました。
「私は王族として生きるなら、処刑されて来世に生きたい。たとえ、輪廻の罰を受け虫になったとして、そのほうがマシだ」
あまりの言葉に場が時を止める中、静まった世界を割るように陛下の声が聞こえました。
「何故だ、なぜ、そこまで王家を忌み嫌うのだ。自ら愚者を演じ、排斥される事を望むなど」
疲れ切った声に対して、殿下の声は明るく、それでいてかすかに震えておいででした。
「ミリア嬢は殺さぬのだなと思っておりましたが、私のかつて恋した娘を排したのは父上ではありませぬか、それを、まさかお忘れとは、都合の良い現実をおつくりになれる方は、頭も都合が良いらしい。私には出来なかったのですから」
そう言ったあと、上を向かれた殿下は殊更に明るい声で、やっぱり王に向いてないのだと、そう呟いたのです。
集まりは、殿下の発言についてろくに説明のないままに解散となりました。
わたくしとしてはミリア様は殿下と添い遂げるおつもりも無いのですし、殿下も勘違いがおわかりになれば、必然として、わたくしとの婚約をお続けになると思って、そうして八方おさまれば幸いと考えていたのですが、とても、そのように収まるとは思えない状況になってしまいました。
従者を除けば1人で佇んでいたところに第2王子殿下が通りかかられて、何と訊いて良いのかと思い悩んでおりましたが。
「訊かないほうがいい、兄上が口走ったのは、ただの妄言だ、あの場で、誰も何も知り得ず、聞かなかった。それが真実だ。……わざわざ毒杯を賜る理由を作りたくは無いだろう」
それだけ言って去って行った第2王子殿下の背を、わたくしは見つめることしか出来ませんでした。
暫くたって、アルデン殿下は幽閉され、その後に病死したと発表されました、王家からは、病を患った末の死だと喧伝されましたが、真実はわかりません。
本当に毒杯を呷りたかったのは殿下自身だったのでしょうか。
様々な妄想が去来して、結局はなにもわからぬまま、わたくしの元には第2王子殿下との婚約が打診されるのでした。