軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第90話 氷の騎士の真骨頂。「俺の妻に妙なものを見せるな」

広大な玉座の間の空気が、変わった。

いえ。

正確には、一瞬で『絶対零度に凍りついた』と言うべきかもしれない。

私に幻覚を見せた魔王に対し、クライス様が静かに愛剣を抜いた、その瞬間。

世界の終わりを告げる赤い空の色も、黒曜石の床の冷たさも、ラスボスである魔王の纏う禍々しい威圧感すら、全部まとめて理不尽に押し退けるような、重く研ぎ澄まされた殺気が空間を支配したのだ。

「ルシア」

「はい」

「子どもたちと、俺の後ろへ下がっていろ」

「ええ」

私は素直に、コクリと頷いた。

だって、今のクライス様。

だいぶ、いえ、かつてないほど、心の底から本気でブチギレていらっしゃるのが分かりますもの。

普段のこの方は、静かだ。

怒っても、感情的に声を荒げたりはしない。

むしろ、怒りが深いほど声は低く、冷たく、余計な言葉を削ぎ落としていく。

そして今。

その“極限まで削ぎ落とされた純粋な殺意”が、冷たく光る剣の切っ先から隠しきれずに漏れ出している。

「おかあさま」

リリアが、私のドレスの外套の裾をキュッと不安そうに掴んだ。

「おとうさま、だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫ですわ」

私は娘の小さな肩を力強く抱き寄せた。

「これから、世界で一番格好いいお父様の『最大の見せ場』が始まりますわ」

「うん!」

「特等席の最前列で、まばたきせずにしっかり見ておきなさい」

「はいっ!」

エルは、一歩だけ剣を握って前へ出かけて、でも「俺に任せろ」という父の背中を見て、ちゃんとその場で踏みとどまって止まった。

えらいですわね。

本当に、こういう時の騎士としての自制がしっかりきくようになりましたわね。

「母上」

「何かしら、エル」

「父上……」

息子は、目を離せないという顔で、圧倒的な威圧感を放つクライス様の背中を見つめたまま、小さく言った。

「今まで見た中で、一番怒ってる気がする」

「ええ」

私は扇で口元を覆い、静かに頷く。

「そうでしょうね。空気が凍っておりますもの」

「……」

「だって」

私は、ほんの少しだけ嬉しそうに、邪悪に笑う。

「私の脳内に、クライス様以外の男(幻覚)を見せましたもの。独占欲の塊ですわ」

エルが、ものすごく複雑な「親のノロケを聞かされた」という顔をした。

「そこ、やっぱり世界滅亡より怒るポイントなんだ」

「当然ですわ。男のプライドですもの」

「うん」

「それに」

私はクライス様の頼もしい背中を見つめる。

「クライス様は」

「……」

「私の心を弄ぶような卑劣な真似、絶対に許しませんもの」

玉座の間の中央で。

魔王が、自分を凌駕する殺気を当てられ、ゆっくりと不快そうに赤い目を細めた。

「……強がるな、下等生物め」

低い、呪いのような声が響く。

「人の心というものは、いくらでも歪む」

「……」

「貴様らが信じる愛も信頼も、脆いガラスのようなものだ。いずれ必ず裏切る」

「……」

「その程度の幻で絶望して心が折れぬのなら、貴様らのその矮小な肉体ごと、圧倒的な力でグシャグシャにすり潰すまでだ」

「黙れ」

クライス様の底冷えする声が、魔王の長台詞を無慈悲に断ち切った。

その一言だけで。

玉座の間の空気がビリッ! と悲鳴を上げるみたいに震える。

「俺の妻に」

クライス様は、魔王を真正面から見据えたまま、氷の目で言った。

「二度と、不快な 幻影(ゴミ) を見せるな」

「……」

「次は」

蒼い目が、極寒の吹雪よりも冷たく細められる。

「問答無用で、八つ裂きに斬る」

ああ。

ええ。

来ましたわね。スチル回収ですわ。

氷の騎士の真骨頂。

研ぎ澄まされた静かな怒り。

絶対零度の殺意。

そして、少しの容赦もない、圧倒的な強者感。

魔王が、フッ、と余裕を装って口元を歪めた。

それは笑みというより、追い詰められた獣が威嚇で牙を見せる時の顔に近い。

「面白い」

「……」

「その程度の怒りと一本の剣で、余の絶対的な力に届くと思うか」

「試せばいい。一瞬だ」

クライス様の返答は、ひどく短く、冷酷だった。

次の瞬間。

魔王の周囲へ、赤黒い高密度の『防御結界』が、幾重にも層をなして展開した。

「来ますわね」

私は小さく、オタクの知識を総動員して呟いた。

ゲームにおける魔王本体の厄介さは、単純な破壊魔法の火力や魔力量だけではない。

戦闘開始直後に張られる『自己防衛の 多重術式(バリア) 』が、プレイヤーが絶望するほど異常に分厚くて硬いのだ。

前世のゲームの中でも、ここで何度“はいはい、出ました第一段階の遅延結界ですね”と舌打ちして絶望したか分からない。

第一層、赤い魔力の反発膜。

その奥の第二層、物理攻撃を吸収する黒い泥の膜。

さらにその一番奥の第三層には、空間そのものが歪んだみたいな、絶対に斬れない『空間固定の透明な障壁』。

普通にRPGとして考えれば、面倒極まりないクソギミックだ。

順番に弱点の魔法属性を合わせて地道に削り、ボスの詠唱を見切り、隙を突いて数ターンかけて少しずつ突破する――そういうダルい戦闘設計だったはずだ。

だが。

「クライス様」

私は思わず、胸の前で祈るように手を組んで声を張った。

「はい」

「頑張ってくださいまし! そのまま物理でぶち抜いてください!」

「……お前は黙って見ていろ」

「今、大変に後ろ姿が格好いいですわ!」

「戦闘中にそれを言うな。気が散る」

「無理ですわ。溢れる愛が止まりませんもの!」

魔王が、緊迫した空気の中で交わされる夫婦漫才に、一瞬だけ「は?」と眉をひそめる。

あら。

またペースを乱されて、調子が狂いましたのね。

でも、知ったことではございません。

だって。

うちの最推しが、最終ボスの面倒くさいギミックや空気に、いちいち付き合ってあげる義務など、どこにもないでしょう?

「行くぞ」

クライス様が、音もなく、地を滑るように一歩踏み込んだ。

それだけで、踏み込んだ足元の黒曜石の床がクレーターのように粉々に砕けた。

速い。

本当に、ただ「速い」という言葉では表現が足りない。

チート魔眼の私の視線で追うことすら難しい神速なのに、その動きには、一切の無駄も力みもない。

銀の刃が、一筋の閃光となって走る。

――ガキィィンッ!!

魔王の最初の結界へぶつかる。

赤い膜が、凄まじい剣圧と衝突し、火花のような魔力を派手に散らした。

「フン」

魔王が、結界の中で安全を確信して鼻で笑う。

「無駄だ、愚か者め」

「……」

「余の神代の絶対防御結界は、人間の剣などでは到底――」

「うるさいですわね。セリフが長いですわ」

私は思わず、ボスの長台詞に不快な顔で口を挟んだ。

「いちいち『自分語りの口上』を入れなくてよろしいですわよ。老後計画のスケジュールが押しますから、巻いてくださいまし」

「ルシア」

クライス様が、剣を押し込みながら低く言う。

「失礼いたしました。つい前世のスキップ癖が」

「集中しろ。舌を噛むぞ」

「はい」

「でも」

私は真顔で、実況解説のように続ける。

「今の一撃の太刀筋、無駄がなくてだいぶ綺麗でしたわ。惚れ惚れします」

「……」

魔王の顔が、「こいつら、俺の結界の前で何を話してるんだ?」とまた少しだけ引きつった。

ええ。

そうでしょうとも。

ラスボスの絶対防御結界を前にして、絶望するどころか“一撃目のフォームが綺麗”とオタクの感想を述べる頭のおかしい伯爵夫人など、想定していなかったでしょうね。

だが、クライス様の攻撃は、一度弾かれたくらいでは止まらなかった。

二撃目。

今度は、さっきとは剣の角度が違う。

わずかに斜め下から。

力任せに『斬る』、というより、結界の膜の脆弱な“魔力の継ぎ目”を正確に探り当てるような、鋭い軌道。

パキッ、と。

絶対に破れないはずの赤い結界の表面へ、白い亀裂が走った。

「な……ッ」

魔王の赤い目が、信じられないものを見たようにわずかに見開かれる。

三撃目。

四撃目。

五撃目。

瞬きする間に連続する、神速の剣閃。

銀の線が、まるで空間そのものへ幾何学的な傷をつけるように走るたび、赤い膜のあちこちへ致命的な亀裂がメキメキと増えていく。

「父上……!」

エルが、息を呑むように呟いた。

「すごい。あんな硬い結界に、剣だけでヒビが……」

「でしょう?」

私はすかさず、ドヤ顔で頷く。

「今から、お父様による『絶対防御結界の三枚下ろし(解体ショー)』が始まりますのよ。瞬き厳禁ですわ」

「母上」

「何ですの」

「たまに、強さの例え方の語彙が変だよ」

「でも、本質は合っておりますわ」

「それはそうだけど……」

クライス様の剣は、ただ物理的に速くて重いだけではなかった。

刃が風を切る音が違う。

打ち込む角度がすべて違う。

一撃ごとに、意図的に狙う場所(魔力の節)が違うのだ。

ああ。

分かりますわ。

あの人、結界をただ“力任せの脳筋で押し切る”のではなく、私との長年の訓練で培った対魔法戦闘の経験から、“術式が崩壊する『切れる場所(急所)』”を本能で正確に見抜いているのだ。

「クライス様!」

私は思わず、オタクの興奮で声を弾ませた。

「見事ですわ! 結界の魔力の『継ぎ目』を読んでいらっしゃるのですわね!」

「……」

「しかも、第一層の術式回路の弱点だけを正確に突いて!」

「お前は黙って見ていろ」

「無理ですわ、推しの超絶技巧に大興奮ですもの! スチル! スチルですわ!」

魔王が、実況される屈辱に初めて本気で顔を歪めた。

「ば、馬鹿な……!」

低い声。

でも、その中に、自分でも信じられないという確かな焦りが混じる。

「この結界は、神代の魔法陣を応用した無敵の――」

「知りませんわよ、そんな過去の栄光の肩書き」

私は扇を広げて冷たく言い捨てた。

「切れるなら、ただの 的(ゴミ) と同じですわ」

その瞬間。

クライス様のトドメの六撃目が、亀裂の入った赤い膜の中心を、横一文字に無慈悲に薙ぎ払った。

バリィィィンッ!!!!

魔王の誇る最初の結界が、ガラス細工のように呆気なく砕け散る。

「わあっ!」

リリアが思わず、パチパチと拍手して声を上げた。

「おとうさま、すごい! おっきいバリア、われた!」

「ええ」

私は娘の肩を抱き寄せながら、誇らしく答える。

「でも、パパの本気はここからですわよ」

「まだバリア、あるの?」

「ありますわ。魔王は往生際が悪いですから」

「たいへんだ! おとうさま、がんばって!」

「でも」

私はニッコリと、絶対の信頼で笑った。

「お父様ですもの」

「うん!」

「よゆうでだいじょうぶ!」

ああもう。

本当に、パパへの信頼がカンストしていて素直で可愛いですわね。

だが、魔王の防御は、当然一層では終わらない。

砕けた赤い膜の内側から、第二形態の『黒い結界』がドロドロと立ち上がる。

さっきよりも、ずっと魔力密度が重い。

空気そのものが圧縮されて泥になったみたいな、物理攻撃を吸収する嫌な質感だ。

「フン……余の結界を、まぐれで一つ破った程度で」

魔王が、明らかに苛立ちと焦りを含んだ声で強がる。

「勝ったつもりか、人間風情が」

「いいえ?」

私は小首を傾げた。

「まだ一つ目ですわよね。チュートリアルですわ」

「……」

「クライス様」

「何だ」

「この面倒なバリア、あと何層かご存じです?」

「いや。知らん」

「三つですわ。マトリョーシカみたいに中身がありますの」

「そうか」

「ええ」

「なら」

クライス様が、剣を軽く振って刃についた瘴気を払う。

「全部、まとめて切ればいいだけだ」

「ッ……!」

ああもう。

だめですわね。

そういう、“当たり前みたいに無茶な物理法則を言って、涼しい顔で実行してしまう推し”。

本当に、心臓に悪くて最高にだめですわね。

「母さん」

エルが、私の顔を下から覗き込んで小さく言う。

「今、またすごく変な顔(限界化)してるよ」

「推しの尊さへの感動です」

「やっぱり」

「当然でしょう?」

「うん」

「父さん、かっこいいもんね。仕方ないよね」

「そうでしょうとも!」

リリアまで、兄の言葉に全力で乗ってくる。

クライス様は、物理攻撃を吸収する二層目の黒い結界を前にして、ほんの一瞬だけ、深く呼吸を整えた。

静かだ。

微動だにしない。

でも、その静けさの中へ、ゾッとするほど濃密で鋭い『剣気』が、一点に集束していく。

ああ。

これは。

来ますわね。

「《 剣圧増幅(オーラ・バースト) ・再演算》」

私は思わず、無意識にサポート魔法を小さく呟いて展開していた。

「おい、何してる」

クライス様が低く、ジト目で問う。

「少しだけ、妻からの愛の 応援(バフ) ですわ」

「またか。俺一人で斬れると言っているだろう」

「今回は、本当にエフェクト程度の少しだけです。過剰演出は控えます」

「全く信用ならん」

「でも、切り裂く瞬間の作画が、光って絶対に盛れてもっと映えますわよ?」

「……」

「おとうさま、また剣がぴかぴか!」

「父上、オーラが光った」

「ほら」

私はドヤ顔で胸を張る。

「ご家族からも大好評ですわ」

魔王が、完全に置いてけぼりにされて明らかに嫌そうな顔をした。

あら。

自分の結界を攻撃されるより、こちらの自由すぎる会話(夫婦漫才)の方が、よほど精神的ダメージが来ておりますのかしら。

次の瞬間。

クライス様が、再び地を蹴って踏み込む。

今度の剣撃は、さっきと全く違った。

より深く。

より鋭く、重く。

そして、何より――神の領域のように速い。

銀の軌跡が、一度、二度、三度。

黒い泥のような結界へ、十字に重なるように打ち込まれる。

打ち込むたび、吸収しきれない圧倒的な剣圧で、空間が悲鳴を上げるみたいに激しく震えた。

「ば、馬鹿な……! 物理攻撃は通らないはずだぞ!?」

魔王の余裕の声に、初めて明確な『死の動揺』が滲む。

「余の第二層の絶対吸収結界までもが――」

「まだ貫通はしてませんわよ」

私は扇を揺らして言った。

「でも」

「……ッ」

「もう、耐えきれずにヒビだらけですわね」

実際、私の言う通りだった。

物理攻撃を無効化するはずの黒い結界の表面には、もう何十本もの致命的な亀裂が走っている。

そこへクライス様の重い剣圧がピンポイントで重なるたび、悲鳴を上げてヒビが深く、太くなっていく。

「終わりだ。砕けろ」

低い死神の声とともに、渾身の最後の一閃。

ゴォォォォッ!! と。

黒い膜が、耐えきれずに内側から裂けた。

裂け目がそのまま上下へ走り、ついには左右へ綺麗に割れ、結界がガラスの破片のように音を立てて完全に消し飛ぶ。

「二層目、見事に突破ですわ!」

私は思わず、拍手喝采した。

「母さん」

エルが呆れ半分に言う。

「完全に、闘技場の実況解説みたいになってる」

「だって、見事すぎる剣筋ですもの。解説せずにはいられませんわ」

「……それはそう。すごい」

「でしょう?」

リリアも、キャッキャと嬉しそうにジャンプしている。

「おとうさま、つよい! ばりあ、またわれた!」

「ええ」

私は娘の頭を撫でる。

「世界一強いパパですわ」

魔王は、さすがにもう笑っていなかった。

赤い目が、信じられないものを見るように完全に険しく歪んでいる。

おそらく、勇者でもないただの辺境の騎士に、ここまで短時間で二層も絶対防壁を破られるとは、シナリオ上少しも想定していなかったのだろう。

だが。

ここで終わりではない。

最後の、第三の結界。

一番奥の魔王の本体を守るそれは、目には見えにくい。

だが、確かにそこに分厚い断層として存在している。

空間そのものを“斬れないもの(絶対座標)”として固定する、極めて厄介でチートな障壁。

ゲームのシステム上では、ここで専用のイベントアイテムを使い、さらに複数ターンかけて魔法で削り切る必要があった、初見殺しの理不尽ギミックだ。

でも、今の私たちは、ゲームのキャラではない。

「クライス様」

「何だ」

「最後のは、ただの魔法の膜ではなく『空間固定型』の結界ですわ」

「……」

「物理では斬れない、少し嫌な感触です。どうなさいます?」

「なら」

クライス様の蒼い目が、スッと猛禽類のように細まる。

「その『空間ごと』、力で切る」

「ッ……!!」

ああもう。

どうしてこの方は、そんな“物理法則を無視した無茶を、無茶と言わずに平然とやってのける”のですか。

でも。

でも、はい。

今のその自信満々のセリフ、オタクとしてかなり大好物ですわ。

「クライス様」

「何だ」

「最高です。惚れ直しましたわ」

「今は黙れ。集中する」

「善処いたします」

「1ミリも信用しない」

クライス様が、愛剣を上段に構える。

今までより低く。

深く、重心を沈める。

空気の流れそのものが、すべて彼の銀の刃へ吸い込まれていくみたいだった。

玉座の間が、完全に静まり返る。

魔王も。

子どもたちも。

私も。

その瞬間だけは、圧倒的なプレッシャーに息を飲み、何も言わなかった。

剣が、無音で振り抜かれる。

音は、本当になかった。

だが次の瞬間。

魔王の目の前の『空間そのもの』に、一本の真っ白な線が走った。

――ズ、ル、リ。

そんな、現実世界ではあり得ない、空間がズレて滑り落ちるような異様な音を立てて。

絶対に斬れないはずの最後の結界が。

そして、その向こうの『固定された空間そのもの』が、完全に真っ二つに斬り開かれた。

「…………」

魔王の赤い目が、今度こそ限界まで見開かれ、驚愕に染まる。

ええ。

そうでしょうとも。

神代の絶対防御。

物理無効の結界。

空間固定の絶対障壁。

その魔王の誇る全部のギミックが、たった一人の人間の剣士に、“空間ごと力で切る”という脳筋極まりない一言で、すべて正面から突破・粉砕されたのだから。

私は、気づけば胸の前で、祈るように両手をギュッと組んでいた。

「……だめですわね」

「母さん? どうしたの?」

「今のは」

私は、震える限界オタクの声で言った。

「さすがに、反則レベルで格好よすぎますわ……! ムービーで保存したいですわ!」

エルが、心からの尊敬の念で小さく頷く。

「うん。父上、人間やめてるくらいすごい」

リリアも、目をまんまるにして口を開けていた。

「おとうさま……かみさまみたい……」

「ええ」

私は尊さで泣きそうになりながら答えた。

「本当に。私の最推し、宇宙一ですわ」

結界は、すべて綺麗に切り裂かれた。

玉座に座る魔王の前には、もう身を守るものは何一つない。

あるのは、愛する家族に妙な幻覚を見せたことに対する『氷の騎士の絶対零度の怒り』と、その首を刎ねる『最強の剣』だけ。

そして私は、改めて魔王を哀れむように思った。

――魔王様。

精神攻撃などという小賢しい余計な真似をなさったせいで、我が家の『最強の最終兵器(激怒した夫)』を、本気で怒らせてしまいましたわね。

せいぜい、ワンパンで楽に死ねるよう祈ることですわ。