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作品タイトル不明

第60話 凱旋帰還。国王陛下からも「もうお前ら夫婦だけで国が傾く」と呆れられる

隣国グランゼル皇国の国王エドゥアルドによる完全降伏の土下座謝罪と、国庫が傾くレベルの莫大な賠償・絶対有利な不可侵条約の再締結が一段落した数日後。

私は今、久方ぶりに王都への街道を、フェルド辺境伯爵家の豪華な馬車で揺られていた。

「……何だか、不思議ですわね」

窓の外の景色を見ながらそう呟くと、向かいに座るクライス様が、書類から静かに顔を上げる。

「何がだ」

「以前は、この王都へ向かう道といえば、バカ王太子や陰湿な貴族たちの顔が浮かんで“気が重いもの”の代表格でしたのに」

「……」

「今はそこまででもございません。むしろ、少し清々しい気分ですわ」

私は少しだけ、悪魔のように笑った。

「多分、こうして無敵のクライス様が、私の夫として隣にいらっしゃるからですわね」

「そうか」

「そうですわ」

クライス様は短く答え、それから何でもない顔で、私の手元へスッと視線を落とした。

私が膝の上で大事に抱えているのは、王都への『正式報告用資料一式』である。

灰岩平原での、たった二人による二千の大軍制圧の会戦概要。

降伏した数千の捕虜の処理と、莫大な 鹵獲(ろかく) 品リスト。

隣国工作員の自白調書と、押収した猛毒の現物。

隣国国王の血の滲むような謝罪文。

国庫が空になるレベルの賠償金の算定表と、支払いスケジュール。

こちらに絶対有利な、不可侵条約の新条文案。

……ええ。

我ながら、狂気を感じるほどの恐ろしい厚み(凶器)ですわね。

「重いですわ」

「紙の物理的な束がか」

「隣国の国家予算レベルの『責任と利権』が、ですわ」

「そうか」

「でも」

私は資料の端をトントンと綺麗に揃えた。

「今回は、とても気分が良い意味で重いですもの」

「ああ」

そう。

今回は全く違う。

王都への帰還といっても、かつてのようにバカの“尻拭いに戻る(出頭する)”のではない。

愛する辺境領を無傷で守り切り、大国の敵軍をたった一分で叩き伏せ、莫大な賠償と安全保障まで完全勝利で勝ち取った上での『凱旋報告』だ。

しかも私はもう、ただの都合のいい王太子妃候補でも何でもない。

この国で最強の男、クライス・フェルドの唯一の愛する妻として、堂々と胸を張って隣へ座っている。

それだけで、王都の景色へ向ける感情まで、晴れやかに変わるのだから不思議なものだ。

「ルシア」

「はい」

「顔が、隠しきれないほど楽しそうだな」

「そうでしょうとも」

私はフンスと胸を張った。

「だって、あの国王陛下や偉そうな重臣たちへ“隣国のバカ皇太子が調子に乗ってウチの領地に軍を差し向けてきたので、夫婦の愛の共同作業で物理的に一瞬で潰して、ついでに親玉からむしり取って参りましたわ”と、最高にドヤ顔でご報告できるのですもの」

「言い方」

「間違ってはおりませんでしょう?」

「少しも間違っていない」

「でしたら問題ございませんわ」

「……そうだな。お前の言う通りだ」

クライス様が、呆れたように小さく息を吐く。

だが、止めはしない。

止める気も全くないのだろう。

ええ。

その辺りの妻の奇行への諦めの良さ(溺愛っぷり)、大変好ましく思っておりますわ。

◇ ◇ ◇

王都へ入った瞬間、やはり空気は違った。

高い城壁。整えられた石畳。

きらびやかな看板。行き交う人の多さ。

そして、私たちの乗る馬車へ向けられる、異様な熱を帯びた視線の数々。

「あっ……!」

「フェルド辺境伯爵家の紋章だ!」

「まさか、あの噂の……!」

「たった二人で大軍を降伏させたっていう、あの夫婦が……!」

「本当に王都へ帰ってきたのか!?」

街のざわめきが、馬車の防音越しにもハッキリと伝わってくる。

あらまあ。

思っていたより、ずいぶんと正確に広まっておりますのね。

まあ、無理もないかもしれない。

隣国皇太子の暴走。

工作員による領地の水源毒殺未遂という凶行。

国境での軍勢対峙。

たった二人で二千の敵軍を絶望させて白旗に追い込んだ、灰岩平原の伝説的な蹂躙劇。

そして、あの大国の隣国国王が自ら平謝りで土下座し、国が傾くほどの賠償金を約束したという事実。

どこを切り取っても、酒場の噂話(英雄譚)として火力が強すぎる。

むしろ、尾鰭がついて広がらない方が不自然だ。

「見られておりますわね」

「そうだな。お前が目立つからな」

「少々こそばゆいですわ」

「今さらだろう」

「それもそうですわね」

馬車が、王宮の巨大な正門をくぐる。

懐かしい景色だ。

かつては、この門をくぐるたびに「また面倒なサビ残が始まる」と肩へ重い鉛が乗るようだった。

だが今は全く違う。

私はそっと、向かいのクライス様を見る。

静かで彫刻のような横顔。

王都へ戻っても1ミクロンもブレない、いつもの絶対零度の顔。

それだけで、不思議と心が落ち着き、無敵になった気がする。

(ええ、大丈夫ですわ)

だって今の私は、都合よく使われるだけの孤独な一人ではないのだから。

◇ ◇ ◇

王宮の最も奥、最も権威のある『謁見の間』へ通された時、そこには予想以上の人数がズラリと揃っていた。

玉座に座る国王陛下。

筆頭の宰相。

軍務卿。外務卿。財務卿。

それから、にわかには信じがたい報告を直接この耳で聞きたいのだろう、国のトップ層の重臣たちが全員揃って並んでいる。

……随分と本気の、ガチガチの顔ぶれですこと。

「フェルド辺境伯爵、ならびに伯爵夫人、前へ」

式部官の緊張した声が響く。

私とクライス様は、完璧な足取りで揃って進み出た。

磨き上げられた床。高い天井。

玉座の上には、この国の頂点に立つ王――陛下がいる。

以前、バカ息子の件で私へ謝罪し、クライス様との結婚と辺境への下向を認めてくださった方。

そして今は、明らかに“またお前たちか。今度は一体何をやらかした”という、胃薬を飲んだような顔をしておられた。

「……面を上げよ」

低く、威厳がありながらも、だがどこか深い呆れを含んだ声。

私たちは優雅に礼を解く。

すると国王陛下は、しばらく私とクライス様を交互にジッと見てから、ひどく疲れた顔で言った。

「報告書は読んだ。だが、まず一つだけ、直接この耳で聞こう」

「は」

クライス様が短く応じる。

「本当に」

陛下が、念を押すようにゆっくりと言葉を区切る。

「お前たち夫婦『二人だけ』で、隣国の精鋭二千の軍を、傷一つ負わず白旗へ追い込んだのか」

謁見の間が、シン……と水を打ったように静まり返る。

はい。

来ましたわね。

やはり、そこから確認なさいますのね。常識的に考えればバグってますもの。

「はい。事実です」

クライス様は、一切の悪びれも迷いもなく即答した。

「灰岩平原にて」

「敵の兵数差は」

「先遣の重装歩兵と騎兵、後続を含め、おおよそ二千強です」

「こちらは」

「俺と、愛する妻のルシアのみ」

重臣たちの間で「ヒィッ」と息を呑む音が、波のように広がる。

あら。

まだ半信半疑でしたのね。

まあ、無理もないですわ。

報告書で『メテオで脅して一分で降伏させました』と文字で読んでも、普通はラノベか何かかと思いますもの。

国王陛下は、頭痛を堪えるように片手で額を押さえた。

「……軍務卿」

「は、はいッ」

「余は今、ひどく頭が痛い」

「恐れながら、軍事の常識が崩壊して、私も激しい頭痛がしております」

「そうであろうな」

そのトップ同士のやり取りに、謁見の間の極度の緊張がほんの少しだけ和らぐ。

だが陛下はすぐ、国の長としての真面目な顔へ戻った。

「詳細な報告を」

「かしこまりました」

ここからは、私たちの 仕事(プレゼン) である。

クライス様が戦況と軍事的な制圧を。

私が工作員の自白・毒物の解析・賠償・条約再締結の外交的成果を。

それぞれ、前世のパワポ発表のように簡潔かつ明瞭に報告していく。

灰岩平原での敵軍の傲慢な展開。

工作員の水源毒殺未遂という卑劣なテロ行為。

降伏兵の迅速な処理と身代金。

隣国国王エドゥアルドの、プライドを捨てた土下座謝罪。

国庫が傾くレベルの莫大な賠償内容。

こちらに絶対有利な、不可侵条約の新条文。

話が論理的に進むにつれ、重臣たちの顔色がだんだん白く変わっていくのが分かる。

最初は「二千人を二人で!?」という驚愕。

次に「相手の皇太子、バカすぎないか?」という呆れ。

そして最後には、「この夫婦、怒らせたら国が滅ぶぞ」という妙な静けさと恐怖。

……ああ、これ。

理解のキャパシティを通り越して、“もうこのチート夫婦が何を言っても驚かない方が身のためだ”という解脱の境地へ入りかけておられますわね。

「ま、待て」

財務卿が、私が提出した『賠償算定表』の項目のところで、たまらず目をひん剥いて声を上げた。

「奥方様、こ、この異常な賠償額は……」

「現実的な被害の補填と、将来的な国境の警備コストを正確に踏まえて算出しておりますわ」

私は穏やかに、経理のプロの顔で答える。

「もちろん、営業停止による『逸失利益』も含めて」

「い、逸失利益」

「ええ」

「温泉施設の、ですか」

「はい」

「……」

「あと、大人気の湯上がり果実蜜のプロモーション費も」

謁見の間の空気が、少しだけ「えげつなッ」と揺れた。

財務卿は分厚い紙を見下ろし、次いで私を見る。

それから、だいぶ遠い目(悟りの目)をした。

「……よく、これだけの額を隣国から無傷で取れましたな」

「ありがとうございます。腕が鳴りましたわ」

「褒めているのか、あまりの強欲さにドン引きしているのか、自分でも分かりませんが」

「最高の賛辞として、両方でよろしいのではなくて?」

「……そういたします。我が国の国庫が潤うのは事実ですので」

国王陛下が、そのやり取りを聞いてその場でとうとう「ブフッ」と吹き出した。

「ク、ククッ……ハハハハッ!」

玉座の上で、腹を抱えて肩を揺らして笑う王というのも、なかなか見られる光景ではない。

けれど陛下はしばらく豪快に笑った後、深く息を吐き、半ば本気で呆れ返った顔をした。

「お前たち夫婦は、本当に何なのだ。規格外にも程がある」

「は」

クライス様は微動だにしない。

私は少しだけ、淑女らしく姿勢を正した。

「辺境へ行ったと思えば、死んだ農地を魔法で一瞬で蘇らせ」

陛下が指を折る。

「山に温泉を作り」

「はい」

「美味い菓子を他国にまで売って領地を爆発的に潤し」

「ええ」

「そこへ隣国のアホ皇太子が喧嘩を売ってきたと思えば」

「はい」

「工作員を魔法の罠で捕まえ」

「はい」

「二千の軍勢をたった一分で白旗にし」

「ええ」

「最後は、大国の隣国国王を土下座させて、国が傾くほどの莫大な賠償まで巻き上げる」

「すべて、その通りでございますわ。事実です」

陛下は数秒、信じられないというように天を仰いだ。

それから、ついに本音を言った。

「もう、お前たち夫婦二人だけで、一つの国が傾く(滅ぶ)わ」

謁見の間に、誰も否定できない妙な沈黙が落ちる。

それから。

宰相が咳払いで笑いを誤魔化し、軍務卿が肩を震わせ、ついにはカタブツの財務卿まで口元を押さえた。

国のトップである重臣たちの間へ、抑えきれない笑いがジワジわと広がっていく。

あらまあ。

そこまでおかしなことを申しましたかしら。ただの事実ですのに。

「陛下」

私は一歩前へ出て、真面目な顔で言った。

「誤解なきよう。私たちは、祖国を傾けるつもりは1ミクロンもございませんわ」

「そうか」

「ええ」

私はニッコリと、最高に愛らしく笑う。

「むしろ、税収で潤わせる方向で、日々夫婦で努力しておりますのよ」

「知っておる」

陛下はもう一度、腹を抱えて笑った。

「だから余計に、怒らせた時が厄介で恐ろしいのだ」

クライス様が、静かに低く言う。

「国に仇なすつもりはありません。俺の守るべき祖国です」

「分かっておる」

陛下は鷹揚に頷いた。

「分かっておるとも。だからこそ言うのだ」

その王の目が、ひどく真っ直ぐに、深い信頼を込めてこちらを見た。

「お前たち夫婦を敵に回すくらいなら、いっそ戦わずに国を譲った方が、はるかに安上がりでマシだ」

「まあ」

思わず、そう漏らしてしまった。

だって。

そんな。

一国の国王陛下が、いくらなんでもそんな最大級の本音(降伏宣言)めいたことを公の場で。

だが、陛下は本気半分、冗談半分という顔をしている。

つまり、軍事力と経済力を見せつけられた今、だいぶ本音なのだろう。

「軍務卿」

「は」

「どう思う」

「恐れながら」

軍務卿は、冷や汗を拭いながら大真面目な顔で答えた。

「あのお二人は、絶対に敵に回したくはございません。軍が一日で消滅します」

「財務卿」

「何としてでも、全力で 味方(スポンサー) につけておきたいですな」

「宰相」

「あのお二人が、我が国の貴族でいてくださって、本当に良かったと心の底から安堵しております」

あらまあ。

重臣の皆様まで、完全に白旗ですわね。

私はチラリと、隣のクライス様を見た。

向こうは向こうで、少しだけ「大袈裟な」と困ったような顔をしている。

だが、その整った耳がほんの少しだけ、誇らしげに赤いのを、私は絶対に見逃さなかった。

(ああもう、可愛いですわね)

何ですの、この状況。

王宮の謁見の間で、国王陛下と重臣たち全員から“怒らせたら国が傾く(最強)”認定を受ける夫婦など、この世界の歴史上、他におりますの?

◇ ◇ ◇

だが、笑いだけで終わる暗愚な王ではなかった。

国王陛下はやがて表情をピリッと改め、王の顔で真っ直ぐクライス様を見た。

「クライス・フェルド」

「は」

「よく守った」

「……」

「辺境の領地も、罪なき民も、我が国の国境も」

「身に余るお言葉にございます」

「余ってなどおらん。最高の働きだ」

次に、陛下の視線が私へ向く。

「ルシア」

「はい」

「お前もだ」

「……」

「辺境へ下ったというのに、腐ることなく、あの貧しかった領地をたった数ヶ月で大富豪領地に変え、ここまで国へ莫大な 利(カネ) と安全をもたらすとは。見事としか言いようがない」

「恐れ入ります」

私は静かに、完璧な淑女の礼で頭を下げた。

陛下は少しだけ、親のような顔で目を細める。

「だが」

「はい」

「あまり、無茶は控えよ」

「……」

「あの灰岩平原で、お前が『メテオ級の広域殲滅魔法』の幻影を出したという報告を読んだ時、余は本気で心臓が止まりそうになり、頭痛がした」

「それは申し訳なく……オタクの怒りが少し爆発してしまいまして」

「反省しておるか?」

私は一瞬だけ言葉に詰まった。

反省。

ううむ。

あのクズどもを分からせるためには、必要だったとは思っております。

でも、国王陛下のご心配もごもっともですし。

「……次は、地形を変えない程度に、もう少しだけ手加減して上手くやりますわ」

「……全く反省しておらんな」

「していらっしゃいませんね。恐ろしい奥方様です」

宰相まで、静かに呆れて追い打ちをかける。

私はそっと、気まずく視線を逸らした。

すると、隣からクライス様が、私を庇うように低く言う。

「ご心配なく。私が見ています。絶対に無茶はさせません」

「そうであろうな」

陛下は苦笑した。

「ストッパーのお前までおらなんだら、本当にこの国は手がつけられん」

その言葉に、謁見の間がまた少しだけ、温かい笑いで和む。

ええ。

分かりますわよ。

私自身も、最近そう思う時がございますもの。

クライス様という最強の盾(理解者)が隣にいてくださるから、私はこうして好き放題に――いえ、前世のオタク知識と能力を遺憾なく発揮できているのですもの。

◇ ◇ ◇

正式な事後報告がすべて終わった後、私たちは深く礼をして謁見の間を辞した。

長い豪奢な廊下へ出たところで、ようやく二人きりに近い空気になる。

私はそこで小さく、ホッと息を吐いた。

「終わりましたわね。疲れましたわ……」

「そうだな。お疲れ様」

「ですが」

私はクスリと、悪女のように笑う。

「少し、痛快でもございました」

「何がだ」

「莫大な賠償金と、あの連中を論破した件ですわ。気分爽快です」

「だろうな」

「あと、国王陛下のお言葉も」

「……俺たち夫婦で国が傾く、か」

クライス様がボソリと、複雑そうに繰り返す。

私はその横顔を、嬉しそうに見上げた。

「不本意でしたの?」

「いや」

彼は少しだけ沈黙してから、真っ直ぐに私を見て言う。

「お前と一緒なら、まあ、そう見える(国が傾くほど無敵だ)のかもしれんと思っただけだ」

「……ッ」

やめてくださいまし。

そういう。

王宮の廊下の真ん中で。

何でもない真面目な顔で。

ひどく自然に、夫婦セットの激重な愛のノロケを言われると、限界オタクの心臓へ悪いことを。

「クライス様」

「何だ」

「今、かなり火力が高いですわ。キュンとしました」

「そうか」

「そうです」

「俺は、本当のことを言っただけだ」

「最近、恥ずかしいことを言うと、そればかりですわね」

「便利だからな」

「完全に開き直りましたわね……」

私は呆れたふりをしつつも、胸の奥がジンワリとあたたかくなるのを止められなかった。

国王陛下に「ヤバすぎる」と呆れられ。

重臣たちに半ば「国家の最終兵器」扱いされ。

それでも、こうして隣にいるこの氷の騎士だけは、当然のように“お前と一緒なら最強だ”と言ってくれる。

ああ。

ええ。

悪くありませんわね。

むしろ、かなり最高ですわ。

その時、廊下の向こうから王の近習が慌てて駆けてきた。

「フェルド伯爵様、奥方様!」

「何ですの」

「陛下より、伝言です」

近習は少しだけ、恥ずかしそうに苦笑する。

「“帰る前に、あの美味い雪花菓子を、王家の分としてたっぷり置いていけ”との仰せです」

「…………」

「…………」

私とクライス様は、同時に顔を見合わせて目を瞬いた。

それから、私はそっと扇で口元を押さえる。

「まあ」

「……結局、そこか」

クライス様が呆れたように低く言う。

「だって」

私はとうとう、声を立てて笑ってしまった。

「結局、あの陛下も、甘いお菓子(食い気)の誘惑には勝てず、そこへ落ち着かれるのですもの」

「陛下らしいな」

「ええ。本当に」

私はクルリと踵を返し、足取りも軽く馬車へ向かう。

「でしたら、王宮への献上分をキッチリと包み直しませんと」

「まだ馬車に積んできているのか」

「当然ですわ」

私はフンスと胸を張る。

「凱旋報告には、ワイロ――いえ、美味しいお土産と営業がつきものでしょう?」

「……本当に抜かりないな、お前は」

「優秀な妻ですもの!」

クライス様が小さく息を吐く。

けれど、今度は呆れ半分、そして自分の妻への愛おしさと誇らしさ半分みたいな、極上に甘い顔だった。

そうして、私たちの王都への凱旋報告は終わる。

国王陛下には呆れられ。

重臣たちには恐れられ。

それでも最後には、ちゃっかりウチの特産品のお菓子を所望される。

……ええ。

悪くない、最高の帰還ですわね。

何より。

これでまた一つ、私たちは“夫婦でとんでもないことをやらかした最強の実績”を積んでしまったらしい。

それが少しだけおかしくて。

そして、この人と共に歩む未来が、たまらなく嬉しかった。