作品タイトル不明
第76話 公開裁判と横領暴露。教皇の権威、地に墜ちる
教国の絶対的な切り札であるはずの伝説の神獣が、辺境伯夫人である私の前で嬉しそうに「お手」をし、そのままゴロンと腹を見せて降伏(寝転がった)した瞬間。
神聖教国という巨大な宗教組織の絶対的な権威は、すでに半分以上、社会的に死んでいた。
だが、半分では全く足りない。
1ミクロンも足りない。
うちの可愛い子どもたち(推し)を“神のもの”などと身勝手に呼び、親の腕から引き剥がそうとし。
それを拒否されたら領地へ陰湿な経済封鎖を仕掛け。
あろうことか、暗殺部隊の夜襲までかけてきた極悪非道な相手だ。
そんなクズども、“少し面子が潰れて格が落ちましたね”程度の生ぬるいダメージで済ませるわけにはいかない。
私たち親が求めるのは、教国の完全なる解体と『社会的な死(失墜)』である。
「クライス様」
私は、足元で尻尾を振る神獣の頭をヨシヨシと撫でながら、隣で剣に手を置く頼もしい夫へ小さく声をかけた。
「何だ」
「信者が一番集まる広場は、どちらでしたかしら」
「俺たちの目の前にある、この大聖堂の正面の中央広場だ」
「ありがとうございます。絶好のロケーションですわね」
私はニッコリと、魔王のように笑った。
「では、さっそく参りましょうか」
「……」
「傲慢な教皇様と枢機卿様の、逃げ場のない素敵な『公開お話し合い(裁判)』へ」
その死の宣告のような言葉に、すでに絶望していた教皇の顔色が、さらに一段死人のように悪くなった。
◇ ◇ ◇
中央広場は、聖都ラグナディアのど真ん中にある。
美しい純白の石畳。
中央には清らかな水を吹き上げる大きな噴水。
四方を神殿関連の荘厳な建物が囲み、日頃なら敬虔な信者たちが祈りを捧げたり、高位の神官たちがありがたい説法をしたりする神聖な場所なのだろう。
だが、今日ばかりは全く様子が違った。
絶対に破れないはずの『神の結界』が、デコピン一発で空に砕け散った。
大聖堂前で、切り札の神獣が敵に寝返って腹を見せた。
それだけでも、教国建国以来の十分すぎる異常事態である。
だから当然、広場にはもう、何事かと家から飛び出してきた信者や街の人々が、数千人規模でワラワラと集まり始めていた。
ざわめき。
戸惑い。
得体の知れない不安。
それらが、広場の空気の中で濃く渦巻いている。
「あ、あれ、教皇猊下や枢機卿様たちでは……?」
「何が起きているのだ? 敵襲か!?」
「空の結界が割れたって本当なのか!?」
「あ、あそこにいるのは、伝説の神獣様のお姿……! 何故、あんな女の足元に!?」
ええ。
大変よろしいですわね。
人は多ければ多いほど、証人として良い。
こういう社会的な 告発(ざまぁ) は、 観客(オーディエンス) が大勢いた方が圧倒的に効果的なのだ。
「ルシア」
クライス様が低く呼ぶ。
「何ですの」
「顔」
「はい」
「だいぶ、悪い(楽しそうだ)」
「最高の光栄ですわ」
「褒めていない」
「存じております。でも止まりませんわ」
私は大聖堂の正面階段の、一番高い場所を見下ろした。
そこには、私たちに半ば魔力圧で引きずられるようにして移動させられた教皇と枢機卿たちが、青ざめた顔で立たされている。
周囲には重武装の聖騎士団。
だが、その聖騎士団も、もはや教皇を敵から守るために剣を構えているのか、はたまた教皇たちが逃げ出さないように監視しているのか、自分たちでもよく分かっていない迷子の顔をしている。
そして、その私たちの少し後ろでは。
巨大な神獣が、ものすごくお利口な大型犬のように、私の後をピタリとついてきてお座りをしていた。
「……」
「……」
「……神獣様が、お座りを?」
広場のあちこちから、信者たちの困惑の声が上がる。
そうでしょうとも。
教皇の絶対的な切り札として召喚された神話の存在が、辺境伯夫人の後ろで、やけに従順に尻尾を振っているのだ。
脳の処理が追いつかず、意味が分からないでしょうね。
でも、今は意味なんて分からなくてよろしいのです。
今はただ、“教国の権威が完全におかしいこと(ポンコツ)になっている”と、その目でハッキリと理解していただければ。
「さて」
私は広場の中央を見下ろす階段の縁へ、優雅に進み出た。
「まずは、集まってくださった信者の皆様へ、大切なお知らせがございますわ」
もちろん、そのままの肉声では、広大な広場全体に声は届かない。
だから。
私は右手を軽く持ち上げ、チート魔力を展開した。
「《 拡声魔法(パブリック・アドレス) 》」
淡い銀の魔力の輪が、私の喉元から空へ向けてドーム状に広がる。
次の瞬間、私の声が広場全体へ、まるで大聖堂の鐘のようによく通る声でハッキリと響き渡った。
「聖都ラグナディアの、敬虔なる信者の皆様」
数千人のざわめきが、ピタリと止まる。
白い石畳の階段の上。
中央に悠然と立つのは私。
そのすぐ後ろに、最強の盾であるクライス様。
さらに後ろには、完全に寝返った神獣と、顔色をなくして震える教皇一派。
オタクの 構図(スチル) としては、だいぶ絵圧が強くて最高ですわね。
「本日は」
私は穏やかに、ビジネスライクな笑顔で続ける。
「神聖教国上層部による、極めて見苦しい『腐敗と巨額の横領』について、決定的証拠を用いたご 説明(プレゼン) に参りました」
「「「…………(沈黙)」」」
ああ。
はい。
その一瞬思考が停止した反応、大変よろしいですわね。
いきなりブッ込みましたものね。
神託でも祝福でもありがたい説法でもなく、いきなりの“腐敗と横領”。
そりゃあ、広場の空気も凍りつきますわよね。
「き、貴様ァ!」
後ろで、青ざめた枢機卿の一人が顔を真っ赤にして喚いた。
「何を勝手に狂ったデタラメを――」
「黙っていてくださいまし」
私は振り返りもせず、絶対零度の声でピシャリと言った。
「あなたの不正の言い訳を喋る番(質疑応答)は、後できっちり設けて差し上げますから」
「ッ……!」
その殺気を込めた一言で、男はヒッと息を呑んで口をつぐんだ。
大変、聞き分けの良い子ですこと。
◇ ◇ ◇
「では、まず前提となる一つ目」
私は左手を軽く上げる。
「神聖教国は、我がフェルド辺境伯爵領で平和に暮らす幼い子どもたちを“神のもの”と称し、親の腕から強制的に引き剥がして誘拐しようといたしました」
ドワッ、と。数千人の間にどよめきが広がる。
「えっ」
「親から子どもを?」
「そんなことが……」
「教国が、ただの誘拐を?」
ええ。
まずはそこですわ。ヘイトコントロールの基本です。
いくら盲目的な信者の皆様だって、教義がどうこう以前に、“親から子どもを奪う”となれば倫理観の話は別だ。
しかも、それを“神意”という名目で正当化した。
同じ親として、これほど胸の悪い胸糞な話があるものか。
「さらに」
私は、理路整然と事実だけを重ねて続ける。
「その身勝手な誘拐を拒否した我が領地へ対し、教国は権力を笠に着て『経済封鎖』を仕掛けました」
「……」
「流通を止め、罪なき商人を脅し、フェルド領の民の生活を圧迫し」
「……」
「それでも私たちが屈しないと知るや、あろうことか『暗殺部隊による夜襲』までかけて参りました」
「や、夜襲……!?」
「暗殺部隊だと!?」
「聖騎士団が、そんな卑劣なことを!」
ああ。
その顔。
その信じられないという困惑。
そうですわよね。
神の代行者を気取って偉そうにしていた連中が、裏では他人の子どもを狙って夜襲までしていたなど、信仰心が揺らいで信じたくないでしょうね。
だからこそ。
誰が見ても言い逃れできない『明確な 証拠(エビデンス) 』が必要なのだ。
「信じられないというお顔ですが、確固たる証拠なら、ここにございますわ」
私は背後へ合図を送る。
すると、少し離れた位置で待機していたハインツさんたちが、数人がかりで『大きな木箱』を広場の中央へ運び出してきた。
中には、昨夜私がハッキングして完全コピーした分厚い帳簿の山。
写本。
非道な夜襲の命令書。
武器の供出記録。
聖騎士団の架空支出一覧。
そして、教皇庁上層部へダイレクトに流れた『巨額の裏金』の整理表。
「まさか、あれは……」
教皇の掠れた、絶望のどん底のような声が、後ろで漏れた。
ええ。
まさか、でしょうとも。燃やして隠蔽したはずの証拠ですものね。
私は一冊目の分厚い帳簿を開いた。
「こちらは、教国の表向きの『寄進金(お布施)台帳』」
次に、別の黒い帳簿を開く。
「そして、こちらが上層部だけが共有していた『裏帳簿』です」
ざわめきが、波のようにさらに大きくなる。
「信者の皆様から集めた、尊い寄進金」
私は一頁ずつめくりながら、その数字を拡声魔法で広場へ響かせる。
「その多くが、“聖騎士団の遠征費”や“神殿修繕費”や“慈善事業費”という綺麗な名目で消えております」
「……」
「ですが」
私は次の決定的な写本を広げた。
「実際には、存在しない架空の遠征」
「予算だけ組まれて全く修繕されていない神殿」
「実態のないペーパーカンパニー(架空商会)」
「そして」
私は、顔面蒼白の教皇の方を冷酷に振り返った。
「その差額の巨額の富はすべて、教皇庁上層部の『私的資産(裏金庫)』へとロンダリングされて流れておりました」
「う、嘘だ!」
「そんな……我らの浄財が……」
「猊下が、そんなことを……?」
広場の空気が、目に見えて怒りへと変わる。
疑い。
混乱。
動揺。
長年の信仰と、突きつけられた現実の間で、人々の心がガラガラと音を立てて崩れ落ちる音が聞こえそうだった。
だが、私の前世のプレゼンは、まだこんな甘いものでは終わらない。
「ただ口で言われても、信じられないというお気持ちはよく分かりますわ」
私は深く頷く。
「ですので、誰の目にももっと分かりやすく『可視化(グラフ化)』いたしましょう」
私は指先で、空へ向けて大量の魔力を走らせた。
「《 空中投影(プロジェクション・マッピング) 》!!」
大聖堂の前の巨大な空中へ、まるで映画のスクリーンのような巨大な光の板が現れる。
そこへ、帳簿の数字がそのまま、極めて見やすいデザインで映し出された。
日付。
金額。
架空の勘定科目。
実際の流用先。
金の流れを示す赤い矢印。
そして、私腹を肥やした上層部の名前付きの整理表。
前世のビジネスマンが血反吐を吐いて作る、完璧な『プレゼン資料(告発スライド)』である。
しかも、言い逃れできないほど、たいそう分かりやすくエグいやつだ。
「こ、これは……」
「空に数字が浮かんでいる……」
「寄進金の額が……こんなに……」
「その下の赤い矢印の『流用先』は何だ!?」
私はニッコリと、悪魔のように笑った。
「はい、ここがテストに出る重要ポイントですわ」
空中の光の板のグラフを、指示棒の代わりに扇で指差す。
「例えば、この村の皆様が信仰のために血の滲む思いで捧げた金貨千枚」
「表の帳簿では、立派に“聖騎士団の巡察費”となっています」
「ですが、裏帳簿の実際の金の流れは」
私は赤い矢印の先をなぞる。
「六百枚が、教皇側近の私邸の豪華な改装費」
「二百枚が、そこにいる枢機卿所有の別荘の巨大な庭園整備」
「残り二百枚が、存在しない架空の修繕費として懐へ」
「……」
「つまり」
私は真顔で、冷酷に事実を言い放った。
「皆様の尊い神への祈りは、彼らの私腹を肥やす『庭石』と『豪奢な特注の椅子』に変わっておりましたの」
「「「…………」」」
数秒の重い沈黙。
それから、火山が爆発したような、広場を揺るがす怒号とどよめき。
「なッ……ふざけるな!!」
「そんな馬鹿な!!」
「俺たちの寄進は、貧しい孤児院へ回ると言っていたじゃないか!!」
「神殿の屋根修繕だと……! ふざけんな、あれから半年、雨漏りしたまま放置されてるぞ!」
はい。
その通りですわ。
やっと、自分たちが搾取されていたことに気づいて怒ってくださるのですね。
大変結構ですこと。ブラック企業は内部の反乱から潰れるものですわ。
◇ ◇ ◇
後ろで、追い詰められた教皇がついに見苦しく怒鳴った。
「だ、黙れェェッ!!」
その声は、もはや神の代行者の威厳など微塵もなく、ただ保身に走る醜い老人の叫びだった。
「それはすべて偽造だ! 悪魔に唆された辺境の悪女め、神をも恐れぬ虚言を並べおって――」
「では」
私はピシャリと、冷たく遮った。
「この公開の場で、今すぐ私と『照合』なさいませ」
「……ッ」
「表帳簿と裏帳簿、両方とも原本のコピーがここにありますわ」
私は肩をすくめる。
「しかも、地方支部と中央神殿、双方の責任者の『承認印』がバッチリ押された状態でね」
「そ、それは……何かの間違いで……」
「さらに」
私はトドメとして、もう一冊の黒い帳簿を空中のスライドに大写しにした。
「昨夜、我が家に押し入ってきた夜襲部隊への『特別支出』の項目もございますわよ?」
「……ッ」
「“神託遂行の特別補助費”」
「“御子確保のための特殊暗殺任務費”」
「“証拠書類奪還の工作費”」
私は冷ややかに、逃げ道を塞ぐように続ける。
「これでもまだ、見苦しい言い逃れをなさいます?」
教皇は、そこで完全に白目を剥いて言葉を失った。
ああ。
そうですわよね。
ここまで証拠が全部一本の線でつながっておりますもの。
しかも、今この広場には、数千人のブチギレた信者と街の人々がいて。
その全員へ、数字とグラフ付きで自分たちの不正が白日の下に晒されている。
権威というものは、闇に隠れているうちは無敵だが、光の下へ具体的な 数字(エビデンス) と共に出された瞬間が一番脆い。
前世でも、会議室でプロジェクタへ不正な数字を映された瞬間に、顔面蒼白になって社会的に死んだクソ上司を何人も見てきましたもの。
「猊下……嘘だと言ってください……」
「どういうことなのです?」
「私どもの血の滲むような寄進が……お前たちの贅沢に……!」
「だから神獣様まで、あちらの夫人に懐いて……神に見捨てられたのだ……!」
枢機卿たちの顔も、もはや土気色を通り越して死相が出ていた。
もう誰も彼らを助けてくれない。
絶対の切り札だった神獣は、私の隣で大人しく座って欠伸をしている。
神の結界は砕けた。
聖騎士団も、不正の事実を知って剣を下ろして動けない。
信者たちは、明確な殺意を持って怒り狂い始めている。
完璧(チェックメイト) ですわね。
「では、プレゼンの仕上げですわ」
私は大きく息を吸った。
そして、積み上げられた大量の写本の束を、空へ向かって軽く指で弾く。
「《 一斉散布(エア・ドロップ) 》!!」
バサァァァッ!! と。
何万枚という無数の紙の束が、突風に乗って空へ高く舞い上がった。
裏帳簿のコピー。
卑劣な暗殺の命令書。
私的蓄財の金の流れ。
聖騎士団の架空支出の一覧。
それらが朝の光を受けて、まるで白い鳥の群れみたいに、広場いっぱいへ雪のように降り注ぐ。
「うわっ」
「紙が……!」
「拾え! 証拠だ!」
「こっちにも落ちてきたぞ!」
信者たちが、我先にと競うように手を伸ばす。
紙を拾う。
自分の目で目を通す。
そして、絶望と怒りで顔色を変える。
「こ、これは……本物の神殿の印だ……」
「この修繕費の名前、うちの村のボロボロの神殿じゃないか! 一ギルも降りてきてないぞ!」
「去年の俺たちの村の寄進額まで……!」
「全部……全部、上層部に抜かれてる……!!」
ああ。
はい。
その最高のリアクション(暴動寸前の怒り)を、心よりお待ちしておりましたわ。
私は広場を見渡しながら、ハッキリと、トドメを刺すように言った。
「神聖教国は、神の名という綺麗な建前で、皆様の汗水流した金を巻き上げ」
「その権力で、他人の愛する子どもを誘拐しようとし」
「気に入らぬ相手には卑劣な経済封鎖をし」
「最後には、暗殺部隊の夜襲まで行いました」
「……」
「それが、あなた方が崇めていた教皇庁と、枢機卿と、腐りきった上層部の『本当の実態』ですわ」
「違う! 違うのだ!!」
教皇が、床に這いつくばるようにしてまた叫ぶ。
だが、その声へ、もう彼を擁護する者は誰もいない。
「違う! 余は、すべては神のために……神の国を豊かにするために……!」
「神のため?」
私は静かに、見下すように笑った。
「でしたら」
「……」
「どうして、神のために『あなたの別荘の豪華な庭石』が必要でしたの?」
広場のあちこちで、吹き出すような、しかし明確な殺意と怒気を帯びた嘲笑が起きた。
教皇の顔が、絶望で引きつる。
枢機卿の一人は、ついに失禁してその場へへたり込んだ。
ああ、よろしいですわね。
傲慢だった絶対権威が、音を立てて地に落ちていく無様な音が、私の耳には心地よく聞こえますわ。
◇ ◇ ◇
その時だった。
怒りに満ちた広場の端から、誰かが血を吐くような大声で叫んだ。
「…… 金(いのち) を、返せェェッ!!」
一人の、やせ細った老人だった。
粗末な服。
でも、その震える手には、私が空から降らせた一枚の『横領の証拠の紙』が、クシャクシャに握られている。
「俺の金を、返せよ……!」
涙声で震える声。
「うちの可愛い孫の重い病を治すために……お前らの言葉を信じて、なけなしの全財産を捧げたんだぞ……!」
「……」
「お前らは、神が見てるって、そう言ったじゃねえか!! 泥棒がァ!!」
次の瞬間、堰を切ったように、広場のあちこちから暴動のような声が上がる。
「うちもだ! 返せ!」
「孤児院の腹を空かせた子どもたちへ行くって言ったじゃないか!」
「自分たちの食べるものを削ってまで寄進したのに!」
「全部、お前らの贅沢のための嘘だったのか!? 許さねえ!!」
怒りが、巨大な津波のように広場全体に広がる。
ああ。
そうですわね。
そうなるのは当然の報いですわよね。
これがただの“国と国の政治の腐敗”なら、ここまでの暴動寸前の怒りにはならなかったかもしれない。
でも、こいつらは人々の『純粋な信仰(救い)』を裏切ったのだ。
病や貧困に苦しむ人々の、切実な祈りを喰い物にした。
一番弱い貧しい者から吸い上げた金で、自分たちだけが安全な場所で肥え太った。
人がもっとも怒るのは、そういう『魂の尊厳』を踏みにじられた時だ。
教皇を守るはずの聖騎士団の列が、明らかに動揺して揺らぎ始める。
彼らの中にだって、純粋に神と国を信じて剣を取った者は大勢いるのだろう。
今まで命を懸けて信じてきた組織の裏帳簿(腐敗)を、目の前で完璧な証拠と共に見せられたのだ。
剣が揺れない方がおかしい。
「猊下……」
聖騎士団長らしき男が、剣を下ろし、低くうめくように背を向けて言った。
「これは……本当に事実なのですか。我らは、何を守ってきたのですか」
教皇は答えない。
答えられない。
その血の気の引いた沈黙が、何より雄弁な『答え』だった。
「……完全に終わり(チェックメイト)ですわね」
私は扇を閉じ、ポツリと呟いた。
クライス様が、隣で剣から手を離し、小さく息を吐く。
「ああ。お前の言う通りだ」
「きれいに地へ落ちましたわ。もう二度と立ち上がれません」
「そうだな。物理で斬るよりエグい」
「親の逆鱗に触れた、完璧なざまぁとしては上々でしょう?」
「お前らしい、容赦のない見事な感想だ」
「最高の光栄です」
神獣が、私の隣でのんびりと「終わった?」というように座り直した。
まるで、「もう俺、お役御免で帰っていい?」とでも言いたげな顔である。
ええ、あなたはそこにいるだけで十分お仕事しましたわよ。
というか、むしろ教国側の心を完全にポキッと折る方向で、素晴らしい大活躍でしたわね。あとでモフって差し上げます。
「ルシア」
クライス様が低く呼ぶ。
「何ですの」
「そろそろ、次へ進め」
「そうですわね。長居は無用ですわ」
私はもう一度、広場の人々を見渡した。
怒り、戸惑い、失望、そして、ようやく諸悪の根源である教皇たちへ向き始めた『明確な不信と殺意』。
十分だ。
私たちがやるべき親としての 報復(カチコミ) は、ここまでは完璧。
「信者の皆様」
私は最後に、拡声魔法を通して告げる。
「本日ここで暴かれたのは、あくまで巨大な腐敗の『入口』に過ぎませんわ」
「……」
「あの者たちの裏帳簿は、まだ何十冊もございます」
「……」
「暗殺の命令書もございます」
「……」
「そして、私どもの愛する子どもを“神のもの”と称して奪い、洗脳しようとした極悪非道な事実も」
「……」
「どうか」
私は静かに頭を下げ、そして威厳を持って顔を上げた。
「あとはご自分の目と手で、彼らの罪の続きを裁いて、確かめてくださいまし」
広場の数千人のざわめきと怒りの矛先は、今やもう、完全に教皇庁の老人たちへ向いていた。
ええ。
とても良いですわね。
あとは信者の方々が、内部から綺麗にお掃除してくださるでしょう。
神聖教国の絶対的な権威は、今この瞬間、私のプレゼンによってきれいに地へ墜ちて粉砕された。
あとは、その腐った瓦礫の中から、誰が『新しいトップ』として次に立ち上がるのか。
――そして、その怒れる群衆の顔ぶれの中に。
少々、かつて王都で見覚えのある『金髪の男』が混ざっていることを、私はこの時、まだ知らなかった。