軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第98話 運命の最終面接。氷の若きCEOの顔面偏差値に拝む

『クライス・ホールディングス株式会社』。

転職サイトでその運命の企業名とCEOの顔写真を見つけた夜。

私は興奮で一睡もできず、履歴書と職務経歴書を血眼になって三度見直し、完璧な志望動機を五回書き直し、ついでに写真館で撮った証明写真の『光の当たり具合と知的な角度』まで一ミリ単位で吟味した。

理由は、火を見るよりも明白である。

「私の最愛の推しの会社ですもの……! 1ミクロンの妥協も許されませんわ!」

朝の殺伐とした満員電車へ揺られながら、私はリクルートスーツの胸の内で、静かに、しかし熱く拳を握った。

本日は、いよいよ運命の『最終面接』の日である。

ここまでの道のりは、正直に申し上げてかなり順調(無双)だった。

書類選考、即日通過。

一次面接、パーフェクト通過。

難解なWEB適性検査、満点通過。

圧迫気味だった二次面接、余裕の笑顔で完全論破して通過。

どの段階でも、私は一切手を抜かなかった。

当然だ。

前世で広大な辺境領地の経営陣として貴族や国を相手に立ち回り、前前世で日本のブラック企業で這いつくばっていた社畜OLの女にとって。

現代企業のペーペーの面接官の選考など、正直なところ“戦場のスライム 討伐(チュートリアル) ”にすぎない。

面接官の目が、応募者の何を見ているか。

どの模範解答で組織人として安心し、どのアピールで「自己主張が強すぎる」と警戒するか。

どこまで有能さを見せつけ、どこで扱いやすい謙虚さを添えるか。

その程度の盤面コントロール(接待)、息をするように身体に染みついている。

だが。

今日だけは、話が全くの別だった。

「ついに最終面接……」

私は駅のホームで、スマートフォンの画面へ映る案内メールを見つめ、ゴクリと唾を飲んで小さく呟く。

「『代表取締役CEO同席』」

……ええ。

知っておりますとも。分かっておりますとも。

つまり。

今日、この後すぐに、直接会えるのだ。

私の、世界で一番愛する推しに。

今世の彼の名は、『 九条(くじょう) 柊介(しゅうすけ) 』。

けれど、私にとっては違う。

本質は1ミリも違わない。

私の夫、クライス様だ。

「……落ち着きなさい、私。落ち着くのです」

私は駅のホームの端で、不審者のようにスーハースーハーと深呼吸した。

「まだ、生でご尊顔を見てすらいないのです」

「ここで心拍数(BPM)を乱して救急車で運ばれていては、最終面接(推しとの対面)どころではございませんわ」

「平静です」

「私はデキる女。平静」

「完全なる平静ですわ」

だが、私の限界オタクの心臓は、だいぶ自分の理性に対して信用ならなかった。

◇ ◇ ◇

都内の一等地にそびえ立つ、クライス・ホールディングスの本社ビルは、見事なまでに“あの方らしい会社”だった。

高い。

無駄がない。

冷たく、機能的に美しく整っている。

ガラスと金属を基調にしたエントランスは、上品なのに絶対的な威圧感があり、受付周辺の空気まで、私語一つないほどピリッと引き締まっている。

何ですのこの素晴らしい優良企業。

顔が良くて仕事ができる完全無欠の覇王が経営していそうな雰囲気を、ビル全体から全力で漂わせていますわね。深呼吸するだけで空気が美味しいですわ。

「本日は社長秘書の最終面接でお越しの、 藤咲瑠衣(ふじさき るい) 様ですね」

洗練された受付の女性が、プロの笑顔で告げる。

「はい」

私は、完璧な姿勢と発声で落ち着いて頷いた。

「ようこそお越しくださいました。三十階、役員フロアへご案内いたします」

専用の静かなエレベーターへ乗り込む。

高速で上昇する。

ガラス張りの外の景色が、ミニチュアのように遠ざかる。

私の鼓動は、階数表示が上がるのに比例して、警報音のようにうるさくなっていった。

三十階。

チン、と静かな音を立てて扉が開く。

足を踏み出す。

フロアは、異様なほど静かだった。

分厚い絨毯が足音を吸い、行き交うエリート社員たちの気配まで、軍隊のように研ぎ澄まされている。

秘書課らしき一角では、数名が無駄のない動きで黙々と資料を運んでいた。

ああ。

よろしいですわね。

この“全員が優秀で有能そうで、でも頂点に君臨するたった一人だけは別格である”というヒエラルキーの感じ、私の大好物でたいへんよろしいですわね。

「こちらで少々お待ちください」

高級な革張りの応接スペースへ通され、私は背筋を正して浅く腰を下ろした。

数分。

長い。

とても長い。

私は表情ひとつ変えずに、涼しい顔で座っていた。

でも内心では、オタクの血が沸騰してかなり大変だった。

だって、このすぐ目の前の重厚な扉の向こうに、いらっしゃるのだ。

今世の推しが。

前世の最愛の夫が。

世界を滅亡から救い、私へ何度もとんでもない致死量の愛の台詞を投げつけ、最終的に“何度生まれ変わっても、必ず俺がお前を見つけ出す”と約束してくださったあの方が。

そして、その運命の時は来た。

「藤咲様、どうぞお入りください」

秘書らしき女性が、重厚な扉を静かに開く。

私はスッと立ち上がった。

一歩、踏み出す。

そして、極度に冷やされた最終面接室(社長室)の中へ入った。

「失礼いたしま――」

そこで、私の世界が完全に止まった。

東京のパノラマを見下ろす窓際の光を背に、広大なデスクで一人の男が座っている。

漆黒の髪。

鋭い切れ長の目。

彫刻のように整いすぎた輪郭。

冷たく澄んだ、一般人を寄せ付けない圧倒的な美貌とオーラ。

そして、手元の書類から顔を上げてこちらを見る、その一瞬の動作にさえ、恐ろしいほど一切の無駄がない。

「…………」

ああ。

はい。

写真より実物の方が何万倍も顔が良いですわね。無理ですわね。

「君が、藤咲瑠衣さん?」

低く、腹の底に響くようによく通る声。

その耳を孕むような極上の声音だけで、私は魂のレベルで完全に確信した。

クライス様だ。

名前が違おうと。

髪色が銀から黒に変わっていようと。

服装が騎士の礼服から、現代のオーダーメイドスーツに変わっていようと。

この張り詰めた空気。

この絶対強者の目。

この、“氷のように冷たく見えるのに、本質は誰より誠実で、不器用で、誰よりやさしい”気配は、前世から何一つ間違いようがなかった。

「…………」

私の脳内のオタク細胞では、その対面の瞬間、壮大な何かが鳴り響いていた。

万雷のスタンディングオベーション。

魂のファンファーレ。

打ち上がる無数の花火。

舞い散る金銀の紙吹雪。

ありとあらゆる限界オタクの祝祭演出(ガチャでSSRの推しを引いた時の確定演出)が、一斉に脳内で発生している。

――見つけましたわああああああああ!!

――私の推し! 私の旦那様! 今世も顔面国宝ですわ!! ありがとうございます神様!!

だが。

だがしかし。

今ここで、その発狂を表へ出すわけには絶対にいかない。

私は、現代の厳しい社会の荒波に揉まれた社畜である。

元公爵令嬢である。

元フェルド辺境伯爵夫人である。

つまり、いかなる時もTPOをわきまえる『高度な社会性』というものを持ち合わせているのだ。

「はい」

私は、完璧な角度(三十度)で美しく一礼した。

「藤咲瑠衣と申します。本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」

声のトーン、よし。

表情筋のコントロール、よし。

手足の震え、なし。

内心のBPM、限界突破。

だが、それは絶対に表へ出さない。

出してはならない。今ここで「クライス様!」と泣きついたら、ただの頭のおかしいヤバい女として警備員を呼ばれて終わる。

「どうぞ、おかけください」

彼――九条CEOは、感情の読めない目で淡々とそう言った。

私は「失礼いたします」と席へ着いた。

対面。

距離、およそ巨大なデスクを挟んで二メートル弱。

近い。

何ですの、この距離は。

面接としては正常でも、ただの限界オタクとしては、推しとの距離が近すぎて刺激が強すぎませんこと? オーラで息ができませんわ。

「最終面接ですので、今さら形式ばった質問は省きます。時間の無駄だ」

九条CEOは、私の完璧な職務経歴書をパラリとめくりながら、冷徹に言った。

「はい」

「これまでの人事と役員による面接評価は、異例なほど非常に高い。満点に近い」

「ありがとうございます」

「実務能力も、論理的な判断力も、対人調整のスキルも、経歴を見る限り申し分ない。即戦力だ」

「光栄です」

「ですが」

彼の手が止まり、その鋭い視線が、真っすぐ私へ向く。

「一つだけ、どうしても気になっていることがあります」

「……」

その目。

ああ、ええ。

痛いほどよく知っていますわ。

その、“相手の嘘や本質を見抜こうとする時の、少しだけ鋭さと圧を増した目”。

前世でも、何度至近距離で見たことでしょう。

「何でしょうか。何なりとご質問ください」

私は、決して目を逸らさずに穏やかに問い返す。

「あなたは」

九条CEOは低く、私の目を覗き込んで言った。

「こんなにどこでも通用する優秀な経歴を持ちながら、なぜ、わざわざ裏方である『うちの社長秘書』を志望したんですか」

「…………」

来ましたわね。

面接のキラーパス、志望動機。

もちろん、当たり障りのない完璧な模範解答は用意している。

用意しているのだけれど。

私の真実の『本音』は、ただ一つだ。

――私の大好きな推し(あなた)の隣の特等席に、合法的に立ちたいからです。

――今世でも、誰にも邪魔されない側仕えのポジションを、他の女から泥棒猫されないように実力で勝ち取りたいからです。

――ついでに、あなたの好みの執務室の空調温度も、紅茶の淹れ方も、仕事環境の最適化も、全部私が私物化して快適に整えて差し上げたいからです。

だが、そんなストーカー一歩手前の狂った本音を、初対面の面接でそのまま言えるはずがない。

言った瞬間、私の人生(面接)は終わる。

というか、多分、秘書ではなくただの不審者として永久ブラックリスト入りして通報される。

私は心の中でスーパーコンピュータのように高速回転しつつ、完璧なビジネス仕様の『建前の答え』を取り出した。

「御社は、売上の成長速度だけでなく、その事業拡大の『質』が非常に稀有だと感じております」

「……」

「目先の短期利益だけを追うのではなく、トップの意思決定の一貫性と、十年先を見据えた長期視点での組織設計に、明確な『 思想(ブレなさ) 』がある」

「……」

「その中枢で動くトップ(あなた)の高度な判断を、最も近い距離でノイズなく支えられる仕事に、私は大きな意義を感じました」

「……」

「私は」

私は少しだけ、でもハッキリと、前世の側仕えとしての誇りを持って言い切る。

「自分の能力で上に立つより、誰か(トップ)の能力を最大限発揮できる環境を完璧に整えることにこそ、強いやりがいを感じる人間です」

「……だから、裏方の秘書職を?」

「はい」

「数ある企業の中で、うちの『社長秘書』を、ですか」

「はい。御社のトップを支えることこそが、私の能力を最も活かせると確信しております」

沈黙。

数秒。

だが、心臓の音が響く、永遠みたいに長い時間。

九条CEOは、私をジッと見ていた。

ただ見ているだけなのに、ひどく鋭い。

まるで、私の発した建前の言葉の奥にある『重い感情(愛)』まで、すべてを暴いて覗き込んでくるような氷の目だ。

ああもう。

やめてくださいまし。

そういう格好いいお顔で見つめられると、前世のイチャイチャした記憶が一気に押し寄せてきて、理性が危うく決壊しそうになるのですけれど。

「……興味深いですね」

やがりて、彼が静かに言った。

「はい」

「多くの人間は、社長秘書職というポジションへ“有力者へのコネ作り”や、“自分が前へ出るための足がかり(近道)”を見出して応募してきます。野心の塊だ」

「……」

「ですが、あなたの今の言い方や目には」

「……」

「その下心(野心)が、全くない。不思議なくらいに」

私は、心の中で小さく、優越感に微笑んだ。

当然ですわ。

私が前へ出たいのではない。

前へ出て世界と戦う推しを、最も近くで、最も美しく、最も快適に支えたい(推したい)だけなのだから。

野心など、そんな俗物的なものは前世でとっくに捨ててきましたわ。

「私は」

私は、一切の嘘偽りなく静かに答える。

「支える側の裏方の仕事に、誰より誇りを持っております」

「……」

「優れた誰かの能力が、少しのノイズもなく正しく発揮されるよう、すべてを整える」

「……」

「それが、私の天職であり、自分に向いていると魂で知っておりますので」

九条CEOの氷のような視線が、ほんの少しだけ、やわらいだ。

いや、やわらいだというより。

私に対する警戒の角度が、少しだけ『興味』へと変わったのかもしれない。

「……そうですか」

「はい」

「では、最後にもう一つだけ」

「何でしょう」

彼は、私の職務経歴書をパタンと閉じ、両手を組んで静かに言った。

「初対面の俺を前にして、なぜあなたは、そこまで異常なほど『落ち着いて(俺を理解しているように)』いられるんですか」

「……」

あら。

それは、少々、答えに困る鋭い質問ですわね。

だって、内心では全然1ミクロンも落ち着いていない。

むしろ今すぐ、この広い机を飛び越えて「クライス様あああ!」と泣きつき、拝み倒したいくらいには全く落ち着いていない。

ただ、それを表へ出さない鋼の 精神力(ポーカーフェイス) の訓練が、何周分の人生にもわたって過酷に積み上がっているだけだ。

私はほんの少しだけ、淑女の笑みで微笑んだ。

「これでも、心臓の音がうるさいほど緊張は、しておりますのよ?」

「……全くそうは見えない。堂々としたものだ」

「よく言われます。ポーカーフェイスなもので」

「ですが」

私は、言葉を切って穏やかに続ける。

「本当に大事な、人生の岐路の場面ほど、感情を抑えて落ち着く努力をするべきだと思っておりますので」

「……」

「特に」

私は九条CEOの蒼い目を、逃げずに正面から真っ直ぐに見つめ返す。

「絶対に、何があっても逃したくない『最高の機会』なら、なおさらです」

その瞬間。

彼の氷の目が、ほんのわずかに、ハッとしたように見開かれた。

ほんの一瞬。

でも、確かに。私の瞳の奥の『重い感情』に触れたように。

ああ。

ええ。

そうでしょうとも。

それは、建前抜きの、半分くらい私の『本音』でしたものね。

絶対に逃したくない。

この人の隣へ立つ機会を。

今世でも、もう一度、誰も座らせない『私だけの特等席(秘書)』を勝ち取る機会を。

私は静かに、自信に満ちて背筋を伸ばした。

面接は、まだ終わっていない。合否は分からない。

でも、分かったことが一つある。

――見つけた。

――ちゃんと、約束通り見つけた。

でしたら、あとは私の実力とチートで、この席を勝ち取るだけだ。

今世では、カリスマCEOと、彼を支える敏腕秘書。

それもまた、前世とは違った、なかなかスリリングで悪くない“現代版・側仕え”のシチュエーションではありませんこと?